Ep39:学士オード・ナスワイと新天地
「これが、地上大陸ランガスモー・・・」
在りもしない大地、存在さえ理解できない形状と、虹色の様な地形から成るその地上世界は、俺の足を浸した。人類というのは未知の領域に達した時、慌てて足を離す癖があるという。本書等に描かれている様な大地と異なり、ツルっと滑りそうな程に腐敗している様である。周辺の海水に一度沈んだような形跡さえ感じ取れるのだった。
「ジグル、ここでいいんだな?」
「間違いないだろうね。ここからパイルの軌跡を追うよ」
「まったく、本当に合っているのかしらねぇ・・・」
「オード・ナスワイ。歴史によると光の束と対なす、ダーク・オブ・ホールの第一発見者とも云われています」
「違うよ。ライト・オブ・ホールの方が先さ」
「お前達って詳しいんだな」
「仲良しなのねぇ~」
二人とも「どこが」と同時に放つが、古文書でも読んだのかやたらと詳しい様子。それに加え、イーターの方も空気を呼んでいるような素振りだった。マジェス殿下の示した2年間という歳月。ランガスモーに眠る王国だったパイルの面影は何処にも感じられなかったが、それでも俺達は旅を続けなければならない。
「遠いわね」
「パヘクワードよりも広い大陸だ。とてもじゃないが、端から端まで調べられる余裕はないが、この地図を基に探せば恐らくは到着するだろう・・・」
「もしかするともう、到着しているかも知れないよ?」
「何を言っているのです?」
「地図よりも勘さ・・・」
そう言ってジグルは手前にある山岳地帯に小さな窪みを見つける。そこを指差して目的地だと告げている。どうやってこのような場所に在るのかと尋ねるが詳しくは告げず窪みにナイフを刺す。小さな轟音と共に山壁が左右に開き、入口の様なものが現れた。どうやらそこが到着点となっていた様だ。
「着陸先を指定していて良かった。近いんだよ、ここは」
「この入口に学士オード・ナスワイが居るんだな?」
「さぁ・・・彼は科学者としても優秀だからね。それに僕の小父の家系、ウィナートは立派な王族だったらしく、周囲の地表調査にも貢献して王国を追い出されたと聞くよ。だから、運が付いていないだろう?僕は」
虹の鉱石で出来た松明のような物を使って入口から進み、王国パイルを探す事にした。中にはナスワイが住んでいるような形跡はないが、居住区の様な広間が淡々と繋がっていた。古代文明としては優秀なのか、俺達の祖先はここに住んでいた事が理解できそうだった。松明はアントマニーヌ鉱山製でマジェス殿下からの頂き物だ。鉱石のエネルギーで暗闇の埃などに触れると光を放つ。重さは0,3znと、あまり感じられない。
「ちなみに、この王国に住んでいた人は生物だったんだよ・・・。人体実験の母体にされてね、それで生体変化を行っていたらしい。僕の小父も関わっていて、本当の両親が消されたけど、満足そうだったよ」
「ジグル・・・お前・・・一体・・・」
「まぁ、推論だけどね~」
俺達は洞穴の様な場所を淡々と進んでゆく。土壁に彩られた象形文字に住居。王国パイルの軌跡によると、人造生物を開発しているとされている。ランガスモーでの科学は一度パヘクワード以上の出来で人体を更なる上空に住まわせるような形に改良しようとしていたらしい。それはジグルの一説によるものだが、あらゆる薬物により生体変化をきたし、海底に潜ったという逸話まで生まれていた。同時にジグルは一説の書物を取り出しこのように告げる。
「著書『機械生命と魔道文明』というものがあってね、パイルには次元との干渉が生まれたと言われているんだよ。新たなる生命の兆し・・・これも伝記とされているんだけどね」
「いいだろう。読んでくれ」
「ジグルの長話は飽きますがいいでしょう」
~機械文明と魔道文明~
かつて地上大陸ランガスモーには新たなる生命の頂きに達した人類が到着した。そして、新たなる惑星へと向かう際に機械工学という学問をこの地上へ誕生させた。ランガスモーに棲息する生命及び人類はやがて、闇のエネルギー体である魔道という生命異常に到達し、新天地たる上空または、海底に進化する人類を作成する事に決める。一つは生命たる由縁が遠き惑星、最古から現れた一説。一つは文明たる由縁が遠き世界線、畏怖から現れた一説。更にもう一つは創造主たる由縁が遠き次元、フォレスから現れた一説。それぞれの可能性を鑑みて、如何なる形であれば新たな地へ人類が到達するのか、という仮説を立てる。遠き惑星から訪れた人類はようやく科学を発展させると、ランガスモーに住む生命にある薬液を注入した。すると生命は次第に人体の形を形成し出し、交信を始め、脳梁波を繋ぎ、やがて交尾を始めるなどして子孫繁栄を兆した。そうしてようやく機械と魔道という形へと向かうのだが、宇宙から突如現れた遺伝粒子と光と闇の束によってランガスモーは滅亡を迎える。そうして人類は上空と下界となる大陸同士を繋ぎ、各々が学問を経て各地へ民を導くのであった。
「・・・な、長い歴史だぁ・・・」
「彼等も決して貧困に彷徨っていた訳じゃない。それでね、ライズ、到着したよ」
ジグルの指し示す場所を見ていると小さな明かりがあった。どうやらそこが王国パイルの在った場所らしい。入口らしいものさえ見つからなかったが、マジェス殿下の示す新天地計画の要となるなら、一つでも情報が多いほうが良い。特に虹の鉱石に纏わる内容であるなら、「更なる上空へ浮かせる方法」として、よい結果を持ち帰ることが出来るだろう。それとは別に、ジグルは土壁の傍にある窪みを平手で押す。
―グゴオオォ・・・ガゴンッ―
小さな入口が現れる。
ここは一体何処だ?
人類の到達点か・・・と。
「ここがパイルの入り口だよ」
「きな臭い場所だな」
「そうね。本当にここがパイルの場所なら、人類の形跡があってもいいと思うけど・・・」
「ここはジグルを信じます」
入口から更に奥に進むと、色んな入口の形状をした部屋が存在している。人間の形をした骨や異なる生物の化石のようなものまで土壁に沈着しているが、生活拠点とされる場所に到着すると、本棚が沢山並ぶ部屋を見つける。そこには生きた化石とされる学士オード・ナスワイの研究所らしき容器や機材が並んでいた。人体実験はここで行われていたらしいのだ。
「本書を漁ってみよう」
「不思議と埃が少ないんだ?」
「あぁ~海底に近いせいかな」
「ふぅ、意外と汗を搔くわね」
「私は平気です」
埋もれた歴史、埋もれた王城、何もかもが中空を漂う新天地の境界線。上空5,000mtの違い。この空間に佇むほどに時間を刻む音さえ聞こえてこない。それに、体も浮いている様に感じられると、ジグルは本棚から一つの本書を取り出した。
「ライズ。これなんかどうだい?」
「ふ~ん、『最古からの尋ね人』か。どれ・・・」
本書を開いてみると、ここは静かな迷宮で、遥かなる英知の塊だと記されている。ナスワイの先祖は最古より訪れて、神との交信を行ったとされる。文明哲学者ダ・ジィンを紡いできた神の信託『あまねく彼方』を基に機械文明が世界線を覆う。
更に一項を開けば、虹の鉱石との干渉について載せられている。他にも魔道生命体という文明の境地、更には虹の鉱石と人工生命理論について連ねられている。だからか、俺は「ここは別世界の扉か?」とジグルに尋ねると、「現世の通りだよ」と返って来る。反響する鏡のようにその言葉は俺の頭脳を刺激した。
「なぜ、お前がこんな事を知っている?」
「そうだねぇ。かつて地上大陸ランガスモーは、他の遥かなる上空である宇宙空間と繋がっていたという事だ。僕の家系であるウィナートは、更なる上空へと臨もうとした。だけど新文明パイルによって阻まれた。何故かねぇ~」
ジグルの境遇に沈黙する俺達。言葉に成らない。
言葉に成らないが、そのまま新天地計画の要であるこの本書達の内容を、マジェス殿下に伝えなければいけなかった。ジグルも「何故」と言った後に沈黙を続ける。
すると、黙っていたミヘルがこのように言い出した。
「ジグル。あなたの家系の文明は、遥か遠くの世界線から現れたある意志と、魂によって形成された王によって通常の人知を超えた英知と才を得ることが出来ました。しかし、過ぎたる科学に阻まれ、危険な家系としてあなた自身を追い遣る出来事に繋げたのです」
「そう・・・それがパイルだったんだよね。僕の本当の名前はパイル・ジグル・ウィナートだった。貴族とされたのは、一戸の民から落とされた下級王族だったからなんだよ」
(だからジグルは闇を抱えていたのか)
オード・ナスワイ。または曲泉の世界線に存在する遺伝粒子、機械生命科学者ディヴィ・エイションの変容した学士である。虹の鉱石で機械生命と魔道を研究するため建築職に身を置いていた。設計・図面・組み込みを遂行。
その野心は科学と言う名の研究に留まることなく、名立たる王族でさえ撥ね退けてしまう程の性格であった。そして次元をも超える転送装置を開発しようとして事故に遭い、その生命の繋がりを断つことになる。
「オード・ナスワイ・・・哀れな男ね」
「僕の家系は彼によって紡がれ、そして消された。残されたのはあのウィナートの小父と小母だった。かつてない暴行を受けて必死でここまで立ち上がったんだよ。フォングラン家は生命の園だったけどね」
「発明を重ねた。宿命ですね」
「ジグル、お前・・・」
「いいんだ。あとね、これはナスワイの歴史だよ。本書の最後の一項に挟んであった」
30歳、各国へ研究論文を発表する。
42歳、『機械生命と魔道文明』の著者となる。
ライト及びダーク・オブ・ホールを研究。
55歳、世界線における伝記の著者となる。
61歳、機械生命の開発責任者となる。
70歳、魔道生命体を生成する。
73歳、人工生命体を無機物への融合に成功。
78歳、”人工生命と文明”の第一発明者となる。
79歳、各国へ虹の鉱石と人工生命研究を広める
82歳、ダーク・オブ・ホールの電磁波を観測。
85歳、変容の兆候、王国パイルへ移籍する。
88歳、内乱で光の王の力を感知。その魂を追跡。
89歳、老衰。亜世紀、宮世紀の人生を全うし、輝きの世界線を漂った。
「宮世紀を全う?これは今現在の・・・」
「追記だね。その魂は”大いなる意志”と干渉し、宇宙にある世界線によって変容を迎えたとか。頑張り屋で気心ある人生だったし、実に清算的野心により人を傷つける傾向をもつと云うね。それを人との繋がりで解消してきている・・・」
「大いなる意志・・・?」
「僕達の生命を形成している存在かもね。もうこの世に居ないけど」
俺はジグル並びに、学士オード・ナスワイの話を聞いている内に段々と意識が落ちてゆくのを感じた。それは遥かなる世界で彼自身が、そこへ向かっていたかのような幻にも捉えられる。彼はそこで王と呼ばれる者と話していた様だ。息子、内乱、親、闇の集団・・・と。
―――ダ・ジィン、いや学士オードよ、息子は何処へ向かったのだ・・・ッ!?
―――王よ、私もあの世界線での内乱の張本人である彼を追いました―――
―――親であるはずのあなたが彼を止めることすら出来ないと思いました―――
―――しかし、闇の集団は彼を新たなる王へと変容させていた。だから―――
遥かなる遠き意志が脳裏を突き抜ける。
史実通りであればこの先、内乱が起きるのか?
そして誰かが新たなる王へと迎えられるのだろうか。
「そう。君達はもう退くことができない存在となった」
「ジグル、お前にも悲しみがあった。だが、今は俺達が付いているだろう?」
「そうですね。私達が付いている限りなら、ですが」
「ジグル。色々と忘れられない過去があるのね・・・」
その後、地上大陸を一年間調査の為に費やす事となる。これまでの虹の鉱石との繋がりについては兵士を伝いエイドカントリーズの情報機関から執務室、研究室、大臣へと繋がり、マジェス殿下にも伝達された。1の年が過ぎる頃、マジェス殿下から俺達に新たな指示が通された。
次は吟遊詩人マイクオ・シーブルという関わりのある人物がこの地上大陸に存在しているという。話によると彼は先々代の王から知人であると聞かされている。生きているなら逢えるが、既に寿命どころか伝記にすら残されていないだろう。
「ライズ。彼が虹の鉱石について知っているとしても、これじゃぁ・・・」
「イーター。行ってみないと分からない事がある。陛下を信じよう」
「ライズ・・・私達は一体・・・」
「ジグル、どうしたのです?」
「いや、遺跡の様な王都だったね」
そう。
何者でもない実体。
それが君達さ・・・。




