Ep26:ジグル―堕ちたる中で―
僕は幼き頃から貴族が嫌いだった。なのに、貧乏になってから人生が変わってしまう。皮肉にも貴族の使いの様な連中であるウィナート家に拾われてから心を閉ざした。
そういえば、貴族と両親との関係は深かった。
僕は元・貴族だった。ほのかな記憶からは覚えさせられた唯一の言葉があった。それは「貴族たるもの貧困に泳ぐ事なかれ」という意見と対立の元で彷徨った父の意見だった。只でさえ王族との交信を遂げるのに時間を掛けた父だったが、母の有能な言い回しで日々、どうにか暮らせていた。幼い頃から平静を装っていた僕と違い、母は王族の召使いだったのだ。もう少し人間として出来ているかと思えば只の人形の様な存在で、父に隠れて他の王族との愛撫を行っていた。つまり、指を舐め、舌を交わし、穴で怒らせず、機嫌よく振る舞っていれば、最高の暮らしが約束される。それは、ある事件により拘束され、まるで生きている人間としての扱いから遠ざけられる。父は牢獄へ、母は病気に、そして僕はウィナート家に預けられた。
「ジグルかァ~・・・お前を預かるのは嫌だったんだがなぁ~?」
「仕方ないわねぇ~?あんたの父上と母上が要らぬお節介をするからさぁ~~」
「よ、よろしくお願いします・・・小父さん、小母さん・・・」
「その汚い口が・・・何を言うかッ!」
―バシンッ―
それからあの日に招かれて、随分と時の流れを感じていた。
ウィナート家に預けられた幼い頃に僕は、ライズ・フォングランという少年と遊んでいた。僕はこの5歳の少年と9歳の差がある。僕は周りの子と違いボロ布の服に身を纏っていた為によく虐めに遭っていた。だが彼が間に入ってくれたので事なきを得たのだ。その家族との食事と団らん。イーター・アマテという乱暴者に遭ったのに、不思議と受け入れられた。彼との暮らしは少年の僕に沢山の知識を得られる起点を助けられていた様である。
「ねぇ、ライズ。僕はどこが抜けているのかな?」
「抜けている?逆じゃないの?」
「逆?この暗い中から出られる方法が無いのに、満たされているというの?」
「そうだ。お前は俺の兄で、家族だ。そして離れ離れになっても遠慮なくまた、同じ道に行くんじゃないのか?」
「満たされる・・・家族・・・道・・・繋がり・・・」
僕がウィナート家の中で、どこか憤りを隠せなかったのに引っ越し、進学、栄誉を取り戻せ、貴族は嫌いだ、と念じるように暮らしていた。フォングラン家でそれが解消されるどころか益々膨らむのだった。その内、成長を遂げると共に16歳となった僕はある嘘をつく。
「兵士職へと就くよ」
「ジグル、お前、学問はどうするんだ?」
「預けるよ。君に」
――これでまた、ウィナート家に逆戻りだ。
ところで僕は、拾った言葉と知識の使い道を、上手に掴むのが得意なのだったと思っていた処だ。なのに現実は・・・。
ウィナート家に預けられた僕の常識とは、馬車から落とされる紙切れだったり、泥にまみれた本だったりで、それぞれ用語が異なり、それでどうにか言葉を覚えるしか生きる方法が無かった。それは幼い頃から同じだった。紙切れには他に研究論が随所に記載されており、まるで偉い科学者にでもなった気分だった。そこから広い知識を得るには、誰かに寄生して成績優秀になるほか無かったのだ。途中でゴミのように拾われ、新しい生活を手に入れたら、その子は機嫌よく振る舞ってくれたのだった。その子の父は周りとの関りが強く、ウィナート家と違って汚い手を使わなかった。仮に貴族の子だったとしても、この心の通った薄汚い態度で貴族に接する事など到底気楽では無かった。だからその子の家に寄生して、どうしても知識と学力を増やす以外、他へ寄生する手段がなかった。学園、学校、色々と旅をしていた様に思う。でなければ、こうして僕が大都市エンジー・エンゲージで出世を果たした事は嘘になるからだ。
「先生、僕には先生など居ないのですか?」
「貴様、誰に向かってモノを言っている?」
「本に向かって言っているのか?」
「いえ、僕は図書館の中にある書物を確かめたくて、」
「それで、先生は居ないのか、だと?」
「お前は犬か?アンジャーズクッキーをやるからそこで吠えて居ろ」
「はい、ワンワンワン・・・」
え?
その子の名前?
何だったっけ・・・。
――――そこでようやく、興味のある手記に手を付けた時の興奮が鳴り止まなかったのを、確かに覚えている。
ライズから届く手紙には大変興味深い内容が記されていた。
僕が思うにミヘル・アントレアと言う才に恵まれた少女、玩具のような貴族の中での生き様、人形のように親に操られるどころか、頭脳が所々に感じられる様なその態度。そして弟子のように扱われるライズの様子。伝記によると最古の世界線で父の半身だったことが何となく掴める。何故だか分からないが、異様な恐怖と快楽の中で居ても立っても居られない様な狂気に踊らされそうだった。だが、その感情を常に抑えているだけで、僕自身に何らかの発想をもたらした。
だからか、不思議と憎しみは湧かなかった。
しかし僕の意志に反して感じられ得ぬ闇が襲う――ッ!
「ジグル、キサマぁぁ――ッ!」
「え!?」
―ゴッ、ガッ、ドガッ―
日常的に愛撫を受ける。
それは喜びでありご褒美だった。
20年間、僕が何をしたというのだ?
本を漁って居たかった筈なんだけど・・・。
沢山の時間を僕は費やしてきた筈なのに、なぜ望みに達しないのかと慌てていた。
大都市エンジー・エンゲージであれだけの学問を脳裏に収めていたのに、一気に失ったように本を読み漁る毎日。それは肉体の極限にも達した時に、血を呑むような日々を送っていた。遠征に出掛けた事もあるが、周りの者は幼き頃よりも平坦で救いの手など撥ね退けてくれた。ウィナート家はもう、何処かへ行ったのかも知れないと睨んだ。僕の肉体が別の肉体と繋がる様に、地平線が昇る時の流れを只ひたすら噛み締めていた。30年間の年を越えていた。どこかの枠を超えていたのかと思えた。
「ウィナートぉぉ~」
「はい・・・」
「キサマの意見は『学問』と言ったな?」
「・・・はい」
「では――、オレが与える『学問』は何処へ行ったァア――ッ!?」
貧困とは何だ?
兵士とは辛いもの。
色々と学ばされていた。
ライズ、君は今頃どうしている・・・?
―ドゴォッ!!―




