Ep56:ヴァン・スタヴァ―・ディルタ
“どうか、諦めないで下さい”
彼女とは暫く離れていたのに、ずっと同じ場所に居る様だった。平地、岩場、川辺、山岳地帯にも見守られている感じがした。そういえば、あの小さな庭園でマジェス殿下は自らの娘である第一皇女スタヴァー姫の事をよく語っていた。彼と話すうちに心の通った“どこか”へ導かれている様だった。あの地平線での星は眩い光だった――・・・
或いは、闇の世界に紛れるようだった。マジェス殿下の体は蝕まれ、新たなる後継者として娘を選ぼうとしている。そこで俺も時折、姫の様子を見ては遊び相手になり、時には政治よりも、これまでの学業で同期との戯れ、労働時に王国への報告があったこと、地上大陸で謎多き出来事に遭遇したこと、4つの国へ渡り歩いていた時のことを話していた。
だが、本来あるべき状況については冒険的には語れなかった。
「姫様・・・もう、国王或いは陛下と呼ぶべきでしょうか」
「いいのです。無理をしては父の言葉を無駄にしてしまうから」
「殿下の容態は、少しずつ蝕まれてゆくのです」
「まだ気が早いわ?だってまだ姫のままがいいもの」
彼女は未だその覚悟が見えていなかった。見えていないというよりは感じ取れないというべきだろう。それ程まで自らを保とうとしている。それにマジェス殿下の寿命も僅かに在る。その期間、彼女は新たに国王としてその冠と椅子へ腰掛けなくてはならない。民達を引き連れる人とならなければ、民達と王族・貴族の差は更に開き、計画も滞って飢えてしまう。
つまり――、
「つまり、姫様が次期国王へ就任したなら?」
「では、私が再びその足で時を駆けるような?」
「そうです。貴女は父上から解き放たれる」
「何とも不思議な感覚よ。私が時を駆けるなら・・・」
「たとえ子供じみていてもいいでしょう」
純粋だ。まったく汚れを知らない。だが、その汚れさえ受けとめようとする意志の強さを感じてしまう。何故か、何処か、遠い星の中で俺達二人が佇む姿が、瞼の底から見えるようだ。それも儚くも美しい、未来予想図のようである。
「スタヴァ―様、俺は次に書簡を出さなくてはなりません。その名を預けても?」
「勿論、預けるわ。王座へ腰掛けなくとも、意志は伝わるでしょうし、大丈夫!」
それから日が昇り落着くころ、再び俺はマジェス殿下に呼ばれた。王座に腰を掛けるのも今の彼にとっては体に障ることだろう。しかし俺がマジェス殿下の部屋に入ってしばらく話している内に意識が途切れては次第に記憶もなくなっていた。
―――なるほど、俺の様子が分かるのか。
超寿命の年齢からするとマジェス殿下はその半分。彷徨う記憶の中で確認できるのは俺と違う姿の何かとの対話。殿下の代わりに赤い椅子へ座っている、この何者とも言えない意志を持つ人物はそっとワインを飲みながら、俺とは違ったその誰かへと語りかけているようだ。異様な雰囲気でアントマニーヌ鉱山との空気に近い。虹の鉱石のエネルギーがある訳でもなく、ある様にも感じられる。そこは多様な装飾物に広いツルツル光る壁と床の一室。手入れが届いていることが分かる。これは一体どこなのだ?と俺に問いかける。
―――意志よ、あなたは全てを守っていたのです。
あの方へ大いなる意志が宿り我が意志にも―――
マジェス殿下が話し掛けているのは、俺と違うその誰かの背後である。それは“眩い閃光”に包まれし影であり、「大いなる意志から分けられた」と、そう告げている。その誰かは何か意図をもってワインを交わしつつ暖炉の傍から動いてはいたが、その瞳孔は開いたままだった。俺はその強き存在に問う。何かを話し合っているのだな?――と。
――“王”よッ忘れないでくれ?“時を駆ける”のだ。
いいかね?いずれまた会おう―――ッ!
王だと?俺の事ではない「誰かの記憶」なのか?赤い椅子へ座っている者のその最後に放った言葉。強き感情、大きな意志、類稀なる記憶の中に輝く魂。マジェス殿下と話を交わすその俺の意識のなかで、意志と魂同士が共鳴しその約束は俺自身の記憶に残ったようだ。まるで俺がそこで居たかのように。ああ、父よ―――。
その記憶に従いましょう―――ッ!!
すると、意識がサッと冴えわたる様に、体の隅々から力が湧き、あの光の束のエネルギーを纏ったような温かさが身に宿る。神々の末裔ヴェシェベルとマジェス殿下、眩き王と俺の体から小さな部屋で強き閃光から解き放たれ、ようやく本来の形へと戻った。
「ライズ。君との語らいも近くに最期となるのだな」
「えぇ、殿下。“この世界での最期”は必ず輝くでしょう」
「“現世では”議員、大臣と壁は有るが」
「彼等は“捨て駒”です。問題は他に有るでしょう」
「なぜ、我々はこの様に“円滑”で居られるのだろうな」
「“遊び”と“手加減”。貴方から教わったのです」
二人の笑い声がこだまする。何故に、存在を超えた語らいを行えるのか。最早それは時代も世界をも超えた“内容”だったことに気が付く。人間として、人類として、生命として、そして宇宙の始まりとしての意志だった事に教えを受ける。それが、一つの存在に引き継がれる。大いなる意志の代行人、神だった存在に与えるとして・・・。
―チュン、チュチュン―
――ズ、
うん?
―――イズ、
何だ?
――――ライズッ!
この懐かしい声は・・・?
「ライズ・フォングラン。目を覚ますのです」
「――っは!」
目の前に在るのは庭園。
そして、目の前に居るのは姫様。
俺は一体、何を見ていた?
「冒険の続きはまだですか?」
「あ、そうだ。スタヴァー様、お覚悟は如何に?」
「もう紅茶も飲み終わりました。そしてお菓子も食べ終わりました」
「貴女の父上は、貴女を――」
「もういいの。引き受けたわ」
「え――ッ」
スタヴァーとの庭園での対話は、ゆっくりと時を刻み、日頃の疲れを癒してくれる。そして、マジェス殿下との継承。これはライト・オブ・ホールによって紐付けられた。人間の体としての生命の表れが尽きようとしているが、再起を願うマジェス殿下自身の心配りであった。
やがて、それが最後の約束になる事はもう、決まったのである。
姫様、俺は貴女の意志です。




