第40話:レディー・ノアール
太陽が沈んだ暗闇に、羽ばたく音が不気味に響いた。
「来た!」
サファイアの感知と同時に上空から人影が舞い降りてきた。
「女?」
カイルは人影を見る。
「妖精だよ…」
未だ頭痛に苛まれながらも、サファイアは立ち続けた。
全身を黒一色でまとめている女は、ニヤリと不気味な笑を浮かべる。
「私はレディー・ノアール。以後お見知りおきを、醜い人間ども」
レディーと名乗る妖精の女は深々と挨拶をしたが、その言動から人間を見下しているのは明らかだ。
「・・・」
キッと睨む2人。
「いやぁだ、そんな怖い顔をしないで?仲良くしましょうね?」
レディーは艶めかしく笑う。
「仲良くなんてしないよ。あなたからはこの前の妖精よりも嫌な気配がする…」とカイルの前に立つサファイア。
「あら、残念。気配で格を測るなんて、聡い子…」
「…ここへ何しに来たの?」
そうサファイアが尋ねた時、
「サファイア!」
夜空から桃色の長髪を靡かせながらサファイアの前に駆け付けたナディー。
「まぁ、ナディリア!久方ぶりねぇ…」
レディーはナディーを見るなり、大好きなものを与えられた子供の様な無邪気な笑顔を見せた。
「レディー・ノアール…」
身構えるナディー。
「ナディリアまで、そんな怖い顔をしないで?随分探したのよ?しばらく見ないと思ったら、まさか人間界で人間と霊合していたなんて…思いもしなかったわ」
「知り合い?」
サファイアはナディーを見上げた。
「はい、昔の…」
それを聞きレディーは口を尖らせた。
「ちゃんと紹介しないなんて、ナディリア酷いわ。私と貴女は共に精王に仕えていた仲じゃない!
今のご主人さまにも全てを捧げないと…ねぇ、ナディリア?」
レディーの笑顔が狂気に満ちる。
「…黙りなさい!」
ナディーが怒っているのは側にいて痛いくらいに伝わってきた。
「レディー・ノアール!ここへ何をしに来たのです?」
三叉錐を構えたナディー。矛先をレディーへと向ける。
サファイアも敵意を向けるとレディーと目があった。
「っ!」
身震いしてナディーの腰にしがみつく。
本能がサファイアの身体を強ばらせる。
「怖がらなくていいのよ?お前のような弱い人間には何もしないわ。私は弱いものイジメが嫌いだもの。
用があるのはナディリアだけ。
でも、そうね…ナディリアが大人しく言う事を聞かなければ、怪我をするかもしれないわ?」
ニコリと笑みを向けるレディー。
そして視線をナディーへと移し、真顔に戻った。
「さて、ナディリア。議長様がお呼びよ、一緒に来てくれるわよね?」
サファイアはナディーの様子を伺う。
ナディーの気配からは収まりきれないほどの怒りや憎しみを感じた。
「断る!」
ナディーの手に力が込もる。
「なぜ?」
首を傾げるレディーだったが、その視線はサファイアに向く。
「あぁ、そこの人間のこと?良いのよ、一緒に来なくても。ここで霊合なんて解除しちゃえばいいじゃない?」
全く話が見えないサファイア。
「それとも何?抵抗する気?…そんな事、辞めておいた方がいいわ。だって今の私は強いもの…あなたより、ね」
レディーの静けさが狂気さを増す。
「何を…」
再び尋ねようとしたナディーの服の裾をサファイアは引っ張った。
「どーゆー事なの?」
「…」
しかしナディーは口を紡ぎ、視線も合わそうとはしなかった。
「また隠し事…」
ナディーの隠し事。
今までなかった。
次第にサファイアの表情が暗くなっていった。
「…あらあら、ケンカは良くないわ!ここできっぱりと別れを告げて、私と一緒に帰りましょう?貴方の本来の居場所へ…」
するとナディーは目を閉じ、息を吐いた。
その仕草に安堵の息をつくレディーだったが、ナディーは彼女の希望には沿わなかった。
「…悪いが、帰るならあなたひとりで帰りなさい。私が望む居場所は世界でただ一つ、サファイアの側以外などありえない!」
そう言い放ったナディー。
レディーの眉がピクリと動く。
「その発言…あなたは妖精議会の、議長の名に背く気?」
「背くも何も、私が信頼しお仕えしているのはここにいるサファイアただ1人です!ましてや霊合の解除などありえない」
「…あら…そう…。仕方ないわね、弱いものイジメは嫌いだけど、あなたがそう言うのなら、力ずくで連れて行くしかないわね?」
レディーから笑が消えて、殺気が放たれた。
「!」
ナディーは瞬時に危険を判断し、サファイアを体から引き離す。
「サファイア、ここからできるだけ離れてください!」
三叉錐を構え直すナディー。
「さぁ、お別れの会話は済んだかしら!?」
するとレディーは凄い勢いで腰に掲げる剣を抜刀しながらナディーに向かって飛んできた。
シャキーン!と三叉錐と交わって音を立てた。
「サファイア、早く!」
ナディーは必死で剣を受けながら叫ぶが、サファイアはその場を離れようとはしなかった。
「…嫌だ。私は離れたくない!」
「何を言うのです!?…レディーは強敵です。私が足止めしますから…」
「私はここにいる。ここにいてナディーと一緒に戦う!」
ナディーに焦りの表情が浮かんだ。
真っ直ぐな瞳でナディーを見つめるサファイア。
「知りたいの…ナディーが隠してること知りたい!」
「サファイア!」
ナディーは戸惑い、手の力を弱めてしまった。
レディーはその隙を見逃しはしなかった。
「随分と弱くなったな、ナディリア!!」
「くっ!…」
レディーはナディーを押し返した。
押し返され、体勢を建て直すのに遅れたナディー。
「ダークボール!」
黒いエネルギー体がナディーに迫った。
「っ!」
それはナディーに直撃して黒い爆風を起こした。
「ナディー!」
爆風に押し離されたサファイア。
「私は大丈夫ですから、ここから離れてください!」
視界が晴れない中、数メートル離れた場所からナディーは叫んだ。
「嫌よ!」
サファイアも意地を貫き通す。
(アイビー、力を貸して!)
そして、一瞬黒煙の合間から見えたレディーの姿に向かって妖力で足下の砂利を投げ付けた。
砂利は黒煙の中を飛ばして行ったのでレディーに当たったのかはわからなかったが、どこからか悍ましいレディーの声は響いた。
「この、身をわきまえない醜い人間の分際でぇぇぇぇ!!!」
次の瞬間サファイアの目と鼻の先を何か鋭いものが飛んできた。
「ビ!」
ヒュっと風を切る音とともに通り過ぎて行った何か。
アイビーがサファイアの背中に体当たりをして体勢が崩れなければ、当たっていた。
「今の、何!?」
額から汗が流れた。
「サファイア、逃げてください!」
ナディーは三叉錐を一回転させ、左手を翳す。
その手元に妖力を集め、渦を巻くように圧縮させた。
そしてそれを一気に破裂させると、
「!?」
大きな爆発音と共に風が吹き抜けた。
黒煙が拡散していき視界が徐々に戻っていた。
「サファイア、逃げるぞ!」
「え!?」
真っ先にサファイアを腕を掴んだのはカイルだった。
「ちょっ!」
カイルは抵抗するサファイアを無理やり引っ張ると、レディーとは逆方向へ足を進めた。
「見つけた人間んんん!」
視界が晴れてレディーも2人を見つけ、剣を振るった。
「させませんよ!」
ナディーは三叉錐で受け止めた。
「まだまだ!」
するとレディーは利き腕で無い方の手を剣から離し、指先をナディーに向けた。
「それはっ!」
これからレディーがすることを予測したナディーは、剣を流しながら腰を捻って膝を曲げた。
体勢がレディーの体半分ズレた直後、レディーの爪がありえないスピードで伸びた。
一瞬の出来事だった。
それは移動前のナディーの心臓を貫く位置だ。
「あら、惜しい!」
レディーはそう言ってナディーから飛び退いた。
「私の攻撃を覚えていてくれて嬉しいわ」
「忘れてましたよ、今の今までね」
ナディーは流れる汗を払い、レディーに向かって飛込んだ。
「ナディー!!」
ナディーの元へ向かおうとするサファイアをカイルは阻む。
「だめだ、サファイア!」
サファイアを引っ張ってその場から遠ざかって行く。
そんな二人の姿をレディーは攻撃を避けながら見ていた。
「簡単には逃がしてあげないっ」
そう呟くと、ナディーに剣を振るったと同時に、サファイアに向かって爪を伸ばした。
ナディーの両手は三叉錐によって自由を奪われていて、助ける手段が無かった。
「サファイア!」
ナデーは何がなんでもサファイアだけは守ろうと三叉錐を投げ出し、レディーの剣で腕を負傷しても必死で体を差し出した。
グサ…
「いゃ…いやぁぁぁ!!!ナディー!!!!」
ナディーはサファイアを庇って爪に腹を貫かれたのだ。
「っ大丈夫…です‥…」
ナディーは自力で爪を折り、抜き出した。
爪を抜き取ると、勢いで血が飛び散る。
「っ…サファイア、早く離れて…ください!」
ナディーは腹を押さえながら必死に声を発した。
「や…嫌、嫌、嫌!!」
サファイアは目を見開き震えた。
「おい、サファイア!」
そんなサファイアを引っ張って走り出したのはカイルだった。
ナディーが血を流すのを目の当たりにしてサファイアは抵抗する力が出なかった。
「カイル!?嫌だ!!」
カイルは唇を噛み締めて走り続けた。
「ビー!」
(走って!)
今回ばかりはアイビーもサファイアの意思に背く。
「っ…ナディー!」
サファイアは振り向いてナディーを見た。
微笑むナディー。
「ナディー!!!」
力の出る限り叫ぶサファイア。
ナディーはサファイアに背を向けて三叉錐を握り直し、レディーと向き合った。
「さて…と、こんな攻撃で、私は倒されませんよ…」
「無理をしているのが、丸わかりですわ!ナディリア!!」
レディーの発した声が聞こえてきたが、次第に彼女達の姿は小さくなっていった…




