4話 ロバはバカ 下
あずさ達は軍用ヘリでアンノウンを追った。操縦桿を握るイタリア兵の手には責任がのしかかる。ミラノは後期ローマ帝国の政治的中心であり、帝国のキリスト教化を象徴する都市。国民や国を守るのは当然、歴史的建造物の保護もある。ミラノに被害が出るより速く《超人》をアンノウンへ届ける必要がある。無論、車より速いヘリは暫くしてアンノウンを目視で確認できる距離まで辿り着く。まだ、ミラノより前だ。ヘリはアンノウンへ出来るだけ近づくと、ドアを開けたあずさはダナムを見た。
「それじゃ行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
あずさは飛び降りると能力で巨大な青色のクラーケンを出現させた。直後辺りの気温が一気に下がり、異変に気づいた頭三つあるロバのアンノウンが走るのを止め三つとも顔を此方に向けた。黒い大きな瞳。それが徐々に白くなりはじめると全身が凍り始め身動きがとれなくなり、そこにクラーケンの百本の巨大な足が絡まり強く締め付け始めた。
前回の氷狼のアンノウンとその前に捕らえたクラーケンが融合してしまい、より強い怪物へと変化したクラーケンは氷の技を覚え、凍らせた標的をトドメに足で敵を砕く。そしたら木端微塵だ。
その頃、街全体が美術館のようなフィレンツェ、その周辺の空でバチッと光った。上空、そこに巨大な鳥の上であぐらをかいて堂々たる体躯な男、ジェームズ・レーンはサンダーバードと共にもう一体のロバのアンノウンを追っていた。
「見つけた見つけた。アレか」
ロバみたいな頭三つのアンノウンが走っていた。
「所詮ロバはロバ。俺のサンダーバードと比べたら鈍足もいいところ。行くぞサンダーバード!!」
サンダーバードは鳴き声をあげると速度をあげ雷を纏うと、一直線にアンノウンへと飛んだ。
変幻自在早業の雷技は敵が認識する前に致命傷を与えることなど造作もないことだった。
「ふん、デカい図体だけでたいしたことねぇな」
レーンがフィレンツェに向かっていたアンノウンを倒したとダナムからあずさへ連絡がきたのは数秒後のこと。
「なんか簡単過ぎない? 確か最初に相手をした《超人》は撤退する程だったんでしょ? 賢くて剽悍だったロバはどこへいった?」
「確かに変ね……」
「ねぇ……アンノウンじゃなくて実際のロバはさ別に賢くないわけじゃないんでしょ? むしろ賢く用心深い。ほら、イソップ物語にもあるじゃん。ライオンの皮を被ったろばの話」
「何言ってるの。結局ロバは間抜けだったじゃない」
「そうじゃないよ。ロバは賢かった。ただ、ライオンにはなれなかった。皮を被っても本物ではない。馬とロバじゃ従順じゃないから馬鹿にされがちだけど、それは人の視点。ロバは馬鹿にされがちで馬鹿をロバと揶揄してピノキオの話でも悪い子はロバにされるけど、別に知性がないわけじゃない。むしろずる賢い」
「まさかアンノウンも似た動物の特性があるっていうわけ?」
「でもさ、2体とも本体じゃない偽物だとしたらさ、他のアンノウンのように攻撃性を見せない一方でやってきた《超人》は返り討ちにしている時点でかなり強いよ」
「私達はあのロバに騙されてるってこと?」
「あり得るでしょ?」
ダナムの返答には少し間がひらいた。
「もう一度周辺を調べ直させるわ。少し時間頂戴」
ダナムはそう言って軍に命令を出した。といってもまだ半信半疑だった。
だから、軍が「見つけました!」と報告があがった時は目を見開いて思わず「マジ!?」と日本語で言っていた。
「あずさ、見つけたわ。場所はヴェネツィア」
「え」
「奴、小さくなって泳いでるのよ」
「迎えきて!」
「勿論! あと先にレーンを行かせたから」
歴史の長い建物がある景色もいいヴェネツィア。その空をバチッと光が飛んだ。
雷の速度でヴェネツィアに到着すると確かに無線で知らせがはいったとおり奴は泳ぎながらヴェネツィアを離れようとしていた。
「水の中にいるとは愚かかそれとも不運か」
レーンはそう言うと指をパチンと鳴らした。晴れた空から雷が落ちると、辺り一帯が轟いた。
雷をもろに直撃したロバのアンノウンはヒヒーンと鳴きながら真っ黒になると灰となって散って消え去った。
「ようやく消えたか」
その時だった。消滅した辺りの水からブクブクブクと泡が発生しだし、そこから水の色が変色、辺り一帯が黄金色へなって更に広がっていった。
「水の色が! なにが起きてるんだ?」
レーンは警戒し高度をあげた。
「なにが起きてるかは知らねぇが敵は相当往生際が悪いようだ」
レーンはそう言って雷の雨を降らす。
「こうなりゃ死ぬまで攻撃を浴びせるまで!」
激しい落雷が黄金の色へ向かった刹那、その雷が黄金で跳ね返り、無数の落雷は空へと無数に跳ね返された。
「なにっ!?」
幾つかはサンダーバードに直撃。だが、レーンもサンダーバードも雷には耐性がある。それで撃ち落とされることはなかったが。
「こりゃ想定外だな。ダナム、あずさに伝えろ。お前は来るなってな。水の性質を変えちまうのかよく分からないが、相性は悪いぜ」
「なんだって」
「どういう理屈かは知らねぇが、俺の技が全く通じていない」
「雷が効かない?」
「いや、雷だけじゃないだろうな。その前に奴と戦った《超人》も攻撃が通じなかったんだろう」
「それで作戦はあるの?」
「いや、ないな。単に俺達が消耗していくだけだ」
「それでどんどん水が黄金に変わるのを指を咥えて見ているわけ?」
それを無数で聞いていたあずさはハッとした。それはアンノウンとは全然関係ない話。自分がこの件に関わるはめになった原因。《超人》リリーが爪を噛んでいた時のあの目の視線は私に向けられたものではなかった。あいつは私以外を見ていた。私が話をしても相手は此方の話を聞いているのか頭にきたけど、相手は違う場所を見ていた。私はリリーが私を見てると思って話をしていたけど、リリーは私を見ていなかった。いや、視線は答えていた。
私をあの家に呼びつけたのはあの子どもじゃない。あの家にはもう一人いた。
(あのメイドか!)
「ダナム。冷静になろう。とりあえずあのアンノウンを知ってる人物と話す」
「まさかリリーのこと?」
「あれは違った。あの子じゃなかった。メイドの方だったんだ」




