第2話(後編1)――「1116年への決意」
(1900年10月、香港・直樹商会本邸)
午前7時、達也は東側の客間へ入った。
4年前に初めて授業を受けた部屋である。窓の位置も、紙と硯を置く卓も変わっていない。しかし、卓上に積まれた答案の厚さは、当時とは比べものにならなかった。
話し言葉を教えてきた趙文徳、経書と文章を担当した沈克明、書法を教えた陳秀英が席に着いている。
この日の試験問題を作ったのは克明だけではない。広東、福建、山東で官吏を務めた経験のある3人が、それぞれ経義、財政、治水、救荒に関する問題を持ち寄っていた。達也は問題の内容を事前に知らされていない。
制限時間は5時間だった。
達也は問題用紙を開き、全問に目を通した。
1問目は経書の一節を解釈し、異なる注釈の得失を論じる問題。2問目は、銅銭が不足した州で税をどのように集めるかを問うている。3問目では洪水で運河が使えなくなった場合の穀物輸送、4問目では官倉の不正を防ぎながら飢民を救う方法を示さなければならない。
最後の5問目は、学校から官吏を登用する制度について、その利点と弊害を論じる問題だった。
達也は各問へ割り当てる時間を紙の端に記したが、すぐには筆を取らなかった。まず結論、根拠、反対意見、実行に必要な人員と費用を問題ごとに整理する。
2年前は答案を書いている途中で不足に気づき、後から条件を加えていた。そのため結論は変わらなくても、文章の順序が崩れることがあった。
今は書き始める前に、何を採用し、何を捨てるかを決めている。
1問目では複数の注釈を並べるだけでなく、問いに最も合う解釈を最初に示した。
2問目では、銅銭が足りないからといって、直ちに穀物や布で税を納めさせる策は採らなかった。現物納付には品質の判定、輸送、保管、売却に新たな費用がかかるためである。
銅銭で納められる者と、現物でなければ納められない者を分ける。現物を受け取る場合には品目と品質を限定し、役人が勝手に低く見積もれないよう、相場と換算方法を役所の前へ掲示する。
達也は徴税する側の都合だけでなく、納める者がどのような不正を受ける可能性があるのかまで書いた。
3問目の穀物輸送では、使えなくなった運河を直す策だけに頼らない。別の水路と陸路を組み合わせ、積み替え場所ごとに数量を記録する。運送を担う商人には利益を認める一方、到着量が不足した場合の責任も契約に入れる。
輸送元の州から穀物を出しすぎないよう、現地の人口、倉の残量、次の収穫までの日数を調べることも明記した。
2年前の試験では抜けていた条件だった。
4問目では、食料を配る前に名簿の完成を待たない。まず水と炊き出しを用意し、集まった者を落ち着かせる。そのあとで家族ごとに名を記録し、病人、働ける者、幼い者、年老いた者を分ける。
官倉から出した穀物は、倉、炊き出し場所、残量の3か所で別々に記録させる。帳簿を作る者と実際に穀物を量る者も分けた。1人の役人が数量と帳簿の両方を扱えば、不正を見つけにくくなるからである。
最後の問題を書き終えた時、残り時間は27分あった。
達也は1問目から答案を読み返し、結論と根拠が食い違っていないか、前後で数量や条件が変わっていないかを確認した。
3問目には、輸送中の雨を防ぐ方法が抜けていた。達也は文章の順序を崩さない位置へ、覆いと保管場所について書き加えた。
やがて5時間が過ぎた。
「筆を置け」
克明の声を聞き、達也は筆を硯の脇へ置いた。
右手には疲れがあるものの、指が痛んで動かなくなるほどではない。肩や腰にも、6時間かけて答案を書いた2年前のような強い張りはなかった。
教師たちは答案を分けて読み始めた。
朱筆が入った箇所はある。2問目では、現物で納められた穀物を売却する時期について説明が足りない。5問目では、学校の成績を重視しすぎれば、教師や学校を監督する者へ権力が集まる危険について、さらに論じる必要があると記されていた。
それでも、大きく結論を変えるような指摘はなかった。
採点が終わると、克明が合計点を確かめた。
「最優秀とする」
達也は答案を受け取った。
合格線を上回っただけではない。5問すべてが、これまでに定められた優秀答案の基準へ達している。
「今回も、ですか」
「今回で6回目だ。問題を作った者も採点した者も毎回同じではない。制限時間も変えた。それでも、お前は必要な答案を書いた」
文徳も2問目の答案を手に取った。
「今の北方の言葉なら、日常の用事には困らない。宋代の音を資料から学んだとはいえ、向こうでそのまま通じるとは保証できない。ただ、聞いた音に合わせて自分の話し方を直す力は身についた」
秀英は、最初の年に達也が書いた紙を卓上へ置いた。
文字の大きさはそろわず、筆の運びも不安定である。今日の答案と並べれば、同じ者が書いたとは思えないほど違っていた。
「長い文章を書いても、終わりまで字が崩れなくなりました。役所へ出す書状や帳簿も、相手が読める形で書けます」
達也は4年前の紙を手に取った。
当時は自分の名を書くことにも苦労していた。北宋の制度を調べても、それを使って何を行うのか、文章として示すことができなかった。
2年後に初めて合格した時も、合格線との差は1点にすぎなかった。
それからさらに2年が過ぎた。
今では初めて見る問題でも、限られた時間で結論を決め、根拠と実行方法を書き切れる。教師と問題を変えても、最優秀の評価を続けて得ている。
達也は3人の教師を見た。
「先生方に、お話ししておきたいことがあります。遠い土地へ行く日を決めました。荷物の最終確認が終わりしだい出発します」
北宋へ渡るとは言えない。時間移動も、到着時の身体年齢を変えられることも、追っている女のことも話していない。
教師たちが知っているのは、達也が中国の古い制度を研究し、遠い土地で暮らす準備を続けていることだけである。
克明はしばらく達也を見たあと、今日の答案を返した。
「試験に通る文章が書けても、知らない土地で官吏になれるとは限らない。身元を示すものも、現地で頼れる者もいないのだろう」
「はい。最初は宿へ入ることさえ難しいかもしれません。それでも行きます」
「ならば、この答案を持って、自分は何でもできると思うな。お前が学んだのは、問いを読み、実行できる策を考え、それを文章で示す方法だ。土地が変われば使える制度も人も違う。最初に現地を見ろ。分からない時は分かったふりをせず、尋ねられない相手なら黙って見て覚えろ」
「忘れません」
達也は4年前の紙と、この日の答案を重ねた。
教師たちへ北宋の名を告げることはできない。それでも、4年間教えを受けたことへの礼は、きちんと伝えておきたかった。
達也は席を立ち、3人へ深く頭を下げた。
「これまで教えていただき、本当にありがとうございました」
◇ ◇ ◇
午後1時、達也は本邸の応接間へ入った。
尚人、順子、理恵が待っていた。大きな卓上には地図、積載品一覧、洞窟の見取図、出発手順を書いた用紙が並べられている。
達也は採点の終わった答案を尚人の前へ置いた。
「最優秀でした。これで6回目です。問題を作った人も採点者も変わっています。今回は5時間で、見直しにも27分残せました」
尚人は合計点を確認した。
「2年前は、合格線を1点上回っただけだった。それが今回は5問すべて優秀答案か」
「はい。これなら出発してもよいと判断しました」
理恵は答案を読み、4年前の紙と並べた。
「本当に行くのね」
「行くよ」
順子は息子の顔を見つめていた。
達也は26歳である。その息子がこれから身体を19歳へ変え、家族の誰もいない時代へ渡ろうとしている。
「戻れないのよ。向こうで病気になっても、私たちは迎えに行けない。女が見つからなくても、あなたは自分で暮らし続けなければならないのよ」
「分かっています。そのつもりで4年間準備しました」
順子が恐れているのは、達也が危険を理解していないことではない。理解したうえで行こうとしているからこそ、止める言葉が見つからなかった。
尚人が地図を卓の中央へ寄せた。
「到着日は1116年10月。それでよいな」
「はい。女が北宋へ渡ってから4年後です」
フランス女は1112年に、15歳の漢民族の少女の身体となって北宋へ入った。1116年には19歳になっている。
達也は現在26歳だが、時間移動の際に身体を19歳へ変える。北宋へ着いた時には、2人の外見上の年齢が同じになる。
尚人は出発手順の用紙に書かれた年齢を指した。
「19歳を選んだ理由も、これで変わらないな」
「はい。女と同じ年齢の方が接触しやすいからです。僕が26歳の姿で19歳の女を捜し回れば、周囲から目的を疑われる可能性があります。学校へ入り、同年代の者から話を聞く場合も、19歳の方が動きやすいと考えました」
ただし、身体を若くすれば、現在の体力がそのまま残るとは限らない。
達也は移動前に19歳の身体でどれだけ動けるのかを確かめ、25キログラムの荷物を背負って山道を歩けなければ、最初に持ち出す荷物を減らすつもりだった。見た目だけではなく、筋力や持久力も19歳の身体に変わることを前提にしている。
理恵が地図へ目を落とした。
「女には4年の時間があるのね」
「そうだ。15歳で身寄りも身分もない女が、北宋へ着いてすぐ大きな力を得るのは難しいと思う。ただ、4年間あれば土地の言葉を覚え、誰かの家へ入り、商売や婚姻を利用することもできる。それでも、4年前の僕が追えば学力も体力も足りなかった。女に4年を与える危険より、準備不足のまま渡る危険の方が大きかったと思う」
尚人は次に山岳地帯の見取図を開いた。
選んだ場所は、フランス女が北宋へ渡った地点とほぼ同じ地域である。ただし、達也の到着地点は人の暮らす平地ではなく、そこから離れた山中の洞窟に設定していた。
洞窟の入口には10トン車が通れる幅があり、内部にも車体を収められる空間がある。入口から奥へ進めば外の光が届きにくく、車体を布で覆えば山道から見つかる危険も少ない。
「洞窟の中へ正確に入れる保証はないぞ」
「位置がずれた場合に備えて、周囲の斜面と谷も調べました。岩壁の中へ入る危険を避けるため、洞窟の奥ではなく、入口から十分な距離を取った広い場所を目標にします」
車が岩に挟まった場合にも備えている。運転席の背後には25キログラム以内の背負い袋を置き、運転席の扉が開かなければ助手席側か後部から脱出する。どこからも出られない場合に備え、脱出用の工具も手の届く場所へ固定する。
洞窟に人がいた場合は、まず車を動かさず相手の人数を確かめる。見つかる前なら背負い袋を持って車から離れ、見つかった場合も積荷を守るために争わない。
「10トン車を置いて逃げることになっても、です」
達也がそう言うと、理恵がうなずいた。
「車と積荷を失っても、生きていれば別の方法を探せるものね」
「そういうことです」
車内には1年分の食料を積む。ただし、最初から洞窟で1年間暮らすつもりはない。最初の7日で周囲の水場、山道、村、町の位置を調べる。
洞窟へ戻るために方位磁石と地形図は持つが、洞窟の近くに人工的な目印は付けない。誰かに見つけられれば、そのまま車のある場所までたどられる恐れがあるからだ。山の形、沢の流れ、目立つ岩の位置を記録して戻ることにしていた。
尚人は積載品一覧を上から確認した。
食料、水、薬、北宋で使える銅銭、少量の金銀、衣類、紙、墨、工具、予備の靴、調理器具、寝具、武器、燃料。荷台にはさらに多くの物資を積めるが、達也が最初に持ち出すものは25キログラム以内に収めてある。
「片道式リモコンはこちらに残る。お前が北宋へ着いたあと、出発を取り消すことはできない」
「分かっています」
「女を見つけても、1人では手に負えないほどの力を持っているかもしれない。その場合はどうする」
「すぐには近づきません。女が使っている名前、身分、周囲の人間、金の出どころを調べます。未来の知識を使った形跡があっても、それだけで本人とは決めません」
理恵が達也を見た。
「殺すためだけに追うの?」
「違う。まず女が北宋で何をしているのかを確かめる。何もしていないとは思わないけれど、噂だけで別人を襲うつもりはない」
達也が知っているのは、フランス女が1112年の北宋へ15歳の漢民族の少女として渡ったことだけである。4年後にどのような名を使い、誰と暮らし、どのような立場を得ているかは分からない。
以前の顔も身体つきも手掛かりにはならず、声まで変わっていれば、過去の姿を知っていても本人とは見分けられない。
追うには、女が動かした金と人、その結果として生じた出来事を探す必要がある。
「官吏を目指す方針は変えないのね」
順子に尋ねられ、達也はうなずいた。
「変えません。ただし、洞窟を出てすぐ学校へ行くわけではありません。最初に言葉と土地の事情を確かめ、身元を整えます。学校へ入る方法がなければ、働きながら機会を待ちます。何年かかっても、その覚悟はできています」
応接間に、港から船の汽笛が届いた。
窓の外では荷車が通り、車輪が石畳を打っている。4年前、達也は同じ音を聞きながら、北宋で宿を取る言葉さえ話せない自分を知った。
今は北方の話し言葉を聞き、日常の書状と帳簿を読み、試験で最優秀となる答案を書ける。26歳の身体では、25キログラムの荷物を背負って山道を歩く体力も身につけた。
ただし、北宋へ渡る時には19歳の身体になる。筋力、歩幅、疲労の出方がどの程度変わるかは、出発前に確かめなければならない。
学んだ知識と4年間の経験は失われない。それでも、1116年の人々と同じように暮らせる保証はなかった。
達也は出発手順の用紙を自分の前へ引いた。
「1116年10月。女が北宋へ渡ってから4年後に入ります。今の僕は26歳ですが、移動後の身体は19歳に設定します。到着地点は、女が現れた場所とほぼ同じ地域にある山中の洞窟です」
尚人が最後に確認した。
「到着日時、身体年齢、到着地点。これで最終決定としてよいのだな」
「はい」
達也は用紙の末尾へ、自分の名と日付を書いた。
1900年10月。
その下には、移動先の日時と身体年齢が記されている。
1116年10月、19歳。
順子は記入された数字を見たあと、達也の手を両手で包んだ。
「出発するまでは、まだここにいるのね」
「積荷と転移手順を確認する時間が要ります。19歳の身体で行う訓練も残っています。明日すぐに消えるわけではありません」
「19歳の姿になっても、あなたが26年間生きてきたことまで消えるわけではないのよね」
「記憶は残ります。母さんの息子であることも変わりません」
順子は達也の手を離さなかった。
理恵は積載品一覧を取り、最終確認が済んでいない項目へ印を付け始めた。尚人は洞窟の見取図を広げ、転移位置の誤差と車体の向きをもう一度調べている。
出発を決めても、準備が終わったわけではない。
19歳の身体で25キログラムを背負って歩けるか。10トン車が洞窟へ収まるか。転移直後に扉を開けられるか。水を確保できるか。人に見つからず町まで下りられるか。
確かめるべきことは、まだ残っている。
しかし、北宋へ渡るかどうかを迷う時間は終わった。
達也は4年間の答案を重ね、その上へ最優秀と記された最後の答案を置いた。
1900年の達也は26歳である。その知識と記憶を持ったまま、1116年の北宋へ19歳の身体で入る。
15歳の少女となって北宋へ逃げたフランス女も、その時には19歳になっている。
達也は同じ年齢の姿で女を追い、戻る手段のない時代へ向かうことを決めた。




