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北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

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第5話(後編2)――「倉付きの見習い」

 月末の朝、布の倉では運搬が止められていた。棚の戸は開いているが、木枠にはまだ何も載っていない。劉彩雲(リウ・ツァイユン)は帳場で1か月分の帳簿を広げ、その右側に作業場からの書付を、左側に崔麗華(ツイ・リーファ)の竹札を日付順に並べていた。


 孫玉英(スン・ユーイン)が棚を上から確かめ、白絹は23疋あると読み上げた。李月娥(リー・ユエオ)と麗華も数え直した。1段目と2段目に8疋ずつ、3段目に7疋あり、帳簿の数とも一致した。


 緋色の絹は11疋だった。芳華と秀芳の件以来、出し入れの際には彩雲か玉英が包みを確かめており、こちらにも違いはなかった。藍染めと黄色の絹を調べ終えると、麻布の棚へ移った。


 麻布は大きな束になり、棚の奥まで詰まっていた。沈香児(シェン・シャンアル)と張玉蘭(ジャン・ユーラン)が手前の束を下ろし、呉春燕(ウー・チュンイェン)と周小蓮(ジョウ・シャオリエン)が数え終えた物を別の場所へ移した。乾いた麻の匂いが広がり、布から離れた細かな繊維が朝の光に浮かんだ。


「42反でございます」

 月娥が告げると、彩雲は帳簿を見直した。

「帳簿では41反です。もう一度、数えなさい」


 皆の手が止まった。品が足りないのではなく、帳簿より1反多かった。


「多くても、調べられるのでございますか」

 香児が麗華を見たが、先に玉英が答えた。

「多くても少なくても、帳簿と違えば理由を確かめます。話はあとにして、数え直しなさい」


 麻布を並べ直して初めから数えても、42反だった。彩雲は帳簿の頁を繰った。


「先月からの残りは18反、今月受け取ったのは96反です。作業場へ出した分と戻った分を差し引くと、73反が倉から減ったことになります」


 18反と96反を合わせて114反。そこから73反を引けば41反になる。計算そのものには誤りがなかった。


 命じられた麗華は、麻布を記した竹札を選び出した。出した数と相手が受け取った数を照らし合わせ、返却の記録も調べた。ただし、古い札には返却を記す欄がない。麗華が記録を始める前の分は、月娥の札も確かめる必要があった。


「最初の2日間は、私がまとめて記しておりました」

 月娥が申し出た。


 彩雲が出した古い札には、麻布8反、白絹4疋、糸12巻とあった。月娥は文字を見つめ、当日のことを思い出そうとした。


「麻布は午前に8反を出し、午後に3反が戻ったはずです。この札には、出した数だけが残っております。返却の書付が翌日に届きましたので、帳簿には記されたと考えておりました」


 彩雲が調べると、帳簿には8反を出し、3反を受け戻した記録があった。この分に抜けはなかった。


 麗華は残りの札を日付順に確かめた。運搬した数と作業場の受取数は一致していたが、1枚の端に、玉英が書き足した箇所があった。


「この日は、洗い場から麻布2反が戻っております。帳簿にも同じ数がございますか」

「こちらは1反です」


 彩雲は、その日に届いた書付を探した。記されていたのは、未使用の麻布1反を返すという内容だった。


「竹札には2反とあります。その時のことを覚えていますか」

「包みが2つあり、月娥さんが1反ずつと読み上げました。玉英様が中を確かめておられます」


 玉英も札をのぞき込んだ。


「覚えています。未使用の1反と、端がほつれた1反でした。ほつれた分の書付は、あとから別に届けると聞いております」

「その書付は見当たりませんね」


 彩雲は届いた書付をすべて確かめたが、該当する物はなかった。月娥が戻り品の棚へ目を向けた。


「ほつれた麻布は、彩雲様に見ていただくまで、あちらへ置いておりました」

「ええ。私が傷を確かめ、端を切れば使えると判断しました」


 彩雲は帳簿を読み直した。


「元の棚へ戻すよう命じたのに、1反を加えるのを忘れたようです」


 返された2反のうち、書付のあった未使用品だけが帳簿へ記されていた。傷を確かめてから棚へ戻した分の記入が抜け、それが1反の差になっていた。


 彩雲は記録が抜けた理由と日付を書き添え、残りを42反へ訂正した。香児は胸元を押さえた。


「また私たちが疑われるのかと思いました」

「品が増えているのに、盗みを疑うことはないでしょう」

 春燕が言うと、香児は声を落とした。

「帳簿にない品を入れたと思われるかもしれません」


 玉英に仕事中だと注意され、2人は口を閉じて麻布を戻し始めた。


 彩雲は麗華の竹札を手元へ引き寄せた。


「この記録がなければ、洗い場の者や、戻り品を確かめた私たちに尋ねることになったでしょう。ですが、私もすぐには思い出せませんでした。最後まで理由が分からなければ、お前はどうしますか」

「帳簿の記入漏れや、品を置く棚を間違えた可能性を調べます。理由が分からないまま、数字だけを42反へ直すことはできません」

「現物に合わせるだけでは、いけないのですね」

「あとで別の1反が足りなくなった時、今回の多かった分と差し引きされ、合っているように見える恐れがございます。2つの誤りが重なると、数だけでは分からなくなります」


 彩雲は麻布の帳簿を閉じ、同じ記入漏れを防ぐ方法を玉英と相談した。玉英は、戻り品を棚へ移す者と帳簿に記す者が、その場で数を読み合わせてはどうかと提案した。


「忙しい時には、どちらかが先に離れるかもしれませんね」


 彩雲は竹札の裏を見た。


「棚へ戻す時も、麗華に数を記させます。移し終えた札を帳場へ届けるところまでを、ひと続きの仕事にしましょう」

「帳簿への記入も、私が確かめるのでございますか」

 麗華が尋ねた。

「帳簿を読むことは、まだ許しません。お前は棚へ移した数を記すだけです。帳簿との照合は私が行い、不在の時は玉英が札を預かります」


 麗華が承知すると、彩雲はその顔を見た。


「帳簿を扱ってみたいのですね」

「はい。数がどのようにまとめられているのか、知りとうございます。倉に何があり、どの品がよく使われ、いつ補う必要があるのかを学べますので」

「補う品を決めるのは、お前ではありませんよ」

「承知しております。それでも、分かるようになりたいと思っております」


 彩雲は答えず、次の棚へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 確認は昼を過ぎても続いた。麦飯と青菜、豆を煮た椀が届き、6人は倉の外に並んで座った。香児は衣服に付いた麻の繊維を払い、箸を取った。


「1反の違いを調べるだけで、随分かかるのでございますね」

「何種類も違っていたら、今日中には終わりません。以前は書付を集めるだけで、数日かかったこともあります」

 月娥が答えた。

「それなら、麗華さんの竹札がある分、早く済むようになるのですね」

「竹札だけでは分かりません。品も帳簿も書付も必要ですし、麗華さんが書き間違えれば、調べるものが増えます」


 麗華は否定しなかった。


「その通りでございます。書いたあとに読み返すのも、そのためです」

「私たちも一緒に聞いております」

 玉蘭が笑った。

「麻布8反、木枠2台に4反ずつと、何度聞いたか分かりません」

「おかげで私も覚えました。前は月娥さんしか数を知らないことがございましたから」

 春燕が続けた。


 月娥は麦飯を箸で分けた。


「私だけが数を見ていた方が、運び出すのは早かったのです。今は受け取りを待つ分、遅れることもありますが、あとから数を調べる手間は減りました。間違いがなければ、今の方がよいのでしょう」


 そう言って、月娥は5人へ顔を向けた。


「ただし、麗華さんに任せきりにしてはなりません。持って運ぶ者が、自分でも確かめなさい」


 麗華もほかの者とともに返事をした。月娥は数を書く役目を取られたと不満を漏らしていたが、今は竹札を使う仕事の進め方を、自分から教えていた。


 麗華も月娥に頼ることは多かった。誰へ先に声をかけるか、どの通路を通れば炭や食事を運ぶ者とぶつからずに済むかは、まだ判断できない。麗華が記録を受け持つ一方、月娥は作業場の様子を見ながら人と時刻を調整していた。


 ◇ ◇ ◇


 すべての棚を確かめ終えたのは、日が西へ傾いたころだった。帳簿と現物の数が一致すると、彩雲は玉英と月娥を帳場へ呼び、麗華にも残るよう命じた。香児たち4人は倉の掃除に取りかかった。


「月娥は、引き続き運ぶ者の組み合わせと戻った時刻を見なさい。作業場が混んでいる時は、どの品を先に運ぶか玉英に相談するように」


 月娥の返事を聞き、彩雲は麗華へ向き直った。


「お前は朝から倉に入り、出す品と戻る品を記します。運搬はこれまで通り、月娥たちと行いなさい。手が空いた時には、玉英から棚の札の読み方と布の分け方を習います」

「麗華さんは、倉の者になるのでございますか」

 月娥が尋ねた。

「倉付きの見習いとします。位を与えるのではなく、身分は下働きのままです。ただし、朝ここへ来ることが正式な役目になります。運ぶ仕事がない時も、部屋で待たず、倉で玉英の指示を受けなさい」


 麗華は任される範囲を確かめた。


「帳簿への記入や品の出し入れ、戻った品の検分については、今まで通りの扱いでございますね」

「そうです。帳簿には触れず、私か玉英の命令なしに品を出してはいけません。戻り品を勝手に開くことも禁じます。作業場での使い方についても、数が合わない場合を除き、尋ねる必要はありません」

「承知いたしました」


 彩雲は眉を寄せた。


「任されたことより、してはならないことの確認が先なのですね。うれしくはないのですか」

「うれしゅうございます。ただ、許される範囲を知らなければ、余計なことまでしてしまいますので」

「先に教えておいた方がよろしいでしょう」

 玉英が口を添えた。

「桂香殿の名を尋ねた時も、命じられていないと気づいて言い直しておりました」


 彩雲は分かっていると答え、卓の下から新しい竹札の束を出した。


「これは倉の物です。今後、この札は倉の外へ持ち出さず、書き損じても勝手に捨ててはいけません。ほかの者に見せることも、倉にある品の数を話すことも禁じます。同室の者だけでなく、華宝舗の者や家族にもです」

「話しません。宮中の品の数を、家族に知らせる必要はございません」

「店の仕入れには役立つでしょう」

「役立つとは思います。ですが、そのために使ったと分かれば、私は倉で働けなくなります」

「分からなければよいとは考えないのですね」

「一度使えば、次も使いたくなると思います。そうなれば、店の利益と倉の仕事を分けられなくなります」


 彩雲は竹札を差し出した。麗華は両手で受け取り、明朝から倉で使うよう命じられた。


「見習いになっても、月娥より上になるわけではありません。運ぶ時はその指示に従いなさい。香児たちへ命令することもできません。数が違えばまず月娥へ知らせ、判断できなければ玉英を呼びます」

「承知いたしました」


 月娥が麗華へ声をかけた。


「倉付きになっても、寝台の掛布が乱れていれば直してもらいますよ。朝、先に出る時も戸を閉め、水場の順番も守ってください」

「気をつけます。これまで通り、教えてください」


 彩雲は月娥に、ほかにも伝えることがあるかと尋ねた。今はそれだけだと答えると、掃除へ戻るよう命じられた。


 彩雲は帳場の横にある低い卓を麗華へ示した。


「竹札は、明日からそこへ置きます。筆と墨も倉の物を使いなさい。ただし、私の帳場には呼ばれるまで入らないこと。今日はもう戻ってよろしい」


 麗華は竹札の束を低い卓へ置き、礼をして倉を出た。


 ◇ ◇ ◇


 掃除を終えた5人が外で待っていた。香児に何を命じられたのか尋ねられ、麗華は倉付きの見習いになったと伝えた。


「女官ではなく、下働きのままです。朝は倉で竹札を用意し、運ぶ時は皆さんと一緒に参ります」

「運ぶ布を決めるのも、麗華さんでございますか」

 玉蘭が尋ねた。

「それは彩雲様と玉英様がお決めになります。私は命じられた品を記すだけです」


 春燕が麗華の手元を見た。


「新しい竹札を頂いたのでしょう。見せていただけますか」

「倉の物ですので、置いてきました。外へ持ち出すことも、ほかの方へ見せることも禁じられております」

「何が書いてあるかも、話せないのでございますか。私たちも同じ品を運びますのに」

 香児が言うと、麗華は説明した。

「運ぶ時には皆さんにも数を確かめていただきます。ただ、倉全体にいくつあるかは、お話しできません」


 香児は月娥へ目を向けた。


「麗華さんは、急に秘密が増えましたね」

「守る決まりが増えたのです。何度も尋ねれば、あなたの方が叱られますよ」


 香児はもう尋ねないと答え、6人は寝所へ戻った。


 夕食は粥と蒸した芋、青菜の塩漬けだった。月末の確認を終えて戻ることができたため、温かいうちに食べられた。


 食後、麗華は寝台の下から私物の帳面を出した。宮中へ入ってから会った人や、運んだ品を記した頁は残してあるが、彩雲から禁じられて以来、仕事のことは書き加えていなかった。


 新しい頁を開いて日付を記すと、隣から月娥が見ていた。


「仕事のことは、書いてはいけないのでしょう」

「今日、倉付きの見習いになったことだけ、残そうと思ったのですが」

「それも宮中の仕事ではありませんか」


 麗華は筆を止めた。そうですねと答え、日付の下には何も書かなかった。代わりに初めの頁を開くと、父の崔景仁(ツイ・ジンレン)、母の曹静蘭(ツァオ・ジンラン)、兄の崔文亮(ツイ・ウェンリャン)の名を読み、帳面を閉じた。


「家族へ話せる日が来たら、口で伝えます」

「倉付きになったことくらいは、話してもよさそうですが」

「その時に彩雲様へ確かめます」


 麗華は帳面を箱へ戻した。


 翌朝は鐘が鳴る前に寝所を出た。石敷きには露が残り、厨房で火を起こす音が聞こえた。炭の煙と粥を煮る匂いが、冷たい通路へ流れていた。


 倉へ着くと、玉英が戸を開けたところだった。


「今日からは、まずここで指示を受けなさい」


 麗華が入ると、低い卓に竹札と筆が置かれていた。帳場では彩雲が、その日に出す品を帳簿で確かめていた。


「白絹4疋、麻布6反、藍染めの絹2疋を出します。棚の札と品を確かめなさい」

「承知いたしました」


 麗華は白絹の棚へ向かい、札の数と現物を照らし合わせた。玉英が取り出した4疋を2台の木枠へ載せていると、月娥たちが入ってきた。


「白絹4疋、木枠は2台で、1台に2疋ずつでございます」


 麗華が読み上げ、5人が順に確かめた。月娥の返事を聞いて竹札へ記すと、麗華は筆を置いた。


 札も筆も自分の物ではなく、記録を店や家族のために使うこともできない。それでも、この倉で動く品を記すことが、正式に自分の役目となった。


 麗華は竹札を卓へ置き、香児と木枠を持ち上げた。衣服も寝所も変わらず、皇帝の暮らす場所へ近づいたわけでもない。与えられたのは倉の片隅の低い卓と、そこで使う竹札だった。


 当面は、玉英に教わりながら品の種類と出入りを覚えるつもりだった。次の仕事を任せてもらうには、まず今の仕事を果たさなければならない。麗華は前を行く月娥たちに歩調を合わせ、裁縫場へ向かった。

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