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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1939年9月2日:ノモンハンの教訓~新たな輸送車両の萌芽~

 ノモンハンの教訓:新たな輸送車両の萌芽

 1939年10月2日・ハルキウ機械設計局(ズブツォフ設計局)

 1939年10月2日、ハルキウ機械設計局の殺伐とした雰囲気の中、ノモンハンでの激戦から戻ってきたばかりのゲオルギー・ジューコフ将軍が、設計局を訪れた。彼の顔には、極東の砂塵と激戦の疲労が色濃く刻まれている。彼が向かった先は、新型戦車T-34の開発に没頭しているズブツォフ技師の執務室だった。


「同志ズブツォフ……やつれておるな…」


 ジューコフは、設計図の山に埋もれ、憔悴しきった様子のズブツォフを見て、思わず漏らした。ズブツォフの顔には、徹夜続きの疲労と、開発の重圧がはっきりと表れていた。


「いえいえ、同志ジューコフ。あなた方がハルハ湖畔から持って帰ってきてくれたデータは、素晴らしいものばかりです。これでまたT-34は、さらに良くなりますよ。」


 ズブツォフは、乾いた笑みを浮かべながら答えた。ノモンハンでの日本軍との戦いは、ソ連軍に多くの教訓を与えたが、同時に、T-34の設計に貴重なデータをもたらした。特に、敵の対戦車砲に対する防御力や、地形への適応性など、実戦でしか得られない情報が、彼の設計をさらに研ぎ澄ませていた。


 ジューコフは、椅子の背もたれに深く体重を預けた。T-34の開発が順調に進んでいることは喜ばしい。しかし、彼には、それとは別の喫緊の課題があった。


「ああ…同志ズブツォフ、今の君を見ていると頼みづらいのだが、一つ、君に力を借りたいことがある。」


 ズブツォフは、怪訝な顔でジューコフを見上げた。T-34以外のことに気を割く余裕など、彼にはないはずだった。


「ノモンハンでの機動戦では、機甲師団のスピードは大切だ。それはT-34で解決しつつある。だが、支援する歩兵師団のスピードも、同じくらい大切なのだ。」


 ジューコフは、言葉を選びながら続けた。

「あの広大な草原を、兵士たちが徒歩で追随するのは不可能だ。迅速な突破には、兵士を運搬するトラックが必要なのだ。それに、予備弾薬や食料なども積まなければ、あの作戦のスピードについていけんのだ。」


 ノモンハンでは、戦車の急速な進撃に歩兵が追いつけず、連携に問題が生じることが多々あった。また、補給線が延びきり、弾薬や食料の不足に悩まされることもあったのだ。


 ズブツォフは、眉をひそめた。トラックの設計は、彼の専門分野ではない。

「ふむ。私はT-34につききりなので、部下に言っておきましょう。ちょうど今、M-8(ロケット弾)の多連装発射機の研究も進んでいる。あれの砲台部分を流用して、荷台にほろを付ければいいんではないでしょうか。生産ラインも流用できるかもしれん。」


 ジューコフの顔に、わずかな希望の光が差した。

「おお、それはありがたい!それに、予備弾薬や食料を入れる箱を、そのまま兵士が座れるベンチにすれば、一石二鳥ではないか!」


「まあ、どうせ悪路を進むのでしょうから、兵士たちの尻は痛いでしょうな。あと、冬の寒さはどうしますか? 兵士は、冬には凍え死んでしまうぞ。」


 ズブツォフは、皮肉めいた笑みを浮かべた。戦車の座席ですら硬いのだから、荒野を走るトラックの荷台など、座り心地など期待できるはずもなかった。


 ズブツォフの言葉は、彼の脳裏に、来るべきドイツとの戦い、そしてロシアの苛烈な冬の厳しさが去来したことを示していた。


「では、毛布を幌の内側に張れるようにフックなどつけてくれんか。 冬は毛布を張り巡らせて防寒対策とし、夏はその毛布を箱の上に置けば、尻の痛みも和らぐだろう。」


「わかりました、部下には伝えておきますので、あとはそちらで直接やり取りしてください。あと、財務委員の許可も、そちらでお願いしますよ。」

 ズブツォフは、半ば投げやりのように言った。彼の頭の中は、T-34の最終調整でいっぱいだったのだ。


「う、うむ…」


 ジューコフは、重い課題を押し付けられたような気分で、頷いた。しかし、彼の心の中には、新たな輸送車両、そして歩兵と機甲部隊の連携という、戦術的な課題解決への確かな手応えがあった。この、半ば押し付けられたような依頼から、後にソ連軍の機動力を支えることになる、簡素ながらも堅牢なトラック(ZIS-5をベースとした兵員輸送車や補給車両)の開発が、静かに始まることとなる。ノモンハンの血が、新たな兵器を生み出す原動力となっていたのだ。

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