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番外編:山小屋の交換日記3

※長めです。

「……こんな道具があるんですね」

ナズナちゃんは尻尾が消え、耳も丸い人型の耳になった自分の姿を見て、驚きを隠せずにいる。

どこからどう見ても、今のナズナちゃんは人間の女の子そのものだ。

えっ?なんでそんなことができたかって?

以前、ギルドでの依頼を請け負った時に報酬として受け取ったのである。一定の時間、妖を人間にする秘薬を。

最初は琥珀が人間になったらどうなるのか、試してみたくて面白半分で入手したものだった。まさか、こんなところで役に立つとは。魔術師界様様である。

とはいえ、秘薬が効力を発揮するのは一時間程なので、急がなくてはならない。

「本当に大丈夫でしょうか……」

「大丈夫」

心配そうなナズナちゃんにそう答え、私は健一郎さんの家に向かった。

健一郎さんの家に行くと、彼は幸いにも自宅にいた。山小屋で健一郎さんに会いたいという人がいる。と説明すると、彼は私について来てくれた。

山小屋の中へ入ると、人間姿のナズナちゃんが立っている。

「あの……彼女は?」

突然現れたナズナちゃんに戸惑いを見せる健一郎さんに、ナズナちゃんは手に持っていた交換日記を胸の前で掲げた。

「いつも、話し相手になってくださり、ありがとうございます」

そこで初めて健一郎さんは目の前にいる少女が、交換日記の相手だと気づいたようだった。

一瞬、驚きに目を見張り、やがて瞳に涙を浮かべ、ゆっくりとナズナちゃんに近づいた。

「あなたが……やっと会えた。私は健一郎。門脇健一郎です。何度も無理をいってすみません。でも、どうしても、直接お礼がいいたかったんです」

「お礼をいわれるようなことはなにも……」

「いいえ。あなたがいたから、私は自暴自棄にならずに済んだんです。あなたとの交換日記は、とても楽しかった」

健一郎さんは泣き笑いのような笑みを浮かべる。それを見たナズナちゃんも、泣きそうに顔を歪める。

「私もです。あなたとの交換日記は、すごく楽しかった」

山小屋といえど、年季が入ったこの小屋は、今はほとんど使われていない。ナズナちゃんもきっと、日々、寂しい思いをしていたのだろう。だから、健一郎さんの悲しみにいち早く気づいた。そして、彼とのやり取りは、いつの間にかナズナちゃんにとってもかけがえのないものになっていた。

「あなたは……きっと、人間ではないのでしょう?」

健一郎さんの言葉を聞いて、ナズナちゃんが大きく目を見開く。そして、私に視線を向けた。私は、ただ黙って頷きを返した。

「自分でもなにをいっているのだろうと思いますが、前に一度、一日ここに泊まってあなたが来るのを待っていたことがあるのです。あなたは姿を現しませんでしたが、私が少し家に戻っていた間に交換日記は更新されていました。まるで、私がいなくなった隙を見計らったように。この辺りには土地神の伝説もありますし、もしかしたら、と思ったんです」

ナズナちゃんは驚きのあまり、言葉を紡げずにいる。

そんな彼女を見て、健一郎さんは優しく微笑んだ。

「あなたが何者であろうと関係ないのです。ただ、感謝の気持ちを伝えたかった。今日は来てくれてありがとうございました。交換日記、これからも続けてもらえますか?」

健一郎さんの問いに、ナズナちゃんは涙を流しながらこくこくと頷く。

こうして、健一郎さんの悲願はようやく叶ったのだった。

「今日は本当にありがとうございました」

山小屋でナズナちゃんと別れ、健一郎さんの家に戻って来た私は、健一郎さんから感謝の言葉をもらった。

「私はなにも」

「あなたは……視える方なのですね。いや……なんでもありません」

なにもいわずに黙っている私を見て、健一郎さんは察してくれたらしい。その先の言葉を紡ぐことはなかった。

「あぁ、でも、心配しないでくださいね。誰にも話したりしませんから。そんなことをしたらきっと、ナズナちゃんに嫌われて、交換日記もできなくなってしまいますから」

「ありがとうございます」

とはいえ、魔術師であることを一般人に知られること自体はタブーではない。それが原因で問題さえ起こらなければ問題ないのだ。過去には、とある術師が魔術師であることを知られ、それを知った相手が魔術師の名前を悪用し、悪徳商売をしていた、ということがあったようだが、今回はその心配もないだろう。

「今度は運動がてら、水無瀬時計店まで私が出向きます。頑張って体力作りしますね」

「お待ちしております。祖父もきっと、喜びます」

再会の約束をして、私は健一郎さんの家を後にした。

健一郎さんとナズナちゃんの秘密の交換日記は、きっとこれから先もずっと続くのだろう。

「相手がお人好しの健一郎だから良かったものの、魔術師であることを言いふらされていたかもしれんぞ」

帰り道。すぐ横を歩く琥珀が私を見上げていった。

「健一郎さんが山小屋に泊まった時の記憶を視たの。大丈夫だってなんとなく思ってた。だってすぐ言いふらすような人なら、人間じゃないのかもって思った時点でナズナちゃんのこともとっくに話していたはずだもの」

「相変わらずお人好しだな」

「でも、万が一の時は健一郎さんの記憶を"創り変える"つもりだったよ」

私には、事象を、理を、書き換え、創造する能力がある。

いざという時はその力を使い、"健一郎さんが私を魔術師だと知った時の記憶をなかったことにするつもりだった"。

「後先考えずに突っ込む、ダダ甘な魔術師ではなくなったか。成長したな」

「それ、褒めてる?貶してる?」

「しかし、交換日記の相手が妖と知ったら健一郎が失望し、互いに傷つく恐れもあった。よく会わせようと思ったな」

いや、無視かよ。心の中でツッコミを入れ、私は答える。

「その心配もあまりしてなかったよ。健一郎さんはナズナちゃんが人間じゃないって薄々勘づいてることはなんとなく分かったし、それでも会いたいと願っていたから。それに……信じてみたかったんだ。人と妖の絆を。私と琥珀みたいに」

「……阿呆め。だが、健一郎の一生は、ナズナの一生より遥かに短い。交換日記を続けられたとして、そう長くは続かないだろう」

「そうかもしれない。また、孤独を感じることになるかもしれない。それでも。同じ時間を過ごした時間は、きっと無駄にはならない。人間と妖だって、絆を育める。思い出を作れる。それはきっと、これから先、力を与えてくれる。私はそう信じたい」

「……阿呆め」

「なんで!?」

ーー住む世界が違っても、姿を目に映すことができなくても。

それでも、同じ時間を刻むことはできる。同じものを目に映すことはできる。共有することはできる。

苦難はあっても、人間と妖だって、共に生きることができる。

私はそう、信じている。

願わくば。健一郎さんとナズナちゃんのこの先の未来に、幸多からんことを。

※次回更新は明日の予定です。

Copyright(C)2023-音愛

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