第一部 第二章 異邦人(3)
男は木箱へ金具を並べる手を止めると、こちらをじろりと見た。
「仕事探しかぁ……まぁ、この街なら何かしらあるだろうが、坊主、何ができる?」
「何が、できるっていうと……」
「大工とか、荷運びとか、商売とかよ。あとはまぁ、冒険者なんてのもいるが……要するに、何か手に職はねぇのかって話だ」
「冒険者……」
思わずその言葉を繰り返してしまう。ファンタジー作品の中では何度も聞いた単語だった。魔物を倒したり、依頼を受けたり、そういう人たちのことだろうか。
男はそんな僕の反応を見て鼻を鳴らす。
「なんだ、その顔。知らねぇのか?」
「いや……話くらいは」
曖昧に濁す。本当はゲームや小説の知識しかない、なんて言えるわけがない。
「まぁ、この街にもギルドはある。川の向こうや北の森じゃ魔物も出るし、護衛仕事も多い」
男はそこまで言うと、改めて僕の姿を上から下まで眺めた。制服姿の細い身体。日に焼けてもいない腕。どう見ても力仕事に慣れている人間には見えないだろう。
「……でも、お前には無理だな」
はっきり言われ、少しだけ苦笑する。
「そんな気はしてました」
「剣握ったこともねぇだろ」
「ないです」
「だろうな」
男は呆れたように肩をすくめた。
「冒険者なんざ、基本は命懸けだ。腕っ節の強い奴か、何か特別な技能がある奴じゃなきゃ長生きできねぇよ」
その言葉には妙な現実感があった。僕が知っている物語の冒険者とは違う。夢や憧れの職業というより、生きるために危険へ飛び込む仕事なのだと、その口ぶりから伝わってくる。
男はしばらく考えるように顎を擦った後、通りの向こうへ視線を向ける。
「だったらまぁ、力仕事だな。港で荷物運んだり、建築資材を運び込んだり、この街はいくらでも人手がいる」
朝から職人たちが怒鳴り合いながら木材を運んでいるのが見えた。荷車の軋む音や、金槌を打つ音があちこちから響いてくる。街そのものが、まだ生まれ続けているみたいだった。
「ラーム帝国の連中がどんどん街を広げてるせいで、いつまで経っても人手不足なんだ。どこ行っても何かしら仕事にはありつけると思うぜ」
少しだけ安心しかけた。が、次の瞬間、男は改めて僕の身体を見回した。
「……まぁ、お前、力仕事向きには見えねぇんだよな」
「……」
否定はできなかった。自分でも分かる。僕の身体は細いし、筋肉なんてほとんどついていない。毎日重い荷物を運ぶような仕事ができる気は正直しなかった。
そんな僕の様子を見て、男は少しだけ笑う。
「でもまぁ、力なんざ仕事してりゃ勝手につくもんだ。最初から立派な体してる奴ばっかじゃねぇよ」
慰めというほど優しい言い方ではなかったが、それでも少しだけ気を遣ってくれているのは分かった。
「そういえばお前さん、珍しい服を着てるよな。見たことねぇ布だし、縫い方も妙に細かい。昨日の胸飾りみたいに、買いたがる奴はいるかもしれんな」
反射的に制服の袖を握る。校章を手放した時とは違う嫌な感覚が胸に広がった。この制服は、もう僕が元の世界から持っている数少ないものだった。これを売ってしまえば、本当に何も残らなくなる気がした。
男はそんな僕の反応を見ながらも、特に気にした様子はない。
「まぁ無理にとは言わねぇよ。ただ、この辺じゃ珍しい物好きの商人も多いからな。紹介くらいならしてやれる」
そう言って、男は通りの先を指差した。
「あっちへ少し行った場所に、変わった物ばっか集めてる露店がある。古い装飾品だの、異国の布だの扱ってる奴だ」
小さく頷いた。気は進まなかった。でも、今はそんなことを言っていられる状況でもない。帰る方法はまだ何一つ分からない。それ以前に、まずはこの街で生き残らなければならなかった。
知り合いを作ること。仕事を見つけること。そして、少しでも手持ちの金を増やすこと。それが今の僕にできる、ほとんど唯一の行動だった。




