第39話:集団下校
「は、はぁーい!今いく!!」
インターホンが鳴り、サファイアはリュックを背負って家を飛び出した。
慌てて開ける玄関。
その先には、姿が現れるのを心待ちにする者がいた。
紲だ。
「おはよう、紲ち「おはよ、サファイア!もう大丈夫なの?」
言葉を遮って、駆け寄る紲。
それに圧倒されながらも、「うん、大丈夫」と頷く。
生徒会に大まかに説明はしているので、事情を知ってる紲。
襲われた事も、昨日休んだ事も心配したのだろう。
「もう平気だよ。そもそも怪我はしなかったからね。昨日は貧血だっただけ…」
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!」
心配しすぎる紲をサファイアは引っ張って進む。
「生徒会の皆も心配してるよ」
「…そう」
「お昼休みに報告会だからね!」
「え?放課後じゃないの?」
「放課後は昨日から見回り兼付き添い。一昨日の事があるから集団下校をするんだって」
「はぁーい…」
サファイアは面倒くさそうに返事をした。
「あ、今、面倒とか思ったでしょ!?」
「え!?」
ギクリとするサファイア。
「やっぱり図星ね!私、わかるんだから…サファイアは大事な友達なんだもの」
前を歩いていたサファイアの腕にギュッと掴まる紲。
「…紲ちゃん」
その嘘も曇りもない紲の言葉をサファイアは大切に心の中にしまい込む。
そっと紲の腕を握り返した。
・・・
学園に登校すると、2人は別れて各々の教室に向かった。
「サファイア!」
教室に入った途端、アリアが飛んできた。
「アリア!」
「聞いたよ、襲われたんだって?」
「うん、でもナディーが助けてくれたから…って、それより何で知ってるの?」
「昨日から先生も生徒会もピリピリしてるし、集団下校なんて始まるし…そしたらサファイアが休みなんだもん!みんなで生徒会に問い詰めたの!」
「そうなんだ…」
アリアと話していると、マリーや他のクラスメイトも集まってきた。
「大丈夫か、サファイア!」
「心配したわ!」
サファイアは皆を見た。
「私はこの通り、大丈夫!心配かけてごめんね…」
「サファイアが無事でよかった…」
「ったく、心配かけやがって…」
カイルも集まってきて、サファイアの頭を撫でた。
「カイル…」
サファイアは申し訳なさそうに笑う。
そんな2人の姿を見て、アリアも安堵の笑みを浮かべた。
それから始まりの鐘が鳴り、皆は急いで席に戻った。
教室に入ってきたリーファはまず最初に、薄い冊子とホッチキス止めされた紙の2組束ねたものを先頭に座る生徒に数冊ずつ手渡していった。
生徒はそれを1束取ると、後ろへと回していく。
「"elfing"と"安全に楽しむためのガイドブック"…?」
サファイアは二つを並べて机に置いた。
「皆さん、おはようございます。今日はelfingについての授業をしましょう。今配った"elfing"と書かれたテキストを開いて」
授業が始まり、一斉に開かれるテキスト。
それはサファイアにとってはサラに叩き込まれた事の復習だった。
「elfingには3つのスペースがあります。
elfingが可能な全体のスペースを"コート"と言います。
妖精はこの中で戦いが可能です。面積はバスケットコート一面分。
次に審判が立つスペースを"センターコート"と言います。それはコートの中央ラインの両端にあります。面積は1平方メートル。
最後に人間が立つスペースを"セーフティーコート"と言います。コートの両端にある円形のことです。こちらも面積は1平方メートル。
セーフティーコートはコート内で唯一攻撃してはいけない部分です。なぜならセーフティーコートへの攻撃は、人間への直接攻撃と見なされるからです。
セーフティーコート内にいる人間への直接攻撃は認められません。違反した者は即強制退場となるので、気をつけましょう。
ただ、elfing慣れをしている者たちは人間の恐怖心を煽り判断ミスの命令を誘うために、セーフティーコートギリギリに攻撃してくる者もいます」
アリアは体育祭のサラと月臣の対戦を思い出していた。
月臣は慣れているのだろう、セーフティーコートギリギリに攻撃ばかりしていた。
「そんな場合は気を確りと持ち、正しい判断で妖精に命令を出しましょう!」
「先生!」
ある男の子が手を挙げた。
「何?」
「センターコートが両端にあるって事は2つあるんですよね?審判は一人ではないんですか?」
「はい、審判は2人います。主審と副審です。誤審を防ぐために設置されています」
「あ、あの…」
ある女の子が手を挙げた。
「elfingの面積はわかりました。けれど、空を飛ぶ妖精は一体どこまでが可能なんですか?」
「会場によります。天井がある会場では、天井まで。外での会場では、地球圏内という事になります」
すると今度はアリアが手を挙げた。
「先生!このルールやコートは公式で、きちんとした審判がいる時のelfingのみのモノですよね。これがストリート(外)ではどうなりますか?きちんとルール通りelfingをするのですか?」
その質問に表情が曇る。
「…妖精略奪事件の事を言っているのね。
そうね。このルールやコートは人間が安全に戦えるように、初代英雄が作り出したもの。ルールを守らない人間は少なからずいるでしょうね」
リーファが心を痛めているのはサファイアにも分かった。
「…危険な事です。ですから皆さんがもし妖精略奪事件の犯人と遭遇したら、戦わずに逃げましょう」
そう注意した。
まだ妖精略奪事件の犯人が妖精である事は知らされていない。
知っているのは関係者のみ。
このクラスではサファイアだけだ。
何も知らない生徒があの犯人に出くわせば、逃げることすら出来ないだろう。
このルールは人間同士の公式elfingの場合だけで、妖精界から来た妖精の攻撃にルールやコートは通じない。
容赦なく人間に直接攻撃をしてくるのだ。
「人間は妖精と共に戦うことはできないのですか?」
質問をしたのはマリーだ。
「ルールでは禁止されているところもありますが、基本的にセーフティーコート外に出た人間への攻撃は可能です。
セーフティーコート外に出ることは、人間もelfingに参加すると言うことを示唆します」
そしてリーファは最後に、「elfingルールと言っても、大会毎に大きく変わります。その都度、ルールの確認を怠らないようにしましょう」と言って授業を終えた。
昼休み。
ナディーが終始事件の報告をしている後ろで、サファイアはアイビーにだけ聞こえるように心を開いていた。
(ねぇ、アイビー。あの時何があったの?)
サファイアは僅かにも気付いていた。ナディーの様子がおかしい事に。
(ナディーが助けてくれたんだよ)
(でも、ナディーは何か隠してるみたいなの)
サファイアの視線から目をそらすアイビー。
(そ、そうかな?)
アイビーはナディーとの約束を守っているが、嘘が付けない性分で、サファイアにも丸分かりだ。
(アイビーも何か隠してるでしょ?)
今度はアイビーに疑いの目を向けた。
(何も、隠してない…よ)
アイビーは必死でバレない様に繕ったが、サファイアの疑いは増す。
(アイビー、ホントの事を言って)
詰め寄るサファイア。
(…な、ナイショだもん!)
アイビーは焦って口走った。
(やっぱり何か隠してる…。教えて、アイビー!)
(ナイショだってば!)
アイビーはサファイアから離れて行った。
「アイビー!」
咄嗟に名前を呼んだサファイア。
声を出してからハッとした。
サファイアに集まる視線。
「アイビーがどうかしたの?」
サラが尋ねた。
「い、いえ…何でもない…です」
サファイアは肩を竦める。
昼休みに生徒会室で報告会があったが、サファイアはほとんど覚えておらず、ナディーが一人報告していた。
しかし報告会は、犯人を妖精と断定しただけで終わったのだ。相手が妖精では対策の取りようが無い。
とにかく犯人に出会ったら戦わず、逃げることを優先するようサラは強く勧めた。
そして放課後。
集団下校は各学年ごとに時間をずらして行われた。
生徒会が付き添うのは最終下校者、つまり部活動参加者のみ。
襲われる時間帯は大体が日没後だからだ。
サファイアたち生徒会は教師12人と分担し、集団下校の1つのグループに一人つくことになっている。
PM6:15
全ての部活動が終了し、地域ごとに分けられたグループで下校した。
サファイアは6丁目のグループに付き添うことになった。
そのグループは高等部7人と中等部6人の少人数だが6丁目までの距離は遠く、6丁目についた時には辺りは真っ暗になっていた。
そのグループにはカイルとレベもいて、サファイアは2人と他愛もない話をしながら楽しく下校していた。
「…あと残ってるのはカイルとレベ、それに先輩3人ですね」
持っていたチェックシートを見ながら呟くサファイア。
「ったく、何でこんなガキに…」
先輩方は付き添いが年下ということに納得できない様で、学園を出てからも終始文句を言っていた。
サファイアはそれを無視し、メンバーの家を目指して歩き続けてきた。
その時、
ドクン…
胸が高鳴った。
「…」
胸を押さえるサファイア。
「どうかしましたか?」
ナディーはいち早く気付き、サファイアに尋ねた。
「…嫌な予感がするの。また来そうな気がする」
目付きが変わるナディー。
「…何が来るの?」
レベが2人の会話を聞いて尋ねてきた。
「あ…いや…」
サファイアは話す事を戸惑った。
「何でもありませんよ。気になさらないでください」
ナディーは困っているサファイアの横からスッと出てきて代弁した。
「そ、そうだよ。気にしないで…」
サファイアはニコリと笑った。
「…そう」
レベはどこか拗ねた様子で歩くスピードを上げ、前へと歩みを進めた。
「…」
彼女の背中を送り、サファイアはナディーを見上げる。
(怒ったかな?でも話さない方がいいよね?)
(話さない方がいいでしょうね。今は余計な不安を与えたくはないでしょう?)
頷くサファイア。
(ではサファイア、私は見回りを強化してきます。何かあれば、直ぐに私を呼んでください)
翼を羽ばたかせたナディーは、そう言い残してサファイア一行から離れて行った。
「ナディー、お願いね」
そっと呟く。
「…ナディー、どうしたの?」
今度はカイルが尋ねてきた。
「あ、ちょっと…」
サファイアは口を紡ぐ。
「何か隠してるよね?」
カイルが様子を覗き込む。
「…何でもないよ」とやんわりカイルを躱す。
しかしカイルも諦めが悪く、サファイアに詰め寄った。
「なぁ、サファ「あ!!…ここ」
サファイアはカイルの言葉をわざと遮り、あるマンションの前で止まった。
そして振り返った。
「ここですよね、先輩方とレベのマンション」
「ああ…」
先輩方はマンションの中に入っていった。
「…ご苦労様、バイバイ」
レベは一応サファイアに声をかけ、中に入っていった。
「バイバイ、レベ」
サファイアは振り返る事ないレベの背中に手を振る。
そしてレベの姿が見えなくなると、カイルを見た。
「さ、あとはカイルだけだね」
「ん…」
カイルの機嫌が悪くなっていたが、気にせず先に進むサファイア。
しばらく歩いていると胸の高鳴りが早さを増した。
「…」
それどころか気分も悪くなり、サファイアの表情は翳りを見せた。
「…どうした?顔色悪いぞ」
「あ、うん。…ちょっと気持ち悪いだけ…っ!」
突如頭痛に苛まれ、サファイアは頭を抑える。
(サファイア!)
「うん、わかってる」
サファイアはアイビーとアイコンタクトを取ると、カイルを見た。
「カイル、ここからは気を引き締めて」
サファイアの痛みや恐怖に耐える表情に、息を呑むカイル。
(ナディー、来て…)
サファイアは空を見上げてナディーを呼んだ。
「っぁ!!」
何も考えられなくなるほどズキズキと痛みが増し、崩れ落ちるように地面に膝を付くサファイア。
「サファイア!?…おい!?…どうした!?」
カイルが駆け寄るも、声など耳に入らない。
藻掻くサファイア。
そんなサファイアやカイルの様子をずっと上空から見ている輩がいた。
「見ぃつけた…」
その輩はニィッと笑い、羽を広げサファイアに向かって舞い降りて行った。




