1話 氷狼
世界各地で起こった大異変と同時期に現れた《超人》と化け物アンノウン。世界は大混乱に見舞われ、ある者はラグナロクが始まったとネットで拡散。株価は下落、逃げ惑う人々、人間の持つ兵器もアンノウン相手にはたいした効果も持たず有効が認められるのは能力を持った《超人》か核兵器と手段は絞られれていた。
しかし、それから時は流れ世界情勢は大きく変わってしまうものかと思われてみたら、力を持った大国の勢力図は以前として変わらなかった。というのも選ばれし者である《超人》が政治に積極的に接近するというよりなんとか協力を取り付けた程度で、彼らの行動はむしろ政界の外で自由であった。しかし、巨大な力を持つ彼らを政府が完全に自由を与えるわけもなく条件と監視の二つは鉄則だった。
《超人》が国家の中央にいかず自由を求めたのは意外なのかそれとも普通なのか、一般市民には理解し難いことだった。
ということもあって、国家の勢力図は変わらない。
とはいえ、人類の脅威は増えてしまった。それがアンノウンである。アンノウンがどのようにして出現するのか、その生態含め謎に包まれている。
ここまでくると世界はディストピアになったと思われるかもしれない。だが、必ずしもそうとも言い切れないいい事もある。世界の地理が大異変で滅茶苦茶になってから、新たな資源が次々と発見されたのだ。資源を食い尽くす人間にとって新たな資源は恵みである。
破壊するアンノウン、恵みの資源。そして超人の出現。そんな世界がこの先どうなるかなんて誰も予想出来なかった。
「この世界がどうなろうと私の知ったことじゃない」
あずさはゲームをしながら後ろにいるダナムにそう言った。
「あなたの国の問題でもあるのよ」
ダナムがそう言うのは日本の富士山が変異でどんどん大きく成長している件で調査団の派遣に《超人》であるあずさに護衛としての要請がきたという話。
因みにダナムはアメリカ人であるわけだが、米国と日本との橋渡し役を担っている。それ故に日本語も喋れるわけだ。そして、ダナムは政府側の人間。勿論、あずさは日本側の政府やお偉いさんとも会っているわけだが、あずさは何故か私からの要請しか受けない。信頼されてるというわけではない。単に憎まれているからだろう。それは面白い話というわけではない。つまらない話だ。日本の官僚というのは頭がかたく判断も遅い。私なら交渉は早く済む。要求もダナムの物差しで即決。前回のクラーケンの報酬の増額も然り。政治家に納得させる腕なら官僚時代培ったから問題ない。頷かせるのは《超人》も政治家も何度もやってきたことだ。そして、案の定日本政府はダナムに泣きついてきたわけだ。
「日本の人口は大異変が起きる直前人口一億を既に切って高齢者の割合は約40%大異変後は大不況、若者の人口流出は加速、円安による物価高に金利の上昇、株価の下落が続き、路上生活者が増加」
「なに急に」
ダナムは無視して続ける。
「就職率は最低を更新、リストラが相次ぎ、倒産件数は過去最高を更新、それによる政府不審、政権交代を得ても状況は変わらず。どんどん田舎は人が消え都市は犯罪件数が増え刑務所の収容人数がオーバーに。そんな絶望的で落ちるところまで落ちた国家がどうやって再び浮上を始めたのか。それは加速主義的浮上でも政府の大変化でもない。あなたよ。あなたの存在が現れたことで株価は上昇、円高が進み物価高は落ち着きを取り戻した。分かる? もうあなたの存在はあなただけのものではなくなったのよ」
「それで?」
「それでってなに。あなたは自分の価値を分かっていて何故何もしないわけ」
「何もしてないのは酷いな。アンノウン退治はしてるじゃん。世界に貢献してるんだよ。だからさ、あんたらのあれこれ要求するのを全部引き受けたりはしないんよ。私はアンノウンに専念する。それ以外の雑務は大人達がやる。これ、役割分担」
(全く腹が立つ子)
「いいからつべこべ言わずにやれ!」
富士山が成長期になって困るのは山梨と静岡が真っ先に思いつく。特にあれが噴火でもしたらと思うと恐ろしい。
だが、あれに興味を持った世界の人々は呑気に観光へあの山の頂上目指し登ろうとする。勿論、閉山中にだ。今は原因不明の変異で山開きがされずに続いている。富士山は遠くから眺める勢は困らないだろうが、富士山のあの美形が成長で歪にならないかが気掛かりだろう。だが、今のところ形そのまま富士山はぐんぐん大きくなった。当然、山の高さは変わっている。今は世界一の山になり、まだ記録更新中である。
調査団はまずヘリで上空から状況を観察。山頂に人面猫の群れを確認。危険性不明。地上からの調査は国の許可がおりず出来ないままだ。これは地上に意味不明な生態を発見したせいだ。
自衛隊出動案件ではあるがその前にアンノウンの出現もあったりして、暫くそれどころではなかったのだが遂に成長する山、富士山を調査することとなった。
富士山は人生で一度も登ったことはなかった。それは富士山を眺める山梨県民、静岡県民でさえそういう人達はいるのだから山がそこにあったらとりあえず登りたくなるのは登山家や趣味くらいで、それ以外は苦労してまで登りたいとは思わない。
「人はなんで山を登るんだろうね」
「達成感じゃない?」
「ならゲームでいいし」
結局、あずさはダナムと自衛隊と共に地上から登っていく。勿論、二人は登山用の格好をしてだ。
「ねぇ、山が高くなるなんて例えばプレートの衝突とかさ色々ありそうじゃん? 別に山が大きくなったって良くない?」
「なんでそれで世界一高い山になるわけ」
「世界一の山だから」
「はぁ……随分余裕そうじゃない」
「いや全然」
あずさはそう言うが実際体力があるのは歩くスピードとかでも分かる。ダナムはジムに通い鍛えてる自分より体力があるのを感じとっていたし、そもそも《超人》の身体能力が私達の平均なわけもないだろう。
「そもそもさ、政府はこの山に何があると思ってるの?」
(いい加減なくせに妙なところで勘づいたか)
「大異変後、各地で資源の新しい発見が相次いだ。異変の渦中にあるこの山にも資源の臭いを感じとったんじゃないかしら」
「また面倒なことに巻き込まれそう。環境活動家が私のところまで来たらあんたら恨むからね」
「安心しなさい。この調査にあなたが加わってることは非公開だから。例え国会で質疑があっても誰も答えはしないわ」
「そ」
その時、空から雪が降り始めた。
「どうやら私の能力と相性過ぎ」
「どういう意味?」
「私じゃなくサンダーバードを連れてくるべきだったって話」
「列車みたいな呼び方しないの」
「列車で思い出したけど私、来週アメリカに行くから」
「は?」
「ルーシーと会う約束したの」
ルーシーとはあずさと同い年の同じ《超人》である。因みにルーシーはラテン語の光が由来、光といえば新幹線のひかりというわけだ。
「列車の名前縛りでもあるわけあなた達は」
「偶然でしょ」
「そのうちのぞみとかこだまとかはやぶさが出てくるんじゃない?」
あずさは笑い声をあげた。
「詳しいね」
「こまち、はくたか、なすの」
あずさは爆笑する。
「もうやめて。本当に出てきそうだから」
「あ」
「なに?」
「一人思い出しちゃった」
「ああ……」
「もうやめましょ」
それからあずさ達はどんどんと山を登っていった。
元々の富士山の山頂辺りの気温は夏場でも一桁台、夜は更に寒くなる為に防寒対策は必要となるわけだが、既に3776メートルををこえて現在は約9000近い。その山頂となれば寒いなんてものではない。彼女の水も凍ってしまうだろう。
富士山が大きくなるにつれその周辺の土地も広がるように伸びて、静岡でいえば海沿いの地形はだいぶ変わってしまった。
「富士山って噴火することあるの?」
「ゼロではないわね。噴火したら静岡、山梨、神奈川はまず無事では済まないわね。風向き次第では更に広範囲……というのが3776メートルだった富士山の頃の話。今となってはどうなってしまうんだか」
「でも成長し続ける山を止める手立てはないんでしょ」
「今のところね。でも、巨大な爆弾を政府はどうにか出来ないか頭を悩ませてるでしょうね。どうにもならないと簡単に諦められる程、被害は甘くはない」
「先に言っとくけど私に要請しても流石にどうにもならないからね」
「まぁ、流石にそれは分かってるけど」
冷たい風が吹き荒れる。まるで、自然が我々を阻んでいるみたいに。
「この登山、かなり無謀じゃない? 調査どころじゃないよ。今、どれくらいまで登った?」
自衛隊の一人が答える。
「3300メートルです」
「よし。ここで勇気ある撤退をしよう。無理だ」
あずさはそう言ったがまさに視界が吹雪で悪くなり、更にその先の視界が更に悪くなっており、撤退をするか本当に決めた方が良さそうな感じにはある。
「流石に私も無理かな」ダナムがそう言うと自衛隊は「分かりました」と返事をした。任務とはいえ、現場の指揮官はこういった時に何を優先するかを決断する。
その時だった。どこからか狼のような遠吠えが複数聞こえてきた。
「ちょっと冗談でしょ!?」ダナムはそう言いながら護身用の拳銃を抜いた。
「いや、狼なんていないでしょ。ニホンオオカミは絶滅したんじゃなかったっけ?」
すると自衛隊の現場指揮官が「ええ、その通りなんですが」と答えた。
「それじゃ遠吠えする熊や猪がいるというわけ? 聞こえたのはどう考えたって遠吠えじゃないの!」
「大異変以降の生態系も調査の範囲でして、我々も全貌を把握出来てるわけではなくて」
「もういいわ。早く下山しましょう」
だが、あずさはこの時嫌な予感がしていた。
富士山には富士山信仰と呼ばれるものがあり、その山頂は仏の世界だと信じられ修行の場となった。それから観光の場へと環境は変わってしまったが、富士山が成長し頂上が地上から遠ざかるということは仏の位置も変わってしまったことにならないだろうか。信仰は侮れないものがある。その信仰の裏に恐れがあるからだ。今、私達に襲いかかっているのは恐れだ。
「アンノウンだ」
あずさは即座にそう言った。
「え、どこ!?」
ダナムは辺りをキョロキョロ見回してみるも視界が悪く分からない。
「そうじゃない。この現象がアンノウンの仕業だって話」
「え? でもアンノウンは上空からはなかった筈よ」
「検知出来なかったんだよ」
「あのね、雪の環境でも検知は可能なのよ」
「そうじゃない」
「?」
「そいつは熱を持たないんだ」
突然、気温が更に下がり足元の雪が山の上から凍り始めてきた。あずさはその上をじっと警戒する。自衛隊も即座に異変を察知、武装を始める。
「ちょ、ちょっと冗談でしょ。なんとか出来そう?」
「相手は氷、私は水。相性は最悪だよ」
「な、なら逃げましょうよ」
「それはどうかな。ここにいる何人があれから逃げきれるのか」
吹雪の中影があらわれ、それは徐々に此方へと近づいてくる。四本脚、大きさは狼の一回り大きいくらい。それだけで普通でないのは気づけたが、吹雪から姿を現すとダナムはその姿に驚愕する。
それは全身氷の怪物だった。あずさはすかさずアンノウン上空に水を集める。アンノウンの冷気に当てられた水分は氷結し、雹となって真下にいるアンノウンに降り注ぐ。
「やるじゃない! 相手の能力を逆手に利用したのね」
「残念だけどたいした効果はないみたい」
氷の体は降り注ぐ雹とぶつかり合っても強度はアンノウンの方がまさり削られたのは雹の方だけだった。
あずさは大きな水の玉をアンノウン上空に出現させ、アンノウンの足元へ水をぶっかける。一瞬で氷結したことでアンノウンは足元が凍りで固められ、巨大な氷塊が上空から急落下した。しかし、それでも破壊され粉々になったのは氷塊の方でアンノウンの脆そうな氷の体を傷つけることはかなわなかった。
「随分頑丈ね」
つかさず自衛隊の火器が火を噴いた。放たれた弾丸はアンノウン直前で氷結し、アンノウンに命中すると同時に弾丸の方が砕けた。
「弾丸が効かない!?」
自衛隊は怯み2、3歩後退するがそもそも相手はアンノウンだ。人間の兵器は当てにならないのは予想通りだろう。
ダナムはあずさを見て「ペットにしたクラーケンよ!」と言ったがクラーケンを出したところで氷漬けにされて終わりだ。せっかくの強力な手駒をこんなことで失いたくない。
「逃げるんだよ」
あずさはそう言うと水の壁を私達の手前で発生させた。水の壁は一瞬で凍り氷の壁が出来上がる。
「ほら、走って!」
あずさが言うと自衛隊は慌てて走り出し下山しだした。
壁の向こうで氷狼のアンノウンが吠える。衝撃波が氷の壁を砕き粉々に崩れだす。それはそのまま傾斜に向かって転がりだした。それは落石と同じ脅威だった。なんとか下山しながら転がり落ちていく氷塊を避けた。
「もうあの手は使えないか」
あずさは水の造形、竜を生み出し氷狼へ向け放つ。竜は氷狼に届く前に凍らせられ、氷狼が吠えると、それは砕けた。また、氷塊が転がり落ちる。
「ちょっと! やめなさいよ」とダナムが叫ぶ。
「じゃあ何もしないぞ」
「もっと他の手を考えなさいよ」
「じゃダナムも考えてよ」
「考えてるわよ! だけどどうしたらいいの?」
「知らないよ! 訊いてるのこっちなんだけど! 援軍とか連絡して呼べないの?」
しかし、それは言われる前から自衛隊は無線で既に試していた。だが、何かに邪魔されているのか全く連絡がとれないでいた。
その間にも氷狼は逃げる私達を追いかけ走り出した。
「あいつ、狼の姿してるわりに狼より遅いわね」とダナムは言いながら無駄と分かりつつも銃をぶっ放す。勿論、効果はなかった。
徐々に白い冷たい霧が私達を覆う。視界が悪くなれば上空からも視認出来ない。ヘリで救助なんて期待も出来なくなった。
「ダナム!」あずさは大声で呼んだ。
「こっちよ」
「あまり離れないで。見つけられなくなる」
「分かったわ。それよりどうするの?」
「あいつ、なにで私達の居場所を把握してると思う?」
「狼なら嗅覚とかって思うけど」
「見た目に騙されたら駄目。あれは氷狼であって狼ではない」
「分かってるわ。言ってみただけよ。でも言われたらそうね。これほど視界を悪くしたらあいつも見つけられないでしょうに」
「むしろ同士討ちを狙ってるとか。霧で目を潰し恐怖心を煽り撃ち合わせるとか」
「そこまで人間くさい策士かしら。そんなことしなくても辺りを凍らせればあいつの勝ちよ」
「確かに」
そう言ってる間にもどんどん寒くなっていく。これでは凍る前に死ぬ!二人はガクガクと震え唇の色がどんどん悪くなっていった。
「そうだ。あんたの水槽であれをぶち込んで直ぐに閉じればいいでしょ」
「そんなことしたらせっかくペットにしたクラーケンが凍って死んじゃうよ」
「あなた!そんなこと言ってる場合!私達が凍え死んだらペットどうこうじゃないでしょ!死んだら呪うわよ」
震えながらダナムはあずさの胸ぐら掴んで訴えた。
「わ、分かったよ」
あずさは辺りをまず水で囲む。瞬時に凍ったその瞬間を捉え方角を察知すると〈水槽〉を展開、落ちたのを感知し、直ぐに閉じた。
すると、さっきまでの寒さが止み、視界が開け始めた。
「ほら、やったよ」
「やれば出来るじゃない」
「アンノウン退治したんだからその分の報酬は頂戴よね」
「それは任せて。私もこんな危険な目にあったんだから私の分も請求するわ」
「もう寒いのは懲り懲り」
それから二日後。
「あつー」
「寒いのは懲り懲りとか言ってたのはどちら様でしたっけ?」
「あ、そう言えばダナムあの後氷狼がどうなったと思う?」
「ペットにでもしたの?」
「実はなんとタコ野郎と氷狼が気づいたら融合していてなんかパワーアップしてたんだよ」
「は?」
「元々先にクラーケンみたいな化け物捕まえて水槽に入れてたでしょ? そこに氷狼ぶち込んだら合体しててよ、クラーケンに氷の技を覚えたんだよ」
「なにそれ。まぁいいわ。強くなったならそれにこしたことはないかも」
「なんで?」
「今日ここに来たのは重要なことを伝えに来たからよ。昨日《超人》の一人がやられ死んだわ」
「……」
「やったのはアンノウンじゃあない。黒いローブにフードを被った奴よ。何者かは不明。現在調査中よ」
「人間?」
「ではないわね。《超人》を殺ったんだから同じ《超人》と見るべきね。つまり、新たな《超人》の出現。しかも明らかな敵対行動。そいつが何者かは知らないけど、あなたも気をつけなさいよ。狙いが何なのか分かるまでは」




