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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1939年8月30日:新たな外交

【1939年8月下旬・モスクワ 外務人民委員部】


 モロトフ・リッベントロップ条約の興奮冷めやらぬ1週間後のモスクワの外務人民委員部では、人民委員リトヴィノフ(またはモロトフ)が、トルコ大使との会談を終え、部下のモロコフと今後の戦略について話し合っていた。スターリンからの新たな指示が下っていたのだ。


「モロコフ同志。ドイツとの条約は、我々に一時的な猶予をもたらした。だが、彼らが信用できる相手ではないことは、貴殿も承知だろう。南方の安全保障を強化せねばならん。」


 リトヴィノフは、地図上の黒海とボスポラス海峡を指差した。

「トルコとの関係強化は喫緊の課題だ。我々は、トルコに対し、中立条約の締結、あるいは少なくとも、ボスポラス・ダーダネルス海峡における我々の軍艦の自由な通航権を確保するよう、水面下で交渉を打診する。」


 モロコフは、その意図を瞬時に理解した。黒海艦隊の行動の自由を確保することは、海軍が軍縮傾向にある中でも、ソ連の戦略的柔軟性を高める上で極めて重要だった。


「同志人民委員。交渉を有利に進めるため、トルコにアゼルバイジャン産石油の安定供給を条件として提示してはどうでしょうか? 彼らは石油を渇望しており、その供給を我々が握ることで、中立条約締結への強いインセンティブとなります。また、これはドイツへの牽制にもなります。トルコが我々の石油に依存する度合いを高めれば、ドイツが彼らに働きかける力を削ぐことができるでしょう。」


 リトヴィノフの顔に、わずかな笑みが浮かんだ。

「うむ、その通りだ、モロコフ同志。石油は、外交の強力な武器となる。我々のバクー油田は潤沢だ。その一部をトルコに売却し、交渉を有利に進めると同時に、今後の軍事費を補填するのだ。金額は妥当な線で、しかし、トルコが我々に従うに足る魅力的な条件を提示せよ。」


 ソビエト連邦は、表面上の和平条約の裏で、来るべき大戦に備え、目に見えない情報戦と、資源を駆使した多角的な外交戦略を繰り広げていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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