3 銀狼の帰還 20年目の対峙
霧が立ち込める湿地帯。大勢の「ハイエナ」たちが殺気立ち、獲物を待つ獣のように各々身を潜めていたその場所に、一人の男が歩み出た。
かつて大陸にその名を轟かせた「銀狼」アルベール。
二十年の歳月は彼の髪を白く変え、顔には刻まれた苦難の皺があったが、その眼光だけは、若かりし頃、ゼノスの傍らで、数多の戦場を共に駆け抜けた当時のまま、鋭く凍てつくような光を放っていた。
一方、ガルディアの「ハイエナ」……親分らしきバザルは、霧の向こうから現れたその人影を見た瞬間、心臓が跳ね上がるのを感じた。
泥を啜り、誇りを捨て、ただ生き延びるために剣を振るってきた二十年。その絶望の底で、何度も夢に見た「背中」がそこにはあった。
アルベールは、一歩、また一歩と泥を踏みしめて進む。
その後ろには、護衛に付いた警備隊の数人、そして王宮での事務服を着たユージンが続く。
泥を跳ね上げず、吸い付くように地を均し、確かな殺意と鉄の規律をもって歩を進める一足の軍靴。
バザルの背筋を、かつて戦場を幾度も駆け抜けた戦慄が突き抜ける。
(……間違いない。この一分の隙も無い重心の移動。泥に沈みながらも、刃のように鋭く地を裂く歩法……。『あのお方』だ。我らをただの雑兵としてではなく、ひとつの『盤面』として見下ろしていた、あの冷徹なまでの武の体現者……!)
二十年前、銀色の鎧を身に纏い、先代ゼノス様の影として戦場を支配した「軍神の盾」。
「……た、隊長……?アルベール……将軍、なのですか……?」
年月は経ったとはいえ、左手で長剣の鞘をぐいと後ろへ引き込み、いつでも柄を掴める角度に固定したその所作。そしてあえて剣を抜かずに「抜いた瞬間に間合いを断つ」ことを予感させる、圧倒的な静寂の威圧感。
それは、野党の首領に成り下がったバザルが、逆立ちしても届かない「本物の将」の残影そのものだった。
バザルは、自分が握っていた錆びた剣があまりに滑励で、あまりに無力な鉄くずに思えた。
「……死んだのでは……。我らを見捨てて、あの御方と共に、星の塵になられたのでは……!」
嗚咽を漏らすバザル。
その視線の先で、アルベールは感情を押し殺したまま、背後に立つ「事務服の青年」を守るように、さらに深く、静かに地を踏みしめた。
アルベールは、その爛々とした眼光で目の前の野蛮の首領を射抜いていた……が、その汚濁にまみれた髭面の中に、かつて自分の部隊で一番の若手だった男の面影を見つけた瞬間、その凍てつくような殺気が、一気に瓦解する。
「……バザル!……お前……なのか?……まさか生き延びていたというのか」
アルベールの声は、絞り出すように掠れていた。
二十年前、主君ゼノスと共に死なせてしまったと思っていた弟たちのような一人が、目の前に、無残な野盗の姿で立っている。




