第一部 第五章 燃える街(7)
◆幕間
夜の街は、ひどく静かだった。
昼間は怒鳴り声と荷車の音で満ちている通りも、今は人影が少ない。河から吹く湿った風だけが、石と泥の匂いを運んでくる。
暗闇の中に、数人の男たちが立っていた。皆、黒い服を身に着けている。服の形はそれぞれ違う。港夫のような粗末な上着を着た者もいれば、外套を深く被った者もいる。だが色だけは揃えたように黒かった。その姿は、夜の影へ溶け込むようだった。
誰も喋らない。息を潜め、ただ待っている。
遠くで、かすかに鐘が鳴った。
次の瞬間。大通りの方が、にわかに騒がしくなる。怒鳴り声。駆ける足音。何かが倒れる音。風に運ばれてくる空気が変わった。
煙の臭い。
男たちの一人が、ゆっくり顔を上げる。建物の隙間から見える夜空が赤かった。火だ。どこかで火の手が上がっている。だが、まだ動かない。計画では、まだその時ではない。
通りの向こうを、帝国兵らしき影が駆け抜けていく。火事への対応に追われているのだろう。黒服の男たちは黙ったまま、その背中を見送った。
やがて、先頭に立っていた長身の男が、小さく顎を引く。肩まで伸びた金髪が、夜風に揺れた。それが合図だった。
黒服の影たちが動き出す。
街の外壁へ近づく足音は静かだった。外壁は古い。木材は雨風で黒ずみ、継ぎ足された石壁には細かな隙間が走っている。膨らみ続けた街に合わせ、何度も増築を繰り返した結果だった。その一角で、男たちは立ち止まる。
ひとりが壁へ手をかけた。鈍い音。次の瞬間、木と石が崩れ落ちる。外壁は最初から壊されていた。表面だけを取り繕い、外から分からないよう偽装されていたのだ。
崩れた隙間の向こうから、冷たい夜気が流れ込む。街の外の闇が、静かに口を開けていた。
その暗闇の奥で、槍の穂先がかすかに月光を反射する。低い息遣い。押し殺した殺気。次々と人影が現れる。獣皮を肩に掛け、槍や斧を握った男たち。その目は、夜の獣みたいにぎらついていた。
闇の中には、憎悪と狂気が待っていた。




