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北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

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第3話(中編1)――「銀はいくらあってもよい」

 (1112年11月、北宋・東平府(ドンピンフ)清河県(チンホーシエン))


 華宝舗(ホアバオプー)の戸を閉めたあと、白麗華(バイ・リーファ)は帳場に1人で残った。卓には土地と建物の購入証文、古物売買と小口貸しの帳簿、関撲と富くじの収支が並んでいた。


 開店後も仕入れと貸付の元金を増やしたため、手元の銀だけを見れば、店を持つ前より減っていた。しかし、使った銀は土地や建物、土蔵の古物、商人や職人への貸付金になっている。すぐに使える銭ではなくても、いずれは売却や返済によって戻る財産だった。


 麗華は白い紙を広げ、開封で必要になる費用を書き出した。城内で借りる住まいと奉公人の給金に加え、衣装、髪飾り、化粧道具も要る。琴や書、礼法を教わる謝礼、官人や宦官の家へ持参する贈り物、宴席の支度まで考えると、暮らすだけの場合よりはるかに費用がかかった。


 望みは後宮へ入り、皇帝の目に留まることだった。その道を知る者に会い、口利きを頼むにも銀が要る。たとえ入れたとしても、女官や宦官に嫌われれば、皇帝の目に触れない場所へ回されるかもしれなかった。衣装を選ぶ者、髪を結う者、香を用意する者とも、付き合いを作らなければならない。


 銀を払えば望みがかなうとは思っていなかった。ただ、資金がなければ、必要な相手に会う前に行き詰まる。麗華は最初の目標として、紙に1,000貫文と記した。足りると分かっている額ではなく、それでも不足するなら2,000貫文を用意するつもりだった。開封で店や屋敷を持つ必要が生じれば、さらに増える。


 今の古物売買と小口貸しだけでは、いつ届くか分からなかった。麗華は帳簿の端へ、『清河県で待たず、開封から注文を取る』と書き加えた。


 仕入れてから客を探せば、売れるまで銀が品物のまま残る。先に品名と数量を決めてもらい、それに合わせて集めればよい。手付を受け取れれば、華宝舗だけで仕入れ代の全てを負担せずに済む。ただし、約束した日に品をそろえられなかったり、質の悪い物を混ぜたりすれば、次の注文は来なくなる。


 麗華は周元達(ジョウ・ユエンダー)に宛て、香料、玉器、薬材のほか、絹布、酒、油、漆器についても注文を受けたいと書いた。品名、品質、数量、納期を示してもらい、華宝舗が見積もりを出す。取引が決まれば代金の3割を手付として受け取り、残額は開封での引き渡し時に支払ってもらう条件だった。


 華宝舗が納期を守れなければ、手付を返したうえで同額を加えて詫びる。注文主が受け取りを拒んだ場合は、手付を返さない。双方の負担を明記して封をすると、翌朝、開封へ向かう隊商に託した。


 ◇ ◇ ◇


 21日後、周元達から3件の注文が届いた。上質な白絹40疋、牡丹と雲の文様を付けた赤絹20疋、香油用の白磁の小瓶200個で、売値は合わせて236貫文だった。


 白絹は春の仕立てに備える店からの注文で、幅と長さをそろえ、節の目立つ物を除くよう指定されていた。赤絹は先に見本を送り、色と文様の確認を受ける必要がある。白磁の瓶にも、大きさをそろえ、口の欠けや底の不安定な物を入れないという条件が付いていた。


 王志明(ワン・ジーミン)は書状を読み、眉を寄せた。

「白絹だけでも、手元の銭で買い集めれば貸付の元金が足りなくなります」

「注文を受ければ、代金の3割が届きます。それでも全額には足りませんから、仕入れ先と支払い方を決めてから返事を出します」


 麗華は県内と周辺の絹商を書き出した。白絹40疋は1軒にまとめず、8疋から12疋ずつ4軒へ頼むことにした。1軒に任せきれば値の交渉が難しくなり、納期に遅れた時も代わりを集めにくい。


 一方、赤絹は色と文様をそろえるため、1つの工房へ任せる。見本が認められるまでは、注文分の全てを作らせないことにした。白磁の瓶も100個ずつ焼く日を分け、1度の窯の失敗で全てを失わないようにするつもりだった。


「春梅さん、絹を扱う店の中で、仕入れの銭に困っているところを調べてください。注文があっても材料を買えない店なら、こちらから資金を出せます」

「貸した銭で作っていただき、その絹を華宝舗で買い取るのですか」


 宋春梅(ソン・チュンメイ)の問いに、麗華は代金から元金を差し引くと説明した。利息について志明に尋ねられると、通常の小口貸しと同じにはしないと答えた。

「10日で1割も取ったうえに、品を安く納めていただけば、相手に利益が残りません。資金を貸す場合も、代金を前払いする場合も、品の値と合わせて条件を決めます」


 作り手に利益が残らなければ、次の注文では質を落とされかねない。ただ、華宝舗も注文を取り、資金を出し、検品と運送まで引き受ける以上、わずかな口銭で済ませるつもりはなかった。


 麗華は仕入れ、運送、人足、包みにかかる費用と、破損に備える積立を計算した。合わせて187貫文で、予定どおりに納めれば49貫文が残る。そこから周元達の口銭と奉公人への追加の給金を払っても、利益は30貫文を超える見込みだった。


 同じ規模の取引を年に6回できれば、180貫文以上になる。古物を1点ずつ売る商いに加え、まとまった利益を得られる可能性があった。


「この仕事も続けていきます。古物と貸付はそのままにして、注文品を扱う帳簿を別に作ってください」

「今の人数では、仕事が増えすぎませんか」


 春梅が心配すると、麗華は必要な分だけ人を雇うと答えた。

「私が1人で品を探し、運び、勘定を付けるつもりはありません。まずは、この注文にいくら使い、いくら戻ったかを分かるようにしておきます」


 ◇ ◇ ◇


 翌日、麗華は春梅と、県城の西にある金福絹舗(ジンフージュエンプー)を訪ねた。奥には白絹が9疋積まれていた。主人の許金福(シュー・ジンフー)は47歳で、父の代から絹を扱っており、並ぶ品の質は悪くなかった。


 春梅の調べでは、前年の秋に生糸を多く買った直後に相場が下がり、資金の回収が滞っていた。借金はあったが、賭場や酒楼で使ったためではなかった。


 麗華は注文書を見せ、白絹10疋の買い取りを申し出た。

「幅と長さをそろえ、節の目立つ物を除いてください。代金は28貫文でお願いいたします」

「その条件なら32貫文は欲しい。28貫文では、こちらの儲けがない」

「生糸を買う銭として、先に12貫文をお渡しします。残る16貫文は納品の日に払います。材料のために、別のところから借りる必要はありません」


 許金福は注文書から顔を上げた。

「作り終えてから、開封の客が受け取らぬと言い出しても、買ってくれるのだな」

「決めた品質に合えば、華宝舗が28貫文で買い取ります。あとから節を理由に値切ったと言われないよう、今ここで見本を決めましょう」


 2人は店の白絹を広げ、糸の太さ、織り目、白さを確かめた。注文に合う部分と外れる部分を比べ、基準を紙に記して双方が印を押した。


「12貫文は貸付ではなく、代金の前払いですので、利息は頂きません。ただし、納期までに品を渡せなければ、お返しいただきます」

「その時に銭がなければ、どうするつもりだ」

「店に残る白絹を相場の値で引き取ります。それでも不足する分は、毎月返していただきます」


 許金福は条件を読み直し、開封でいくらになるのかと尋ねた。

「売値までお伝えする必要はございません」

「私の絹で、お前が儲けるのだろう」

「許様も、買い手を探さず10疋を売れます。両方に利益がなければ、次の注文はできません」


 許金福はしばらく考え、証文に印を押した。麗華は12貫文を渡して受取書を受け取り、その日のうちに残る3軒にも注文した。


 資金の十分な1軒には前払いをせず、納品時に全額を払う代わりに、1疋当たりの値を少し高くした。相手が前払いを必要としていないなら、華宝舗の銭を先に渡す理由はなかった。店ごとに必要な資金と納品の条件を確かめ、それぞれ証文を交わした。


 ◇ ◇ ◇


 赤絹の見本は、なかなか注文に合わなかった。最初の1疋は牡丹の赤が暗く、2度目は雲の文様が大きすぎた。衣服に仕立てれば、柄が途中で切れてしまう。


 工房の主人は、もう一度作るには追加の染料代が要ると訴えた。

「これ以上やり直せば、こちらが損をする。開封の者は細かいことを言いすぎる。清河県なら、これで十分に売れる品だ」

「今回は開封の注文です。初めに決めた色と文様に合わなければ、送ることはできません」

「それなら、別の工房へ頼め」

「分かりました。注文の20疋は、ほかへ頼みます」


 麗華は言い争わず、見本に使った染料と手間を計算した。注文に合わなくても、職人が働いたことには変わりがない。全額を払う必要はなかったが、何も払わず引き揚げれば、ほかの工房にも仕事を断られかねなかった。


「見本の2疋は、清河県で売れる値で買い取ります。こちらで売りますが、利益が出る値は付けません。見本作りで生じた損は、華宝舗が負います」

「そこまでして、なぜ工房を替える。安く買いたいだけではないのか」

「求められた品を納める責任が、華宝舗にあるからです。この2疋がこちらで売れても、開封の注文を果たしたことにはなりません」


 主人は麗華の説明を聞き、次に県内で売る絹が必要になった時は引き受けると言った。麗華も、その時には客に合う品を頼みたいと答え、見本を持ち帰った。


 帳簿には損失を記した。注文に合わないことを隠して送れば、その場の代金は受け取れるかもしれないが、次の仕事を失う。開封から繰り返し注文を受けるには、今回のやり直しを避けるわけにはいかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 年が明ける前に、白絹40疋と白磁の瓶200個がそろった。赤絹は別の工房が作った3度目の見本を送り、周元達から承認を得た。注文分20疋の納品は、翌年2月になった。


 白絹と瓶を積んだ荷車が開封から戻ると、受取書と残代金が届けられた。白絹は1疋だけ幅がわずかに足りず、清河県へ戻させて代わりを送った。瓶は9個が道中で割れたものの、初めから15個を予備として積んでいたため、200個を不足なく納められた。


 勘定を終えた志明が、白絹と白磁の利益は合わせて21貫600文だと報告した。

「見本2疋の損失、割れた瓶、予備を運んだ費用も差し引いてあります。周元達様の口銭と、人足へ加えた給金も払い終えました」

「では、その額を華宝舗の利益として記してください。赤絹の勘定は、納めてから別に確かめます」


 春梅は銭箱を見た。

「1度の注文で、これほど残るのですね」

「毎回同じだけ残るとは限りません。絹の値が上がることも、荷車ごと失うこともあります。それを考えても、続けるだけの利益はあります」


 麗華は新たに届いた書状を広げた。次の注文は白絹60疋、香油の瓶300個、上質な紙500帖に、軍へ納める傷薬の材料だった。最初の品を期限どおりに納めたことで、取引の量が増えていた。


 必要な仕入れ先と前払いの額を計算し、志明と小虎を帰したあとも、麗華は帳場で筆を動かしていた。そばに残った春梅が、帳簿に挟まれた紙へ目を留めた。


「1,000貫文を目標になさっているのですか。それだけあれば、必要な銀はそろうのでしょうか」

「住まいを借り、人を雇い、店を持つこともできるかもしれません。ただ、それで私の望むところまで行けるとは限りません」


 春梅は、どこを目指しているのかと尋ねた。麗華は戸が閉じていることを確かめ、筆を置いた。

「後宮です。女官になるためではなく、皇帝陛下の目に留まり、おそばへ召されるために入りたいのです」


 春梅は言葉を失い、帳場の戸を見た。

「誰かに聞かれれば、どのような噂になるか分かりません。そのようなお考えを、私に話してよろしいのですか」

「あなたにしか話しておりません。童貫様との取引を続けたいのも、陛下へ私の存在を届けられる方だからです。童貫様の妾になるつもりはありません」

「銀を使えば、後宮へ入る道があるのでしょうか」

「まだ分かりません。だからこそ、必要になった時に使える銀を増やしておきます」


 童貫が力を貸さなければ、ほかの宦官や官人、その妻や娘との付き合いを探さなければならない。宴席の支度も贈り物も、身元を整えることにも費用がかかる。誰かに全財産を差し出して頼むのではなく、相手が何を求め、何ができるのかを確かめたうえで、必要な分だけ使うつもりだった。その間も華宝舗が利益を出せば、資金を補うことができる。


「私が開封へ移ったあとも、こちらの店を動かしていただけますか」

「私に華宝舗を下さるということでしょうか」

「所有は私のままです。あなたには管理を任せ、給金に加えて利益の一部を渡します。土地や建物、品物、貸付金を譲るわけではありません」


 春梅は戸から視線を戻した。商いを広げようとしていることは知っていたが、その先に後宮があるとは考えていなかった。

「後宮へ入られれば、店へ戻ることも難しくなるのではありませんか」

「その時までに、報告を受ける方法を作ります。店を手放して入るつもりはありません。あなたが留守を守り、利益を増やせば、取り分も増やします」


 麗華は新しい注文書を春梅の前へ置いた。

「まずは、この品を期限までにそろえましょう。後宮の話は、ほかの者にしてはなりません」

「承知しました。明日から、白絹60疋をそろえる店を調べます」

「借金だけでなく、職人の人数と、これまで納期を守ってきたかも確かめてください」


 春梅が注文書を受け取ると、麗華は1,000貫文と書いた紙を帳簿へ戻した。それは開封で後宮への道を探し始めるための、最初の資金だった。絹だけで届かなければ紙や磁器、薬材、香料の取引を増やし、それでも遅ければ別の商いを考える。皇帝へ近づく機会が来た時、銀がないために逃すことだけは避けるつもりだった。

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