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北宋の悪女、1986年の男  作者: ひまえび
第一章――「清河県の美しい毒、追う男たち」

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第10話(後編1)――「金が弱いうちに燕州へ」

 (1225年10月下旬、黄河(ホワンホー)北岸)


 朝から舟と筏が川を行き来していた。玉蘭が追撃戦の最中に押さえた渡河点には、金軍が南下する際に使った舟が多数残っていた。斥候と騎兵が先に渡り、歩兵、軍馬、荷車が続いた。


 荷車には達也軍が持ってきた兵糧のほか、金軍から奪った穀物、干し肉、矢、飼葉も積まれていた。倉達也(ツァン・ダーイエ)は北岸で渡河する兵を見ながら、将校へ命じた。


「渡った隊を勝手に先へ行かせるな。まず部隊を組み直せ」


 続いて捕虜と負傷兵の移送状況を確かめた。捕虜は開封(カイフォン)へ送り、負傷兵も順次南へ移していた。奪った馬は使えるものを選び、騎兵と伝令へ回していた。


「牛車も捨てるな。歩兵の食糧や荷を運ばせろ」


 将校が承知すると、達也は川岸に並ぶ荷車へ目を向けた。約5万の兵を食わせ、戦わせるために金軍が運んできた物資は大量だった。その多くを焼かずに奪ったおかげで、開封から新たな補給が届くのを待たずに北上できた。


 そこへ、耶律玉蘭(イェリュ・ユーラン)が馬で近づいてきた。先行させた斥候が戻ったという。


「北の街道に大きな金軍はおりません。小さな隊がいくつかおりますが、こちらの騎兵を見ると引いております」


 近くの城から順に調べたところ、守備兵の少ない城もかなりあった。達也の予想どおりだった。


「開封へ5万近くも出したからな」


 玉蘭も、各地から相当な兵を集めたのだろうと応じた。


「ああ。これで北の守りまで何も減っていなかったら、金の兵はいくらでも出てくることになる」と達也は言った。


 玉蘭は笑った。

「そんな国があれば、私も見てみたいです」


「俺は相手にしたくない」


 達也は北へ続く街道を見て、玉蘭に騎兵を先行させるよう頼んだ。まず次の城へ向かい、守備兵の数と城門の様子を調べ、降伏を勧めさせる。拒めば攻めるつもりだった。


 玉蘭が馬を返しかけると、達也は呼び止めた。降伏の条件を先に伝えておく必要があった。


「城が降るなら略奪はしない。住民にも手を出さないとな」


 兵の処遇を尋ねられると、武器を渡して降れば殺さないと答えた。


「ずいぶん寛大ですね」と玉蘭は言った。


「これから俺が使う町だぞ。焼いてどうする」


 玉蘭が納得すると、達也は続けた。

「金から奪うのは領土だ。瓦礫にしても得にはならん」


 玉蘭は条件を承知し、騎兵を率いて北へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 最初の城は、その日の午後に見えた。高い城壁を持つ大城ではなく、周辺の街道と農村を押さえる小さな城だった。


 玉蘭の騎兵が姿を見せると、城門はすぐに閉じられた。城壁の上に金兵が現れたが、数は多くなかった。玉蘭は使者を送り、開門して武器を渡せば兵も住民も害さず、抵抗すれば攻めると伝えた。


 返答はすぐには来なかった。達也の本隊が追いつく頃になって、城壁の上に白い布が掲げられた。やがて城門が開き、金軍の将校と兵が武器を置いて城外へ出てきた。


 達也は約束どおり降伏した兵を殺さず、武器を回収させた。城内へ入る兵には、兵糧庫、兵器庫、軍馬を調べさせ、民家へ立ち入ることを禁じた。


「食糧が必要なら城の倉から出せ。勝手に住民から取った者は罰する」


 さらに、兵たちへ念を押した。

「女にも手を出すな。今からここは俺の領地だ」


 命令は全軍へ伝えられた。城内では商人が戸を閉ざし、住民も家の中から外の様子をうかがっていた。しかし、兵が民家へ押し入らず、略奪もしないと分かると、夕方には少しずつ通りへ出てきた。


 達也はこの城に長居しなかった。守備に必要な兵だけを残し、翌朝には本隊を率いて再び北へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 その後も、戦わずに門を開く城が続いた。開封へ向かった約5万の金軍が壊滅したとの知らせは、達也軍より先に北へ広がっていた。


 南から逃げ延びた金兵もいた。伝える話には食い違いがあったが、大軍が敗れたことだけは一致していた。黄河の渡しまで奪われ、開封の城から兵が出てきたところへ、側面と背後からも襲われたという。逃げても騎兵が追ってきたと話す者や、達也軍を実際よりはるかに大きな軍勢だと伝える者もいた。


 数百人で守る小城にとって、達也軍に抵抗する判断は難しかった。それでも、すべての城が降ったわけではない。


 北上を始めて数日後、門を閉ざして抵抗する城に行き当たった。玉蘭は戻ってくると、降伏を拒まれたと報告した。守備兵は1,000人ほどと見られ、城壁は高くないが、城門付近に兵を多く集めていた。周辺に援軍は確認されていなかった。


 達也は城を見た。

「1日で終わらせる」


 攻撃を確かめる玉蘭に、達也は町へ火を入れないよう命じた。


 達也軍は城を完全には囲まなかった。北上を急いでいたため、必要のない場所へ兵を広げず、城門前と東側へ集中させた。弓兵に城壁上の守備兵を狙わせる一方、梯子を準備し、城門へ多数の歩兵を送って敵の注意を引きつけた。


 午後になると、玉蘭が東側の守りの変化に気付いた。

「東の兵が減っています」


 城門へ兵を寄せたと見た達也は、東から登るよう命じた。弓兵が城壁へ矢を浴びせ、その間に歩兵が梯子を掛けた。守備兵は東側へ戻ろうとしたが間に合わず、達也軍の兵が城壁へ上がった。


 兵たちは城壁を越えると、内側から城門へ向かった。夕方になる前に門が開き、達也軍が城内へ入った。


 金兵はなお抵抗する者と、武器を捨てる者に分かれた。降った兵は捕虜とし、武器を捨てて逃げる者まで追って斬ることはしなかった。


 達也は城へ入ると、倉、井戸、城門を確認させ、翌朝の出発を命じた。将校は後方との距離が長くなっていることを案じたが、達也は、そのために取った城へ兵を置いていると説明した。


 街道と補給路をつなぐためだと将校が確かめると、達也は答えた。

「そうだ。開封から何もかも運ぶ必要はない。途中の倉も使える」


 達也は北へ目を向けた。

「金が守りを立て直す前に進む」


 ◇ ◇ ◇


 11月に入る頃には、達也軍は燕州(イェンジョウ)へ入っていた。朝の冷え込みは開封より強く、野営地では水桶の表面に薄い氷が張る日もあった。馬の吐く息が白くなり、兵には冬用の衣を着せた。夜間は交代で火の番をさせながら、進軍を続けた。


 玉蘭の騎兵は本隊より先へ進み、街道や村、城の様子を調べていた。ある日の午後、玉蘭が斥候とともに戻り、幽州(ヨウジョウ)周辺の状況を報告した。


「城ごとに兵はおります。ただ、大軍を1か所へ集めた様子はありません」


 達也軍を止めに来る軍も、今のところ見つかっていなかった。幽州には周辺の城より多くの兵がいたが、正確な数はまだ分からない。少なくとも、開封へ来た軍ほどではないという。


 達也は地図を開き、敵が周辺から兵を集めようとしているか確かめた。幽州からは使者が何度か出ていた。


「なら急ぐ」と達也は言った。


 玉蘭は地図上の幽州を見て、周囲の城を先にすべて取るのではないのかと尋ねた。


「そんなことをしていたら、幽州に兵を集める時間をやるだけだ」


 達也は幽州を先に取る方針だった。

「中心を取れば、周りの城も降りやすくなる」


 玉蘭を先行させるが、騎兵だけで城を攻めさせるつもりはなかった。街道を見張り、援軍が入るのを防がせる。特に北と東に注意するよう命じた。


 玉蘭が出発しようとすると、達也は言い添えた。

「ああ。無理に戦うな。幽州へ入ろうとする大きな軍を見つけたら知らせてくれ」


 ◇ ◇ ◇


 玉蘭の騎兵が先行したあと、達也の本隊も進軍を続けた。途中には、達也軍が幽州へ向かっていると知り、戦わずに門を開く城もあった。


 達也はそうした城で兵糧を補充し、傷んだ荷車を修理させた。降伏した城から無理に兵を連れ出すことはせず、城門を守らせ、街道と後方の安全を確保した。


 数日後、前方に幽州の大きな城壁が見えた。北方の乾いた風が吹く中、長い城壁が左右へ続いていた。城門はすでに閉じられ、城壁には多数の兵が並び、金軍の旗が立っていた。


 達也は馬上から城を見た。

「さすがに、ここは簡単には開けてくれんか」


 将校が使者を出すかと尋ねると、達也はこれまでと同じ条件を伝えさせた。城門を開き、武器を渡せば兵も住民も殺さず、住民の財産も奪わない。拒めば攻めるという条件だった。


 使者は命令を受け、幽州へ向かった。


 ◇ ◇ ◇


 幽州の守備側は降伏を拒んだ。達也も簡単に明け渡すとは考えておらず、攻撃の準備を命じた。


 将校は城を包囲するかと尋ねたが、達也は完全には囲まないと答えた。逃げ道を残すためではなく、玉蘭が北と東の街道を見張っているためだった。本隊は南と西へ兵を置き、援軍を求めて出る使者は玉蘭に止めさせる。


 達也は城壁を見ながら命じた。

「まず守りの薄い場所を探せ。今夜までに城壁、門、堀の様子を調べろ」


 攻撃開始は翌朝と決めた。その夜、達也は城外に陣を置き、斥候に城壁の高さ、門の位置、堀の幅、守備兵の配置を調べさせた。


 玉蘭からも報告が届いた。北へ向かった使者を捕らえ、東へ出た別の使者も見つけていた。周辺から大きな援軍が近づく様子はなかった。達也は報告を確かめ、予定どおり翌朝から攻めることにした。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、達也軍は幽州の南側へ兵を並べた。弓兵が前へ出て、その後ろに梯子を担いだ歩兵が待機した。同時に西側でも兵を動かし、守備兵を2方向へ分けさせた。


 城壁から矢が飛び、達也軍も射返した。南門前では盾を持つ兵が進み、その陰から別の兵が城壁へ近づいた。守備兵は上から石を落とし、掛けられた梯子を押し返した。


 すでに崩れた金軍を追っていた時とは違い、幽州の守備兵は城壁と城門を頼りに、粘り強く抵抗した。


 達也は後方から戦況を見ていた。南には兵が多く集まり、守りも固かった。西は南より少ないとの報告を受け、そちらへ兵を増やすよう命じた。


 南の攻撃も続けるのかと将校に問われ、達也は答えた。

「南を守らせたまま、西も叩く」


 午後になると、西側の戦いも激しくなった。幽州の守備兵が西へ移ると、達也は南へ新しい部隊を出した。守備側は南と西の両方へ兵を回さなければならず、攻撃が強まるたびに配置を変えた。


 日が傾く頃、南側で達也軍の兵数人が城壁へ登った。守備兵がそこへ集まる間に、西側でも別の梯子から兵が上がり、城壁上で戦いが始まった。


 達也は西側を突破すると決めた。

「西へ兵を増やせ。ここで突破する」


 待機していた歩兵が向かい、梯子を登る兵が増えた。守備兵は押し戻そうとしたが、南からも攻撃を受け続けていた。やがて達也軍は西側の城壁の一角を確保し、そこから城壁上を進んで西門へ向かった。


 夕暮れが近づいた頃、西門が内側から開いた。門が開いたと報告する声を受け、将校が突入を命じた。達也軍の歩兵が城内へなだれ込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 城門が開いたあとも、戦いは続いた。守備兵の一部は通りに柵を置いて抵抗したが、城壁と西門を奪われたため、まとまった防御を続けられなくなっていた。


 達也は城内へ入る兵に、民家へ火を付けず、略奪をせず、武器を捨てた兵を殺さないよう繰り返し命じた。


 夜になる頃には大きな抵抗が止まり、城壁に掲げられていた金軍の旗も降ろされた。達也は西門から幽州へ入った。


 通りには倒れた兵が残り、壊れた盾や武器が散らばっていた。それでも、町全体が焼けるような被害は出ていなかった。


 玉蘭も北側を見張っていた騎兵をまとめ、城へ入ってきた。達也が城外の様子を尋ねると、大きな援軍は来なかったと報告した。逃げた兵もいたが、まとまった部隊ではなかった。


 玉蘭は城壁から降ろされた金軍の旗を見た。

「幽州まで取ってしまいましたね」


 達也がうなずくと、玉蘭は続けた。

「開封を守るために始まった戦だったはずですが」


「金が5万近い兵を開封まで連れてきたからな」


 玉蘭は笑った。

「またその言い方ですか」


「事実だろう」


 達也は城内へ目を向けた。

「ここを取った以上、次は燕州全体を固める」


 周囲の城も攻めるのかと玉蘭に尋ねられ、必要なところだけだと答えた。降る城には手を出さない方針も変えなかった。幽州が落ちたと分かれば、戦わずに門を開く城は増えると見ていた。


 玉蘭は達也の横に並んだ。

「これだけの城です。守るにも兵が要りますね」


 達也は、それだけでは済まないと答えた。玉蘭の言うとおり街道も守らなければならず、兵を置くだけで支配が続くわけではなかった。


「兵糧も集める。役人も置く。税の取り方も決める」


 開封を攻めた金軍が大敗した直後を逃さず北へ進み、達也は幽州まで手に入れた。しかし、周囲の城を従わせ、街道を守り、兵糧と税を集められるようにして初めて、燕州を治めることができる。


 達也は隣の玉蘭を見た。燕州を奪う戦は終わりに近づいていた。ここからは、手に入れた土地を誰に任せ、どう治めるかを決めなければならなかった。

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