9話 影の大陸(6)
夜と光、まるで対極が共存しているかのようだ。しかし、元は対となるベロボーグという白い神が存在する。それがスラブ神話である。つまりチェルノボーグがあの光だとすればスラブ神話とは異なる。だが、宇宙というスケールで考えればそれは対極ではなく太極であり、それは一つとして陰と陽という両義で現すことができ、それは月や太陽のことだろう。そう考えるとあの光が太陽のように光り輝いているのもあのアンノウンが夜を生み出したのも同一。
「太極ねぇ……」
確か両義から四象という観念がまたあったような。あれは季節だったか。
「あとで中国の知り合いに訊いてみるかな。それよりあれ、僕には無理そうだ。流石に撤退かな」
(簡単に逃してはくれそうにないけどね)
獣の群れが此方へ向かって大移動が始まった。
『白い悪魔』は能力で風を起こす。
その頃中国では、中国の《超人》ユエとモンゴルの《超人》サランがいた。
「あなたところでスマホの電源は切ってあるんでしょうね?」とユエは訊ねた。
「どうして?」
ユエは溜め息を漏らした。
「それじゃあなたがここに来たことがバレバレじゃない!」
「え、そうなの!?」
「全く……そういうところが抜けてるからアンノウンにやられるんでしょうが。それじゃ姿を消せても意味ないじゃない!」
「し、仕方がないわね。それじゃ移動しましょう」
「なんで私もついてく前提なわけ? 私が怪しまれるじゃない」
「私はあなたに用があって来たのよ」
「はあ? 行くわけないでしょ」
「行くのよ」
サランは刃先をユエに向け脅しをかける。
「ったく」
ユエは従うしかなかった。と見せかけた。ユエにはサランがどうして当局の機密を知り得たのか興味が湧いた。別に誰かに命令されて現れたわけではないのは携帯の電源を切らなかった間抜けを見て確信した。なら、サランは単独だ。そうと分かればどうにでもなる。
(サランはまだ過信してくれてる分、油断を生み出しやすい。いいわ。それまでは従ってやろうじゃない)
「それでどこへ向かうつもり?」
「とりあえずあなたのアジトでお願い」
「それは勘弁。面倒ごと持ち込まれるの迷惑。というより既に迷惑。でも、代わりの場所へ案内するわ。だからとりあえず携帯の電源を切って」
「ああ、はいはい」
「それであなたの目的を教えて頂戴。私となにをするつもり? 言っとくけど機械タイプのアンノウン、私が手に入れた情報を聞く限りではアンノウンレベルは4相当よ」
「4! いえ、それは想像してました」
「本当に? まぁいいわ。それなら話は早い。いくら私達が2人揃ったところでそのアンノウンを退治するのは無理そうよ。どう倒すつもり?」
「一度中国から出る予定です。可能ならあずさにお願いするつもりです」
「あいつに~! なら私はおりる」
「ダメです。中国の事情や地理に詳しいあなたの協力は不可欠です」
「勝手に巻き込むな」
「当事者ですよあなたも」
サランの目は本気だった。
「確か時中という言葉がありますね? 今すべきことに集中する。《超人》である私達がすべきことは決まってます。アンノウンを倒すこと」
「なら、兆しという言葉も覚えておきなさい。機会を見るのも必要よ。あなた、いったいなにを相手にしようとしているのか分かっているの? 相手は中国よ。それはあなた程度でどうにかなる相手ではないわ。長い歴史を持つ中国がたかが《超人》ごときでどうこうできるだなんて思わないで。ナメんなよ私の国を」
場所変わってあずさ達のいる『影の大陸』にて。
既に二時間移動を続けている。
「なんかお腹空いた」
「出発前ウクライナでボルシチ食べてなかった?」
「うん。野菜たっぷりで美味しかったよ」
「じゃあ我慢しなさい」
「ぶっちゃけさ、ジェニーの能力ならもっと楽出来たでしょ?」
「あの子が協力的になってくれたらね。でも、あの子は取り引きに応じてはくれない」
「ふーん。それじゃずっと捕まったままなんだ」
「場所は言えないけどね」
「そうまでして意地を張る理由はなんなのさ」
「そこまでは分からないわ。あれ以来会っていないもの」
その頃、モスクワでは『白い悪魔』に向かって大群の波が押し寄せてきていた。
連中は策を練るより圧倒的数とその勢いで此方をのみ込もうというわけだが、そう簡単にやられはしない。
「こんなに集まったらむしろ狙いやすいじゃないか!」
能力で巨大な竜巻を発生させると、直進してくる大群を蹴散らしていく。空高く吹き飛ばされ風の刃で細切れにされた遺体は遠く彼方へと飛んでいった。それでも猪突猛進の如く恐れを知らない大群の勢いを削ぐには足りていなかった。
なにせ、獣は目の前にいる敵だけではなかったのだ。更に遠くに敵は百万の数が控えている。
しかも風の勢いはこの場所だと思っていたよりも風力がこれ以上あがらない。
(これもチェルノボーグの能力なのか?)
「ならば」
次々と竜巻を発生させ、次々と蹴散らしていく。
その時だった。後ろの方から嫌な気配がした。振り返ると、自分の後方からも大群が押し寄せてきていた。
いつの間にか取り囲まれた『白い悪魔』は仕方なく風を纏い空を飛んで上空へと避難する。
その時太陽が、否、放つ光が増し低い声が空に響き渡る。
来たな人間。その超人的力をもつ者。少々、買い被っていたかな
「まさかアンノウンにコケにされるとは」
と言いつつも本音は返す言葉もなかったこと。竜巻は今も大群を襲っているが、一向に死体が増えるだけで減っていく感じがしない。
(あれだけの数がもし他の国へ侵攻したら大変なことになるな)
『白い悪魔』は両手を前へ突き出すと掌から風が起きる。風の刃で親玉を、チェルノボーグを狙って放った。
無理だと分かっていて放ってみたものの、光を風は通過しそのまま彼方へと飛んでいった。
「実体がないのか!?」
敵を分析する為に攻撃を仕掛けたか。無駄なこと
「お前の目的はなんだ? いや、お前達はいったいなにものなんだ」
すると、不気味な笑い声が空に響いた。途端、白い光がより強く増していく。
「来るか!」
『白い悪魔』は直ぐに遠くへジェットのように退避しながら竜巻を最後に放った。
直後、チェルノボーグから白い光の矢が光速で数億『白い悪魔』に放たれた。
「おいおいそれは」
風で跳ね返せるようなものでもなかった。
白い矢はそのまま流星群のように空を駆けた。
その頃、中国。
「そもそもなんで中国の敵になるようなことをあなたがわざわざするわけ?」とユエは訊いた。モンゴルの《超人》は答える。
「それは国が間違ってるからよ」
「あなたの国じゃないでしょ」
「あら、孟子が言ってたじゃない。政治にとって民衆が一番で次に国家、君主は一番軽い存在だって。理想論であってもそうあるべきことよ」
「少しかじった程度の知識で私と口論やり合えるとでも?」
その時、ようやく外からサイレンが聞こえてきた。サランは仕方なく「話は後にしましょ。さぁ、行って」と刃物を向けたまま、エレベーターへ向かう。
2人だけで乗り込み、一階のボタンを押しエレベーターが降下しだした。
「あなたしょうもないことに自分の力を使うのね」
「これは私の力よ。私がどう使おうと勝手でしょ。それより私を連れながら逃げ切れるとでも?」
サランは突然ユエの手を掴んだ。
「なによ」
「あなたは気づいていないけど、今私達の姿、声、音は全て消え誰も私達を五感で感知することは出来ない」
「ああ……そうだったわね」
直後、ユエは蹴りをサランに放つ。刃物を向けられてもユエは抵抗を選んだ。大抵は今の抵抗に瞬時には反応出来ない。そういうタイミングを狙った筈だった。だが、サランは交わしむしろ首筋から僅かに切れて血が垂れた。
「間違ってあなたを殺してもあとで文句言わないでよ」
その余裕そうな態度はむしろ火に油だった。エレベーターにある鏡で相手の位置を確認したとき、鏡を通じて2人の目が合った。その目は透き通っていた。
「やめな。隠してる護身術があっても驚きはしないけど、それをかわせない私ではないわ。でなきゃ刃物じゃなく銃を使うもの」
ユエは刃物に疑問を最初から持ってはいた。銃なら姿を消したまま狙えるからだ。そうしないのはまだ殺す気が向こうにないと判断し、この密室の場所を狙っていた。でも、考えは甘かった。そうと分かるとユエはこの状況に嫌気が差した。
(結局私は彼女にしてやられたみたいじゃない)
「分かって欲しいの。人間とアンノウンは共存出来ない。むしろあなたの国がそのアンノウンにやられるかもしれない」




