↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
演じていたヒーローが本物になったので、異世界の女勇者を支えることにした~時空騎行グランゼイト異世界英雄譚~  作者: 水辺野かわせみ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

【第7話】料理人と異世界の料理

 ――焦げた匂いが、まだ残っていた。


 クローナークの街路は、先ほどの爆発の余波でざわついている。石畳の一角が黒く焼け、露店の布が少し焦げ、木箱が転がっていた。


 だが。


「ちょっ……びっくりしたぁ……!」


「煙がっ、目に……」


「ごほ、ごほっ……!」


 周囲にいた人々は、服の埃を払ったり、咳き込んだりしながらも、どうやら大きな怪我はないようだった。


「ごめんね~、ちょっと失敗しちゃった」


 少し離れた場所で、ショートボブの少女――リーナ・リーンが、軽い調子で肩を竦める。


 守備隊に囲まれているにも関わらず、その態度はまったく変わらない。


 その騒ぎの中。


「すみません、少し通してください」


 柔らかな声が、控えめに響いた。


 人垣が、自然と道を開ける。


 現れたのは、一人の女性。


 淡いクリーム色の法衣。胸元には、小さな銀の聖印。


 長い髪はゆるやかに編まれ、朝の光を受けてやわらかく揺れている。


 どこか眠たげにも見える、穏やかな瞳。


「……大丈夫ですか?」


 彼女は、尻もちをついている老人の前に膝をついた。


「いやあ、腰が抜けちまって……」


「ふふ。驚きましたよね」


 やわらかく微笑んで、そっと手をかざす。


「――安らぎを」


 小さく呟くと、淡い光が手元に灯る。


 光は一瞬だけ老人の身体を包み、すぐに消えた。


「……あれ? 立てる」


「はい。気持ちの問題ですから、ちょっと落ち着けば、平気ですよ」


 女性はゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。


 転んだ者、煙にむせている者、座り込んでいる者。


 その一人ひとりに、優しく声をかけていく。


 ゆったりと、落ち着いて。


 必要なところに正確に手を伸ばし、動きは流れるように迷いがない。


(手際がいいな……)


 漣は、思わず目で追っていた。


 おそらく、こういう場面を何度も経験しているのだろう。


 やがて、一通りの確認を終えると、女性は小さく息をついた。


「クレム」


 周りが落ち着いたのを見計らって、イヴが声をかける。


 女性は振り向き、ふわりと微笑んだ。


「あら、イヴさん……おかえりなさい。ご無事で何よりです」


 穏やかな声。


 その視線が、一瞬だけ漣へと向いた。


 測るような、静かな目。


 すぐに、それは消えて――。


「……その方は?」


 何事もなかったかのように、小首を傾げる。


「彼は――」


 イヴの説明に、女性はただ静かに耳を傾けていた。


 疑いも、驚きも見せない。


 ただ、すべてを受け入れるように。


 話が終わると、小さく頷いた。


「そうですか」


 それだけ言って、漣に向き直る。


「はじめまして。クレメンタイン・バークレイと申します」


 裾を軽く摘まみ、丁寧に一礼する。


「ご覧の通り、神教会に所属する神官です」


 にこり、と笑う。


 やわらかく、安心させる微笑み。


 嫋やかに、包み込むような雰囲気。


 ――なのに。


(……なんだろう)


 何となく、違和感を覚えた。


(……無理矢理、型にはめ込んだような……?)


 表面があまりにも整いすぎていて、その奥が見えない。


「……あの?」


 クレメンタインが小首を傾げる。


「ああ、ごめん」


 漣は軽く頭を掻いた。


「えっと、俺はノーバディ。一応、料理人」


「ふふ」


 くすり、と笑う。


「変わったお名前ですね」


 それ以上は何も聞かない。


 ただ、受け入れる。


 その自然さが、逆に少しだけ不思議だった。


「では――」


 立ち去ろうとしたクレメンタインが、ふと思い出したように振り返る。


「そうそう、教会で炊き出しをしているんですけど、よろしければ、ご一緒にいかがですか?」


 漣は、確認するようにイヴを見た。


「先に行ってください。私は、マオを預けてきます」


 マオを連れ、イヴは街のコラル(獣馬委託厩舎)へと歩いていく。


「それでは、行きましょうか」


 クレメンタインの案内で、漣は教会へと向かった。





 教会は、街の中央から東へ少し外れた、静かな場所にあった。


 白い石造りの建物。尖塔の先に掲げられた聖印が、朝の光を受けて淡く輝いている。


「こちらです」


 クレメンタインに案内され路地に回ると、炊き出しの簡素な天幕には、既に人だかりができていた。


 簡易焜炉に置かれた大きな鍋から、香りがふわりと漂ってくる。


 ――ただ。


(……これは……)


 漣は、思わず足を止めた。


 野菜と肉、素材そのままの香り。


「なんか、すごく素直な匂いだね」


 料理、とは言い難い。


「ええ、余計なものは、入れていませんから」


「余計なもの?」


 クレメンタインがにこやかに続ける。


「はい。香り付けや油は、贅沢ですし。それよりも、量と栄養が大事ですから」


 並んでいるのは、擦り切れた服を着て、やせ細った人ばかり。


 子供も多い。


「なるほど……」


「味は、慣れますから」


 さらりと言い切る。


 まるで――それ以外の選択肢はない、とでも言うように。


 その価値観は、理解できなくもない。


 けれど、すこし引っかかる。


(美味しさは、優先順位に入ってないのか。まあ、無理もないけど……)


「皆さん、並んでくださーい」


 担当の神官たちが声をかけると、人々がぞろぞろと列を作る。


 皆、鍋を見つめる目は真剣だった。


「はい、どうぞ」


 一人ずつ、木の椀にスープが注がれていく。


 受け取た人々は、夢中でスープを口に運ぶ。


「……」


 漣は、その様子を黙って見ていた。


 美味しそう、というよりは〝必要だから食べている〟。


 そんな印象だった。


「ノーバディさんも、どうぞ」


「……いただきます」


 クレメンタインに勧められ、漣も一口。


「ん……」


 不味くはない。


 だが、旨いとも言えない。


 塩気と素材の味だけ。


 見た目も、食欲をそそるようなものではない。


(毎日これだと、ちょっとキツいな……)


 そんなことを考えた、そのとき。


「あ……っ」


 小さな声がした。


 振り向くと、小さな女の子が椀を取り落としていた。


 中身が地面に広がる。


「ごめん、なさい……」


 呆然とした顔で、立ち竦む


 クレメンタインは、何も言わず動いた。


 別の椀に新しいスープをよそい、子どもに手渡す。


「落としても、大丈夫です。まだまだありますから」


 優しい声音と仕草で、にっこり笑う。


 それから、しゃがみ込み、地面にこぼれたスープの具を拾った。


 拾える大きさのものは残らず拾い、手に持った椀の中へ。


 埃も混じっているはずなのに、気にする様子はない。


「それ、どうするの?」


 漣は何気なく尋ねた。


「私がいただきます。まだ、食べられますから」


 何事でもないような、穏やかな声。


 そしてそのまま、何の迷いもなく口の中へ。


「……え?」


 漣は驚いて目を見開く。


 周囲で見ていた何人かも、一瞬だけ息を呑んだ。


「……いや――」


(それはちょっと――)


 漣は思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。


 責める場面ではない。


 これはきっと、彼女なりの〝当たり前〟なのだ。


 無駄にしないこと。


 食べられるものは食べること。


 それが、染みついているのだろう。


「……」


 漣は、無言で椀の中身を見つめた。


 薄く質素なスープ。


 だが、その裏にある現実は――決して軽くない。


 素材を塩で煮ただけの物。


 それでも、それを必要とする人たちがいるのだ。


「……あの」


 ぽつりと呟く。


「いつもこんな感じ?」


 思わず尋ねた。


「そうですね」


 クレメンタインは、少しだけ目を細める。


「――特別なこと、ではないですよ」


 その答えが、街の人々のことなのか、彼女自身のことなのか、漣には分からなかった。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは・・・放置できないよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。