第3話(後編1)――「崔家の娘」
(1113年4月、北宋・開封府外城)
崔家の屋敷は、外城南東の通りから細い路地へ入った場所にあった。塀は雨で一部の土が流れ、屋根瓦も数枚ずれていたが、門前は掃き清められていた。戸に壊れたところはなく、家名の札もまっすぐに掛かっている。
白麗華が戸をたたくと、50歳ほどの男が出てきた。長く崔家に仕える何忠と名乗り、約束を確かめて中へ案内した。
麗華は門をくぐる前に裾と履物を見た。青い上着に濃い色の裙を合わせ、髪には銀の簪を1本だけ挿していた。持参したのは童貫の書付と華宝舗の帳簿で、銀も薬も持っていなかった。
客間では、崔景仁と妻の曹静蘭が待っていた。少し後ろに、息子の崔文亮が控えている。37歳の景仁は痩せて血色が悪く、息を吸うたびに胸が鳴った。32歳の静蘭は髪を整え、飾りの少ない衣服を着ていた。麗華が入ると、顔だけでなく歩幅や手の位置、礼を取る動きまで見ていた。
文亮は父親に似て細身だった。麗華と同じ16歳で、すでに経書を学んでおり、卓の脇には書物が積まれていた。
麗華は礼をし、清河県から来たことと、面会を許された礼を述べた。景仁に席を勧められて座ると、静蘭が膝元へ目を向けた。
「今の座り方で、どこを直すべきか分かりますか」
「裙を払う手が大きく動きました。腰を下ろすのも早すぎたと思います」
「背も前へ傾きました。もう一度立って、やり直しなさい」
麗華は裙を整え、背を立てたまま座り直した。静蘭は何も言わず、何忠が運んだ茶に手を伸ばした。麗華も促されて一口飲み、温かさを尋ねられると、ちょうどよいと丁寧に答えた。
「それは商いの相手への答え方です。母に答える時には、そこまで堅い言葉を使いません」
「私は、まだ曹様の娘ではございません」
「今日はそれで構いません。ただ、1か月後も同じ話し方しかできなければ、娘として迎えることはできません」
麗華は言葉を聞き漏らさないようにした。家族と客では話し方が違い、年齢や立場、親しさによっても変わる。後宮では、さらに細かな使い分けを求められるはずだった。
景仁は童貫の書付を読んでから、華宝舗の帳簿を求めた。麗華が古物売買、小口貸し、注文品の3冊を差し出すと、まず貸付帳を開いた。
「返済できなくなった者には、どう対処している」
「理由を調べます。病や事故なら利息を止め、商いを続けながら元金を返していただきます。借りた銭を賭け事に使った者には、二度と貸しません」
「病人には情けをかけるのか」
「商いを潰せば、返す者もいなくなります。続けていただいた方が多く戻ると判断した場合に待ちます」
景仁は帳簿を文亮へ渡し、遅れた返済を調べさせた。記録があるのは7人で、そのうち今も遅れているのは、竹細工職人と酒屋の女の2人だった。
「竹細工職人は病で働けませんので、息子の作った籠を店で売り、その売上から返していただいております。酒屋の女は夫の借金を返しながら店を続けています。返済日を2度延ばしましたが、元金の8割は戻りました」
文亮は説明と記録を照らし合わせ、合っていると父へ伝えた。景仁は帳簿を閉じた。
「次は清河県で、これが事実かを調べる。私は童貫様に恩を受けているが、頼まれたというだけで娘を迎えることはできぬ。病で暮らしが苦しいから、銀を受け取って承知すると思ってはいないだろうな」
「そのような方であれば、私も娘にはなりません」
静蘭の眉が動き、文亮は父と麗華を見比べた。景仁は、麗華も崔家を調べると聞いていると告げた。
「借金や親類、近所での争いを確かめます。養女になったあと、華宝舗の財産を求める方が現れないかも調べたいのです」
「私が店を崔家の物にすると言ったら、どうする」
「養女のお話をお断りします。実の娘ではないからこそ、先に確かめなければなりません」
景仁が咳き込み、静蘭が背をさすった。何忠が湯を差し出したが、咳はしばらく続き、景仁は布で口を押さえた。麗華は席で待った。病名も分からず、脈を診る知識もない。近づいても邪魔になるだけだった。
呼吸が落ち着いてから尋ねると、咳は3年ほど続き、何人かの医師に診せていた。薬で少しよくなっても、また悪くなるという。
「これまでの処方と、残っている薬を見せていただけませんか。私が薬を選ぶのではなく、薬材の名と仕入れ値を確かめ、別の医師にも診ていただきたいのです」
文亮は、高い薬を売るつもりではないかと尋ねた。
「華宝舗から納める場合も、仕入れ値と口銭はお示しします。ほかの薬舗に安くてよい品があれば、そちらをお使いください。父となるかもしれない方の治療で、大きく儲ける必要はありません」
「まだ娘ではありませんよ」
静蘭に指摘され、麗華はうなずいた。
「だからこそ、今から診ていただきます。養女にしていただいてから薬を出せば、その報酬のようになります」
景仁は湯の椀を置いた。
「病を見ずに薬を持参してはならぬと、童貫様に言われたそうだな。その意味は分かったか」
「必要なのは薬材ではなく、病状に合う治療だと分かりました」
「では、医師を連れてきなさい。ただし、診る前に銀を渡してはならぬ」
その日は養女の話を決めず、麗華は客間への入り方や茶を受ける手の位置、年長者への答え方を繰り返し教わった。屋敷を出る頃には、日が傾いていた。
◇ ◇ ◇
翌日、麗華は周元達に頼み、開封で長く診療している医師を2人紹介してもらった。それぞれ別の日に景仁を診てもらうと、最初の医師は、これまでの処方に体を温める薬が多すぎると指摘した。次の医師は食事、眠り、便通、足のむくみまで調べ、強い薬をすぐ使わず、暮らしを整えながら10日ごとに診て、薬を調整すると述べた。
麗華は両方の話を書き留め、静蘭へ渡した。
「どちらの診立てに従うべきだと思いますか」
「私には決められません。ただ、お2人とも、以前の薬をそのまま続けるべきではないと申しております。残っている薬も医師に見せ、新しい処方と重ならないようにしていただきます」
診察のたびに費用がかかると静蘭が言うと、麗華は治療と薬に銀30両まで使う許しを童貫から得ていると説明した。静蘭の表情が硬くなった。
「その銀で、娘に迎える返事を求めるのですか」
「違います。養女になれなくても、始めた治療は区切りがつくまで負担します。断られたから薬を止めるようでは、返事を買うことになります」
「30両を全て使うとは限らないでしょう」
「必要な分だけ使い、残りは私のもとへ戻します」
静蘭は書付を読み直し、次の診察には自分も立ち会うと告げた。
「お前は医師の話を聞いて、書き留めなさい。治療に口を出してはなりません」
麗華がすぐに返事をすると、静蘭は少し早すぎると注意した。麗華は間を置いて答え直した。今度は、それでよいと言われた。
◇ ◇ ◇
崔家へ通う日は、朝から昼まで礼法と書、午後は琴と詩を学んだ。初めの10日間、静蘭は詩を作らせず、読ませて意味を尋ねた。
麗華が春の花の美しさを詠んでいると答えると、静蘭は首を振った。
「花が美しいだけなら、庭を見れば分かります。作者は花を見て、誰を思っているのですか」
読み直した麗華は、最後の2句から、都を離れた友を思っているのだと答えた。静蘭はその根拠を確かめてから、最初からそこまで読むよう求めた。
書は筆の持ち方から直された。帳簿を速く書く癖が付き、線の太さや文字の間隔がおろそかになっていた。静蘭は朱を入れながら、商いの証文なら読めても、宮中へ出す書付には使えないと告げた。
麗華は顔を上げた。
「私が身分を求める理由を、童貫様からお聞きになったのでしょうか」
「良家の娘として作法を学ぶ必要があるとだけ聞いています。ただ、普通の縁談なら、これほど急ぐことはありません。いずれ自分の口から話しなさい」
麗華は今話してよいかと尋ねたが、静蘭はまだ聞かないと答えた。
「望みを先に知れば、同情して迎えるのか、娘として受け入れたいのか、自分でも分からなくなるかもしれません。今は、この1行を書き直しなさい」
琴はさらに難しかった。弦を押さえる力が強すぎて音が途切れ、右手の指も遅れた。同じ箇所を3度間違えると、静蘭は手を止めさせた。
「店のことを考えていますね」
「今日は清河県から帳簿が届きます。返済の遅れている方もおりますので」
「届いていない帳簿を考えても、今は何もできません。琴を弾きながら銭勘定をする女を、誰が美しいと思いますか」
麗華が口を閉じると、静蘭は後宮へ入りたいのだろうと続けた。昨夜、景仁から聞いたという。
「私は反対です。女官になっても、陛下のお顔を見る機会さえなく年を重ねる者が大勢います。病になっても帰れるとは限りません」
「それでも入りたいのです。私よりご存じのことが多いのでしたら、お教えください」
「知ったところで諦めないのでしょう」
「諦めるためではなく、入ったあとに生き残るために伺いたいのです」
静蘭は麗華の顔を見た。
「自分が見初められると思っているのですね。琴もまだ満足に弾けないのに、何を頼りにするつもりですか」
「容貌だけでは足りないと分かっております。私には銀と商いがあります。人が何を欲しがり、恐れ、隠すかを見てきました。贈り物を受け取って動く者も、受け取るだけの者もいます。初めから誰にでも配るつもりはありません」
「その振る舞いが知られれば、崔家も疑われます。娘になる以上、お前の行いと家の名は切り離せません」
麗華は琴から手を離した。
「それなら、娘にはしないとお決めになりますか。私は望みを変えません」
「まだ決めていません。お前が諦めないことも分かっています。だからこそ、今は琴を教えているのです」
静蘭は自分で弦を弾き、麗華がつまずいた箇所を示した。
「宮中で弾く機会を得ても、失敗すれば次はないかもしれません。店なら自分で次の商いを始められますが、後宮で再び機会を与えるかどうかは、他人が決めるのです」
麗華は指の動きを見てから、もう一度弾くと答えた。静蘭は、今だけ帳簿を忘れればよいのであって、店を捨てろとは言っていないと付け加えた。その日、間違えずに最後まで弾けたのは、夕方になってからだった。
◇ ◇ ◇
清河県では、景仁の使いが華宝舗と陸家を訪ねていた。帳簿を調べ、借り手や古物を売った客、注文を受けた職人からも話を聞いた。
麗華は返済を厳しく求め、嘘をついた者には二度と貸さなかった。一方、病や事故で働けない者には、利息を止める場合があった。値切ることはあっても、決めた代金をあとから減らさず、買い取ると約束した品は損が出ても引き取っていた。
春梅は帳簿を見せたが、後宮の話はしなかった。陸家では趙淑英が、親も故郷も分からない娘を拾い、言葉や薬材、帳簿を学ばせた経緯を話した。陸文徳の妾になる道を選ばず、自分の銀で店を持ったことも伝えた。
淑英は、崔家が麗華の財産を求めているのではないかと尋ねた。使いから麗華も崔家を調べていると聞くと、苦笑した。
「娘になろうという家まで先に確かめるとは、あの子らしいことです」
その頃、麗華も周元達の店の者を通じ、崔家の近くの米屋、薪売り、薬舗から話を集めていた。大きな借金はなく、景仁が退職して暮らしが苦しくなっても、使用人の給金を滞らせたことはなかった。修繕や衣服を後回しにし、文亮の書物を買う銭を残していた。
ただ、城内で布を扱う景仁の従弟には気になる話があった。銭を貸す代わりに文亮を店で働かせようとし、景仁に断られていた。その従弟自身が賭場へ出入りし、仕入れ代も2度滞らせている。麗華が養女になれば、親類として借金を申し込みに来る恐れがあった。
麗華は調べた内容を景仁へ見せた。
「従弟まで確かめたのか。私が、お前の銀をあの男へ渡すと思ったのか」
「景仁様が渡さなくても、華宝舗へ直接来られるかもしれません。その時は通常の客として調べます。今の状態では貸せませんが、商いを立て直し、賭場へ行かなくなれば再び判断します」
書付を読んだ文亮は、自分からも断ると言った。景仁に口を出すなとたしなめられると、姉になるかもしれない人のことだからと答えかけた。
静蘭はそこを聞きとがめた。
「2人とも16歳で、どちらが先に生まれたかも分からないでしょう」
「文亮様が兄で構いません。崔家で先に暮らしておられます」
「入った順で決めるものではありませんが、このことも考えなければなりませんね」
景仁は笑い、文亮を兄にしようと決めた。静蘭がもう娘にすると決めたのかと尋ねると、景仁は自分は決めたと答えた。
「私は、1か月が終わる日に返事をします。それまでは稽古を続けます。決まったつもりで気を緩めてはなりません」
麗華が丁寧に返事をすると、静蘭は今日は遅すぎると言った。その口元には、わずかに笑みがあった。
◇ ◇ ◇
1か月目の最後の日、客間には景仁、静蘭、文亮のほか、何忠と近所に長く住む老人2人が集まっていた。卓には養女の書付が置かれ、印を押すところだけが空いていた。
景仁は麗華に、崔家を調べたうえで娘になりたいと思うかと尋ねた。麗華は、病で再び働けなくなっても、財産が増えなくても気持ちは変わらないと答えた。
「財産を求めているのではありません。父、母、兄と呼べる方々と、確かな身分を求めております」
「初めから、家族も欲しかったのか」
「最初は身分だけでした。ですが、今は養女になれなくても、景仁様の治療を続けたいと思っています。琴の師ならほかにも探せますが、静蘭様と同じように叱ってくださる方がいるとは限りません」
文亮が、自分については何もないのかと尋ねた。麗華は帳簿の誤りを2か所見つけてもらった礼を述べ、娘となれば兄と呼ぶと答えた。文亮は姿勢を正し、自分も妹として接すると告げた。
景仁に返事を求められると、静蘭は麗華の望みを自分の口から話すよう命じた。麗華は前へ進んで膝をついた。
「後宮へ入り、皇帝陛下のお目に留まって、おそばへ召されたいと望んでおります。女官になることは、そのための最初の段階です」
老人たちが顔を見合わせた。静蘭は、選ばれても一生、衣や器、帳簿を扱うだけで終わるかもしれないと告げた。
「ほかの女官に嫌われ、銀を失い、望む役目を得られないこともあるでしょう。それでも続けるのですか」
「失敗は何度もすると思います。それでも、陛下のお目に触れる役目へ移る方法を探します」
「崔家まで争いに巻き込む恐れがあると分かっていますか」
「家の名を傷つける行いはいたしません。ただ、私が争いに負ければ、崔家も無関係ではいられないと思います」
「それを承知で、私に母になれと頼むのですね。随分勝手な娘です」
麗華が深く頭を下げようとすると、静蘭は手を差し出した。
「母に叱られた時は、そのように謝るのではありません。間違いを直し、繰り返さないようにするのです」
麗華は差し出された手を取った。
「母上」
「はい。後宮へ入ることには今も反対ですが、崔家の娘として進むなら、途中で投げ出すことは許しません。琴も書も、まだ人前へ出せるものではありませんから、毎日続けなさい」
「はい、母上」
「華宝舗の帳簿ばかり読んでもいけませんよ」
「それは、お約束できません。店を失えば、使える銀も失います」
静蘭は手を離し、そこは変わらないと言った。麗華が、使う以上のものを得るつもりだと答えると、その言葉を外で口にしてはならないと注意した。
景仁が書付を開いた。華宝舗の土地、建物、古物、貸付金、注文品の元金は麗華の財産として分け、崔家は許しなく動かさない。麗華は自分の衣食を負担するが、養女になる代金は払わない。治療、修繕、学費に充てる銀も、使途と額を残すことになっていた。
3人が内容を確かめて印を押し、老人たちも立会人として名を記した。何忠が酒と料理を運ぶと、麗華は客ではなく、娘として同じ卓に着いた。
「兄上、私が清河県にいる間は、父上の薬の記録をお願いできますか。診察の日と薬の量、食事、咳が出た時刻も残しておけば、医師に様子を伝えられます」
「分かりました。帳簿を用意しておきます」
「華宝舗から届けさせます」
静蘭は2人を見て、番頭と手代のようだと言った。文亮が自分は兄だと答えると、それなら命じられる前に用意しなさいと返された。景仁は声を立てて笑い、途中で咳き込んだ。
麗華がその時刻も記すよう頼むと、文亮は今日から始めるのかと驚いた。それでも席を立ち、紙を取りに行った。
◇ ◇ ◇
書付に続いて役所の記録も整い、正式な名は崔麗華となった。ただし、華宝舗では白麗華の名を使い続けた。土地や建物の証文を全て書き換えて過去の取引が追えなくなるのを避け、両方の名が同じ人物を指すことを別の書付で結び付けた。
近所には、景仁の遠縁に当たる娘を迎えたと伝えた。出生地や実の父母を作り上げず、家族を失って陸家に引き取られた経緯も隠さなかった。今後、父母を尋ねられれば景仁と静蘭が名乗り、親類、使用人、近隣の者も、麗華を崔家の娘として認めることになった。
記録が整った3日後、麗華は童貫の前へ呼ばれた。
「崔家に受け入れられたそうだな」
「はい。父上、母上、兄上に迎えていただきました」
「わずか1か月で親しく呼ぶものだ」
「母上から、家で他人のように呼ぶことを禁じられました」
「静蘭らしいな」
童貫は調査の書付に目を通し、清河県では欲深く、返すべき銭を1文もまけない女だと評されていると告げた。麗華は利息を止めることはあっても、元金は回収すると答えた。
「戻らなければ、次に必要な方へ貸せません」
「宮中でも、渡した銀を取り戻すつもりか」
「銀でなくても、必要なものを得たいと考えております」
礼法や芸事を確かめられると、麗華は母からまだ人前へ出せないと言われていると答えた。琴は短い曲を2つ覚え、書は時間をかければ整うようになったが、詩はまだ他人の作を読む段階だった。
「足りぬものばかりだ。それでも入りたいのだな」
麗華が望みは変わらないと答えると、童貫は役人に合図し、書付を出させた。
「2か月後、宮中で女官を補うための選びがある。崔景仁の養女として名を出す。受ける資格を得たのであって、選ばれると決まったわけではない」
童貫自身の名は表に出さないという。童貫が皇帝へ差し出す女と知られれば、利用しようと近づく者も敵視する者も増えるためだった。
「初めから私の名を使うな。選ばれても、衣を運び、器を数え、香を包むだけの役目かもしれぬ。陛下のそばへ出られるとは限らない」
「どの仕事でも、そこから近づく方法を探します」
「便所の掃除であってもか」
麗華は一瞬考えた。
「そこから道があるなら務めます。なければ、別の役目へ移る方法を調べます」
「勝手に歩くことも許されぬ場所だぞ。誰が動いてくれる」
「動ける者を探します。力を借りるために何が必要かは、相手を見て決めます」
童貫の口元が動いた。まだ入ってもいないと指摘され、麗華は2か月の間に外から分かることを調べると答えた。
「納入する商人や職人、退いた女官、宦官の家族から話を聞けるかもしれません。まずは華宝舗の取引として、香料、紙、布、白磁の瓶の値と仕入れ先を確かめます。品がどこへ運ばれ、誰が受け取るかが分かれば、扱う者も分かります」
そばの役人が、命じなくても宮中の仕入れを調べ始めると口を挟んだ。童貫はそれを認め、麗華へ条件を付けた。
「調べることは許す。ただし、私の名を使うことや、宮中の者へ銀を渡すことがあれば、全て記録せよ。隠して動けば、選びから外す。崔家にも話しておけ」
「母上は反対なさると思います」
「だから今、話すのだ。入ってから家へ戻り、相談できるとは限らぬ」
麗華は従うと答え、書付を受け取った。童貫は、2か月で琴も書も詩も完成するとは考えず、まず選ばれるために学べと告げた。
「選ばれたあとは、どなたが仕事を決めるのでしょうか」
「それを知ることから始めろ」
父母と家を得て、応募する資格は整った。しかし、宮中にはすでに長く仕える女官がおり、礼法や芸事に優れた者、有力な家の娘、皇后や妃の後ろ盾を持つ者もいる。麗華はまず選びを通り、その先で望む役目を得る方法を探さなければならなかった。
「2か月後、必ず選ばれます」
「決めるのは、お前ではない」
「はい。ですが、選ばれるためにできることは、全ていたします」
童貫は返事をしなかった。麗華は礼をして退出し、その日のうちに崔家へ戻った。母から琴と礼法を学び、兄には届いた帳簿を読んでもらう。翌日は周元達の店で宮中への納入について尋ね、清河県には女官選びのことを伏せたまま新しい注文を送るつもりだった。
選びまで2か月しかなかった。麗華は書付をしまい、まず静蘭へ、童貫とのやり取りを報告することにした。




