第一話:おっさんは【原初の炎を祭る神殿】に突入する
ギルドで用事を済ませた俺はレストランに向かう。
俺が部屋に入るとルーナが手を振ってくる。
まだ、食卓にはドリンクしか来ていない。
俺が来るのを待ってくれたようだ。
「先に始めてもいいと言ったのに」
「ユーヤと一緒のほうが美味しい!」
「うんうん、ルーナの言う通りだよ」
食いしん坊なキツネ耳美少女のルーナとエルフのティルがこう言ってくれると嬉しくなる。
「へえ、ルーナちゃんもティルも、さっきまでお腹空いた、遅いってずっと文句を言ってたのに。ユーヤの前だとかっこつけるんですね」
「うっ、それとこれとは話が別」
「お姉ちゃん、それをユーヤ兄さんの前でばらすなんてひどいよ!」
珍しくフィルが二人をからかっていた。
いつもティルにからかわれているので、その仕返しだろう。
セレネが、そんな三人を見て微笑んでいる。
席に着き、手早く注文をした後、咳ばらいをする。
注文が来るまでに、ギルドでのことを話すとしよう。
「みんな、食事が始まる前に聞いてくれ。二つ報告がある。一つ目、明日、キャラバンに乗ると言ったが、そっちはキャンセルだ」
「明日のキャラバンに乗らないということは次のキャラバンが来るまで街に留まるのかしら?」
セレネの疑問はもっともだ。
だが、首を振る。
「馬車を購入した。ラプトル馬車と言って、通常の馬車に比べて荷台を小さくした分、軽量で速い。これなら、キャラバンの運行に依存しないで、いつでも出発できる」
「あっ、ユーヤ。ラプトル馬車買ったんですね。これでだいぶ旅が自由になります。あれはいいものです」
ラプトル馬車に乗りなれたフィルが頷いている。
上級冒険者になると必須だからな。
上級冒険者になると、街にあるダンジョンだけでなく、いくつかの野良ダンジョンの【再配置】の日程を覚えておき、一つの街にとどまらずいくつかの街を巡って狩りをする。
【再配置】の日程は地域ごとに違う。
効率よく街や野良ダンジョンを巡れば、レベルアップの効率は一気にあがる。
「二つ目だ。馬車を買った理由につながるんだが、クエストを受けることにした。普通のクエストなら断るつもりなんだがな。クリアしないとフレアガルドが大変なことになる。そのクエストの目的は、【聖火の灯】という宝石の入手。こいつを十年に一度、街にある聖火にくべないと、【聖火】が消えるんだ。【聖火】が消えれば、フレアガルドの経済は深刻なダメージを受けるし、冒険者たちも強力な装備を手に入れ辛くなる」
事態を察したフィルとセレネが息を呑む。
それがどれだけ重要なことか察したのだろう。
「そういうわけなのね。ユーヤおじさまがリスクを負ってでもクエストを受けた理由がわかったわ」
街の誕生から一度も消えたことがない【聖火】によって、他の街では加工できない金属も加工できるし、温泉だって聖火の力によってさまざまな効能を得ている。
【聖火】が消えれば、フレアガルドは立ちゆかなくなるだろう。
……あとはゲーム知識を得ている俺しか知らないことだが、聖火の存在は人類にとって重要な意味を持つ。けっして【聖火】は絶やしてはいけない。
だからこそ、ゲーム時代はイベントクエストだった。
「ただ、このクエストは非常に厳しい。【聖火の灯】のあるダンジョンは【原初の炎を祭る神殿】と言って適性レベルが40の高難易度ダンジョンだ。ここは十年に一度、二週間だけ扉が開かれる。そして【聖火の灯】はその最奥にある特別なアイテムで手に入れられるのは、この二週間の間に一つだけだ。しかも、一度にダンジョンに入ることができる冒険者は一組だけ」
この条件が非常に厄介だ。
攻略する見込みがない冒険者が中に入っていると、それだけでどんどん時間が経過していき、攻略が難しくなる。
そして、【聖火の灯】が一つしかないというのも大問題だ。
悪人が手にすると足元を見て、手に入れたあと報酬だけでは足りないと脅しにかかってくる。
なにせ、【聖火】は街の生命線だ。
あれを失わないためなら、いくらでもフレアガルドは金を出す。
だから、本来は実績、実力、性格、そのすべてを認めたパーティが指名を受ける。
指名を受けたパーティが全滅して、次が見つからないのもそれが理由だ。
ギルドからすれば、俺たちに依頼をするのは苦肉の策というところだろう。ギルドの受付嬢が性格的な問題はないと判断し、炎無効装備なしに炎帝竜コロナドラゴンを倒した実績で辛うじて認められた。
おそらく、ギルドは今もほかのパーティを探している。
難易度を考えれば、俺たちは保険であり、たぶん死ぬだろうが、露払いになり、万が一クリアしてくれればうれしいというのが本音だろう。
「ん。難しいクエスト。燃える!」
「私たちもそろそろ一流だからね。どんなクエストもできるよ」
頼もしい子たちだ。
俺は小さく笑う。
「さあ、仕事の話は終わりだ。ボス戦で体力も魔力もアイテムも矢も消費しきってる。だからこそ、あえて明日のことを忘れて今日は全力で羽を休めよう。炎帝竜コロナドラゴンを倒した祝いと、明日、高難易度クエストに挑む景気づけだ! 思いっきり楽しむぞ!」
「ん」
「おっけー」
「わかったわ」
「頑張ります」
酒が届き、乾杯をして、酒を飲み干す。
とは言ったものの、俺は夜のうちに頑張らないと。
【原初の炎を祭る神殿】について、今日中に対策は考えないといけない。
でないと、明日の朝にルーナたちにアドバイスができない。
しんどい仕事だが、報酬は高く、あのダンジョンにしか出現しない魔物がおり、そいつのドロップアイテムの中にはルーナに装備させたいと思っていた装備の材料がある。
【聖火の灯】だけでなく、必要なものをすべて手に入れてやる。
そのためにも頑張らないといけない。
◇
夜になった。
【紅蓮の猟犬】の逆恨みを避けるため、ギルドにある来客用の部屋を使わせてもらっているが、なかなかいい部屋だ。
幸せそうな顔で、ルーナとティルが抱き合って眠っている。
美少女ふたりなので、そうしているだけで絵になり微笑ましい。セレネは行儀よく静かに眠っており対象的だ。
俺は明日挑む【原初の炎を祭る神殿】の攻略を考えていた。
なにせ、適正レベル40のダンジョンであり非常に危険だ。レベル30台のダンジョンに比べて、魔物の強さも罠の凶悪さも跳ね上がる。
こういう状況でもなければルーナたちの安全を考えて挑まなかっただろう。
「ユーヤ、根を詰めすぎですよ」
フィルがあったかい紅茶を入れてやってきた。
「まあな、今のルーナたちをあのダンジョンを連れていくのが怖いんだ。……少しだけ、受けたことを後悔している」
「珍しいですね、ユーヤがそんな弱気なんて。でも、安心してください。私も全力でティルたちを守りますから。私とユーヤがいれば、万が一なんて起こりません」
「そうだったな。フィルがいた。一人でみんなを守ろうなんて考えるのは失礼だ」
フィルのレベルは29だ。
俺たちより七レベルほど低い。だが、近いうちに30に届く。レベルリセット特典で+5レベル。そして上昇幅固定まで考えるとルーナたちには追いついた。
もっと頼ってもいいだろう。
「ええ、そうです。今の私はユーヤと対等なつもりです」
ずいぶんと気が楽になった。
フィルのサポートを計算に入れて計画を練れる。
一気に視界が開けた気がする。フィルを計算に入れるなら、乗り越えられる。
「さて、そろそろ寝るとしようか」
「ええ、明日も早いですしね」
フィルとお休みのキスをする。不安が消えていく。
そして、俺とフィルはいつものように同じ布団で眠りについた。
◇
午前中を、ルーナ、ティル、セレネへ【原初の炎を祭る神殿】に出現する魔物や罠、ギミックについてのレクチャーに費やした。
その間にフィルにボス戦で使い尽くした消耗品の買い出しをしてもらった。
ギルドの計らいで、フィルにはギルドから護衛を付けてもらっている。
昼食を食べ終えた俺たちはギルドに向かう。
特別なダンジョンだけあって、ギルドの職員によって入り口が厳重に見張られている。
なにせ、一組しか入れないダンジョンだ。
クリアできる見込みがないパーティに侵入されるわけにはいかない。
あの受付嬢も同行しており、魔法の扉に飛び込む直前に俺たちを呼び留めた。
「ユーヤさん、特別に今回は支給品を渡します」
一人ひとりに【帰還石】が渡される。
「ありがたく受け取ろう」
「ユーヤ、これってすごっく高いやつ」
「やったね。これでごちそう食べれるよ!」
ルーナとティルは無邪気に喜んでいるが、フィルはその裏に込められた意図に気付いているので難しい顔をしていた。
クリアの見込みがなくなれば、害悪になる前に戻ってこいという意図だ。
こんな高価なものを与えるぐらいに重要なクエストということなのだ。
「これを使わなければいけない状況にならないよう頑張ろう。さあ、行くぞ」
ギルドの関係者に一礼して、魔法の渦に飛び込んだ。
順調に行けば二日でクリアできる。
このダンジョンを一言で表すなら、地獄の消耗戦だ。
炎帝竜コロナドラゴンのような強敵との戦いとは違う負荷にルーナたちが耐えきれるか。
それだけが不安の種だった。
◇
転移が終わり、目的地へやってくる。
「ユーヤ、【紅蓮の火山】に似てる!」
「ああ、火山の中に行くまではほとんど同じだな」
【紅蓮の火山】と同じく、巨大な火山が目の前にあり、その火山にはどうぞお通りくださいとばかりにトンネルがあった。
俺たちは先へ進んでいく。
「でも、今回は珍しいよね。ユーヤ兄さんが、はじめっから魔物とか、罠とか全部教えてくれたもん。いつもなら、対応力を鍛えるためってあえて教えないのに」
「ティル、どうしてだと思う?」
「うーん、ボスを倒したばかりだから、軽くこなしちゃおうってこと?」
「違うな。話さないと全滅するからだ。いいか、このダンジョンは普段封鎖されているから魔物が一体も狩られていない。そして、このダンジョンに入れるのは俺たちだけ。かつてない数の魔物との戦いになる。最奥まで、徹底的に効率のいい戦いをして、いかに消耗せずにたどり着けるかが重要だ。リソースが尽きれば、嬲り殺しにされるぞ」
ティルが生唾を呑んだ。
俺の表情と、声音から本気であることが伝わったのだろう。
……ぶっちゃけた話、正攻法なら初めから【帰還石】の使用を前提とする。
予め、後続のパーティと進行ルートを打ち合わせしておき、リソースを使い尽くすまで全力で走って【帰還石】で戻り、別のパーティがその先へと行き、限界がくれば【帰還石】で戻り、第三のパーティがクリアする。
そうするべきダンジョンなのだ。
それをしない、最小限の消耗で先へと進み、なんとか安全な場所を見つけてダンジョン内で一泊し、初回でクリアするなんてことは無謀だ。
だが、その無謀をしないといけない。
下手に【帰還石】で戻れば、ギルドは別のパーティに仕事を引き継いでしまう恐れがある。
そのパーティがクリアしてくれるならいいのだが、俺たち以上のパーティが短期間で見つかるとは思えない。
火山のトンネルに入ると、ルーナが”それ”を見上げ感嘆の息を吐く。
「ユーヤ、きれい」
「うわぁ、立派な神殿だね」
「こんなの、私も見たことがないわ」
「これが【原初の炎を祭る神殿】ですね」
火山の炎に照らされた白亜の大神殿が鎮座していた。
この大神殿を突破しないといけない。
「いいか、魔力の一滴、ポーションの一瓶、矢の一本一本を無駄にするな。だが、相手は高レベルモンスターだ。常に全力で挑め。さあ、行くぞ!」
俺が言ったむちゃくちゃにルーナたちが頷く。
ここが地獄の入り口、極限の消耗戦。
みんなで乗り切ろう。




