12 事務官ハンスの「全滅」報告
薄暗い天幕の中、伊達眼鏡をかけた男__ハンスと名乗ることに決めたユージンは、羊皮紙に先の「特例事案」を書き出していた。
「……ようし、これでいい。『地震による地滑り。交戦中のロドニアのはみ出し者、エドワード王子一行、および賊軍「四本爪」はこれに巻き込まれて谷底へ没す。生存者の可能性なし。遺体回収不能……』」
モランは横でその文面を覗き込み、低く笑った。
「相変わらず、血も涙もない完璧な公文書だな、ユージン……いや、ハンス殿」
「今更……事務官に感情は不要だろ?必要なのは『誰も疑いようのない結末』だけだ」
この報告書は、商工ギルドの定期便とバザル部隊の残党兵によって二つの国へと届けられた。
さて、ロドニア王宮にその一方が届いた瞬間、静寂は悲鳴へと変わった。
「ユージンが死んだだと……!!地滑りだと⁈馬鹿なっ、あいつが居なくては、明日からの軍事予算の決済はどうなるんだっ!!」
オーギュストは、ユージンに押し付けていた山積みの書類を前に頭を抱えていた。ユージンという「超高性能CPU」を失った王宮は今まさに、歯車の抜けた時計のように空回りし、各部署から「金が出ない」「計算が合わない」「資材が届かない」という悲鳴が上がり始めていた。
しかし、王宮内がパニックを起こしているその傍らで、報告書(内容ではなく字体)を黙って覗き見るレティシア王女の瞳だけは、輝いていた。
(この字体……見覚えある奇麗な字の中に少しばかり右上がりの癖字が混じっている……これは絶対あの人が書いた物……ユージン、貴方は生きているのね。ああ、よかった)
ユージンの書いた「全滅報告書」はレティシア王女には、奇しくも「ユージン生存確認の報告書」になってしまっていたのだった。
一方、ガルディア王宮。玉座に座るヴァルガス王は、エドワードが地滑りに巻き込まれたという報告を聞いても眉一つ動かさなかった。
「……そうか、無能な息子が、あの無能なハイエナ残党兵共と勝手に消えたか。手間が省けたな」
彼はエドワードへの悪意を隠そうともせず、すぐさま財務官に命じた。
「エドワードへの救済予算は即刻停止しろ。死んだ者に出す必要はない。ああ、それから書面通り、遺体回収の捜索隊も出すな、無駄だからな。……まあ、適当な弔慰金を計上して、残りは我の私費(裏金)に回せ」
ヴァルガス王は知らなかった。その「適当な弔慰金」と「停止した予算」の行先を、謎の事務員が書き換えていることに。
「__さて……と。面白いように金が動き始めましたね、ハンス殿」
ハンス(ユージン)は伊達眼鏡をクイッと上げ、手元の台帳に新たな数字を書き込んだ。
モランがギルドを使ってその費用を「アステリオン建国準備金」へ迂回させたのだ。
それから略奪品の資金洗浄を開始した。
バザル達がかつて両国から奪った「出所不明」の金銀を商会を通じて通貨貨幣へと鋳造し直さなければならない。
「獅子の谷」に埋められた4000ほどの軍備を、型落ち品を狙った一括バルク発注で、市価の半値以下で買いたたく。
「バザルよ、貴方たちの新しいバックラーの代金は、ヴァルガス王に支払って貰いましたよ。感謝するといい」
モランが楽しそうに笑う。
「……奴の金で、俺たちの剣を買ったのか?恐ろしい男だな、貴方は」
バザルが戦慄する中、ハンスは淡々と告げた。
「バザル殿、これは略奪ではありません。正当な『未払い賃金の強制執行』ですよ。さて、次は鎧のサイズ合わせですね?一人でもサバを読めば、その分の予算を貴方方の酒代から削ることにします」
アステリオン公国。
公式には「全員死んだ」ことになった4500人の亡霊たちが、ユージン、モランの知略という名の命を吹き込まれ、最強の軍隊へと変貌を始めていた。
ユージンはどこかで抜けているのがいいキャラですね。




