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トリプルスターズ誕生の前 カウントダウン5

スマホでも読みやすいように編集しました。

 聖技能学園の午前中の授業は、普通の高校のように、国語や数学などの教科の授業がおこなわれる。とは言っても、ブラックジャック系やアインシュタイン系の連中は別格だ。彼ら、彼女らは大学院レベルの授業を受けている。


 僕や田畑君を含む一年C組の生徒は、能力以外は普通の高校生なので、同じ教室で授業を受けている。真理さんももちろん一緒だ。真理さんは、確かに僕らより賢いのだが、洞察力や推理力が超特別に秀でているだけの能力(こんな言い方しているのが真理さんにバレたら怖いけど)なので、一般教養的な教科の学習は必要なのだ。


 午前中の授業があっている間、真理さんは僕らに話しかけてこなかった。授業の間の休み時間には、タブレットを取り出して何かを検索しているようだった。

 ようやく真理さんの声が聞けたのは、午前中の授業が終わり、さて学食にでも行こうかと田畑君と話していた時だった。


「これこれ、ボクを置いてけぼりにして、二人だけでランチを食べに行くつもりじゃないでしょうね? 」


 真理さんが、僕たちの背後から声をかけてきた。


「そんなつもりなど、全く無かよ。今、真理っぺ、いや真理さんを誘いに行こうと話していたところばい」


 田畑君は、別に嘘をついたわけではない。実際に二人でそう話していたところなのだ。


「確かに、そのようね。ター君の目の動きで嘘をついているのでは無い事が分かったわ」


 真理さんが微笑む。天使の微笑みだ。パッと見た目は。


「目の動きでそんなことが分かるの? どんなときが嘘をついていると分かるのかなあ? 」


 僕は、真理さんに質問した。それを知っておくと便利だ。もし、嘘をつかなければならない状況になった時に、その目の動きと違うことをやればいい。


「シュン君、嘘をつくときに違う動きをすればいいと思っているでしょう? 無駄よ。それを知っていても、無意識に目が動いてしまうから。でも、一応教えてあげるわ。シュン君は右利きよね。右利きの人は嘘をつく時、右上を見る事が多いの。でも、それだけじゃ見抜くには確実じゃないけどね。ボクはその他の情報からでも見破れるから。まあ、華菜さんたちのようなテレパスの能力者には、ボクもかなわないけど」

「真理さんに対して嘘をつくことなんかしないよ」


 僕が取りなすように言うと、真理さんがニタリと笑って、「嘘ね」と言った。ギクッ


「まあ、いいわ。許してあげる。それより、お腹がすいたわ。学食に行きましょう」


 真理さんが、学食のある方向に向かって歩き出した。真理さんに何を許されたのか分からないが、僕も田畑君と並んで真理さんの後に続いた。





「学食のカレー、まあまあ美味しいんじゃない」


 真理さんは、どうやら昨日の失敗にリベンジしたかったようだ。学食に着くと、何の迷いも無くカレーライスの食券を買った。そして、カレーライスを一口食べた後、先ほどの感想だ。ハヤシライスをカレーライスと思って食べていた人に、果たして味が分かるのだろうか? そう思ったが、決してその疑問は口にしてはいけない。僕は、自分のチャーハンを黙々と食べ続けた。田畑君も同様だ。

 話をせずに黙々食べ続けたからか、僕と田畑君が先に食べ終えた。

 真理さんの皿には、まだ半分ほどカレーとライスが残っている。僕と田畑君は、真理さんがカレーライスを食べ終わるのをじっと待った。

 真理さんは、考え事でもしているのか、時々手を止めて宙を見つめる。そして、またスプーンを口に運ぶ。その繰り返しが何回か続いた後、真理さんがやっと食べ終わった。でも、スプーンは左手に持ったままだ。そのスプーンを空中で指揮棒を振るみたいに動かしている。スプーンの軌道は、微妙に三拍子のリズムを刻んでいる。と、同時に真理さんの口角が上がっていく。ついには「くくっ」という笑い声まで聞こえた。


「どうしたんだ、真理っぺ。いや、真理さん」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、田畑君が訊いた。田畑君、ありがとう。


「シュン君、絵を描いてくれない? 」


 真理さんが、天使の微笑みで頼んできた。断れるはずがない。

 肯きながら、「いいよ」と答えた。


「でも、何のために? 」

「今回のミッションに、シュン君の絵が必要だからよ」

「僕が描いた絵をどうするの? 」

「おとりに使うのよ」

「おとり? 」


 僕と田畑君が同時に言った。


「詳しい説明は、後からするから、とにかく絵を描いて」

「え、あ、うん。でも、どんな絵を描くの? 」

「うーん、そうねえ。モネの睡蓮と、ゴッホのひまわりと、ゴーギャンのタヒチの女と、セザンヌの風景画と、とりあえずそんなところでいいわ。あ、もちろん、それぞれの画家の筆のタッチも真似てね」

「えっ、それって贋作じゃないの? 」

「違うわよ。模写よ、模写。ゴッホだってミレーをリスペクトして模写みたいなことしてるでしょ。シュン君、中学の時に美術部だったから当然知っているわよね」


 もちろん知ってる。ゴッホは、ミレーの『種まく人』を、ほぼ同じ構図で描いている。でも、筆のタッチまで真似るような贋作めいたことはしていない。そう思ったが、これ以上はつっこまなかった。へたにつっこむと、真理さんの目が半眼になってしまう。


「で、シュン君、何日で描ける? 」

「今から取りかかったら、夕方までには大体出来上がると思うけど。でも油彩だから仕上げとか、絵が乾く時間も考えたら明日の昼頃かな」

「すごかね。そんなに早く出来るんだ」


 田畑君が感嘆の声をあげる。何となく嬉しい。真理さんは驚いていないようだ。現実に絵が出来上がってからでないと、賞賛してもらえなさそうだ。いや、賞賛してくれるかどうかも怪しい。


「じゃあ、さっそくシュン君は取りかかってくれる。必要な道具は、修練棟の二〇一号室に用意しておいたから」


 さすがにドSの真理さんだ。僕が頼みを断らない、いや断る事が出来ないと判断して、絵を描く場所と道具を事前に用意していた。僕は、もしも真理さんの頼みを断ったときのことを妄想してみた。途端に暗うつな気分になった。僕のニオイから、僕の妄想を読みとったのか、田畑君が同情するような目を向けてきた。


「ボクとター君は、ここでホームページの作成をしているから、何か困った事があったらメールしてね」

「うん、分かった」


 真理さんが、なぜ僕に贋作まがいの絵を描かせるのか、ホームページをなぜ作るのかは不明だけど、僕はとりあえず修練棟に向かった。





 聖技能学園の修練棟は、文字通り修練する場としての部屋がある。1階には本格的なトレーニング施設があり、主にファイター系の能力者が利用している。もちろんファイター系ではない生徒が利用する事もかまわない。2階と3階には、八畳ほどの広さの部屋がいくつも並んでいて、申請しておけば、その部屋を一週間単位で貸してくれる。


 僕は二〇一号室のドアを開けた。

 部屋の中には、真理さんが用意したのか、キャンバスが何枚かと画材道具が置いてあった。部屋の中央には、キャンバスを置くイーゼルが立てられていて、その横には図書室から借りたのだろうか、色々な画家の画集が平積みされていた。用意周到だ。


 こんなに準備万端なのに、真理さんはカレーを食べながら何を考えていたのだろう?


 でも、僕は深く考えない事にした。考えたって分からないと思うからだ。僕は画集を参考に贋作を描き、いや違う違う! 僕は犯罪に手を染めたりはしないぞ、言い方を間違えた。僕は、模写を始めた。

 中学の時にもゴッホの模写をしたことがある。その時は、『ひまわり』ではなくて、ゴッホの作品の中で『ひまわり』の次ぐらいに有名な『アルルの跳ね橋』を模写した。安価なアクリル絵の具を使って描いたので絵の具が乾くのも早く、短時間で模写することができた。本物に近いクオリティで仕上がった絵にかかった時間は、2時間ぐらいだった。


 ただ、今回は筆のタッチも真似なければならないので、時間はかかる。印刷された画集を参考にしても筆のタッチなどは分かりにくい。幸いにも、真理さんが要求した絵のほとんどは、一度中学生の時に、隣町の隣町の隣町の隣町にある美術館で、『印象派の画家たち展』を見たことがあるので、各画家の筆のタッチは覚えている。


 僕はせっせと絵を描き続けた。気がつくと、もう窓の外は暗くなりかけていた。部屋の灯りは暗くなると自動で点灯するので、長い時間が経っている事に気付かなかった。それだけ絵を描く事に集中していたということだ。

 集中したおかげで、僕は真理さんから依頼された贋作、じゃない、模写を四枚とも九〇パーセントの出来で仕上げていた。完璧にするためには、あと一日は必要だ。ただし、完璧に仕上げると、パッと見、本物と見分けがつかないほどの出来になってしまう。まあ、安心して下さいなのは、昔のキャンバス布と昔の油絵の具を使っていない事だ。これで、もし印象派の画家たちが活躍した時代のキャンバス布や絵の具を使用して描いたなら、鑑定士も欺けるような、それこそ贋作が出来上がってしまう。充分に贋作詐欺を行えるのだ。


 ひえー、桑原、桑原。って、この呪文、雷が鳴ったときのだった。効果は無いか。


 トントンとドアがノックされた。


「開いてるよ」


 僕が返答すると、ドアが開けられ、田畑君が入ってきた。真理さんの姿はなかった。


「あれ? 真理さんは? 」

「真理っぺ、じゃない真理さんは帰った。シュン君の絵を見るのは明日の楽しみにするって。まさか、真理さんも、シュン君がもう描き上げているとは思わんかったのだろうね。やっぱりシュン君の能力ってすごかね。めちゃくちゃ美味かぁ」


 壁に立てかけて並べてある僕の絵を見回しながら、田畑君が言った。


「まだ、完成じゃないよ。仕上げるのには明日までかかる」

「そう? わが輩には、十分仕上がっとるように思えるけど」

「真理さんは、この出来では満足しないと思う。たぶん」


 本当は、たぶんというレベルではなくて確実だと思っている。真理さんが、僕の絵を使って何をしようというのか分からないが、真理さんが求めているのは完璧だと思う。


「ところで、シュン君。もう今日は終わりなんだろう。寮に帰って、飯食べん? 」

「うん、ちょうど終わるつもりでいたんだ」


 そう返事をしてから、僕はあることに気付いた。


「ねえ、田畑君。僕がお腹が減っていること、ニオイで分からなかった? 」

「わが輩、今、ちょっと鼻風邪気味。だからニオイが読みとれにくくなっている」


 田畑君が、頭をかきながら言った。


 そうか、田畑君の能力には、そんな弱点があったのか。そう言えば田畑君は、真理さんのニオイからも何の情報も読みとれないと言っていたし、田畑君の能力は、もっと磨きをかけないといけないのかもしれない。


 と、偉そうに言ってはいるが、僕自身の能力もだ。今のところ、完璧に出来るのは絵を描く事と鍵を開けることだけだ。僕も頑張って修練しなければ。

 僕は、右手をぐっと握りしめ、堅く心に誓うのであった。


「シュン君、今、『よし、やるぞ』と思っただろう」

「ニオイ読みとれた? 」


 田畑君が、ゆっくり二、三度首を横に振った後、「シュン君の表情と小さなガッツポーズ」

と言った。





 今日の寮の夕食は、A定食がカツカレーでB定食が唐揚げ定食だ。僕と田畑君は唐揚げ定食を選んだ。


「このニワトリ、地鶏じゃないな。肉にしまりがなか」


 さっきから田畑君は、唐揚げに対して文句を言いながら食べている。確かに田畑君が言うように、この鶏肉はヤワヤワだ。でも美味しいから、僕は文句を言わない。

 食べている途中で、田畑君のタブレットにメールが届いた。


「真理さんから? 」

「うん、真理っぺ、おっと、真理さんから」


 田畑君の真理さんを真理っぺと呼ぶ癖は、なかなか直らないみたいだ。


「ホームページが完成したって」

「ホームページって、田畑君が真理さんと作っていたホームページのこと? 」

「うん、そう」

「僕には、真理さんの考えが分からないんだけど、どんなホームページを作ってたの? 」

「見てみる? 」


 そう言って、田畑君がタブレットを僕の方に差し出した。

 タブレットの画面に、『もしゃのこうじ さねあつ画廊』とあった。この画面がトップページなのだろう。そしてリンクしているページに『ゴッホの部屋』、『ゴーギャンの部屋』、『モネの部屋』、『セザンヌの部屋』というのがある。ただ、クリックしてそのページにとんでも、『ゴッホのひまわり』とかいう題字だけがあるだけの空白のページだった。


 何となく分かった。その空白のページには、僕が描いた絵の画像が貼り付けられるのだろう。

 クリックして、もう一度トップページに戻る。画面の下の方に模写小路実篤のプロフィールみたいなもの(もちろん嘘)があって、メールアドレスも書いてある。


「このメアドは誰の? 」


 田畑君に訊いてみる。


「真理っぺのスマホの中に入っている幾つかあるメアドの中の一つ」

「ホームページにアドレス載せるの、やばくない? 」

「真理っぺ、じゃない、真理さんのスマホは改造してあるから、セキュリティは万全だって言ってた」

「改造? セキュリティソフトか何かを入れているんじゃなくて? 」

「うん、改造って言っていた。真理っぺのすることは、わが輩にも分からん」


 もしかして、スマホからムチでも飛び出してくるのだろうか? うん、あり得るかもしれない。

 それにしても、ホームページにメアドを載せてどうするつもりなんだろう? まるで連絡して欲しいと言っているようなものだ。


 うーん。考えても分からない。よそう、考えるのは。僕たちのブレーンは真理さんだ。真理さんに任せておけば良いんだ。多少、不安感はあるけど。


 僕は、残りの唐揚げを頬張った。





 翌日の午後3時に4つの絵が仕上がった。僕が、そのことをメールで真理さんに知らせると、程なくして真理さんと田畑君が二〇一号室に来た。田畑君は首から一眼レフのデジタルカメラを提げていた。おそらく真理さんから持たされたのだろう。


「さすがね、シュン君」


 真理さんは、僕が描いた絵を一通り見回すと、少し微笑みを浮かべながら言った。


「ター君、カメラ」


 真理さんが田畑君に向かって左手を伸ばす。

 田畑君が真理さんに首から提げていたデジカメを渡すと、真理さんはデジカメで僕が描いた四枚の絵を撮っていった。


「良い出来ね。筆のタッチが写真画像でもよく分かるわ」


 真理さんが、撮った画像を確かめながら言った。


「この絵の画像をホームページに載せることは分かるんだけど、なぜ、こんなことをするの?」


 僕が訊くと、真理さんが口角を少し上げた。天使の微笑み、いや、きっと違う。


「時が来たら、分かるわ。それまで楽しみに待ってて」


 楽しみに待っててと言われても、ああそうですかという訳にはいかない。けど、それを真理さんに言うわけにはいかない。真理さんに半眼でにらまれるに決まっているからだ。感情の板挟みだ。


 でも、本当に何が起こるんだろう?

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