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番外編:山小屋の交換日記2

※長めです。

そこに映し出されたのは、一人の高齢男性の、孤独な物語だった。

数年前に奥さんを病気で亡くした健一郎さんは、失意のどん底に立たされていた。毎日、空虚な日々を過ごし、なにをするでもなく時間が経過するのをただただ、待つだけの日々。

そんな毎日を過ごしながらも、ふと、気まぐれに訪れたこの山小屋で、健一郎さんは度々、時間を持て余していた。

すると、ある時、縁側に一冊のノートが置かれていることに気がついた。中を開くと「ご自由にどうぞ」の文字。健一郎さんは登山客同士、コミユニケーションを計るためのノートだと思い、気晴らしになにか書いてみることにした。

ーー毎日が息苦しい。

最初に書いたのは、思わず出た本音。なんだこいつは。と思われてしまう可能性もあったが、この時の健一郎さんにとって、他人の反応などどうでも良かった。

その日、一言だけ書いたノートを残し、健一郎さんは一度帰宅した。そして、翌日にまた山小屋を訪れた。

すると、驚くことに、ノートに返事が書かれていた。

ーーどうかしたのですか?

それからというもの、健一郎さんは身の上話をノートに書き込み、行き場のない思いを聞いてもらうようになった。時には他愛のない話をすることもあった。名前も分からない相手に向けて。

一つだけ、確かなことは、この交流が健一郎さんにとって、心の拠り所になっていることだった。

読み取れた記憶はそこまで。相手がどこの誰かまでは分からなかった。

しかし、交換日記にはこんなやり取りもあった。

ーー名前を教えて頂けませんか。

ーーすみません。それはいえません。

ーー少しでいいので、一度お会いすることはできませんか。

ーーごめんなさい……。

琥珀の見立て通り、健一郎さんが交換日記でやり取りしているのは、妖なのだろう。だが、その正体は分からない。

「お前、また良からぬことを考えているな?」

「良からぬことってなによ」

「ミスお人好しめ」

「不名誉なあだ名つけないでよ。心配しなくても、ただーー交換日記をするだけだよ」

数日後。私と琥珀は再びあの山小屋に足を運んでいた。

縁側に向かい、置かれていたノートを開く。すると返事が書いてあった。

私は、そのまま山小屋でしばらく時間を潰すことにした。

「あなたが健一郎さんの交換日記の相手ね」

不意に気配を感じて、振り返るとそこには着物を着た小さな女の子がいた。耳は三角の獣耳、ふかふかの尻尾も生えている。明らかに人間のそれではない。

「はい……ナズナと申します」

健一郎さんの相手がどこにいるのか、それを知りたかった私は、交換日記にこう書いた。

ーー私は健一郎さんの知り合いで、魔術師です。あなたは妖ですね?一度、話がしたいのですが、お会いできませんか?

三日後の午後二時にまた来ます。

すると、こう返事があったのだ。

ーー山小屋でお待ちください。

いわれた通り、山小屋で待っていると、一時間程してから彼女は姿を現した。

「……騙すつもりはなかったのですが……」

ナズナと名乗る狐の妖は、申し訳なさそうに話し始めた。

「最初は登山客同士がコミユニケーションを取れるようにと、気まぐれに置いたノートだったんです。この山小屋を山と共に管理しているのは私ですから」

すると、そこに健一郎さんが書き込みを始めた。それを見て、放っておけなくなったとナズナちゃんは話す。

悲しみに打ちひしがれる健一郎さんを見ていられなかったと。

どうやら彼女は、神の使いに当たる狐の妖のようで、山周辺の守護を任されているらしい。

しかし、健一郎さんとの距離が縮まっていくにつれ、罪悪感が芽生えたという。妖である自分が名前を明かせば、人間ではないことが発覚する可能性があるし、この姿で会うこともできない。

取り繕った素性を明かしても、万が一、調べられてしまえばボロが出る。だから、相手を騙しているようで、だんだん辛くなったとナズナちゃんはいう。

「勘違いしないで欲しいんだけど、私があなたに接触を計ったのは、健一郎さんに一度でいいから会ってあげて欲しかったからなの」

「でも、私は妖です……!お会いすることはできませんっ」

悲しげな顔をするナズナちゃんに、私は諭すようにいった。

「とっておきの方法があるから大丈夫。それに……これは単なる勘だけど、あなたが心配するようなことはなにもないと思う」

私の言ってるいることが理解できなかったのだろう。ナズナちゃんは目をぱちくりさせている。だが、皆までいう必要はない。きっと、この物語はハッピーエンドに向かうはずだ。

私はナズナちゃんに手を差し出した。

「一緒に行こう」

※次回更新は明日の予定です。

Copyright(C)2023-音愛

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