第九話:初任務2
※前回からの続きになります。少し長めです。
いよいよ、任務開始です。
その日、時計店が閉店した後で、私は呼び出された喫茶店に琥珀と共に向かっていた。喫茶店に猫は入れないので、今は猫のぬいぐるみに化けてもらっている。
店の扉を開け、中に入るとコーヒーの香りがふわりと漂ってくる。オレンジ色の電灯が、優しい光を放っている。
少し視線を巡らせると、目的の人物は店の奥にいた。
その隣には、もう一人客人が座っている。客人とはいっても、尖った二つの耳、突き出た鼻と口、馬……いや、ロバのような姿をした、見るからに人間ではない妖だ。
「妖がこんなところにいて大丈夫なの?」
「耳に銀色のピアスのようなリングをつけているだろう」
見れば、確かに妖の左耳に銀色のリングがついている。
「あれは魔術道具の一つで、魔力のない一般人には至って普通の人間に見えている」
「なるほど」
そういう道具もあるのか。私は頷きながら、奥へと向かう。
もちろん、琥珀も今は普段通りに言葉を話す訳にはいかないので、頭の中で直接会話のやり取りができる魔術を使ってもらっている。いわゆる、テレパシーというやつだ。
「呼び出したりしてごめんなさい」
「いいえ。大丈夫です。それで、白河さん」
私達に任せたいこととは……と続けようとしたが、叶わなかった。なにやら目の前で頬を膨らませている女性がいるからである。なんだ?と思っていると、琥珀の囁くような声が頭に響いた。
「呼び方が気に食わんのだ。未玖と呼んでやれ」
訳が分からないが、ひとまずいう通りにする。
「えっと、未玖さん」
すると、彼女は花が綻ぶような笑顔を作っていった。
「なぁに?」
一体なんなのか、理解ができず琥珀に視線を向けると、呆れたような声で説明してくれた。
「あやつは可愛いものに目がない」
「可愛い?なにが」
「お前のことだ。阿呆め」
「私?私別に可愛くないけど」
「少なくとも未玖にはそう見えている。だから距離を縮めたかったのに「白河さん」などと他人行儀な呼ばれ方をしたことが気に食わなかったんだろう」
分かるような、分からないような。
「お前のことを妹のごとく可愛がりたいんだろうさ。まぁ、悪いやつではないから気にするな」
なんだそれは。少し不思議な人ではあるが、琥珀が大丈夫というからには大丈夫なのだろう。私は改めて未玖さんに向き直った。
「それで、私達に頼みたいこととは?あっ、というより、私まだ自己紹介していませんでしたね」
「それは大丈夫よ。水無瀬千暁ちゃん、でしょう。暁人から聞いてたの。目に入れても痛くないほど超絶可愛い妹がいるって。その通りね」
おっと。どこかで聞き覚えのあるセリフが飛んできたぞ。まさか、会う人会う人にそのセリフいってた訳じゃないよね?兄貴、マジでなにやってんの?
「それでね」
未玖さんの声に我に返った私は、意識を集中させた。
「依頼を頼みたいのは私ではなく、彼なのよ」
そういって彼女が指し示したのは隣に座る妖だった。
「彼はクロノさん。以前、暁人にとある依頼をしていたんですって」
「兄に?」
私の問いかけに応じたのはクロノさんだった。
「はい。私は水無瀬家の前当主、暁人殿にある依頼をしておりました」
クロノさんがそこまで言った時、突然、琥珀があっ、と声を上げた。
「どうしたの?」
「暁人が亡くなる直前、ある依頼を受けた。故郷を出て行方不明になっている友人を探して欲しいという依頼だ。だが、その依頼に取りかかる前に暁人は命を落とした」
「私のお願いした依頼とは、まさにそれです。しかし、途中で暁人殿と連絡が取れなくなってしまいました。依頼の状況がどうなっているのか確認しようと、暁人殿を探してさまよっていたところ、未玖殿と出会ったのです。暁人殿が亡くなられたことを私は未玖殿から初めて聞かされました。故に、依頼は完遂されないままになっているのです。未玖殿から水無瀬一族が復活したことも聞きました。それ故、あなたに依頼の続きをお願いできないかと思い、取り次いでもらったのです」
私は話の内容を聞き、琥珀を見る。答えはもう決まっていた。兄がやり残したことは私がやってあげたい。それが伝わったのか琥珀も小さく、しかし、しっかりと「やるぞ」と声をかけてくれた。
「詳しい話を聞かせて下さい。その依頼、お引き受けいたします」
それが、魔術師としての、初めての依頼だった。
※次回更新は明日になります。
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