第5話(中編1)――「受取帳の空白」
緋色の絹1疋が消えた翌朝、運搬に当たった6人は別々の部屋へ移され、前日と同じことを繰り返し尋ねられる。
麗華は自分で調べることを禁じられていた。許されているのは、尋ねられたことへ答え、その場で見聞きした事実を申し出ることだけである。
日暮れまでに絹が見つからなければ、華宝舗にも調べが及ぶ。
夜明け前、麗華は廊下を歩く足音で目を覚ました。
戸の外には見張りがいる。部屋の6人は仕事へ出ることを許されておらず、水場へ行く時も、2人ずつ連れていかれた。
戻ってきた香児は、冷えた指を袖の中へ入れたまま、麗華の寝台へ近づいた。
「今日、本当に別々に調べられるのでございますか」
「昨日、彩雲様がそのように申されました」
「同じ答えを申せば、信じてもらえるのでしょうか」
「見たことが同じなら、同じ答えになります。覚えていないことまで合わせれば、かえって疑われます」
「ですが、昨日どこを見ていたかまで、はっきり覚えておりません」
「覚えていないことは、覚えていないと答える方がよろしいでしょう」
香児は麗華の顔を見た。
「それで罪にされませんか」
「覚えていないことを作れば、あとで事実と違った時に嘘になります」
月娥が2人の会話を聞き、寝具をたたむ手を止めた。
「麗華さんの申す通りです。誰かを助けようとして、見てもいないことを見たと申してはなりません」
昨日まで麗華へ疑いを向けていた月娥も、取り調べが現実となったことで考えを変えたらしい。6人の答えをそろえるより、自分が嘘をついたと見なされないことを優先していた。
朝食には粥が運ばれた。
昨日と同じ豆と麦の粥であったが、今朝は湯気が立っている。塩漬けの菜も1切れずつ付いていた。
香児は椀を両手で持ち、何度も息を吹きかけた。玉蘭は半分ほど食べたところで箸を置いた。
「食べておいた方がよろしいですよ」
麗華が告げた。
「喉を通りません」
「取り調べがいつ終わるか分かりません。昼の食事も出るとは限りません」
玉蘭は粥を見たあと、もう一度箸を取った。
食器が下げられると、孫玉英が2人の女を連れて入ってきた。
「これから1人ずつ話を聞きます。呼ばれた者だけ、外へ出なさい」
最初に月娥が呼ばれた。
月娥が戻らないうちに、次は玉蘭が連れていかれた。そのあとも小蓮、春燕、香児の順に部屋を出たが、誰も戻ってこない。
最後に残った麗華へ、玉英が告げた。
「お前の番です」
麗華は玉英のあとに従った。
通されたのは、布の倉の脇にある小部屋であった。窓は高い位置に1つだけあり、朝の光が卓の端へ差している。
卓の向こうには、劉彩雲が座っていた。その前に、倉の帳簿、裁縫場の受取帳、麗華から取り上げた帳面が置かれている。
玉英は戸口に立った。
「座りなさい」
彩雲に命じられ、麗華は卓の前に置かれた腰掛けへ座った。
「昨日、話したことを、もう一度、最初から申しなさい」
「どこからでございますか」
「緋色の絹を倉で見たところからです」
麗華は、前日の夕刻に見聞きしたことを順に話した。
倉で陳素娟が緋色の絹4疋を出したこと。
木枠を2台使い、1台に2疋ずつ載せたこと。
月娥と玉蘭が前の木枠を運び、自分と香児が後ろを持ったこと。
春燕と小蓮が、布を壁や柱へ当てないよう左右を歩いたこと。
途中で後ろの木枠が傾き、麗華が縄を締め直したこと。
裁縫場へ着いた時、郭芳華が戸を閉めかけていたこと。
2台の木枠を中へ置いたあと、受け取りの確認に立ち会わず、倉へ戻ったこと。
彩雲は途中で口を挟まず、麗華が話し終えてから尋ねた。
「縄を締め直した時、木枠の上には何疋ありましたか」
「2疋でございます」
「上にあった絹と、下にあった絹を見分けられますか」
「包みの外から見ただけでございますが、どちらも緋色でございました」
「上の1疋を持ち上げましたか」
「持ち上げておりません」
「縄を引くだけで、締め直せたのですか」
「一度、結び目を緩め、木枠の横棒へ掛け直しました」
「その間、絹から目を離しましたか」
麗華は前日の通路を思い返した。
木枠を床へ下ろし、緩んだ縄を確かめた。結び目は木枠の右側にあった。麗華が腰を下ろした時、上の絹は胸の高さより低い位置にある。
「結び目を見るため、何度か目を下へ向けました。ただし、絹を持ち去った者がおれば、香児さんか、そばにいた春燕さんと小蓮さんに見えたはずでございます」
「お前から見えなかったことを尋ねているのです」
「はい。縄の結び目を見ている間は、上の絹を見続けておりません」
彩雲は帳面へ何かを記した。
「裁縫場へ入った時、誰がいましたか」
「芳華様がおられました。奥の裁ち台にも女官が2人ほどいたと思いますが、顔と名は存じません」
「2人ですか」
「少なくとも2人でございます。ほかにもいたかもしれません」
「何をしていましたか」
「1人は布をたたみ、もう1人は卓の上を片づけておりました」
「緋色の絹へ触れましたか」
「私が見ている間には、触れておりません」
「木枠を置いた場所は」
「戸から入って右側でございます。壁との間に、人が1人通れるほどの空きがありました」
「前と後ろの木枠を並べたのですか」
「いいえ。前の木枠を奥へ置き、その手前へ後ろの木枠を置きました」
「なぜ重ねなかったのです」
「木枠を重ねたのではございません。床へ縦に並べました」
彩雲は手元の紙へ、木枠を表す四角を2つ描いた。
「このような位置ですか」
「はい。ただし、前の木枠は、もう少し壁に近うございました」
「芳華は、どこにいましたか」
「戸のそばでございます」
「木枠を見ていましたか」
「私たちが運び入れるところは見ておりました」
「数を数えた様子は」
「ございません。戸を閉める時刻であったため、木枠を置いたら戻るよう命じられました」
彩雲は受取帳を開いた。
「裁縫場では、受け取った品を、誰が帳簿へ記すか知っていますか」
「存じません」
「芳華です」
「昨日も、芳華様が記されたのでございますか」
「尋ねているのはこちらです」
「申し訳ございません」
彩雲は受取帳を麗華から読めない向きに置いたまま、頁の一部を指で押さえた。
「お前は、前日に藍染めの絹の傷を見つけていますね」
「はい」
「その時、月娥から申告しなくてよいと言われた」
「はい」
「今回の紛失と関係があると思いますか」
「分かりません」
「随分、慎重に答えるのですね」
「藍染めの絹の傷を誰が見逃したのか、私は存じません。緋色の絹がどこへ行ったのかも見ておりません。関係があると申し上げる根拠がございません」
「では、何が分かっていますか」
「倉で4疋を見たこと、裁縫場へ2台の木枠を置いたこと、裁縫場では受け取りの数を確かめなかったことだけでございます」
「お前の話では、何も解決しません」
「はい」
「華宝舗を調べられてもよいのですか」
麗華は膝の上で指を重ねた。
「調べていただきたいとは思っておりません。店の信用を損なう恐れがございます」
「それならば、知っていることをすべて話しなさい」
「話しております」
「何か見落としていることはありませんか」
彩雲の声には苛立ちが混じっていた。
麗華は、もう一度、倉から裁縫場までの順序を思い返した。
素娟が4疋と読み上げた。
前の木枠に2疋、後ろの木枠にも2疋あった。
通路で縄を締め直した。
裁縫場へ着いた。
芳華は戸を閉めようとしていた。
前の木枠を奥へ置き、後ろを手前へ置いた。
芳華から戻るよう命じられた。
その時、裁縫場の奥では、女官が卓を片づけていた。
麗華は、卓の上に何があったかを考えた。
「申し上げてもよろしいでしょうか」
「申してみなさい」
「裁縫場へ入った時、奥の卓に灯明がございました」
「夕刻ですから、灯明を使っていても不思議ではありません」
「はい。ただし、戸を閉めるところであったのに、奥の裁ち台には布が広げられておりました」
彩雲の指が止まった。
「何色ですか」
「緋色でございます」
「なぜ、昨日のうちに申さなかったのです」
「運んだ絹と同じ色でございましたが、裁縫場にはほかにも緋色の布があると思いました。私たちが運んだ絹は、まだ木枠の上にございました」
「確かですか」
「後ろの木枠に載せた2疋は確かめました。前の木枠は奥へ置いたため、私の位置からは、上の1疋しか見えておりません」
玉英が戸口から尋ねた。
「卓に広げられていた布を見たのは、いつですか。木枠を置く前ですか、あとですか」
「前の木枠を置き、後ろの木枠を運び入れた時でございます」
「その布は、すでに裁たれていましたか」
「端が卓の向こうへ垂れていたため、全体は見えませんでした。ただ、女官の1人が長い物差しを持っておりました」
彩雲は受取帳を閉じた。
「昨日、裁縫場を調べた時、その卓も見ています。緋色の布はありませんでした」
「私が見た布が、失われた絹であるとは申しておりません」
「分かっています」
彩雲は玉英へ向き直った。
「昨日の夕刻、裁縫場で扱っていた緋色の布を調べなさい。芳華だけでなく、その場にいた者へ別々に聞くのです」
「承知いたしました」
玉英が戸を開けようとすると、麗華が呼び止めた。
「もう1つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
玉英が振り返った。
「何ですか」
「裁縫場へ入った時、布をたたんでいた方の手に、緋色の糸が付いておりました」
「顔を覚えていますか」
「横顔しか見ておりません。名も存じません」
「服の色は」
「薄い青でございました。袖口に白い糸の刺繍がございました」
「ほかには」
「ございません」
彩雲が尋ねた。
「なぜ、それも昨日のうちに申さなかったのです」
「裁縫場で布を扱う方の手に糸が付いていても、不自然とは思わなかったからでございます」
「今は不自然だと思うのですか」
「昨日の夕刻、緋色の布を扱った者がいたかを調べるのであれば、その方もお尋ねになると思いました」
彩雲は麗華を見た。
「お前は、自分に都合のよいことを思い出したのではないでしょうね」
「昨日と違うことを申し上げたのであれば、ほかの5人へもお尋ねください。私と同じ場所にいた春燕さんと小蓮さんには、卓が見えた可能性がございます」
「2人の答えを聞いてから判断します」
彩雲は玉英へ目を向けた。
「麗華を別の部屋へ移しなさい。ほかの5人とは会わせてはなりません」
「はい」
麗華が立ち上がると、彩雲が呼び止めた。
「お前が見たことが事実であっても、まだ疑いが消えたわけではありません」
「承知しております」
「昨日、前の木枠に2疋あったことを、お前は裁縫場で確かめていません」
「はい」
「後ろの木枠の縄へ触れた事実も変わりません」
「はい」
「勝手に安心してはなりません」
「安心はしておりません」
麗華は玉英に連れられ、小部屋を出た。
◇ ◇ ◇
次に入れられた部屋は、窓のない物置であった。
空の籠と木箱が壁に積まれ、乾いた藁と古い布の臭いがこもっている。戸の外には見張りが立った。
麗華は腰掛けを使わず、床に敷かれた筵へ座った。
自分で調べることはできない。
春燕と小蓮が裁縫場の卓を見ていたかどうかも分からない。
薄い青の衣服を着た女官が、昨日の緋色の布について何を話すかも分からなかった。
ただし、裁縫場には、麗華たちが運び入れる前から緋色の布があった。
それが事実なら、受取帳の3疋が、昨日扱った緋色の絹すべてを示しているとは限らない。
正午を過ぎたころ、戸が開いた。
玉英が粥の椀を持って入ってきた。
「食べなさい」
「ありがとうございます」
粥には青菜が入っていた。朝より冷えていたが、麗華は残さず食べた。
玉英は、空になった椀を受け取っても、すぐには出ていかなかった。
「春燕と小蓮も、裁ち台に緋色の布があったと答えました」
麗華は玉英を見た。
「その布が、どこから出された物かは分かったのでございますか」
「お前へ教える必要はありません」
「申し訳ございません」
「ただし、今のところ、お前たち6人の答えは大きく食い違っていません」
「それでは、月娥さんたちも、この部屋へ戻れるのでございますか」
「まだです」
玉英は椀を持ったまま、麗華の前に立っていた。
「なぜ、前の木枠の絹を数えなかったのですか」
「月娥さんと玉蘭さんが運んだ木枠であり、倉では2疋あることを見ておりました。裁縫場では、芳華様から戻るよう命じられました」
「命じられたから、確かめなかったのですね」
「はい」
「それが今回の原因です」
「承知しております」
「違います。お前だけのことではありません」
玉英は、戸口にいる見張りへ聞こえないよう声を抑えた。
「倉で品を渡す者は、倉を出した数だけを記す。運ぶ者は、受け取る側へ置けば仕事が終わったと思う。裁縫場では、忙しければ数を翌朝に回す。誰も、相手の帳簿に何と記されたかを確かめません」
「それでは、以前にも数が合わないことがあったのでございますか」
「それをお前へ話すつもりはありません」
玉英は戸へ向かった。
「食事を終えたなら、そこで待ちなさい」
「はい」
戸が閉まった。
麗華は、玉英が口にしたことを考えた。
倉、運搬、裁縫場。
それぞれが自分の仕事だけを見ている。
受け渡しの境目に、記録されない時間が生まれる。
その間に布が動けば、あとから誰が動かしたのかを確かめることになる。
華宝舗であれば、品を渡す側と受け取る側が、その場で数を読み上げ、帳簿へ記す。宮中には華宝舗より多くの人が働いているが、身分の違いがあるため、下の者は上の者へ確認を求めにくい。
日がどこまで傾いたのか、窓のない部屋からは分からなかった。
やがて廊下を走る足音が近づき、戸が開いた。
「立ちなさい」
入ってきた玉英の呼吸が乱れていた。
「彩雲様がお呼びです」
麗華は玉英に従い、朝の小部屋へ戻った。
彩雲の前には、薄い青の衣服を着た女官が立っていた。袖口には、麗華が覚えていた白い糸の刺繍がある。
女官は20歳前後に見え、目元を赤くしていた。
その隣には、芳華がいる。
芳華の顔はこわばっていた。
彩雲は麗華へ尋ねた。
「昨日、裁縫場で見たのは、この者ですか」
「横顔しか見ておりません。衣服は同じでございます」
「顔を見なさい」
女官が麗華へ顔を向けた。
昨日は灯明の向こうにいたため、顔立ちまで覚えていない。しかし、髪をまとめた紐と、左の耳の下にある小さな黒子には見覚えがあった。
「この方だと思います。ただし、間違いないとまでは申し上げられません」
「なぜ、言い切らないのです」
「昨日は横から見ただけでございます」
彩雲は薄青の衣服の女官へ向き直った。
「お前の名を、もう一度申しなさい」
「趙秀芳でございます」
「昨日の夕刻、裁ち台にあった緋色の絹を、どこから出しましたか」
秀芳は芳華を見た。
「こちらを見なさい」
彩雲に命じられ、秀芳は正面へ向き直った。
「昼過ぎに、裁縫場の奥にある棚から出しました」
「帳簿へ記しましたか」
「芳華様が記してくださると思っておりました」
「私は、お前へ尋ねています。記したのですか」
「記しておりません」
「何に使いましたか」
「冬衣の袖の裁ち直しに使いました」
「誰から命じられたのです」
秀芳は唇を結んだ。
彩雲は返事を待った。
「申せません」
「申せないのではなく、申したくないのでしょう」
「私が勝手にしたことにしてください」
芳華が秀芳を振り向いた。
「何を申しているのです」
「芳華様は、何もご存じありません」
秀芳が答えた。
彩雲は芳華へ目を向けた。
「何も知らない者が、なぜ昨日の受取帳へ3疋と記したのですか」
「裁縫場に残っていた数を記したからでございます」
「倉から受け取った数を記す帳簿です。残っていた数ではありません」
「戸を閉める時刻で、運ばれた絹を広げることができませんでした。今朝、3疋を確かめ、その数を記しました」
「運ばれたのは4疋であると、6人が申しています」
「私は数えておりません」
「数えていない者が、なぜ3疋と記したのです」
芳華は答えなかった。
麗華には、まだ分からないことがあった。
秀芳が裁ち台で使った絹は、麗華たちが運び入れる前から裁縫場にあった。倉から運んだ4疋とは別の物である。
それならば、緋色の絹は合計で5疋あったことになる。
1疋を袖の裁ち直しに使い、4疋を新たに受け取ったのであれば、裁縫場には裁ち残しと4疋があるはずであった。
彩雲も同じ点を確かめた。
「秀芳。お前が使った絹は、どこにありますか」
「袖を裁ち直し、残りは元の包みへ戻しました」
「その包みは」
「芳華様が、奥の棚へ移しました」
彩雲は芳華へ尋ねた。
「どの棚ですか」
「裁ち終えた布を置く棚でございます」
「昨日、そこも調べました」
「緋色の絹は、別の布で包みました」
「なぜですか」
「裁ちかけの布を、そのまま積むことはできません」
「包みに何と記しましたか」
芳華は答えなかった。
玉英が卓の上へ、灰色の麻布で包んだ物を置いた。
麻布を開くと、中から緋色の絹が現れた。端の一部が裁たれているが、残りは大きく、畳めば1疋分に近い厚みがある。
「裁ち終えた布の棚から見つけました」
玉英が告げた。
「包みの札には、緋色の絹とは書かれておりません。古い裏地と記されていました」
麗華は、緋色の絹を見た。
見つかったのは、昨日運んだ4疋のうちの1疋ではない。麗華たちが運ぶ前から、裁縫場にあった絹である。
しかし、この1疋が帳簿に記されていなかったため、裁縫場では、昨日受け取った4疋のうち3疋しか残っていないように見えたのである。
彩雲が芳華へ尋ねた。
「なぜ、古い裏地と書いたのです」
「それは……」
「誰から袖の裁ち直しを命じられたのですか」
芳華は秀芳を見た。
秀芳が先に口を開いた。
「私が、急いで仕上げたいと申しました」
「理由を尋ねています」
「一度仕立てた袖の長さが合わず、明朝までに直すよう命じられました。しかし、新たに布を出す手続きを取れば、間に合いませんでした」
「だから、帳簿へ記さず、棚にあった絹を使ったのですね」
「はい」
「芳華は、いつ知ったのです」
秀芳は答えられなかった。
芳華が口を開いた。
「絹を使い始めてからでございます。元へ戻すことはできませんでした」
「それで、古い裏地と書いて隠したのですか」
「はい」
「昨日運ばれた4疋を3疋と記したのは、裁った1疋を、その4疋の中へ紛れ込ませるためですね」
芳華の顔から血の気が引いた。
「倉から出した数まで確かめられるとは思いませんでした」
「運んだ6人が、4疋を見ています」
「下働きの者が、そこまで数を覚えているとは……」
芳華は、言葉を途中で止めた。
麗華は、芳華が何を考えていたかを理解した。
裁縫場で帳簿に残さず使った絹1疋を、昨日届いた4疋のうちの1疋であったことにする。受け取った数を3疋と記せば、帳簿の上では、裁縫場が勝手に使った絹は存在しなくなる。
その代わり、運搬に当たった6人が、1疋を失った責任を負う。
彩雲は芳華へ告げた。
「お前は、絹を盗んではいません。しかし、無断で使った絹を隠すため、運んだ者へ紛失の責任を負わせようとしました」
「そのつもりはございませんでした」
「では、3疋と記せば、足りない1疋の責任は誰が負うと思ったのです」
芳華は返答できなかった。
彩雲は麗華へ向き直った。
「お前たち6人が運んだ緋色の絹は、4疋とも見つかっています。裁ち終えた布を置く棚の奥に、1疋が移されていました」
「誰が移したのでございますか」
「芳華です。無断で使った絹と、昨日届いた絹を入れ替え、数を合わせようとしました」
麗華は、ようやく息をついた。
自分が盗んだとの疑いは消えた。
華宝舗へ調べが及ぶこともない。
しかし、同じ部屋の5人は、まだ別々の場所で結果を知らずに待っている。
「月娥さんたちへも、絹が見つかったことをお知らせいただけますか」
「先に自分への疑いが晴れたかを尋ねないのですね」
「4疋すべて見つかったのであれば、私だけでなく、6人への疑いがなくなったと考えました」
「盗みの疑いはなくなりました。ただし、受け取りを確かめずに戻った責任まで消えるわけではありません」
「承知しております」
「戻りなさい。ほかの5人も部屋へ戻します」
麗華は立ち上がった。
彩雲は、取り上げていた帳面を手元へ引き寄せたが、まだ返さなかった。
「この帳面は、もう少し預かります」
「はい」
「お前には、あとで尋ねることがあります」
麗華は理由を問わず、礼をして部屋を出た。
廊下には、夕方の光が差していた。
日暮れまで、まだ半刻ほど残っている。
華宝舗へ調べが及ぶ前に、4疋の絹は見つかった。
ただし、麗華は、宮中で数が合わなくなる理由を知った。
品を盗む者だけが、帳簿を偽るのではない。
自分の失敗を隠し、上の者から叱られずに済ませるため、下の者へ責任を移す者もいる。
麗華が宮中へ入って最初に巻き込まれたのは、絹の盗難ではなかった。
帳簿に書かれなかった1疋と、書き換えられた3疋によって、6人へ罪を負わせる偽りであった。
中編1では、6人が別々に取り調べられた。
麗華は、裁縫場へ絹を運び入れた時、奥の裁ち台に別の緋色の布が広げられていたことを思い出した。春燕と小蓮も同じ布を見ていたため、彩雲は裁縫場で前日から使われていた絹を調べた。
裁縫場の趙秀芳は、冬衣の袖を急いで裁ち直すため、帳簿へ記さず緋色の絹を使っていた。郭芳華は、その無断使用を隠すため、裁ち残した絹を「古い裏地」として包み、前日に届いた4疋のうち1疋と入れ替えた。
さらに芳華は、裁縫場の受取帳へ3疋と記し、足りない1疋の責任を運搬に当たった6人へ負わせようとした。
麗華たちが運んだ4疋は、すべて裁縫場から見つかった。盗みの疑いは晴れ、華宝舗への調べも行われずに済んだ。
しかし、受け取りを確かめずに戻った責任は残っている。彩雲は麗華の帳面を返さず、あとで尋ねることがあると告げた。




