表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/10

トリプルスターズ誕生の前 カウントダウン4

スマホでも読みやすいように編集しました。

 あれから食堂でランチを食べる時、真理さんは必ずスマホを右手に持ったままスプーンを口に運んでいる。だから真理さんが学食で食べるのは、スプーンで食べられるカレーライスとハヤシライスとチャーハンのローテーションだ。


 真理さんは、「うーん、これも違うわ」と時々つぶやいている。何をしているのか気になってのぞき込んだら、スマホの着信メールをチェックしていた。

 それが二週間続いたが、今日やっと真理さんが違う反応をした。


「フフ、やっと来た」


 真理さんの口角が上がる。純粋に嬉しいようだ。


「ター君、シュン君、ミッションの始まりよ」

 対面に座っていた真理さんが立ち上がり、左手に持ったままのスプーンで、まるでオーケストラの指揮者が次に音を出す奏者を指し示すかのように僕と田畑君を指し示した。


「いったい、何ばするとかいな? 」


 田畑君が質問する。 


「ター君には、もしゃのこうじさねあつになってもらう。これが、名刺」


 そう言って真理さんがバッグから名刺入れみたいな物を取り出し、それを田畑君に渡した。 田畑君が名刺を取り出したので、僕ものぞき込む。名刺には、『イミテーション画家 模写小路実篤もしゃのこうじさねあつ』と印刷されていた。


模写小路実篤もしゃのこうじさねあつって誰? 」


 田畑君が不安そうな表情で訊いた。


「ター君が演じる架空の人物。ホームページのプロフィールに載せているとおり、模写が得意な日曜画家で、将来的には自分の作品が世に出ることを望んでいる。そして、できれば本当の画家になって、自分の作品を売って生計を立てられたらいいなと思っている」

「画家を演じるのなら、シュン君の方が良かと思うけど」

「だめよ、シュン君は。シュン君は見た目、すごく幼すぎるから。私の模写小路実篤像では、彼の年齢設定は二十六歳にしてるの。ター君なら変装すればそのぐらいの年齢の人に化けられるもの」


 幼すぎるって、そうかぁ、僕は真理さんにそんな風に見られているのか。まあ確かに、僕が変装しても二十六歳には見えないことは僕も認めるけど。それに、変装して何をするのかは分からないけど、僕は絵を描いただけで面倒くさいことに関わらなくて良いんだ。ある意味ラッキー! 


「シュン君には、田畑君、この場合は模写小路実篤ね。その弟役をやってもらうわ」


 げっ! 関わらなくて良いとたった今思ったばかりなのに。


「なに? 何か文句あるの? 」


 真理さんが僕の方を半眼の目で見て言った。知らないうちに不満が表情に表れていたんだろうか? 


「ち、違うよ。そんなことは無いよ」


 僕は慌てて首をブンブン横に振った。


「まあ、いいわ。今からミッションを説明するわ」


 真理さんがスプーンをくるりと回した。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「まず、ター君が模写小路実篤になって、ある人物に会ってもらう」

「ある人物って? 」

「会って話をしたいとメールしてきた人物。メールにあった名前は池永澄子(いけながすみこ)となっているけど、おそらく偽名ね」

「なんで偽名と分かると? 」

「ボクを疑う気? 」


 田畑君が頭をブンブン左右に振る。僕も釣られて頭をブンブン左右に振っていた。


「まあ、いいわ。ミッションには直接関係ないけど教えてあげる。ター君、模写小路実篤って名前の人が本当に実在すると思う? 」


「思わない」と田畑君。


「そうでしょ。そんなふざけた名前の人がいるはず無い。もしいたとしたら奇跡ね。そんな名前しか載せていないホームページのメアドにメールを送るのに、自分だけ馬鹿正直に本当の名前を書いてくると思う? 」


「思わない」と僕。


「だから、池永澄子というのは偽名よ。性別も偽っていると思うわ。もっとも、ター君に会いに来る人物は女性でしょうけど」

「メールを送った人物と会いに来る人は違うってこと? 」

「これは断言できないけど、その可能性が高いわ。あ、ちょっと待ってて。カレーが冷めてしまうから」


 真理さんは話を中断し、残っていたカレーを食べ始めた。するとすぐに「ちっ」という舌打ちするような音が真理さんの口から聞こえた。


「カレーは冷めると味が落ちるわね」


 ぶつぶつ呟きながら食べている。

 カレーライスとハヤシライスの区別がつかなかった人に、温度差で変化した味の劣化が分かるのだろうかと、密かに思った。田畑君もそう思っているに違いない。でも言わない。

 真理さんが最後に水を一口飲むと、「さてと」と言って僕たちの方に向き直った。


「会いに来る人物が女性だと断言できる理由は分かる? 」


 真理さんが天使のような微笑みをつけて問うてくる。下手な答え方をしたら、なじられそうで怖い。


「分からない」


 田畑君と僕の声がシンクロした。


「向こうとしては、こちらを信用させることが大切だからよ。女性の名前を使っていて、それで会いに来た人物が男だったら不審に思われるでしょ。向こうとしては、それは避けたいと思うわけね」


 なるほどと思った。でも、偽名を使って会いたいとメールを送ってきた人って何者なんだというハテナマークが、さっきから僕の頭の上でイナバウアー状態で回り続けていたので思い切って問うてみた。


「ねえ、真理さん。さっきから言っている模写小路実篤に会いたい人物って何者なの? 」

「模写小路実篤の画力を良からぬことに使いたいと思っている人」

「えーっ、そげんことば考えている人とわが輩が会うと? 」


 田畑君が大げさに驚く。無理もない。良からぬことをする人って悪いヤツだからだ。そんな人とは、僕も会いたくない。


「でもさ、純粋に絵が好きな人で、それで会ってみたいと思ったのかもしれないし」


 田畑君が不安そうな表情をしていたので、少しでも安心させようと思って言ってみた。


「ホームページに載っていた絵が、オリジナルの絵だったらね。画家の筆のタッチまで真似て描いてある絵は、所詮偽物だし、本物のような価値はないわ。そんな絵画を高額な金額で取り引きしたら贋作騒動も起こしかねない。もっとも、今まで来たメールの中には、モネが好きだから是非絵を譲ってくださいみたいなものは数件あったわ。そんなメールを送ってきた人たちは、純粋に絵が好きな人でしょうけど、池永澄子は違う」

「なぜ、違うの? 」


 僕は首を傾げた。


「メールに、会ってお話がしたいから連絡してほしいとしか書いてなかったの。会って何がしたいのか、その目的も明らかにしていない。模写小路実篤とかいうふざけた名前の得体の知れない人物に会うという決意までしておきながら、その目的は隠しておく。それは、要するに模写小路実篤を信用していないということに他ならないわ」

「そんなもんかいな? 」


 田畑君の呟きに、真理さんがキッと田畑君を睨んだ。


「ター、ボクを疑うの? 」  

「疑っとらん」


 田畑君が慌てて手を振る。


「いいわ、もう少し詳しく説明してあげる。例えば、ただ会いたいという人と、これこれこういう理由で会いたいという人がいたら、どっちが信用できる? 」

「そりゃあ、会いたか理由がある人の方」

「そう、普通はそうよね。だから池永澄子もどうしても会いたいのなら、その理由を書くはずなのよ。でも、池永澄子はあえて書かなかった。会いたい理由を書いたら、会ってもらえなくなる可能性がある」

「会いたい理由を適当にでっち上げたら? 」

「その時は、会って本当の理由を言った途端に相手の信用を無くしてしまう。だから書かなかったの。模写小路実篤はふざけた名前の男だけど、そのプロフィールに日曜画家のサラリーマンと記載してある。だから、自分の絵が他人に認められたいと願っている素人ということが読みとれる。もしかすると自分に会いたいという人は、自分の絵を認めてくれて自分を世に出してくれるんじゃないか。自分に会いたいという人は画商を営んでいる人じゃないか。そんな期待を模写小路実篤がもったなら、会いたい理由を書いて無くても会ってくれると踏んだのよ。そして、実際に会ってみて模写小路実篤がくみしやすい相手だと思ったら、その時に初めて会いたかった理由をもちかけてくる」

「真理さんは、池永澄子の会いたい理由も分かっているんだよね? 」


 僕が尋ねると、真理さんはもちろんというように、首を縦に大きく振った。


「ボクの推理、九九パーセント間違いないわ。池永澄子は、模写小路実篤に贋作を依頼してくる。それも贋作を描かせていると模写小路実篤に気付かせないような依頼の仕方でね」


 さっき、真理さんが、会いたがっている人は模写小路実篤の画力(本当は僕の画力ね)を良からぬことに使いたいと思っている人と言った時から、何となく予感はしていたが、やっぱりだった。

 鍵を開ける能力は以前から限りなくダークサイドに近い能力だと思っていたが、まさか僕の絵の能力までもがダークサイドに近い能力だとは。ガーン!


「どうしたの、シュン君。何落ち込んでるの? 」


 心配そうな声かけを真理さんがしてくれたが、真理さんのかけている丸縁メガネの奥で、真理さんの目が笑っていた。僕の落ち込んでいる理由など、とっくに察しがついているのだ。


「大丈夫よ。シュン君は」


 何が大丈夫なのかは分からなかったが、その一言を信じる事にした。無理矢理に。


「真理っぺ、じゃない、真理さん。九九パーセントということは、残りの一パーセントは? 」


 田畑君の質問に、真理さんは「また、真理っぺと言った」と、田畑君をにらみつけた後、


「池永澄子という人物が、人を疑うことを知らないお人好しで、会いたい理由を書き忘れるくらいのおっちょこちょいだった場合。世の中、色んな人がいるからね。でも、その確率は一パーセント」


 と天使の微笑みで付け加えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ