第1話中編1――「聚宝斎の女番頭」
開封から清河県へ戻って20日ほどが過ぎた。
白麗華は陸家の薬種商「陸生堂」で、趙淑英から仕入れと売買の仕事を学んでいた。薬材の産地や品質を覚えるだけでなく、店へ出入りする客にも目を向けるようになっている。
陸生堂には医者や薬種商だけでなく、地主、絹商人、役人の家からも使いが来る。主人の陸世昌は薬を売るだけでなく、誰が何を欲しがり、どの家と付き合っているのかまで把握していた。
麗華が注目したのは、そうした客とのつながりだった。薬種以外の商いを始める時にも使える、大きな財産になるからだ。
ある日の午後、世昌は番頭から1通の証文を受け取った。そこには、県城の東大街にある古玩・書画舗「聚宝斎」の名が記されている。
店の主人だった周明遠は半年前から胸を患い、10日前に32歳で亡くなっていた。子はなく、父母もすでに他界している。残された25歳の妻、韓雪蘭は夫の看病をしながら店を守ってきたが、薬代と仕入れ代金の支払いが重なり、銀420両の借金を抱えていた。
そのうち300両を貸していたのが世昌である。
証文を読み終えた世昌は、番頭へ目を向けた。
「聚宝斎には、売れる品が残っているのか」
「土蔵には相当な数があるそうです。ただ、ご主人が病に伏してからは、ほとんど商いができておりません」
世昌はしばらく証文を眺めていたが、やがて立ち上がった。
「淑英を呼べ。麗華も連れていく」
その日の午後、世昌は淑英と麗華を伴って東大街へ向かった。
通りには茶舗、反物屋、酒屋、紙店が並び、行き交う荷車が乾いた土を巻き上げている。聚宝斎は大通りから少し入った場所にあり、間口は広いものの、看板の金文字は雨にさらされて薄くなっていた。
戸を開けると、古い紙と墨、木箱、香木の匂いが混じって鼻に届いた。壁には山水画や書が掛けられ、棚には青磁の碗、銅鏡、硯、玉の飾りが並んでいる。奥には、まだ荷札の付いていない木箱も積まれていた。
喪服を着た雪蘭が3人を迎えた。目の下には濃い隈が残っていたが、店を預かる者として背筋を伸ばしている。
「陸旦那様、奥様、このたびは夫のために薬を融通していただき、ありがとうございました」
世昌は一礼を返し、店内を見回した。
「明遠が亡くなったことは残念だ。それで、これからこの店をどうするつもりだ」
「続けたいと思っております。奉公人が3人おりますので、夫の仕入れ先やお客様も、できる限りつなぎ留めるつもりです」
世昌は棚から青磁の碗を手に取った。
「これはいくらで売る」
「銀6両でございます。仕入れは4両でした」
「半年で何客売れた」
雪蘭は答えられなかった。
明遠が病に伏してから、聚宝斎の得意客は次第に店を訪れなくなっていた。店頭には品が残っていても、それを欲しがる者へ見せ、値をまとめる人間がいなかったのである。
世昌は碗を棚へ戻した。
「店を続けたいというだけでは、銀420両は返せぬ。私が店を引き受ければ借金は整理できる。お前は陸家へ入り、ここで働き続ければよい」
雪蘭はすぐには答えず、淑英へ目を向けた。淑英の表情を見れば、世昌の話を事前に聞かされていなかったことは分かる。
「陸家へ入るとは、どのような意味でございましょうか」
「私の妾になれ。そうすれば、お前の暮らしも聚宝斎も陸家が引き受ける」
店内から人の声が消えた。開いた戸口から、通りを行く荷車の音だけが聞こえてくる。
雪蘭は夫を葬ったばかりだった。そのうえ、300両の債権を持つ男から、正妻の前で妾になるよう求められている。すぐに答えられる話ではない。
雪蘭はしばらく黙ったあと、ようやく口を開いた。
「もし私が陸家へ入らなければ、借金はどうなりますか」
「証文どおり、銀300両を返してもらう。返せなければ、店と在庫を処分する」
「すぐに決めることはできません。少しお時間をいただけませんでしょうか」
「3日待つ。それまでに決めろ」
世昌はそう告げると、奥の土蔵を見せるよう求めた。300両を借りている雪蘭に断れる話ではなかった。
土蔵には木箱が20個以上積まれている。明遠が病に倒れる前に買い付けた書画や陶磁器のほか、金に困った家から預かった品もあるという。
麗華は箱をむやみに開けさせず、外に付けられた札を確かめながら雪蘭へ尋ねた。
「こちらの品を、お客様へ最後にお見せしたのはいつ頃ですか」
「夫が寝込む前ですから、半年近く前になります。夫が亡くなったことをご存じの方は多いでしょうが、店に何が残っているかまでは知らないと思います」
「以前は開封から仕入れに来る商人もいたのですか」
「はい。何人かおりました。ただ、夫が応対できなくなってからは来ておりません」
麗華はそれ以上聞かず、店頭へ戻って棚の品を見直した。
聚宝斎が苦境に陥ったのは、売る物がなくなったからではない。品は店にも土蔵にも残っている。失われたのは、それを欲しがる客へ見せ、売買をまとめる明遠の働きだった。
世昌は雪蘭へ3日の猶予を与え、淑英と麗華を連れて陸家へ戻った。
◇ ◇ ◇
その夜、淑英は自室へ世昌を呼び、人払いをした。麗華も部屋の隅に控えている。
「あなた。雪蘭を妾にするつもりなら、なぜ私に何も話さなかったのですか」
「先に話せば、反対すると思ったからだ」
「ええ。今も賛成しておりません。夫を亡くしたばかりの女に、借金を理由に妾になるよう迫るのは感心いたしません」
「若い未亡人を1人で店へ残せば、親族か近所の商人に食い物にされる。陸家へ入れれば、暮らしも店も守れる」
淑英は夫の言葉をそのまま受け取らなかった。
「雪蘭を守りたいのですか。それとも、聚宝斎が欲しいのですか」
「両方だ」
世昌はあっさり認めた。
「薬種だけでは、西門慶に及ばぬ。古書や書画を扱えば、官員や富商との付き合いが増える。開封へ品を持ち込む道もできる。聚宝斎には、それだけの値打ちがある」
「それなら、雪蘭を妾にせず、店と商いをすればよいでしょう」
「それができるなら苦労はせぬ。聚宝斎には銀420両の借金があり、そのうち300両は私の銀だ。店を続けたいと言うだけでは返ってこない」
麗華は2人の話を聞いていたが、そこで初めて口を開いた。
「旦那様。聚宝斎は、品がないために借金を返せないのではないと思います」
世昌が振り向いた。
「古物の値も分からぬお前に、何が分かる」
「古物の値は分かりません。ですが、店先には銀6両の碗があり、土蔵には書画や玉器が残っておりました。それだけの品があるのに銀420両を用意できないのであれば、ご主人が病に伏してから、品を買い手へ見せる仕事が止まったことの方が問題ではございませんか」
世昌は麗華の顔を見た。
「明遠が持っていた客を、お前が呼び戻せるのか」
「私にはできません。ですが、旦那様には陸生堂のお客様がおります」
陸生堂には県内の地主、商人、役人の家から人が出入りしている。そうした家が必要とするのは薬だけではない。祝いの品、贈答品、客間へ飾る書画を求めることもある。
世昌もそこまで聞けば、麗華が何を考えているのか分かった。
「陸生堂の客へ、聚宝斎の品を売るのか」
「はい。聚宝斎で客を待つのではなく、欲しがる方のところへ品を持っていきます。売れた時には、聚宝斎から陸生堂へ紹介の口銭を払えばよいと思います」
「私の客を使って、雪蘭の店を儲けさせるのか」
「旦那様も儲かります。聚宝斎を取り上げ、在庫を急いで処分すれば、利益を得られるのはその時だけです。店を残せば、品が売れるたびに陸生堂へ口銭が入り、貸した銀も売上から返してもらえます」
それまで黙っていた淑英が麗華へ尋ねた。
「それなら、雪蘭には何が残るのですか」
「聚宝斎の名と店が残ります。品を選び、値を決めるのも雪蘭様です」
世昌は腕を組んだ。
「では、お前は何を得る」
「私を聚宝斎の番頭にしてください。給金のほか、私が買い手を見つけて売った品については、口銭の一部をいただきます」
「自分の取り分まで求めるのか」
「私にも利益があれば、売れる品と買える客を探し続けます。旦那様だけが儲かる仕事では、長く続ける理由がございません」
麗華は恩返しや忠義を持ち出さなかった。働いた者にも利益がある。その方が、世昌には話が早かった。
淑英はまだ気になることがあった。
「麗華。聚宝斎に残っている品を売るだけで、420両もの借金を返せるのですか」
「それだけでは時間がかかります。ですから、店の銀を使わずに扱える品を増やします」
「そんなことができるのですか」
「金を必要としている家から、書画や器を預かります。先に買い取るのではありません。売れた時に代金から口銭を取り、残りを持ち主へ渡します。それなら聚宝斎は銀を使わずに品を増やせます」
世昌は椅子へ座り直した。
「売ったあとで、持ち主が返せと言い出したらどうする。贋物を持ち込む者もいるぞ」
「預かる時に、売ってよい値を決めておきます。それを下回る時だけ持ち主へ尋ねます。真贋については、雪蘭様と店の者に確かめていただきます。私は古物を見る目を持っておりません。私がするのは、品を欲しがる人を探し、その人の前へ持っていくことです」
世昌はすぐには答えなかった。
「口で商いを語るだけなら、誰にでもできる」
「では、試してください。明日、聚宝斎から3点を選びます。旦那様には、それを買いそうなお客様を3人教えていただきます。3日以内に1点も売れなければ、私を番頭から外してください」
「売れたらどうする」
「雪蘭様を妾にする話と、借金の返済を切り離してください。聚宝斎は商いを続け、売上から借金を返します」
世昌が欲しいのは雪蘭だけではない。聚宝斎を通じて官員や富商へ近づき、薬種以外からも利益を得たいと考えている。麗華の方法なら、雪蘭を妾にするかどうかとは関係なく、その道を作ることができる。
「よかろう」
世昌は決めた。
「明日から、お前を聚宝斎の番頭にする。3日で商いになることを示せ。ただし、安売りして、売れたと言い張ることは許さぬぞ」
「値を決めるのは雪蘭様です。私が勝手に下げることはいたしません」
淑英はそこで夫へ念を押した。
「では、1点でも売れれば、借金を理由に雪蘭へ妾になるよう迫らないのですね」
「聚宝斎が返済を続ける限りはな」
世昌は不満を残しながらも承知した。
麗華が番頭の座を求めたのは、土蔵の品を数えるためではない。古物を持つ者と欲しがる者の間へ入り、売買を成立させるためだった。
◇ ◇ ◇
翌朝、麗華は淑英とともに聚宝斎を訪れた。
雪蘭は前日と同じ喪服を着ていた。目は赤く、ほとんど眠っていないことが分かる。淑英は雪蘭を帳場へ座らせ、昨夜決まったことを伝えた。
「今日から、麗華を聚宝斎の番頭にします。ただし、店はあなたのものです。売る品と値は、あなたが決めてください」
雪蘭は驚いて麗華を見た。
「陸旦那様の命令を、私たちへ伝える役目でしょうか」
「いいえ。私は品を売ります。3日以内に聚宝斎の品が売れれば、店を続けて借金を返す話ができます。売れなければ、旦那様は店を処分なさいます」
「3日ですか……。それほど早く売れる品があるでしょうか」
「それを雪蘭様に選んでいただきたいのです。買い手の当ては3人あります」
麗華は世昌から聞いた客について説明した。
1人目は、来月に父の還暦祝いを控えた絹商人。2人目は開封から赴任してきた県丞で、屋敷の客間へ飾る書画を探している。3人目は科挙を受ける息子を持つ地主だった。
話を聞いた雪蘭は喪服の袖を押さえ、店の奥へ向かった。
「絹商人の方には、松と鶴を彫った白玉の飾りがございます。県丞様なら、開封近郊を描いた山水画がよいでしょう。科挙を受けるご子息には、端渓の硯をお見せできます」
「その3点は、すべて聚宝斎の品ですか」
「玉器と硯は店の品です。山水画は許正元様から預かった物ですが、銀35両以上なら売ってよいと言われております。玉器は銀18両、山水画は42両、硯は15両で売りたいと思います」
「分かりました。その値で欲しがる方へ見せます」
麗華は値下げを求めず、すぐに奉公人を集めた。
最年長は46歳の何有福で、明遠の父の代から店に勤めている。ほかに荷を運ぶ19歳の宋安と、品を磨き店内を掃除する17歳の鄭小梅がいた。
何有福は、麗華が番頭になったと聞いて露骨に顔をしかめた。
「古い器と新しい器の違いも分からない娘に、何が売れるのですか。それなら私が番頭になった方がよいでしょう」
「私は古物のことを知りません。ですから、何さんには品の由来と値打ちをお客様へ説明していただきます」
「それなら、なおさら私が店を仕切ればよい」
「何さんは、今この町で誰が何を欲しがっているかご存じですか」
何有福は答えなかった。
「雪蘭様は品を選べます。何さんは品の説明ができます。私は買う人を連れてきます。今の聚宝斎は、誰か1人だけで立て直せる状態ではありません。ですから、皆さんに自分のできる仕事をしていただきます」
麗華は何有福との言い争いに時間を使わなかった。小梅には玉器を磨かせ、何有福には彫られている松と鶴の意味や玉の産地を確かめる。宋安には、玉器を収める桐箱を作れる職人を捜させた。
それから陸生堂へ戻り、その日に薬を届ける先を調べた。父の還暦祝いを控えている絹商人の家には、母親が飲む薬を午後に届ける予定がある。
麗華は淑英から許しを得て、その薬と一緒に玉器を持っていくことにした。雪蘭と何有福にも同行してもらう。
午後、絹商人の屋敷へ着くと、薬は先に母親の部屋へ運ばれた。その仕事が済んでから、麗華は主人へ声をかけた。
「聚宝斎から、お父上の還暦祝いにふさわしい品を1つお持ちしております。ご覧になるだけでもいかがでしょうか」
「薬屋が、玉まで持ってきたのか」
絹商人は面白がり、3人を客間へ通した。
雪蘭が包みを開く。白い玉には太い松の幹と2羽の鶴が彫られていた。磨かれた表面へ窓から光が差し、鶴の翼と松葉の細い線が浮かび上がる。
何有福は長年の経験を生かし、玉の産地や彫りについて説明した。絹商人は品を手に取り、裏側まで念入りに確かめる。
「銀18両か。品は気に入ったが、もう少し安くならぬか」
雪蘭は値を下げなかった。
「新しい台座と桐箱をご用意いたします。祝いの日までに、お父上のお名前も箱へ入れます。すべて含めて銀18両でございます」
「祝いまで3日しかないぞ。間に合うのか」
「職人にはすでに話を通してあります」
絹商人はもう一度、松と鶴を眺めた。
「そこまでしてくれるならよい。銀18両で買おう」
聚宝斎が品を売ったのは、明遠が床に伏して以来、初めてだった。
雪蘭は代金を受け取ると、しばらく銀から目を離せなかった。夫が亡くなってから、店に残された品はいずれ借金の代わりに取り上げられる物だと思っていた。その1つが売れ、聚宝斎へ利益をもたらしたのである。
屋敷を出てから、雪蘭は麗華へ声をかけた。
「麗華さん。玉器を1つ売っただけで、本当に店を残せるのでしょうか」
「1つでは足りません。ですが今日、陸旦那様にも分かることがあります。聚宝斎を潰して品を処分するより、客を紹介して口銭を受け取る方が、長く利益を得られます」
雪蘭は少し迷ってから、もう1つ尋ねた。
「では、私が妾になる話はどうなるのでしょう」
「店の借金とは切り離します。借金は商いで返します。妾になるかどうかは、そのあと雪蘭様がご自分のためにお決めになればよいことです」
麗華は雪蘭の生き方まで代わりに決めるつもりはなかった。変える必要があるのは、借金を返すためには妾になるしかないという状況だった。
聚宝斎へ戻ると、麗華は売上から陸生堂へ渡す紹介の口銭を銀1両と決めた。残りから仕入れ代、台座、桐箱の費用を引いても、店には銀7両余りの利益が残る。
その日の夕刻、世昌が聚宝斎へやって来た。
麗華はすぐに銀1両を差し出した。
「陸生堂からお客様をご紹介いただいた口銭でございます」
世昌は銀を受け取り、雪蘭へ確認した。
「値を下げずに売れたのか」
「はい。銀18両でお買い上げいただきました」
世昌は満足そうにうなずいた。
「それで、残る2点はどうする」
「県丞様には明日の午前に山水画をお見せします。地主の方には、旦那様から硯の話をしていただけませんか。売れれば、また陸生堂へ口銭をお支払いします」
世昌は思わず笑った。
「お前は雇い主を使う番頭だな」
「旦那様にも利益のある仕事をお願いしております」
「それを言われると断りにくいな」
麗華はそこで、借金の返済へ話を進めた。
「旦那様。聚宝斎から毎月銀20両ずつお返しすることにしてはいかがでしょうか。売上の多い月には、さらに上乗せします」
「それでは、すべて返すまでに時間がかかるぞ」
「その間も陸生堂には紹介の口銭が入ります。聚宝斎を処分すれば、店から得られる利益はそこで終わります」
「私の300両はそれでよいとしても、残る120両の借金はどうする」
「ほかの貸し主にも毎月返すと約束します。それでも、すぐに全額返せと迫る方がいれば、旦那様に立て替えていただきたいのです」
世昌は眉を寄せた。
「今度は私に、さらに銀を出せと言うのか」
「120両で聚宝斎の売り先を押さえられます。旦那様が貸さなければ、西門慶が貸すかもしれません。そうなれば聚宝斎の品だけでなく、客もあちらへ流れます」
世昌の顔から笑みが消えた。
西門慶が聚宝斎へ金を貸せば、利息を取るだけで済むとは限らない。世昌が欲しがっている官員や富商とのつながりまで奪われる可能性がある。
「よい。ほかの貸し主とは私が話す」
世昌は雪蘭へ向き直った。
「毎月20両を返せるか。聚宝斎を続ける以上、約束どおり払ってもらう。滞れば、その時は店を処分するぞ」
「聚宝斎を続けさせていただけるのであれば、必ずお支払いします」
「ならば、それでよい」
これで雪蘭は聚宝斎を残し、店の利益から借金を返せることになった。世昌は貸した銀を回収しながら、客を紹介するたびに口銭を受け取る。麗華も番頭として給金を受け、自分が成立させた売買から取り分を得る。
誰か1人だけが損を引き受ける仕組みではない。聚宝斎が商いを続ける限り、雪蘭、世昌、麗華の3人に利益が生まれる。
世昌は銀1両を懐へ入れ、麗華へ告げた。
「残る2点も売れ。聚宝斎の品だけでは足りなくなったら、売りたい者から預かればよい。いずれは開封にも買い手を作れ」
「承知しました」
「ただし、贋物を売って陸生堂の名を傷つけることだけは許さぬぞ」
「真贋と値は雪蘭様と何さんに任せます。私は、それを欲しがる人の前へ運びます」
何有福はまだ不満そうな顔をしていたが、もう反対はしなかった。品が売れなければ聚宝斎はなくなり、自分も職を失う。古物を見る知識を生かしながら店を続けられる方が、何有福にとってもよかった。
明日の朝には山水画を県丞の屋敷へ届けなければならない。端渓の硯を地主へ見せる用意もあり、今日売れた玉器を入れる桐箱も約束の日までに仕上げる必要がある。
麗華は店の戸口に立ち、東大街を行き交う人々を見た。
聚宝斎の土蔵にある品は、箱の中へ置いたままでは借金の代わりに取り上げられるだけである。しかし、その品を欲しがる者の前へ持っていけば、銀に変わる。
麗華が手に入れた女番頭の仕事は、古物を守ることではない。
品を持つ者と、それを欲しがる者を結びつけ、聚宝斎にも陸家にも、そして自分にも利益を残す。それが麗華の始めた新しい商いだった。




