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第一部 第二章 異邦人(7)


 デナリオに教えられた通り、三本線の印が描かれた船へ向かった。


 河岸にはすでに多くの人が集まっており、荷下ろしの作業が始まっている。船の上では日に焼けた水夫たちが次々と麻袋を担ぎ上げ、荷運びたちの背中へ乱暴に載せていた。船は河岸へ直接乗り上げるようにつけられているらしく、出入口は地面より少し高い位置にある。木で作られた簡易な階段梯子が設置されていて、荷運びの人々はそこへ列を作り、順番に船へ近づいては荷物を受け取り、また港の方へ戻っていく。


 大人も子供も関係ない。誰もが汗を流しながら忙しなく動き回っていた。


 列の最後尾へ並ぶ。


 思っていた以上に列の進みが早かった。一人が荷物を受け取って降りていけば、すぐ次の人間が前へ出る。ぼんやりしている暇なんてない。自分の番がどんどん近づいてくる。


 河の水は泥で濁っていて、近づくほど独特の臭いが強くなった。湿った泥。魚。汗。船へ塗られた油。色々な臭いが混ざり合い、めまいがしそうなほどだった。けれど、初めての仕事への緊張の方が強くて、その悪臭すら今はあまり気にならない。


「ほら次!」


 怒鳴られ、慌てて船の入口へ進む。言われた通り背を向けた瞬間、どん、と勢いよく麻袋が背中へ載せられた。


「っ……!」


 想像以上の重さだった。袋の重みが肩から腰へ一気に食い込み、身体が後ろへ引っ張られそうになる。それでもどうにか踏ん張り、歯を食いしばって階段を降り始めた。


 一歩。また一歩。落ちたら終わりだ、という気持ちだけで必死に足を動かす。


 どうにか地面まで辿り着き、ふらつきながらデナリオの元へ向かった。


「お、ちゃんと運べてるじゃねぇか」


 その言葉だけで少し救われた気持ちになる。


「その袋は赤旗の倉庫だ! 奥の列に積め!」


「は、はい!」


 指定された小屋の屋根には赤い旗が立っていた。中は倉庫になっているらしく、運び込まれた荷物をさらに奥へ積み上げる役目の人間が別にいる。ようやく袋を下ろし、その担当へ受け渡した。


 その瞬間、腕と足が小刻みに震えていることへ気づく。まだ一つしか運んでいない。それなのに、もう身体が悲鳴を上げ始めていた。


 もっと運動しておけばよかった。もっと体を鍛えておけばよかった。そんな後悔が頭をよぎる。けれど、後悔したところで仕事が終わるわけじゃない。乱れた呼吸を整えながら、再び船の方へ走り出した。


 列へ戻る。また順番が来る。今度は少しだけ要領が分かっていた。背を向け、足を踏ん張る。そこへ再び麻袋が載せられた。


「うわっ――!」


 さっき荷物を運んだだけで、想像以上に体力を消耗していたらしい。しかも今度の袋は、さっきよりさらに重かった。踏ん張りきれない。足がもつれる。階段を二、三歩降りたところで身体のバランスが崩れ、前のめりにたたらを踏んだ。


「っ――!」


 そのまま顔から地面へ崩れ落ちる。


「何やってんだバカ野郎!」


 水夫の怒鳴り声が飛んだ。けれど反射的に、背中の袋を庇っていた。さっき運んだ時に分かっていた。袋の中身は穀物だ。おそらく小麦か何かだろう。泥水へ落とせば駄目になる。その考えだけが頭を支配していて、気づけば自分の身体を投げ出すように倒れていた。


 背中の重みがどかされる。


「おい、大丈夫か!」


 何人かの声が聞こえた。顔をしかめながらゆっくり視線を上げる。擦りむいた頬と腕がひりひり痛む。


 目の前には、一人の少年が立っていた。


 赤毛。日に焼けた健康的な肌。意思の強そうな大きな瞳には、今は心配そうな色が浮かんでいる。年齢は僕と同じくらいだろうか。


「立てるか?」


 そう言って、少年は手を差し出した。


「ごめん、ありがとう」と小さく礼を言い、その手を握る。引っ張り上げられた瞬間、自分より細く見えた腕に思った以上の力があることへ驚いた。


「まぁ無理すんなよ」


 少年は笑いながら言う。


「ここ、みんなで助け合いながらやってんだからさ」


 その笑顔は、港の騒がしさの中でも妙に明るく見えた。さっきまで感じていた惨めさや情けなさが、少しだけ軽くなる。


「イグナー! デナリオが呼んでるってさ!」


 少し離れた場所から別の少年の声が飛んできた。


「おう、今行く!」


 イグナは声の方へ振り返って返事をすると、再び僕へ顔を向けた。


「まぁ、お互い頑張ろうぜ」


 そう言って気軽に笑い、彼は仲間の方へ駆けていった。



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