第5話(中編2)――「4疋を4疋と記す」
裁縫場から緋色の絹4疋が見つかり、麗華たち6人への盗みの疑いは晴れた。
だが、倉から裁縫場へ品を渡す際、その場で数を確かめる決まりが守られていなかった。その隙を利用し、受取帳には3疋と記されていた。
麗華は帳面を返される前に、彩雲から再び呼び出される。
麗華が6人部屋へ戻ると、月娥と玉蘭が先に待っていた。
月娥は寝台へ腰を下ろし、玉蘭は戸口の近くに立っている。2人とも朝から別々の部屋に入れられ、いま戻されたばかりであった。
「絹は見つかったのでございますか」
玉蘭が麗華へ尋ねた。
「4疋とも裁縫場にございました」
「では、私たちは盗んでいないと分かっていただけたのですね」
「盗みの疑いはなくなりました。ただし、受け取りを確かめずに戻ったことについては、責任を問われると思います」
玉蘭は喜びかけた顔を曇らせた。
「それでも、絹を盗んだとされるよりはよろしゅうございます」
月娥が尋ねた。
「なぜ、受取帳には3疋と書かれていたのですか」
麗華は、どこまで話してよいか分からなかった。
「彩雲様から、ほかの方へ話してよいとは申されておりません。皆がそろったあと、玉英様から説明があると思います」
「私たちにも隠すのですか」
「隠しているのではございません。私が勝手に話せることか分からないのです」
月娥は何かを言いかけたが、廊下から足音が聞こえたため、口を閉じた。
春燕、小蓮、香児が、見張りに連れられて戻ってきた。
香児は麗華の姿を見ると、駆け寄った。
「本当に見つかったのでございますか」
「はい」
「私たちは、もう別々に調べられないのでございますか」
「盗みについては、終わったと聞いております」
香児は寝台の柱へ手をついた。
「よかった……。家へ帰されるのかと思いました」
「家へ帰されるだけなら、まだよろしいでしょう」
月娥が告げた。
「宮中の品を盗んだとされれば、家へ帰る前に罰を受けます」
香児の顔から、安堵が消えた。
「もう見つかったのでございますから、そのような話はやめてください」
「見つかったから申せるのです。次に同じことがあれば、今度も助かるとは限りません」
戸が開き、玉英が入ってきた。
6人は話をやめ、並んだ。
「緋色の絹4疋は、すべて裁縫場で見つかりました」
玉英が告げた。
「お前たちが盗んだのではありません。荷と寝所を調べ、仕事から外し、別々に話を聞いたことについては、必要な調べであったと理解しなさい」
「はい」
6人が答えた。
玉英は、全員の顔を順に見た。
「ただし、お前たちは、裁縫場で4疋を受け取ったと確かめる前に戻りました。芳華から戻るよう命じられたとしても、数を確かめなければ、倉から運んだ品が正しく渡ったことになりません」
月娥が頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
「お前は3年働いています。新しく入った者へ教える立場でありながら、なぜ受け取りを確かめなかったのです」
「戸を閉める時刻で、芳華様から戻るよう命じられました。これまでも、木枠を置いたあと、翌朝に数を確かめることがございました」
「それを正しいと思っていたのですか」
「正しいとは思っておりません。しかし、裁縫場の方から急ぐよう申された時は、従うものだと考えておりました」
「相手の方が上であれば、数を確かめなくてもよいのですね」
月娥は返事ができなかった。
玉英は麗華へ目を向けた。
「お前も同じです。倉で4疋を見て、自分の帳面にも4疋と記した。それでも、裁縫場で4疋を受け取ったことは確かめなかった」
「はい」
「なぜですか」
「芳華様から戻るよう命じられたためでございます。また、入ったばかりの私が、受け取りを確かめていただきたいと申し上げてよいか分かりませんでした」
「分からなければ、月娥へ尋ねることはできたでしょう」
「はい。できました」
「では、なぜ尋ねなかったのです」
麗華は前日の自分の考えを振り返った。
木枠を置けば仕事は終わると思っていた。
受け取りの記録は、女官同士で行うものだと決めつけていた。
宮中で余計な口を利けば、上の者へ逆らったと見なされることを恐れてもいた。
「私の仕事は、倉から裁縫場へ運ぶところまでだと考えておりました」
「違います。命じられた数を、命じられた場所へ渡すところまでです。置いただけでは、渡したことになりません」
「承知いたしました」
「本当に分かっていますか」
「倉で受け取った数を運び、裁縫場で相手が受け取った数を確かめるまでが、私たちの仕事でございます」
玉英は月娥たちへ向き直った。
「次からは、品を渡す時、その場で数を読み上げなさい。受け取る者が忙しいと申しても、数だけは確かめてもらいます。拒まれた場合は、勝手に戻らず、私へ知らせなさい」
「はい」
「相手が誰であってもです」
「はい」
月娥たちの返事がそろった。
「今日はもう仕事へ戻せません。明朝から、倉へ出なさい」
玉英は戸へ向かったが、麗華だけを呼び止めた。
「麗華は残りなさい。彩雲様がお呼びです」
ほかの5人が麗華を見た。
香児が不安そうに尋ねた。
「まだ、何か疑われているのでございますか」
「お前には関係ありません」
玉英が答えた。
麗華は5人を部屋に残し、玉英とともに廊下へ出た。
◇ ◇ ◇
彩雲は、布の倉にいた。
夕方の仕事が終わり、戸を閉める前の確認をしている。棚には白絹、染めた絹、麻布が分けて積まれ、それぞれに木札が下がっていた。
彩雲の前には、麗華の帳面が置かれている。
「そこへ立ちなさい」
麗華は、帳場の前に立った。
玉英は彩雲の隣へ移った。
「お前の帳面を、最初から読みました」
彩雲が告げた。
「はい」
「父母と兄の名、崔家の住所、宮中へ入ってから会った者の名、仕事で運んだ品の数、布の傷が記されています」
「はい」
「誰から、宮中の仕事を記録するよう命じられたのですか」
「誰からも命じられておりません」
「なぜ書いたのです」
「忘れないためでございます」
「自分の身を守るためですか」
「それもございます」
「ほかには」
「同じ間違いを繰り返さないためでございます。品の数が合わなかった時、前にどこで何を見たかが残っていれば、原因を確かめられます」
「華宝舗でも、このような帳面を作っていたのですか」
「店では、品ごとに帳簿を分けておりました。受け取った日、相手、数、銀、売った数、残りを記しておりました」
「帳簿の数が合わなければ、どうしましたか」
「その日のうちに、品と銀を数え直します。受け取った者と渡した者へ尋ね、どこで違いが生じたかを調べます」
「それでも分からなければ」
「翌日へ持ち越す場合もございます。ただし、分からないまま帳簿の数字だけを直すことはいたしません」
「なぜですか」
「数字だけを直せば、あとで品が見つかった時、今度は帳簿の方が誤りになります。また、誰かが品を取った場合でも、その者が見つからなくなります」
彩雲は麗華の帳面を開いた。
「緋色の絹について、倉で4疋、木枠2台、1台に2疋と書いていますね」
「はい」
「裁縫場へ渡した数は書いていません」
「受け取りの確認を見ておりませんので、書けませんでした」
「もし、お前が『裁縫場へ4疋渡した』と書いていれば、自分に有利になったのではありませんか」
「私が見ていないことを書けば、帳面が嘘になります」
「その帳面を誰かに見せるつもりはあったのですか」
「ございませんでした」
「それでも、嘘を書かないのですね」
「あとで自分が読んだ時、事実と考えたことを区別できなくなるからでございます」
彩雲は帳面を閉じた。
「お前は、芳華と秀芳が何をしたか分かっていますか」
「彩雲様とお2人の会話を聞いた範囲では、分かっております」
「申してみなさい」
「秀芳様は、手続きを取らずに緋色の絹を使いました。芳華様は、そのことを隠すため、裁ち残した絹を別の布で包みました。さらに、昨日運ばれた4疋のうち1疋を移し、受取帳へ3疋と記されたのだと思います」
「なぜ、そのようなことをしたのでしょう」
「叱られることを避けるためだと思います。ただし、お2人が何を考えていたかを直接聞いたわけではございません」
「お前は、どのような時にも言い切らないのですね」
「見たことと、考えたことは違います」
「見たことだけでは、仕事はできません。人へ命じる時は、見ていないことも判断しなければなりません」
「はい」
「その時は、どうするのです」
「分かっている事実を並べ、最も無理の少ないものを選びます。あとで違うと分かれば、直します」
「間違えたと認めるのですか」
「認めずに同じ判断を続ければ、損が増えます」
彩雲は玉英へ顔を向けた。
「店を持っていたという話は、誇張ではないようですね」
「女官選びでも、品書きの誤りを3か所見つけたと聞いております」
玉英が答えた。
「琴は2か月しか習っていないとも申したそうです」
「はい」
「宮中へ入ろうとする娘なら、少しでも自分をよく見せようとするものです」
「麗華は、よく見せるより、あとで嘘と分かることを避けたのでしょう」
麗華は2人の会話を黙って聞いた。
彩雲が帳面を差し出した。
「返します」
「ありがとうございます」
麗華は両手で受け取った。
「ただし、これから宮中の布について、勝手に書いてはなりません」
麗華は彩雲を見た。
「書いてはならないのでございますか」
「宮中の品の数を持ち出せば、それだけで疑われます。その帳面を失い、誰かが拾えば、お前だけの問題では済みません」
「承知いたしました」
「人の名を並べることも控えなさい。誰がどこで働き、誰に命じられているかを記した帳面は、使い方によっては危険な物になります」
麗華は、文亮からもらった帳面を見た。
父母と兄の名を忘れないための帳面である。
そこへ宮中の人と品を書き続ければ、家族から贈られた物まで取り上げられるかもしれない。
「宮中の仕事については書きません」
「覚えておけるのですか」
「覚えるようにいたします」
「数が多ければ、覚え違いも起こります」
彩雲は卓の端に置かれていた竹札を取った。
「仕事の記録は、決められた竹札へ書きなさい。仕事が終われば倉へ残します。寝所へ持ち帰ってはなりません」
麗華は竹札を受け取らなかった。
「それは、私に記録を命じておられるのでございますか」
「そうです」
「月娥さんが記していた仕事ではございませんか」
「月娥には、運搬する者の組み合わせと、戻った時刻を見てもらいます。お前は、倉から出す数と、裁縫場が受け取った数を記しなさい」
「私は入ったばかりでございます」
「だから、勝手なやり方を覚える前に教えます」
「裁縫場の方が、数を確かめることを拒まれた場合は、どうすればよろしいのでしょうか」
「玉英を呼びなさい」
「玉英様がおられない場合は」
「私を呼びなさい」
「裁縫場の方が、お2人を呼ぶほどのことではないと申された場合は」
「それを決めるのは、裁縫場ではありません」
彩雲は竹札を麗華へ差し出した。
「倉から4疋を出したなら、裁縫場でも4疋を受け取ったと確かめる。それだけのことです」
麗華は竹札を受け取った。
「承知いたしました」
「まだ、数を記すだけです。帳簿へ書き込むことは許しません。品へ触れる者を勝手に調べることも、裁縫場へ命じることもできません」
「はい」
「自分が女官になったと思ってはなりません」
「思っておりません」
「お前は、倉から品を運ぶ下働きです」
「承知しております」
「では、なぜうれしそうなのです」
麗華は自分の顔へ手を当てた。
「そのように見えましたか」
「見えました」
「仕事を1つ任せていただいたからでございます」
「記録を付けるだけです。位が上がるわけではありません」
「それでも、間違いがあれば、その日のうちに分かります」
彩雲は麗華から視線を外し、棚の札を確かめた。
「明朝、日の出前に来なさい。最初は白絹と麻布だけを記します」
「はい」
「遅れれば、竹札は月娥へ戻します」
「遅れません」
「返事だけは立派ですね」
彩雲は玉英へ命じた。
「部屋へ戻しなさい」
麗華は竹札を卓へ戻そうとした。
「何をしているのです」
彩雲が尋ねた。
「仕事が終われば、倉へ残すよう命じられました」
「まだ何も書いていません」
「それでも、寝所へ持ち帰ってはならないと思いました」
彩雲は玉英を見た。
玉英は口元に出かかった笑いを抑えた。
「そこへ置いていきなさい。明朝、使います」
「はい」
麗華は竹札を帳場の端へ置き、礼をして倉を出た。
◇ ◇ ◇
6人部屋へ戻ると、夕食が運ばれていた。
粥のほかに、豆腐と葱を煮た椀が付いている。生姜の匂いが、冷えた部屋に広がっていた。
「何を聞かれたのでございますか」
香児が尋ねた。
「帳面に仕事のことを書いた理由でございます」
「叱られたのですか」
「宮中の品と人について、寝所で書いてはならないと教えられました」
麗華は寝台へ座り、帳面を開いた。
緋色の絹について書いた頁を見た。
記した内容は、麗華への疑いを深める材料にもなったが、倉で4疋を見たことを確かめる助けにもなった。
しかし、彩雲の指摘は正しい。
宮中で扱う品の数や人の名を、私物の帳面へ書き続けることはできない。
麗華は、その頁を破ろうとはしなかった。破れば、何かを隠したと疑われる可能性がある。
今後は書かず、帳面を失わないようにする。
「絹が見つかったことも、書かないのでございますか」
月娥が尋ねた。
「書きません」
「では、忘れたらどうするのです」
「忘れないようにいたします」
「あなたでも忘れることがあるのでしょう」
「ございます」
「それなのに、帳面を使わないのですか」
「私の帳面は、宮中の帳簿ではございません。書いてよいことと、書いてはならないことを分けます」
麗華は帳面を閉じ、寝台の下にある箱へ戻した。
夕食を取る間、香児と玉蘭は、取り調べで何を尋ねられたかを話し始めた。
春燕も、自分が裁ち台の緋色の布を見たことを説明した。
麗華は2人を止めなかったが、芳華と秀芳が何をしたかは話さなかった。玉英から伝えられていない以上、麗華が広める必要はない。
月娥は粥を食べ終えると、麗華へ尋ねた。
「明日から、また6人で働くのでございますか」
「そのように聞いております」
「彩雲様から、何か仕事を命じられたのでしょう」
麗華は月娥を見た。
「なぜ、そのように思うのでございますか」
「戻ってきた時の顔が、取り調べを受けた者の顔ではありませんでした」
「どのような顔でございましたか」
「店で新しい品を仕入れた時の顔ではありませんか。あなたの店を見たことはありませんが、そのように見えました」
麗華は豆腐を箸で分けた。
「明日から、倉から出す数と、裁縫場が受け取る数を竹札へ記すよう命じられました」
月娥の箸が止まった。
「私の仕事を取るのですか」
「月娥さんは、運ぶ者と戻った時刻を確かめるよう命じられております。私は、品の数だけでございます」
「これまで、数も私が記しておりました」
「彩雲様へ、そのようにお申し出になりますか」
「それは……」
月娥は椀へ目を落とした。
麗華は、月娥が何に不満を持ったのかを考えた。
数を記す仕事そのものではない。
新しく入った麗華が彩雲から直接仕事を与えられたことで、自分の立場が下がったように感じているのである。
「月娥さんには、これまでの運び方を教えていただかなければなりません」
「数を記すだけなら、教えることはないでしょう」
「どの作業場が、どの時刻に忙しくなるかを私は存じません。誰が受け取りを担当し、誰へ申し出れば話が早いかも分かりません」
月娥は返答しなかった。
「私は竹札へ数を書けても、宮中の仕事の順序は月娥さんほど知りません。明日、教えていただけませんか」
「彩雲様から命じられたのですか」
「いいえ。私がお願いしております」
「何を返すのです」
「月娥さんが数を確かめる時は、私が手伝います。糸の残りが合わない場合も、受け取った数と渡した数を一緒に見ます」
「それでは、今までと同じではありませんか」
「はい。違うのは、決められた竹札へ書き、倉へ残すことでございます」
月娥はしばらく考えた。
「明朝、裁縫場へ行く前に、受け取りを担当する者を教えます」
「お願いいたします」
「ただし、私へ相談せず、勝手に相手を止めてはなりません」
「はい。数が合わない場合は、月娥さんへ申し上げます」
月娥は、ようやく箸を動かした。
香児が2人を見比べた。
「麗華さんは、もう私たちへ命じる方になったのでございますか」
「なっておりません」
麗華と月娥の答えが重なった。
玉蘭が笑い、張り詰めていた部屋の空気が和らいだ。
◇ ◇ ◇
翌朝、麗華は鐘が鳴る前に布の倉へ入った。
戸を開けると、乾いた絹と木棚の匂いがした。外はまだ薄暗いが、倉の中では灯明が2つともされている。
彩雲は帳簿を開き、玉英は棚の札を確かめていた。
帳場の端には、昨日の竹札が置かれている。
「遅れませんでしたね」
彩雲が告げた。
「はい」
「白絹から始めます。棚の数を読みなさい」
麗華は木札と棚の布を確かめた。
「白絹は18疋でございます。本日は4疋を裁縫場へ出します」
「竹札へ書きなさい」
麗華は筆を取り、日付、品名、倉にある数、出す数を記した。
彩雲は竹札を取り上げた。
「残りも書きなさい」
「14疋でございます」
「いま書いた4疋が、裁縫場で受け取られたとは、まだ書いてはなりません」
「はい」
月娥、香児、玉蘭、春燕、小蓮が入ってきた。
玉英は白絹4疋を木枠へ載せるよう命じた。
昨日と同じ2台である。
麗華と香児が後ろの木枠を持ち、月娥と玉蘭が前を運ぶ。春燕と小蓮は左右へ付いた。
倉を出る前に、麗華は声に出した。
「白絹4疋、木枠2台、1台に2疋でございます」
月娥が答えた。
「確かめました」
香児、玉蘭、春燕、小蓮も、順に数を見た。
6人は木枠を持ち上げた。
朝の通路には、掃除をする女たちと、炭を運ぶ者が行き来している。濡れた石敷きへ木枠の脚を当てないよう、歩幅をそろえて進んだ。
裁縫場へ着くと、戸は開いていた。
受け取りに出てきたのは、芳華ではなかった。30歳ほどの女官が、木枠を中へ置くよう命じた。
6人が白絹を下ろすと、女官は奥へ戻ろうとした。
月娥が麗華を見た。
麗華は竹札を持っていたが、自分から女官を呼び止めなかった。月娥が一歩前へ出た。
「恐れ入ります。白絹4疋をお持ちいたしました。数をお確かめください」
「今、手が離せません。置いて戻りなさい」
「昨日、受け取りの数をその場で確かめるよう、玉英様から命じられました」
女官は顔をしかめた。
「見れば分かるでしょう。木枠が2台あります」
「1台に2疋ずつ、合計4疋でございます。お手数ですが、数だけお確かめください」
「朝から面倒なことを申しますね」
月娥の顔に迷いが表れた。
麗華は竹札を握ったまま待った。
女官が確かめないなら、玉英か彩雲を呼ぶよう命じられている。しかし、その判断を今ここで行うのは、宮中の仕事を知る月娥である。
月娥は女官へ頭を下げた。
「申し訳ございません。お確かめいただけない場合は、玉英様をお呼びいたします」
「そこまでするのですか」
「命じられております」
女官は不満を隠さず、木枠の上の白絹へ手を置いた。
「こちらに2疋。こちらにも2疋。4疋です」
麗華は竹札へ、裁縫場受取4疋と記した。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「私の名まで書くのですか」
「受け取ってくださった方の名を残すよう命じられております」
それは、彩雲から直接命じられてはいなかった。
麗華は、勝手に書いてはならないと言われたことを思い出した。
「申し訳ございません。受け取った方の名を記すべきかは、まだ確かめておりません。玉英様へ尋ねてからにいたします」
女官は呆れたように麗華を見た。
「楊桂香です。書くかどうかは、戻ってから決めなさい」
「ありがとうございます」
6人は空の木枠を持ち、裁縫場を出た。
通路へ出ると、月娥が麗華へ尋ねた。
「なぜ、途中で言い直したのですか」
「受け取った方の名まで書くよう、命じられていなかったからでございます」
「聞いてしまったあとでしょう」
「はい。次からは、先に玉英様へ確かめます」
「桂香様は、変な娘だと思ったでしょうね」
「それは仕方がございません」
「嫌われてもよいのですか」
「嫌われたいとは思いません。ただし、命じられていないことを、命じられたと偽る方が困ります」
月娥は麗華を見たあと、前を向いた。
「母上から、随分厳しく教えられたようですね」
「はい。勝手なことをすれば、その日のうちに直されました」
「お店でもですか」
「店では、間違いによって銀が減りました」
「宮中では、銀だけでは済みません」
「昨日、分かりました」
倉へ戻ると、麗華は竹札を彩雲へ渡した。
彩雲は記された数字を読んだ。
「倉から白絹4疋。裁縫場で4疋を受け取った。合っています」
「受け取った方の名も書くのでございますか」
「尋ねたのですか」
「はい。途中で、命じられていないことに気づきました」
「何と答えました」
「玉英様へ尋ねてから決めると申しました」
「相手は」
「楊桂香様でございます」
玉英が彩雲へ告げた。
「受け取った者の名は残した方がよろしいと思います」
「そうですね。ただし、下働きの者が尋ねれば、嫌がる者もいます」
「竹札を見せ、私から命じられたと申させます」
彩雲は竹札へ桂香の名を書き加え、麗華へ返した。
「次からは、受け取った者の名も記しなさい。今度は命じました」
「はい」
「昨日のことで、何でも疑えばよいと思ってはなりません」
「思っておりません」
「相手が忙しければ待ちなさい。数が合えば、余計な質問をしてはなりません。合わない時だけ、月娥と玉英へ知らせなさい」
「承知いたしました」
「では、次は麻布です」
麗華は棚へ向かった。
麻布の束を数え、木札と照らし合わせる。
月娥が運ぶ者を決め、香児と玉蘭が木枠を用意する。春燕と小蓮は縄の傷みを確かめた。
昨日までと同じ倉である。
麗華の衣服も、寝所も、食事も変わっていない。
位を得たわけでもなく、皇帝へ近づいたわけでもない。
それでも、麗華の手には、倉から出た数と、作業場が受け取った数を記す竹札があった。
4疋を運んだなら、4疋と確かめる。
相手が上の女官であっても、数が合うまでは戻らない。
宮中で麗華が初めて任されたのは、大きな権限ではない。
帳簿に書かれる前の数字を、事実のまま残す仕事であった。
中編2では、緋色の絹の紛失事件が解決したあと、麗華たち6人が玉英から注意を受けた。
盗みの疑いは晴れたが、裁縫場で受取数を確かめずに戻った責任は残った。今後は、品を渡す時に数を読み上げ、受け取る側にもその場で確かめてもらうことになった。
彩雲は、麗華の私物の帳面に宮中の品や人について記録することを禁じた。宮中の数量や人の配置を私物へ書き続ければ、帳面を失った時に問題となるからである。
その一方で、彩雲は麗華に、倉から出した数と作業場が受け取った数を、決められた竹札へ記す仕事を与えた。麗華はまだ位のない下働きであり、帳簿へ書き込む権限も、人を調べる権限もない。
古参の月娥は、自分の仕事を奪われたように感じた。しかし麗華は、宮中の仕事の順序や相手を知らないことを認め、月娥へ協力を求めた。
翌朝、6人は白絹4疋を裁縫場へ運び、その場で4疋を受け取ったことを確かめた。
麗華の立場は、まだ後宮の最下層にある。
それでも、事実と異なる数字によって罪を負わされないための仕事を、1つ任されることになった。




