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Ep34:虹の物語「スタヴァー」

 マジェス陛下との謁見の前に、気に掛かる事があった。ジグルの『陛下に書簡を用意させよう』という作戦である。特に陛下からは問題のある行動を感じられないが、計画を進めるためには各国の許可を得る方向性で間違いない、と悩む俺だった。この日はマジェス陛下から直々に手紙があり、「困った事がある」との内容を綴らせたものだったので、指定の通りの場所へと向かう。話によると、どうやら娘が居るらしい。


「ここか・・・」


 城内の廊下を歩き続け、指定の場所の扉の前に辿り着いた。耳を澄ますとやや賑やかな声が聞こえるのだった。どうやら誰かと話しているらしい。俺はその様子に構わず扉の金具をコンコンと叩く。これがこの部屋の呼び鈴となるのだが、果たして出てきてくれるだろうか。


――誰です?――


 女の子の声?


「ライズ・フォングランという者です」


――来てくれたのですね。扉を空けましょう――


―ギィ―


「わぁ、あなたが?」


 扉を開けてくれた主人は、小さな女の子だった。頭に小さなサークルを被せており、フリルの効いたドレスを身にまとっていた。よく見ると式典でマジェス陛下の隣に座っていた女の子とそっくりだった。


「はじめまして。入っていいわよ、」

「では、お言葉に甘えて・・・」


 この小さき名も分からない少女は4歳位の年齢だと思う。陛下の手紙にある困った事はこの部屋で起きるのだろうか?しかも奥に侍女らしき者が二人立っていた。何も話そうともしないが、フリルのスカートの両の裾を持って無言で挨拶をしていた。手紙に記されているのは、『どうか面倒を見て欲しい』という内容で、王族とは思えない言い分である。彼女は俺の手を引っ張り部屋へと入れる。その様子を見兼ねたのか、一人の侍女がようやく口を開くのだった。


「姫様・・・この方は?」

「私が呼んだ人よ?」


 侍女は姫様と呼んだ。すると彼女はこの王国の姫なのだろうか?つまりはマジェス陛下の娘なのか?少し混乱する。困った事というのは遊び相手になって欲しいという事だろうが、彼の娘とは一切、記されていなかった。一体どういう事情なのだろう?


「ここにはお菓子も紅茶もあります」

「はぁ・・・」

「ねぇ、ライズ。どうか食べて飲んで、面白いお話を聞かせて?」

「ですが、俺はあなたのお名前すら知らないのです。年齢さえも」

「いいじゃないですか。先に秘密を告げる方が面白くないでしょうし。でも、一応4歳とでも言っておきますね」


 俺は彼女の前でひざまずき次第に姿勢を低くする。この子、4歳とは思えない話しぶり。どこか大人びていて、別の国からやってきたのではないかと伺う。俺自身が調子を狂わす。だが、どこか懐かしい居心地の良さを感じてしまい、離れられそうにない。一体、何が起きているのか不思議な気分だ。名前すら教えてくれない彼女を俺はどの様に呼べばいいのだろうか?


「あの、俺はあなたをどう呼ぶべきでしょう?」

「今のところ、姫様で構わないわ。それにあなたの事、沢山知りたいもの」

「では、姫様。俺の様な者と如何に手合わせ致しますか?」

「“愛”を受け取りたいわ」

「愛・・・?」

「えぇ。“契り”よ」

「愛に契り・・・」


 愛なら分かるが、契りについてはよく分からない。よく聞いていると子供の遊びの様に結婚ごっこを交わしている様な気さえしてしまう。昔、アクスドリーマヌ村でエイダと遊んでいた頃を思い出す。だが、ここは王族の城。そのような事が許されるのだろうか。少しずつだが不安を覚えるのだった。


「私はお父様とお母様との繋がりがよく、理解出来ないのです」

「それは何故です?」

「平民で言う親心というものと、貴族で言う親睦というものを味わった事がないの」


 親心に親睦とは学生時代の俺でさえ無かった事だ。それをこの小さなお姫様が習うと言うのか?王族、貴族とも幼少から強き者として育てていくという事を覚えたものの、早過ぎるような気がする。俺自身がそうだったし、イーターとジグルも同じように周りとの関係を紡ぐのに時間は掛かった。ミヘルは早かったが、6歳の時点だった筈。それよりも幼いこの子の場合はどうか、と思うのだった。


 そしてこの子の示す愛と契りとは何か。


「さぁ、あなたの冒険譚を聞かせてください」

「姫様、いきなり失礼ですよ?」

「まぁ、アニヒルったら、別に構わないでしょう?」

「構わないさ」

「ですが、ライズ様・・・」

「大丈夫ですよ、姫様。聞かせてあげましょう」


 俺はこの小さな姫様へ、これまでの経緯を伝えた。式典の時に気になっていた女の子とそっくりだが、あの頃の冷たい表情とは違う様だった。寧ろ笑顔で迎えてくれるこの表情はまるで童話に出てくる妖精と似ている。笑うと少年が笑顔になり、そして異なる地へと旅経つという物語の流れに近い感触だ。


「うふふ、そんな事が?」

「えぇ。俺と友人は別れを惜しんだ後に、再び出逢う事を約束したのです」

「約束・・・?」

「はい、約束です」


 約束。小さき心に響いたのか、この言葉に引っ掛かりを感じている様子。自ずと意志が通うのかと思えば、次は魂に響くように答えを探している。これが親心というものなのか、親睦を深めるという意味なのか、俺と姫様にとって、どちらかを選んでも同じことだと思ってゆく。遥かなる以前にこの様にして出逢っていたのかと思わせる程にだ。


「約束をしたら、冒険は何処へ行くのですか?」


 小さな瞳が、大きく見開き俺を見つめる。時間を掛けて少しずつ戸惑った。時が刻むうちに感じられたのは答えが一つだったという事だった。そこで、俺が何処へ行くのかというと――、


「姫様、冒険しては如何でしょう?」

「私が?」

「えぇ。姫様ご自身が、です」

「でも・・・」

「俺が付いてゆきましょう」


 すると、侍女は心配そうに言葉を挟む。まるで見送るかのような様子で、だ。


「ライズ様、それは・・・」

「アニヒル、構わないな?」

「はい・・・」

「では、姫様。初めての冒険へと向かいましょうか!」

「わぁ・・・ドキドキとします!」

「準備はいいですか?」

「ライズ、私を庭園に連れて行って頂戴!」

「では向かいましょうね、姫様。アニヒル?姫様の部屋を片付けておいて」

「はい、只今。テニ、一緒に片付けましょう。そして追い掛けるわ?」

「もう済ませています。さぁ、ライズ様に姫様・・・」


―ガチャ―


 小さな姫様は喜んでくれた。俺の手に引き連れられてゆくように、小さな手を大きな手に委ねる。今度は見知らぬ男が世を知らぬ女を連れてゆく。小さな一歩が彼女を駆け出しの冒険者として迎える。その瞬間から俺達は足を走らせた。廊下を渡り、歩く兵士に使用人が俺達に一礼をする。それは「喜んで」と歓迎されている様子と同じである。


 俺と姫様は一つの冒険仲間だ。アニヒルとテニという二人の侍女は紅茶とお菓子を持ち、後を追ってくる。喜んでくれて光栄だと感じた。着いた先は小さな緑の在る庭園だった。昔に友達とこうして遊んだ記憶が脳裏に蘇る。


「姫様、着きましたよ」

「はぁ~・・・ライズ、いい空気ですねぇ~・・・」


挿絵(By みてみん)


 少女は僅かにも大人より逞しい素振りをする。どうやら同じ歩幅で歩くよりも走ってしまう方が好みらしい。


 窮屈なあの部屋よりも外に出られて喜んでいるあたり、誰かと歩いてでも表に出られる事を嬉しく感じられている。それは特別な人ではなく、この瞬間に俺との間を望んでいるらしく、深い意志を重ねる間柄でなければ表情さえ緩やかにならないのだろう。


 例えば俺の父・リディズのように突然、河川区での水浴びや、山での散策へ共に出られる様な感覚。それとよく似ている。


「ライズ?」

「は・・・、姫様、失礼しました。つい夢中になり思いふけっていたのです」

「うふふふ。動揺しているのですね?」


 幼くも逞しく育っている様な感じだ。どうやら大人でさえも手に取る様に遊ばれてしまうらしい。何故だろう?次第に俺は彼女に夢中になる。この感覚は遥か以前の世界にも産み落とされた卵が雛へ蘇る瞬間を得られたのだと捉えた方が良いのだろうか。俺は何だか遠い祖先にでも逢っているかのようである。


「この庭園には何があるのです?」

「ここには、花や作物が植えられていますよ」

「まぁ!」


 少女は随分と驚いた様子を見せるが、驚いたのは俺の方だ。何故、部屋4つ分のこの小さな空間に花だけでなく芋やトマトまで植えられているのだろうかと考える。平民区で暮らしている時には食材から出た種をそのまま土に植えて、飢えを耐え忍ぶ方法が取られているのに、王族の住居である城の中でも密かに植えられている。エイドカントリーズでは一体何が行われているのだろう。


「ライズ、庭園でのお話は楽しいものですね。冒険があり、お菓子まで口に運べる機会が沢山でとても勇気が湧いてしまうわ?」

「勇気・・・ですか?」


 確かに楽しい。彼女は得意気にそれを感じさせる。俺は彼女に魅せられ操られているかのような錯覚を覚える。天文学にあった最古の歴史は神の分身が降りてきて、二つの交信が行われ、子孫である人類を増やしているという教科書もあったが、この情景はそれとよく似ている。それに庭園からは空が見られ明るい日差しと共に侍女を含めた俺達4人を照らす。空には更なる上空である星が点々と見えている。


 だが、彼女は――、


「わぁ、見て!今日は空に惑星が二つ重なるわ?綺麗ですねぇ~」

「惑星・・・ですか。確かに大きく、沢山の文明が重なる様ですね」

「知っていますか?ここで雨が降ると太陽の光が線を差し、何色もの色を照らすのです」

「それは虹・・・ですか?」

「えぇ。この城には虹が囲っているのです」


 彼女の周りをよく見ると、日射光にっしゃこうが掛かり、体温と反発し合って虹の様な幾つもの色を輝かせていた。眩くもクッキリと見えていて神々しいさまだった。俺は天を見ているのだろうか?


「ライズ様、この庭園はお城の外に備え付けられていて緑豊かな形となる様、手入れをしている場所なのです。食物が育つので今後の研究に役立つとも言われています」

「研究・・・?エイドカントリーズ城では何が?」

「生命学の研究をしております」

「生命学・・・。理論的な何かを?」

「さて?私達にはそこまでしか伝えられていないのです」

「ふふ。ライズは何にでも興味を示すのね?」

「はぁ、」


 これがたった4歳程の女の子の態度か?妖美で艶やかに並ばせる言葉遣いに俺は翻弄される。お茶にも菓子にも毒らしきものは含まれていないというのに、何故か合体したような感覚にこの身が勝手に彼女の言葉に耳を傾ける。そして跪き再び名を尋ねるのだった。


「姫様、貴女のお名前は?」

「私の名はヴァン・スタヴァー・ディルタ。この国の第一皇女でマジェス王の娘です。ようこそ、我が城の中へ」


 そうか。


 貴女こそが、ヴァン・マジェス・ディルタ陛下の指し示す、「困った愛する者」だったのか。


 教えてくれてありがとう。


 そして・・・、


 あぁ・・・、生きていて良かったぁ―――ッ

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