Ep28:ミヘル ―踊る中の人形―
小さな頃から貴族の嗜みのもと、「上品に優雅に舞え」との教えがあった。
私の名はミヘル・アントレア。産まれてすぐに握られていたというペンダントを理由に“ペントレア”というあだ名が付いていた。貴族の中に意地悪な男の子がいたからだ。しかし習い事の共闘となると直ぐ「お前に任せる」といって親の元へ逃げ出した。その親は王国直々の貴族だったゆえに難を免れる常識だけは身に付けていた様子。裕福さとは貧困の反面であり逃げ場のない鎖だろう、という概念が私の脳裏に染み付いていた。
それが「貴族たる者、逃げ場が無いと思え」なのだ。
父は必ず貴族たる者、余暇は与えられない事を訴えていた。
私は僅か1歳足らずで、身だしなみだけは気を付けることを教えられた。小さな頃から教育係として教える、ダルト・エミーという貴族監視係を職とする、いわゆる監査員からの隙のない自律教育を叩きこまれた。
「小さいから、大きな意志に負けてはなりません。辿り着くのです」
「ヴァブウゥ~?」
「言葉を話すのです。そして歩きなさい」
「あぅばァ~ぁ?」
先ずは1歳になる頃までに言葉を覚えさえ、歩けなければ歩けるように身近にある石や木材に嚙り付け、後ろを振り向く暇があれば前よりも上を向け、食事をとる余裕があるなら泣いてはならぬ、といった常識を教えられる。
やがてそれ自体が礼儀であり、身だしなみ、嗜みに永続すると口癖が付いていた。泣けば別の教育係が招かれるため、なるべく父は私を叱りつけず黙って手解きを行っていた。母は紅茶を飲みつつ顔を縦に振る事のみに徹していた。
柔らかいものを食べれば、次は固いものを次第に食べさせられる。物事に対する認識能力を付けさせられる代わりに、何故か体だけは丈夫だった事を思い知らされる。
「ミヘル、この皿の色が何に使うものか分かるか?」
「ごひゃあアァ~ん!こぅちゃぁぁ――っ!くっきィィ―い~!」
「よろしい。言葉は後に身に着く。区別さえ出来て居ればいいのだ」
次に、2歳にも満たない内に私の英才教育が始まった。
貴族たるもの、教育が成されなければ只の性別の在る人間で、脳が動かなければ農をも耕せないとも聞く。そして何れにしても貧困区を均等に扱う作法を用いる事で、批判・批評を受け流せるとも聞く。語学などの勉学が保たれると日常的な人間関係をも保たれるという、話をされた。それが躾け、貴族の作法、ダンス、体術、剣技、眼光を錬磨・鍛錬するという礼儀に似た方法とある。
身に着ける装飾品は最低限のものに絞られるが、それも自重と加えて制限しなければ揺られた装飾品が対象物に衝突するし、体を傷める可能性もあるとして、教材のみを主体に持つ事を意識させられる。但し、ペンダントだけは持ち逃さぬようにしなければ、行方知れずになってしまった場合に何かの証明にもならないかと考えられる。私の家族は通常の貴族と異なる様子で公私を共にしている。
「お父さま、お母さま。ただいま帰りました」
「よろしい。語学は、ほぼ完成されてきたな」
「これからはもっと貴族らしく育てましょう」
「はい!」
そんな父から、「時に躾けは貴族にとって大切な礼儀作法だ」とも云われていた。母は父の言いつけに納得をしていた。アントレアの家系だから大丈夫だと後押しをしてくれた。起床時から服の着用を使用人に任せる事で、はじめて洗顔のできる状況に身を任せられる。そこから声の掛け方、歩の進め方、挨拶の仕方、その場の立ち去り方など、細かな動作を要される。
「ミヘル様、ドレスの背中のホックとフックを間違えない様に!」
「はい」
「ミヘル様、ガーダーチェストの紐は右と左という順序です!」
「はい」
「足から順番にストッキング、上履き、シューズの順番に!」
「はい」
服を着用するのにも、使用人の指示から教養を得るまで次々と躾を調教される。即座に返事をしなければ体が脳の指示に従っていかない。私がしっかりして居れば、皆の協調性が崩れなくて済むの。小さいからと言って守らなくては今後、貴族としての最低限の恰好には成らない。だから私は注意をしつつも、父や母の躾に忠実でなければならなかった。
「あなた」
「何だね?」
「次は作法を教えては如何です?」
「無論だ。ミヘル、次は貴族の作法を学ぶのだ」
「はい、お父さま」
父の流儀か、幼き頃から貴族の作法を習う事になると、緊張する事さえ許されなかった。
貴族たるもの、紅茶、料理、挨拶から片付くまでの一連の流れを知る必要がある。ただジッとしているだけではフォークとナイフを遊ばせて、そのままその手で料理を崩してしまうだろう。それにはまず、挨拶と前掛けを正しく身に着けなければ貴族としての生き様に影響するという。
「あなたは特別な存在ではない」と、心に決める様に、と教育係のシヅク・ハイマーから教えられた。それなら何故に父はアントレアの血統を意識して居るのかと疑念を抱く。だけどそのような疑念を抱けば作法すら理解出来ないとして、馬小屋で眠る事になる。
まだ2歳を少しだけ過ごしての期間で、挨拶の基本から貴族との交流の中へ入ることは確かに他の貴族とも、類を見ない。唯々、告げられる事を行えばいい。
「ミヘル、次はダンスだ。社交を学ぶのだ」
「どうしてですか?」
「私の交流する特別講師からそのように告げられたのだ」
「なぜです?」
「お前はアントレア家の表として高く飛び立つ。そのために、だ」
父はそのように話すのだけど、貴族たる者、交流という形式にダンスを交わす日々が必要だと、講師のゲータ・ネムラから告げられる。
ダンスとは体の振り付けと共に、身のこなしを柔らかにすることが大事だと言われている。私の場合は、同じ背格好の男子が居ないため、道具を使い、手足を伸ばし体幹を鍛える事から始める。この短い胴体、手足でどのように鍛えるのかと使用人のマムルはゲータに尋ねたところ、木の棒に沿って手と足をそれぞれ伸ばし、なるべくヒラリとダンスを行える伸縮運動を求められる。
初めは息を切らしつつも慣れるまでに「2の時の間に音を上げない事です」と告げられ、より一層緊張が増す。ドレスとペンダントが揺れる。それは身のこなしで補うよう告げられるが、慣れるまでに講師の動きに合わせて踊りを続ける。
踊らなければ貴族たる者、柔軟に働く事さえ無理だと考えさせられてしまう。ダンスとは協調性を求められる体のしなりが大切だとも云われている。
「ミヘル、しなりが肝心なのだ」
「どうしてです?」
「体を鍛えなさい」
「体を、ですね?」
私が生まれて2の年と3の月が流れる頃になるも、あまり身長は伸びない。せいぜい小虫が乗る位のリズムで伸びればいいのだと、母は言っていた。そこで父は体術などはどうかと提案する。アントレアの家系は体術も極めなくてはならないらしい。
まず、自分で事を決める意味で、呼吸法から学ぶ事になる。それは伝師マクヌ・ウィスターの仕事である。体術の基本として身を守るには、重力に対して比重した姿勢を整える負荷抵抗力を鍛えるとのこと。相手が居ればそのまま身を躱す様に息を調えて避ける事を知らなくてはならない。
先ずはそこから鍛えなければ、ダンスで習った特技が活かすことも出来ず、恐らくはそのまま対象物に襲われるという事になるだろう。修練には3の日ほど必要だった。
「ミヘル、まだ先は長いぞ。身のこなしだけでは貴族は務まらぬ。いっそ、騎士を目指してみるのはどうだ?」
「騎士とは?」
「弱き者を強き者へと変える指導者の事だ。剣技を習うがよい」
「それは何故です?」
「お前も語学を習得するのにそう時間は掛からなかっただろう。お前には期待している。アントレアの子だ。言葉の理解も。だからだ」
「はい。お父様」
この小さな体で剣技の修練を行う。指南役としてヴァイン・ボルドが付いた。
鋭く、均等に、円形を保つことは剣技における作法と聞かされている。しかし、躾けや作法で覚えたこれまでの技法は剣技における基本だという、自重を跳ね返す技法だとも聞く。動物の皮の胸当てを着用し、固定具とレイピア或いは剣、弓などを用いる。
格闘術には手首セラミ固定装を装着し、体術としての技法を用いる。それも軽やかなダンスの表現でフットワークをタン、タンと跳ねるように筋繊維を伸縮させる必要がある。
「ミヘル様。手と足の向き、そして伸び幅・・・ダンスの特訓が活かされましたかな?」
「ええ、ヴァイン殿。私は短い時、孤独を連ねていました」
「その細身の身体を是非とも活かして下され。必ずしや、お父上も喜ぶでしょう」
「はい」
私は刃物である剣や弓を扱う最中にも、鋭い眼光を身に付けていた。刃の先が眩しく光るから。だけれどそれでは先を見通すことも出来ず足り得ていない。
時に人間とは、動物として生き永らえなければならない。そう。同じ生命としての動向に至るまで、自然と空飛ぶ大地に身を任せなければならない。自然に身を任せた。パヘクワードには長い気流によって支配されているが、そこは再生結合能力の宿る虹の鉱石が守っている。事は同時に進行している。私自身の目では追い付けない、その風の鋭さを冷たな空気として捉え、目に触った瞬間に先を見通さなければならなかった。
これも我が身を守るための授業だと考えればよい。
「おや?ミヘル様、爺が少し遊んであげましょうかな!」
「エントン爺。貴方は貴族たる者、この天地を見守りますか?」
「貴女は、まだ2歳と少しながら、世の物事を捉えるのですなぁ」
幼体であるこの体で礼儀作法からダンスを習い、本物の剣を捌き、弓を射る。アントレアの血族というのは、体力ばかりか頭脳も明確なのだった。私は心の中で弱音を吐きながらも、生まれ出でた意志によって何事もこなさなければ生きる事さえ許されないのか、と感じさせられていた。このようにして、感性を磨き次なる成長へと向かうのだった。
「めげてはいけないわ」
「ミヘル・アントレア。この国にも響くだろうかな。ハハハハハ・・・」
その様にして、学問と成長を押し測られる出来事に遭遇する。
正しき道を、魂との遭遇とする。それを『ソウルメイトとの出逢い』とした書物もあったと父から教わる。2歳でイーター・アマテに出逢い、6歳でライズ・フォングランとの出逢いを始める。二人は印象深く、私の手と足を自由に動かしてくれた。騒ぎ立てる頭脳も緩やかに保ってくれていた。私が貴族たる作法や技術を教える度にその中に潜む光を呼び覚ましてくれている。ありがとう、と言って詰め寄る生徒よりも明らかである。
ただ、その背景にはジグル・ウィナートという存在の視線が煌めいた。遥かに強い眼差し、何かを遮るような例え話。私の興味を反対に還す様に一切の口を閉ざしているかの様だった。ライズからよく聞かされた兄がジグルという存在だった。
「そう。ジグルという人は少年よりも少年らしいのね」
「うん、そうだ。大切な家族で仲間だ。勉学にも長けている」
その後、私はパヘクティ学園を卒業し、新たな道へと向かう。貴族及び騎士としての才能を買われ続けた私は、たぐいまれなる才があり、成績トップという事実を叩きつけられ、ある王国の虹の鉱石の調査員として雇われた。そこで野生生物との戦闘経験を重ねる事にもなっていた。その身を守るのは、アントレア家の才女としての経験と実践経験だけである。失うモノは特に感じられなかった。
―ガサッ―
「だれ?」
調査の遠征の最中である時に、小鹿に遭った。その動物たるや怯えるような目線を繰り返す。だから私は時間を置いて迷子にならない様に親鹿を探す事にした。探すまでにそう時間は掛からなかったが、時折現れる野生生物を倒すためにこの腕が役立った。小鹿は親鹿に迎えられると涙を流すように鳴き声を挙げる。
私は貴族である親に才を見込まれここまで立ち上った。だけど仲間からは嫌煙される事も在ったため、なるべく話さずに行動を共にする。その瞬間、瞬間を忘れられずに居たのに小鹿に心を開かされる状況に一瞬だけ驚いた。涙が出たのだ。貴族としてではなく、一人の人間として産まれたという事に。
――――
「ミヘル、よくぞ帰って来たな。届いているぞ!」
「どなたからです?」
16の誕生を迎えた日のこと、父の話によると、私が王国から突如と招かれたそう。
王国と貴族の中に佇む栄誉の様に、その封をされた手紙を渡されたの。
~エイドカントリーズ国王ヴァン・マジェス・ディルタの導き~
ミヘル・アントレア殿。
貴殿は各王国での虹の鉱石の調査係の末端として、騎士にも負けぬ活躍をしていると耳にした。そればかりか、貴族における類稀なる成績を修め、各地における公証人としても活躍したそうな。また、貴族としての交流術や小さき妖精のごとく剣技を取得しており、人をも警戒するような野生生物との数ある死闘。伝記として値するに相応しい。
さて、話は遅れたが、この度の我が国での新天地計画。
本件を召集令状として受け取って頂けぬか?
そなたを計画での一端として是非その才ある腕を買いたいのだ。
この時世在る中で、生活等の保障は叶わぬが、そなた程の忍耐ある意志なら、必ず遣り遂げてくれるだろう。護衛役として務めてはくれぬか。
この導き、よろしくお願い申す。
~エイドカントリーズ王国・国王直下第一大臣執務室より~
それは突然の導きだった。まだ遠征から帰って来たばかりで各王国から退任の許可すら下りていないけど、傍に居る父と母は喜んだ。
「よろこばしい事だ、アントレアの剣よ」
「しかし・・・」
「退任の件なら私の方で通達を送っておこう」
「分かりました。お願いします」
さようなら、小鹿よ。
あの時のお礼を言うわ。
私の涙を受け取って頂戴。
――エイドカントリーズ王国城下町
「よろしく。私はミヘル・アントレア。ライズ、お久しぶりです。ジグル、初めまして」
「この子、王国の方で迷っていた、かつての私の友よ」
「そうだったのか。ところで――、」
私達はイーターに連れられる様に、エイドカントリーズの城内受付まで行動したの。そして、国王との面会を許可された。まず、私は護衛役として参加するように、と命令された。あとの3名はそれぞれの役割を任された。新天地計画については今のところ説明を受けていない。使いの者を紹介され、ある部屋の中へ通された。そして掃除を任されたの。
「ここで案内があるまで過ごすよう、マジェス殿下から指示が下っておりますので、ご了承頂きますように・・・」
私は今後についてライズ達に教えを受ける事になった。何故だか分からない。だけど他に頼る者も居なかった。ライズ・フォングラン。彼はまるで私達を導くように、目的を決めてくれた。何故こうも鮮やかなのか。父とは異なる。あの時に教えた貴族の作法や剣術よりもダンスに近い形で彼は言葉を示した。
示す意味で時々、思い出す事がある。私はライズという人物に憧れを持っていたのではないのか、と。
パヘクティ学園の同期の頃からライズ・フォングランが気になっていたの。どこか冒険心に溢れる強い意志、多くの民を救いたくて貧困から脱しようとする意味、どれも私に欠けているもので、与えられなかった道標。とても憧れていた。
だから貴族の作法から剣技まで食事を共にしつつも教える事にした。彼は夢中になって私を見つめる様に作法から勉学、そして剣技を習いつつも灯を与えてくれたの。そんな人が大人になって私の前に現われてくれた。
これは絆?
それとも情熱?
いいえ、感謝しかない。
感謝はしていたのに、世話係として担当するだろう、イーターという人は時折に私を見下す言葉を発する。彼女はソウルメイトとして幼き頃より、姉妹のように遊んでくれた。そこは貴族学校の様な所で、同期だった。
イーター・アマテは私を見るなり態度が大きく感じられたそう。だから周囲に頭を垂れる様に人を決して見誤らない事を示唆していた。それは貴族だからじゃない。女としての態度を仕立て直せと言っている様なものだった。
周りの人の迷いに対して冷酷な眼差しを向ける事があり、それが自らの強さと勘違いしている様子。安全性としては穏やかではない感じだ。
事は穏やかで無いにしろ、私には先導者が必要だった。雇われたからにはジグルという名の人物が頼りなくも感じられる。恐らく先導者としては向いていないだろう。しかし、その狂気に満ちるような意志の強さは私達3人とは比べ物には成らない。堂々と前に出る事も無く、自ら汚さず、省みず、そして泥に塗れたような表情を浮かべる。
まるで親の愛さえも分からぬまま育ってきたような様子だ。我が才能たる中身に執着し、逃げまとう者まで虐殺しそうな感じだ。その眼は冷たく凍っている。野生生物よりもどう猛でとても王国側から呼ばれたとは思えない。彼は何という壁を作っているのかも大体予想は着くが、理解者が必要かと思ってしまう。
部屋の掃除が済んだ後に城内を散策する。
すると、一人の少女が私の前を通り過ぎた。
一度お目に掛かった事のある、姫君ヴァン・スタヴァ―・ディルタ様というかつての私。
「育てて欲しい」と迷っている様子が窺えた。
貴女は一体、私の何なの?と立ち止まるが、その瞬間も直ぐに通り過ぎ去るのだった。
それとは別に、式典までまだ間がある・・・。
もう少しだけ散策をしていよう。




