10 灰の中の幻影
ユージンに錆びた盾を突き返された瞬間、バザルの視界が、焚き火の煙の向こうで歪んだ。
(……ああ、なんだ。この既視感は)
目の前に立つ男は、自分よりもずっと若く、長身だが特に何の見栄えもしない普通の事務官だ。
だが、その背後に揺らめく影は、かつて大陸を震撼させた黄金の獅子__ゼノスのそれと寸分違わず重なって見えた。
二十年間、バザルは精神的に孤独だった。
仲間を食わせるために、かつて誓った騎士の誇りを捨て、泥を啜り、人から獣へと落ちていく部下たちを泣きながら見守り続けてきた。「四本爪」の紋章を汚すたびに、心の一部が死んでいくような感覚。誰からも、神からさえも、自分たちは見捨てられたのだと信じていた。
だが、目の前の「事務官」は言ったのだ。
「よく、この重みに耐えてくれた」と。
その一言は、バザルが二十年間、誰にも言って貰えず、自分でも自分に許せなかった「赦し」であった。
「……っ。」
バザルの喉が、ひっつくように鳴った。男泣きすら忘れていた戦士の目から、熱いものが溢れ、煤汚れた頬を伝って「四本爪」の紋章の上に落ちる。
(……ああ、そうだ。この御方だ。この声だ。事務官だろうが何だろうがもうどうでもいい。この魂の震えこそが、俺の、俺たちの『王』の証だ)
バザルは、崩れ落ちるようにその場に跪いた。彼だけではない。焚き火を囲んでいた兵士たちが……亡霊たちが誰に命じられるでもなく、一人、また一人と武器を置き、暗闇の中で静かに頭を垂れていく。
「……ルシウス様。……いや。我が王よ」
バザルの掠れた声が、夜の森に響く。それは事務官ユージンへの報告ではなく、二十年の時を超えて、再び主の前に跪くことが出来た一人の忠義の士の、魂の咆哮であった。
ユージンはそれを、静かに、ただ静かに受け止めていた。黄金の瞳には、慈愛と、そして彼らをここまで追い詰めた世界への、冷徹なまでの決意が宿っていた。




