【第8話】それでも料理人は美味しさを求める
炊き出しの列は、まだ途切れず続いていた。
味の薄いスープを、人々は文句も言わず静かに口へ運ぶ。
「……」
漣は、その様子をじっと見ていた。
隣では、クレメンタインや他の神官たちが、穏やかな表情と無駄のない手つきで配膳を続けている。
(炊き出し、か……)
視線を、鍋へ落とす。
野菜と肉をハーブで煮ただけの、質素なスープ。
栄養はあるし、量もある。
腹は膨れるだろう。
けれど、それだけだ。
視線を上げると、椀を抱えた子供が無表情でそのスープを口へ運んでいた。
味わってはいない。
満たされてもいない。
ただ、命をつなぐために必要だから食べている。
まるで、作業のように。
(……これで、いいのかな?)
慈善事業に、多くを求めるべきではない、とは思う。
それでも――。
「……ねえ」
思わず漣は呟いた。
「これ、ちょっと手を入れてもいい?」
クレメンタインの手が止まる。
「……スープに、ですか?」
「うん。ちょっとだけ」
すこしの間、彼女は測るように漣を見つめた。
それから、他の神官と話をして――。
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
漣に向き直り、ふわりと微笑む。
「ただし、量は減らさないでくださいね。まだ足りていませんから」
「そこは大丈夫」
軽く手を振って、鍋の前に立つ。
木の柄杓で中身をすくい、匂いを確かめる。
(やっぱり……)
シンプルすぎる。
悪くはないが、素材を煮ただけだ。
(こういう時は……)
ふと、頭の奥に何かが過った。
「これだ」
自然と手が動き、鍋を軽くかき混ぜる。
それから、レッグバッグのボタンを押す。
手元に緑の光が灯り、淡い色の塊が現れる。
「あの……それは?」
イヴの声。
いつの間にか、マオを預けて戻っていたらしい。
「んー……調味料、みたいなもの、かな」
曖昧に答えるが、間違いではない。
(これって……)
間違いなく、クリームシチューのルウだ。
迷わず鍋へ落とす。
ゆっくりかき混ぜると、塊が溶けてスープの色が淡く変わり、とろみがつき始める。
さっきまでの、素材そのままだった匂いが、柔らかく深い香りに包み込まれていく。
「……?」
近くにいた子どもが、顔を上げ鼻をひくひくと動かす。
「なんか……いい匂い」
「おいしそう……っ!」
ざわ、と空気が揺れた。
列に並んだ人々が、少しずつ興味をもち始める。
漣は、何も言わず手を動かし続けた。
焦がさないよう火加減に注意しながら、底からすくって均一に混ぜる。
「……できた」
クレメンタインが一歩近づいて、鍋を覗き込む。
「……」
何も言わず、柄杓を手に取りひとすくい。
小皿に移して口へ運ぶ。
「……これは……」
目を見開き、鍋を見つめる。
その一瞬。
クレムの表情が僅かに強張った。
それから。
「……あたたかい味ですね」
と、笑顔を浮かべる。
「え? ああ、そうかな」
(あたたかい味……?)
少し引っかかったが、漣はあえて尋ねなかった。
「はい、次の方、どうぞー」
クレメンタインが、声を張る。
「沢山ありますから、おかわりも大丈夫ですよー」
他の神官たちも、顔を見合わせて給仕を再開した。
「わあ、いい匂い……」
最初に受け取った子どもが、目を輝かせて一口。
「……あ」
二口目、三口目。
次々とスプーンですくい、嬉しそうに口の中へ。
さっきまでの〝必要だから〟ではなく、夢中で食べている。
「おいしい……」
誰かが呟く。
「なんだこれ……」
「さっきと違うぞ」
少しずつざわめきが広がってゆく。
辺りを包む空気の色が変わる。
「……」
クレメンタインは、その様子を静かに見ていた。
ゆっくりと、味わうように食べる人々と、彼らの顔に浮かぶ明るい表情。
それは栄養だけでも、量だけでも引き出せない、満たされた証だった。
「……すごいですね」
穏やかな声でクレメンタインが微笑む。
「こんな風に変わるなんて」
漣は、シチューの鍋と、それを受け取る人々とを交互に見比べる。
料理と人。
クレメンタインは、そのどちらの事を言っているのだろうか。
「まあ……ちょっとした工夫、かな」
曖昧に答える。
「……あの」
クレメンタインが、ゆっくりと尋ねる。
「その〝調味料〟……他にも、使えるんですか?」
にこやかだが、その瞳の光が少しだけ鋭さを増す。
「そうだね、色々と――」
「そうですか」
最後まで聞く事もなく、クレメンタインは給仕に戻って行った。
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