第八話:現実と幻想の狭間で1
※やや長めです。
「千暁、千暁、起きろ!」
沈み行く意識の中で聞き慣れた声が私を呼ぶ。次いで小さく、柔らかな感触が私の頬に触れる。
ゆっくり瞳を開けると、琥珀が肉球を使って私の頬をぺちぺち叩いているところだった。
「琥珀!!良かった無事で!」
がばりと勢いよく身体を起こした私に琥珀もまた、安堵の息を吐き出した。
「ここは……?」
辺りを見回すと、そこは私達が住む商店街だった。
「一見、見慣れた商店街だが、我々が商店街に戻って来た記憶もなければ、商店街に飛ばされた形跡もない。転移魔術は転移した場所に微々たるものでも、少なからず魔力が残る。だが、この場所から魔力は感じない。いや、赤羽の魔力自体は感じることができているから、この表現は正しくないな。だが、転移魔術と違って、赤羽の魔力は転移した土地に宿っているのではなく、私達を覆うように宿っている。つまりーー」
「奴の魔術によって奴が操るなにかしらの空間に閉じ込められた?」
「そう考えていいだろう。まぁ、最も可能性が高いのは固有空間だな」
「固有空間?なにそれ?」
「過去や未来などといった今とは別の次元を操る魔術のことだ。現在とは異なる全く新たな次元を創り出す者もいる」
「急にファンタジー」
「お前が生きている世界も十分ファンタジーだろうが」
それもそうか。と思わず頷くと、琥珀はなぜか呆れたように溜息を吐き出した。
「この状況でそんな軽口が叩けるなら大したものだ。お前も成長したな」
「いや、ちょっと呆れてるよね!?」
そこではたと気づく。重大な事実に。
「真琴さんと未玖さんは!?」
「気づくのが遅いわ!」
やれやれといったように琥珀は続ける。なんか、ごめん。
「気配を探しても二人の魔力は感じられない。私達とは別の次元に閉じ込められているんだろう」
「私の魔術で、この空間を「なかったことにすれば」私達も皆も元に戻れる?」
「可能性はある。だが、厄介なことが一つある」
「厄介なこと?」
「固有空間は、その中に入った者を術者は好きに操ることができる。つまり、この空間において絶対的な力を持つのは赤羽だ。ここに来る前に奴がいっていただろう。警戒すべきはお前だと。奴がお前の能力を知らないとは思えん。そうなると、お前が能力を発揮することを見据えてよくない条件をかけられていたら至極厄介だ」
「条件って?」
「例えばーーお前が能力を発動させた瞬間に、九条と未玖がいる次元を消滅させる、とかな」
琥珀の言葉に血の気が引いたのが分かった。いわばこの空間は赤羽の所有物。いかようにも好きに操れるということなのだろう。
「なにか方法は?」
「固有空間には一つ弱点がある」
「弱点?」
「今いったように、条件付きで固有次元は造られる。無論、相手を欺き倒すためだが、付加できる条件は一つの次元につき、一つだけという制限がある」
琥珀と出会って間もない頃、魔術といえど制限があり、決して万能ではないと、そう説明されたことを思い出す。
「加えて、固有空間は精神に作用する魔術でもある」
「精神攻撃型の魔術ってこと?」
「そうだ。要するに、攻撃対象者の精神を破壊する魔術。内側から魔術師を倒すための魔術であるが故に、対象者が抱える問題を固有空間に反映させている。心を弱らせるにはそれが手っ取り早いからな」
なんとなく、琥珀のいいたいことが分かったような気がした。
「つまり、術者によって仕掛けらた精神攻撃に耐えることができればいいのね」
「左様。そうすれば、この不条理な世界に打ち勝ち、抜け出すことができる。精神に作用する魔術である固有次元は相手が強い精神を保っている場合、形を保ってはいられない。いわば、対象者の心の弱さが招く幻覚のような魔術だからな」
「なるほど。受けて立とうじゃん」
「そうこなくてはな」
「でも、真琴さんと未玖さんは?」
「あの二人においても、二人の精神力にかけるしかない。だが……」
「私が先にここを脱出して、赤羽を倒せば問題ない」
「相変わらず頭の回転が早くて助かるよ」
ニッと笑う琥珀に私も笑みを返す。
「準備はいいか?相棒」
水無瀬時計店の前に立ち、琥珀が私を見上げる。ここから先にはなにが待ち受けているか分からない。
「もちろん。行くよ。相棒」
私は静かに扉を開けた。
※次回更新は明日の予定です。
Copyright(C)2023-音愛




