トリプルスターズ誕生の前 カウントダウン3
スマホでも読みやすいように編集しました。
田畑君の髪は長い。その長い髪を後ろで結わえてポニーテールのようにすると、ちょっとだけ別人になる。何だか芸術家っぽい。それに真理さんが用意した口ひげとあごひげのイミテーションを付けると、ますます別人になる。そこに少しだけレンズに色が付いた眼鏡をかけたら、ちょっと怪しい芸術家の出来上がりだ。更に田畑君は、これもまた真理さんが準備した作務衣を着用している。その姿は、もはや田畑君とは思えない。
「ター君、くれぐれも九州の方言は使わないように気を付けてね」
真理さんが念を押すように言った。これで2回目だ。
「なして使うていかんとかいな? 」
田畑君が訊いた。今、真理さんが使うなと言ったばかりの方言でだ。すごいぞ、田畑君。
「方言使わないでと言ったでしょう! 」
真理さんが、腰に手を当てた仁王立ちになり、ぷーと頬を膨らませた。
「ター君の正体がばれないようにするためによ。あなたの方言は特徴になってしまうから。それとも悪い奴らに自分の正体がばれてもいいの? 」
真理さんがまくし立てたように言い放ち、田畑君は頭を左右にブンブン振った。田畑君もドSの迫力には負けたようだ。やっぱりすごくなかったぞ、田畑君。
って、僕も人の事は言えないけど。つられて頭振ってたし。…うう、自己嫌悪。
「で、今から池永澄子に会うことになるのだけど、会う場所はこちらから指定したのね」
真理さんは相変わらず仁王立ちのままだ。
「で、どこで? 」
さっきの動揺はどこへやら、田畑君の口調はもう落ち着いている。あらためて、すごいぞ、田畑君。
「池永澄子と会う場所は、F駅の近くのコーヒー店。店の名前は、ナボコフ。その店で午後3時に待ち合わせてる」
「で、わが輩はその池永澄子なる人物に会って何をすればいいのかな? 」
「ター君は池永澄子の話を聞いて、適当に相づちをうっていればいいわ。それで、必要なときだけ、ボクが指示をこのイヤホン型レシーバーに送るから、ボクが言ったとおりに話をしてもらったらいいの」
真理さんがうすだいだい色の小さなイヤホンを田畑君に渡した。
「真理さんが言ったことを訊いてから話すのか、何か難しそうだな。アニメであるように真理さんが声を変える機械かなにかを使って話した方が良いんじゃないかな」
「ター、あんたバカぁ? あれはアニメだからごまかせるの。人間って喋る時に口が動くのよ。ラって言っている時に、キを言う時の口の形しているとおかしいでしょ。それともあんた、口パクを完璧にこなせる自信ある? 」
「ない」
「でしょう。それにね、ボクが指示してからあなたが喋り出すまでの少々のタイムラグがあっても、考えながら喋る人だと相手は勝手に思ってくれるわ」
なるほど、真理さんの言うとおりだ。
田畑君も納得したのか、真理さんから渡されたイヤホンをつけた。イヤホンはうすだいだい色をしているので、よほど注意深く見ないとイヤホンをしていることは分からない。
「うん、聞こえる」
田畑君が、突然言った。ハテナと思っていると、その意味が分かった。真理さんが囁くように何か言っている。囁くといっても、その声は近距離にいるのに全く聞こえない。
でも、田畑君には聞こえているらしく、「えっ、そんなことをわが輩が頼むの」とか言って、チラッと僕の方を見る。真理さんが肯きながら、何か言って僕の方を見て微笑む。
何故か知らないけど大きな不安感が襲ってきて、ゾワッと鳥肌が立った。何だかここから逃げ出したい気分だ。
「シュン君、言いにくい事なんだけど、君も変装してほしいって。今日は池永澄子に会うのはわが輩一人だけど、次に会う時にはシュン君がわが輩の弟として登場するから、今日シュン君の姿を見られるのはまずいんだって。だからシュン君も変装してほしいって」
なんだそんな事か、「いいよ」と僕は承諾した。
「じゃあ、シュン君、これ」
真理さんが僕に大きな紙袋を渡した。
「じゃあ、着替えてきてね」
真理さんがニコッと笑って手を振る。田畑君がその横で辛そうな表情で立っている。
田畑君、これから池永澄子に会うのが不安なんだ。と更衣室に向かいながら思った。でも、その時僕が思った事は間違っていたことを、更衣室の中に入って真理さんから渡された紙袋から服を取り出した時に気付かされた。
ゲゲゲゲゲゲっ、何だこれ! もしかすると叫んでいたかもしれない。
「よく似合ってるわ」
着替えてきた僕を見て真理さんが言った。
「ター君もそう思うでしょ? 」
真理さんが田畑君に同意を求める。
「うん、何というか、シュン君じゃないみたいだ」
「すごく可愛いわよ」
真理さんが褒めてくれたが、ちいっーとも嬉しくない。まさか真理さんの私服のゴスロリ姿を見て「うっ」とうなった僕が、真理さんと同じゴスロリ姿になっているとは。更衣室の鏡で、カツラを被ってゴスロリ姿になっている自分を見た時には、一瞬まあ似合っているかなと思いかけたが、女の子に変装する気恥ずかしさが勝っている。それに、もし僕がこのような姿をすることに慣れてしまってというか快感を感じてしまって、そっちの道に目覚めてしまったらどうするんだとも思う。
そんな僕の心配をよそに、真理さんはスマホを取り出し、僕の写真を撮りだした。
「やめてよ、真理さん。写真なんか撮るのは」
僕が拒否の姿勢を示すと、「変装している間は、ボクの事を真理さんと呼ぶことは禁止ね。お姉さまと呼びなさい」と、写真を撮り続けている。
真理さんのすることだ、撮った写真をどう使われるかが怖い。僕は恥ずかしいのを我慢しながら「お姉さま、やめてください」と叫んだ。顔が火照っていた。
「よし、合格よ」
真理さんが微笑んだ。僕には真理さんの微笑みが悪魔の誘いとしか見えなかった。
「ター君、ボクたちは先に行っているから、三時前には来てね」
真理さんが歩き出したので、僕はその後に続いた。
街中をこんな格好で歩くのは恥ずかしい。女装しているだけならともかく(いや、それも嫌だよ。もちろん)、ゴスロリの派手なファッションだ。フリフリのフリルやレースが必要ないほど施されていて、目立つ事この上ない。おまけにスカートがブワって広がっているので、足下が見えず歩きにくい。スカートをブワっとするためのパニエを穿かないでおこうかなとも思ったが、そうすると痛ロリになってしまって、真理さんから「何でパニエを穿かなかったのよ」と怒られそうなので仕方なく穿いていた。幸いにも、真理さんはドロワーズもちゃんと用意してくれていて、それを穿くと下着を見られなくて済むので助かった。まさか道行く人はゴスロリの格好をした子が、ドロワーズの下にトランクスの下着を穿いているとは思わないだろう。
「ちょっと、ジュン子。歩くの遅いわよ」
前を歩いている真理さんが振り向いて言う。
「はい、すいません」
と僕が謝ると、「はい、すいません。お姉さまでしょ」と叱られた。
うう、真理さん、僕に無理矢理『お姉さま』という単語を使わせて楽しんでる。悪魔だ。
そう思ったが、「はい、すいません。お姉さま」と言った。また顔が火照った。
真理さんが言うには、僕は真理さんの妹分のジュン子という設定だそうだ。なんでもナボコフというコーヒー店には、どういう理由かは分からないがロリータファッションの子が集まるんだそうだ。だから街中では目立ってしまうゴスロリも、その店の中ではかえって目立たない存在になってしまうのだそうだ。
僕と真理さんがF駅近くのその店に入った時、確かに数人のロリータファッションの女の子たちがいた。
「あら、マリちゃん、久しぶり」
真理さんに声をかけてきたのは、これまたロリータファッションに身を包んだちょっと太めの女の子だった。女の子といっても、二〇代半ばの女性に見えた。もう少し痩せたらモデルでもできそうな綺麗な人だ。その人が着ているのはゴスロリではなく、甘ロリと呼ばれるファッションだ。ピンク系の色の服だから、膨張色のピンクの色が太めの身体をよけい大きく見せてしまっている。
「ピーチちゃん、おひさ。この娘、ボクの妹分の娘ね。ほら、ジュン子、挨拶しなさい」
真理さんが僕の事を紹介したので、仕方なく僕はピーチさんに向かって「よろしく」と頭を下げた。
「さすがにマリちゃんの妹分だけあって、すごく可愛い子ね。声がハスキーで、そのギャップがまた可愛いわ」
どうやらピーチさんには、僕が男だということがバレなかったみたいだ。というか、すごく可愛いとまで言われてしまった。ちょっと複雑な心境だが、なぜか少しだけ嬉しい。
「この子、ロリータの初心者なの。だから、今日はロリータについてレクチャーするためにここに連れてきたの。ピーチちゃんには悪いけど、今日はこの子と二人だけにさせてね」
真理さんが両手を合わせて頭をぺこりと少し下げる。いつもは高飛車な真理さんが低姿勢だ。すごいものを見てしまった感がある。
「残念。マリちゃんとお話したかった事があったのに。まあ、いいわ。今度来た時には、私を優先させてね」
ピーチさんが、長いつけまつげをつけた眼でウインクした。
真理さんと僕はピーチさんのいる場所から離れて、店の奥のテーブル席に座った。
すぐにウエイターみたいな人が注文を取りに来た。真理さんが僕の分も含めてホットココアを頼んだ。以前コーヒーチェーン店に入った時も真理さんが頼んだのはホットココアだった。真理さんはホットココアが好きなんだろうか?
そんなことを考えながらボーっとしていると、「何考えてるのよ。今はボーっとしている時じゃないのよ」と窘められた。
運ばれてきたホットココアを飲みながら待つこと五分、田畑君が店に入ってきた。ロリータファッションの子が沢山(正確に言うと僕たちも含めて六人ね)いるので、そんな状況の場所に慣れていない田畑君は、一瞬入り口でギョッとしたように立ち止まった。でも、すぐにここだよと発信した僕のニオイを感じ取ったのか、ホッとした表情になり、僕たちの斜め向かいのテーブル席に、僕たちに背を向けた格好で座った。真理さんが、池永澄子の様子を見れるようにと、田畑君にそんな風に座るように指示していたのだ。
三時ちょうどに、店の入り口に女の人が現れた。池永澄子だろうか? 女の人は左手に小さなケーキ箱みたいなのを提げている。右手にも大きな袋を持っていた。
「あれが池永澄子ね」
真理さんが呟く。
「えっ、どうして分かるの? 」
「ダロワイヨの箱を提げているから。ホームページに載せてあるプロフィールの中に、模写小路実篤はシュークリームにこだわっている大のシュークリーム好きだと書いてあるのを見て、気を利かせて有名店のシュークリームを買ってきたんじゃない」
本当にそうだろうか? 真理さんもしかして目印かなんかで買ってくるように指示したんじゃないのだろうか? ありうる。でも、真理さんよく小さなケーキ箱がダロワイヨという店の箱だと分かったな。視力悪いのに。
僕は視野の端で、池永澄子らしい女の人がキョロキョロと店内を見回し、田畑君に気づいて田畑君の席に向かっていくのを見ていた。
池永澄子の年齢は四〇代半ばぐらいだろうか、髪型は茶髪のボブで少し派手めだ。顔はそこそこの美人と言っても良い。黒を基調としたワンピースを着ているので細い身体がよけい細く見えている。
僕は、田畑君たちには背を向けた格好になっているので、池永澄子が席に座ると振り返らない限りもう見る事が出来なくなる。すると、真理さんがスマートフォンを僕に渡した。何だろうと思いながら、スマートフォンの画面を見ると、そこには僕の後ろの席に座っている池永澄子の姿が映し出されていた。
「ボクのかけている眼鏡にカメラがついてるのよ。ボクが見ているものが、そのスマートフォンに映される」
真理さんが小声で教えてくれた。再び画面を見ると、池永澄子の顔がアップになった。どういう仕組みなのかは分からないがズームも出来るらしい。どうりでケーキ箱に書いてあった店の名前も分かったわけだ。真理さん、すごすぎる。と思っていると、真理さんがもう一台のスマホを取り出した。僕に渡したスマホを返すように言わないのは、そのスマホにも画像が映し出されるからだろう。
スマホの画面の中では池永澄子が田畑君(池永澄子にとっては模写小路実篤)に頭を下げ、何かを喋っている。会ってすぐなので社交辞令関連のことだろうと予想はできるが音声がないので分かりづらい。名刺を交換しているから多分そうに違いない。と思っていたら、真理さんが今度は小さなイヤホンを僕に渡した。着けてみる。すると女の人の声が聞こえてきた。
「というわけで、先生の作品をネットで見て驚きましたの。私の好きな画家たちの絵が本物そっくりに描かれていたのですもの。でも惜しいと思いましたのは、その絵の中に先生の独自性が感じられなかったことですわ」
「はあ」
田畑君の声だ。
「そこで私は意を決して先生にお会いして、先生に私からの提案をさせていただきたいと思いましたの。先ほどお渡しした私の名刺にも書いてございますとおりに、私は画廊を営んでおります。そんな仕事をしておりますから、今まで沢山の絵を見て参りました。ですから、先生の素晴らしい才能が一目見て分かりましたの」
「はあ」
「でも、今のままでは先生の素晴らしい才能は世に出ることなく埋もれてしまいかねません。そこで私からの提案です。先生、先生は画家の絵をそっくり模写することなく、ご自分のアレンジをくわえた絵を描かれたらどうでしょう」
「……どういうことですか? 」
田畑君が返事を返すのにちょっとしたタイムラグがあった。おそらく真理さんの指示を聞いてから答えたんだろう。
「ですから、そっくり描くのではなく、画家のタッチに似たような絵で先生のオリジナルを描くのです」
画面の中の池永澄子の顔が微笑んだ。何か裏にあるような笑い顔だ。
しばしの沈黙の後、田畑君の声が聞こえた。
「それって贋作とかいうものになりませんか? 以前にニュースになった宝石詐欺に使われようとした宝石のイミテーションのように」
池永澄子の身体が一瞬ビクッと震えたように感じたが気のせいだろうか?
「とんでもない。オマージュですよ、オマージュ。今先生が描かれている作品を本物として売買したら罪になりますが、オリジナルならば贋作にはなりません。ご心配にはおよびませんよ」
「……へえ、そうなんですか」
「私どもの、あ、いえ、私の提案をご承諾いただけるならば、先生が描かれた作品を私の画廊で買い上げさせていただきます。だいたい一点につき百万円ほどで」
「えっ、そんなに」
「ばか、驚かないの」
真理さんが言ったのが聞こえた。
これまで、それこそ囁くような声で田畑君に指示を送っていたけど、田畑君が百万という金額に驚いて真理さんの指示を聞くことなく声を出したことに怒ったのだろう。幸いにも池永澄子には真理さんの声は聞こえなかったみたいだ。
「ごめん、あ、いや、分かりました。描きましょう」
最初のごめんは、思わず真理さんに謝ってしまったのだろう。ちょっとドジだぞ、田畑君。
「ありがとうございます。私の提案を受け入れてくださって。つきましては、そのお礼として私から先生へちょっとしたプレゼントを用意しましたの」
池永澄子がテーブルの上に持ってきた袋を置いた。
「この中には、キャンバスが三枚と油絵の具と溶き油が入っております。描かれる時には、どうぞそれをお使い下さい」
「…ありがとう」
「ところで、先生。先生の場合、絵はどのくらいで仕上がりますでしょうか? 」
「……ひと作品につき、だいたい三日間程度ですね」
「そんなに早くできますの。さすが先生、私が見込んだ方ですわ。それでは、作品が出来上がりましたら私の携帯に連絡をして下さい」
「……分かりました。連絡いたしましょう」
「ありがとうございます。本日は先生の貴重なお時間を私のために使っていただきまして感謝しております。それでは、私はまだこれから所用があって画廊に戻りますので、これにて失礼させていただきます。本日は本当にありがとうございました」
池永澄子がスマホの画面の中で立ち上がり、田畑君に向かって深々と頭を下げた。それを見る限りでは礼儀正しい人だ。
でも、田畑君に背を向け出口に向かう時に、池永澄子の口角がゆっくりと上がった。得体の知れない嫌らしさを感じさせる笑みだ。真理さんもよく口角が上がって、それを見る度にゾクッとするが、真理さんの笑みには嫌らしさは感じられない。この違いは何だろう?
「行くわよ、ジュン子。ター君はそのまま待機ね」
そう言って、真理さんが立ち上がった。真理さんの後に続く。真理さんの意図が分かった。池永澄子を尾行するのだろう。
店を出る。数メートル先に池永澄子が歩いている。でも、すぐに池永澄子は手を挙げ、タクシーを止めると乗っていってしまった。
「真理さん、僕たちもタクシーつかまえよう」
僕がそう提案すると、真理さんがフンと鼻で笑った。
「無駄よ。それに、彼女の後をつけたところで収穫は何もない」
「じゃあ、なぜ後を追ったの? 」
「彼女の行動パターンを知るためよ。ここからF駅は目と鼻の先、F駅からはどこに行くにしてもアクセスに便利だわ。彼女がどこから来たのかは分からないけど、経費を節約するならとりあえずF駅から最寄りの駅まで移動してからタクシーを使う方が経済的だわ。彼女はそれをしなかった。どうしてか分かる? 」
「お金持ちだから」
「ジュン子のその素直なところが好きよ。短絡的すぎるけど」
僕たちの周りを人が行き交っているので、真理さんは僕の事をジュン子と呼んでいる。
「今のジュン子が、自分の正体を周りの人に知られたくないのと同じで、池永澄子も自分の正体を知られたくないと思っている。だから大勢の人に出会ってしまう駅には行かない。おそらく彼女の移動方法は全てタクシーを利用している。後ろめたいことがある証拠ね」
真理さんは池永澄子が去った方向を見ている。
「池永澄子って何者なの? 」
「これから、贋作詐欺をやろうとしている組織の人間」
真理さんがそう言って踵を返した。
田畑君が待つコーヒー店ナボコフに戻ると僕たちは再び先ほどと同じ席に着いた。真理さんが辺りをキョロキョロと見回し、何事か囁いた。すると田畑君が先ほど池永澄子から渡された大きな袋とケーキ箱を持って僕たちの席に移動してきた。
「どうして、席を移るのを待たせたと? 」
田畑君が席に座るなり真理さんに訊いた。
「池永澄子の仲間がター君を見張っていたらヤバイでしょ。用心したのよ」
そうかあ、さっき真理さんがキョロキョロしたのは、不審な人が店内にいないかを確かめたのか。さすが真理さん、すごいぞ。
「ダロワイヨのシュークリームは本物だわ。詐欺を働くための先行投資にはお金を惜しまないみたいね」
開けたケーキ箱をのぞき込みながら真理さんが言った。
「ちょっと待ってて」
ケーキ箱を持って真理さんが立ち上がり、ピーチさんの方へ行った。ピーチさんと何か話している。するとピーチさんが立ち上がり、店の厨房の中に入っていった。
ん? もしかしてピーチさんて、この店の人?
厨房の中から出てきたピーチさんはトレイを掲げて持っていた。トレイの上には何か載っている。真理さんがそれを受け取ると、遠くからでも「ありがとね、でもまた太っちゃう」というピーチさんの笑い声が聞こえた。
真理さんがピーチさんから渡されて持ってきたトレイの上には、3枚の小さなお皿があり、それぞれ四角い形をしたシュー生地のケーキみたいなものがその上に乗っていた。
「五個あったから、二個はピーチさんにあげてきたわ」
席に着いた真理さんが、僕と田畑君にトレイの上のお皿を配りながら言った。
「これって池永澄子が持ってきたケーキだろ。そんなケーキを食べても大丈夫か? 」
田畑君の表情は不安そうだ。
「ケーキじゃなくて、シュークリームね。正確に言うとシューキューブ。もちろん食べても大丈夫に決まっているじゃない」
「そんなことじゃなくて、悪い事をしようとしている人間から貰った物を食べても大丈夫かってこと」
「つまり、道義的にってこと? ター君、そんなところは相変わらずかたいのね」
真理さんは田畑君に向かって微笑みながら、自分のシュークリームを食べだした。僕も意を決してシュークリームに手を伸ばす。口に入れると、ほんのりした甘さが口中に広がった。すごく美味しい! そんな僕たちを見て田畑君も食べ始めた。
やがて僕たちのために、お代わりのホットココアをピーチさんが運んできてくれた。




