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第一部 第六章 帰りたい(4)


「イオリ! 先に行くからな、お前らも後から来いよ!」


 イグナが叫ぶ。子供たちを先導するように、そのまま地下通路へ飛び込んでいった。泣きながら振り返る子供。僕の名前を呼ぶ声。だが、立ち止まっている余裕はない。


 地下通路の幅は広くなかった。石造りの階段は薄暗く、人が二人並べば肩がぶつかる程度しかない。一気に押し寄せれば、すぐに人が詰まる。


「押さないで! 順番に!」


 ルクシアが声を張る。怪我人へ肩を貸しながら、人々を落ち着かせようとしていた。


「まだ通れますから! 慌てないで!」


 だが、その声にも焦りが滲んでいる。地下へ降りていく列は遅い。全員を逃がすには、まだ時間が必要だった。


 その間にも。教会の大扉へ叩きつけられる衝撃音は止まらない。重い音が、礼拝堂全体を震わせる。壁の燭台が揺れた。祈っていた女が小さく悲鳴を漏らす。子供を抱いた男が「まだか……!」と掠れた声を吐いた。


 そして。その時が来た。


 轟音。


 次の瞬間、教会の大扉の中央へ亀裂が走る。乾いた破壊音。割れた木材の隙間から、斧の刃先が僅かに覗いた。


「っ……!」


 誰かが息を呑む。その瞬間からだった。外側から、狂ったように何度も斧が振り下ろされる。木片が飛ぶ。亀裂が広がる。隙間の向こう、怒りに染まった目が覗いた。血走った眼球。獣みたいな呼吸。原住民だった。


「こいつら……!」


 護衛兵の一人が怒鳴る。亀裂へ向けて槍を突き出した。隙間の向こうから苦鳴が上がる。だが止まらない。次の顔が現れる。また斧が叩き込まれる。もう長くは持たない。


「みんな早く逃げて!」


 ルクシアが叫ぶ。怪我をした男へ肩を貸し、そのまま地下通路へ押し込むように導いていく。避難民たちも互いに支え合いながら地下へ続いていた。泣き声。呻き声。足音。地下から吹き上がる冷たい空気。


 その全てを。


 ばあん――!!


 凄まじい破壊音が掻き消した。


 大扉が砕けた。内側へ向かって巨大な木片が吹き飛ぶ。礼拝堂に悲鳴が響いた。


 原住民たちが一気に押し寄せる。


「止めろ!!」


 護衛兵たちが前へ出た。剣。槍。金属音。怒号。ぶつかり合った瞬間、礼拝堂が戦場へ変わる。敵は多かった。一人倒しても、その後ろから次が来る。獣の毛皮。血塗れの斧。狂気に染まった叫び声。護衛兵たちは必死に押し返していた。だが、少しずつ押されていく。


 鎧へ斧が叩き込まれる。血が飛ぶ。兵士の肩が裂ける。避難民の誰かが恐慌したように地下通路へ押し寄せ、階段近くで転んだ。


「落ち着け! 押すな!」


 怒鳴り声。泣き声。混乱が広がる。それでも護衛兵たちは倒れない。セレナは、その後方でなお癒しの力を使っていた。淡い光が何度も生まれる。兵士の傷が閉じる。だが、そのたびにセレナの呼吸が乱れていく。肩が上下する。額には汗が浮かんでいた。それでも彼女は次の怪我人へ手を伸ばす。


 僕は地下通路の入口近くへ立ち、避難民たちを背にするように木剣を構えた。心臓が激しく鳴っている。怖い。喉が渇く。足が震えそうになる。けれど、ここを抜かれれば終わりだ。


 その時だった。護衛兵たちの隙間をすり抜け、一人の原住民が礼拝堂の奥へ踏み込んでしまう。


「まずい!」


 誰かが叫ぶ。その先にいたのは、逃げ遅れた女だった。足を怪我しているのか、壁を伝うようにして地下通路へ向かっている。震える指で石壁を掴み、必死に身体を引きずっていた。


 その背後。原住民の男が迫る。血走った目。荒い呼吸。手には血の付いた斧。顔に貼りついた暴力を振るえる喜びの笑み。


 女が振り返る。その顔から、一瞬で血の気が引いた。


「ぁ……」


 声にならない声。


 身体が反射的に動く。だが遠い。避難民を守る位置にいた僕では距離がありすぎた。間に合わない。


 そう思った瞬間だった。白い影が視界を横切る。


「――下がって!!」


 セレナだった。


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