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番外編:書道を愛する妖2

※少し長めです。

「千暁ちゃんいらっしゃい。わざわざありがとうね」

「いえいえ。こちらこそ今日はよろしくお願いします」

幸子さんに挨拶をして、中に入ると畳と墨の香りが微かに鼻腔をくすぐった。

書道教室の場所となる部屋は昔ながらの和室で、テーブルに座布団という懐かしさを感じる部屋だった。

琥珀には縁側で待機をしてもらい、私は空いていた適当な席に腰を落ち着かせた。

そこでふと視界に入ったのは、左斜め前に座る小さな女の子。

幸子さんのいっていた通り、小学校に上がるか、上がらないかくらいの、まだ幼い年頃の女の子だった。

腰まで伸びた長い黒髪に目を奪われながらも、私はあることに気づく。

そのまま流れるように琥珀に視線を向けると、琥珀は小さく頷いてみせた。どうやら、考えていることは同じようだ。

ひとまず今は、"そのこと"に注意を向けつつ、習字に集中することにした。

「ねぇ。ちょっと話をしてもいいかな」

書道教室が終わる頃。人気のない場所で私と琥珀は例の女の子を呼び止めた。

彼女は声をかけられるとは思っていなかったのだろう。

目を大きく見開いてこちらを見つめている。

「どうして、人間のフリをして書道教室に?」

その一言で私が"視える"側の人間で、只者でないことを察知したのだろう。

慌てたように走り出す彼女の腕を私は咄嗟に掴む。

「待って。私は別にあなたに危害を加えるつもりはないわ。ただ、あなたが人間に悪さをする妖かどうか、見極めたかっただけなの」

私がそういえば、女の子は驚いたように目を丸くする。

「まぁ、最初からその心配はあまりしてなかったけどね。少し話そう」

いいながら、私は琥珀と彼女と一緒に近くにあった神社の境内に足を踏み入れた。

「私の名前は水無瀬千暁。魔術師なの」

魔術師というキーワードに肩を強ばらせた女の子に私は心配しないでと首を緩く振った。

「さっきもいった通り、あなたに危害を加えるつもりはないわ。あの書道教室は私の知り合いがやっているの。そこに妖が紛れていたから、その真意を知りたかっただけ。もしも、人間に危害を加えるような悪い妖がいたら、知り合いの命が危険に晒されてしまうから」

「ち、違うっ!そんなことしない!」

そこまで話していた時、不意に女の子が声を上げた。

「うん。それは十分伝わったよ。でも、あなたはなぜあの書道教室に?」

すると女の子は少しだけ迷った表情を見せた後、変化を解いて妖の姿に戻った。

もふもふの獣耳に、二本の尻尾。こ、これは。

「猫又か」

琥珀の言葉に、彼女は小さく頷く。

「私の名前は雫です。猫さんのいう通り、猫又の妖です」

「私は猫ではない。琥珀だ」

二人がそんなやり取りをしている中、私は正直、それどころではなかった。えっ?なぜかって?そんなの、雫ちゃんが可愛いからに決まってる!もふもふ万歳!

「か、可愛い~!!」

ついに我慢の限界を超えた私は雫ちゃんを抱きしめる。

「う、わ……!!」

「また悪い病気が始まった……」

腕の中で驚く雫ちゃんと、その横で呆れる琥珀。

「雫、千暁はもふもふした可愛いものにめっぽう弱いもふもふ病だ。残念ながら千暁の気が済むまで続く。悪いが、しばらく付き合ってやってくれ」

またしてもネーミングセンスの欠片もない造語が聞こえてきた気がしたが、この際、気にしないことにする。

こうして。私は満足いくまでもふもふを堪能したのだった。

「取り乱してごめんね」

「全くだ」

私が落ち着きを取り戻した頃。私達は境内の階段に腰を下ろし、雫ちゃんの話を聞くことした。

「私は元々、母と二人でこの森に住んでいました。その母が数週間前、病気で亡くなったんです」

雫ちゃんの口から語られたのは、悲しい事実だった。

私は黙って耳を傾け、話を聞くことに集中する。

「母は昔、あの書道教室に通っていたそうです。私と同じように、人間に化けて。最初は興味本位で人間達の中に紛れて人間としての生活を楽しんでいたようですが、次第に墨で字を書き、人間の言葉を覚えることが楽しくなっていったみたいです」

雫ちゃんの母親は習字そのものに純粋な興味を持ち、楽しんでいたようだ。親子二代で幸子さんの書道教室に通う生徒だったという訳だ。

「幸子さん……先生も優しい方で、よくしてもらっていたと聞きました。今の私もそうですが。ただ、私が生まれてからはなかなか書道教室には行けなくなってしまったようで。病気で亡くなる時も、幸子さんへ感謝の気持ちをきちんと伝えられなかったことを悔いていました。だから、私が代わりに感謝の気持ちを伝えたいと思ったんです」

「だから、書道教室に」

「はい。私、もうすぐ叔母が住んでいる山へ引っ越す予定なんです。だから、それまでに人間が使う言語を習得して、習字で幸子さんに私達親子の感謝を伝えたくて」

「そうだったの。疑ってごめんね」

「いいえ。あなたの立場からすれば、当然の判断だったと思います」

言葉の節々から雫ちゃんの配慮が滲み出ているような気がして、私は意図せず口角を上げた。これもきっと、優しい幸子さんの影響だろう。優しい人の周りには優しい人が集まる。そんな気がしてくるから不思議だ。

「そのお詫びに。特別講師をしてあげる」

「えっ?」

「書道教室だけじゃ、学べる言語には限りがあるでしょ?私で良ければ勉強に付き合うよ」

「いいんですか!?」

「もちろん」

ーーこうして。私の臨時特別講師期間が始まった。

 

※次回更新は明日の予定です。

Copyright(C)2023-音愛

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