表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

第一部 第五章 燃える街(4)


「せいっ――!」


 乾いた木のぶつかる音が、夕暮れの港に響いた。


 西へ傾いた陽が倉庫の影を長く伸ばしている。昼間の熱をまだ残した地面からは、むっとした暑気が立ち上っていた。少し動くだけで汗が噴き出し、潮風が吹いても涼しいとは言い難い。


 続けざまにもう一撃。汗で滑りそうになる木剣を握り直しながら、前へ踏み込む。


「甘い!」


 イグナの木剣が横から弾き上げるように叩き込まれた。ガツッ、と鈍い音が響く。次の瞬間、僕の木剣が宙を舞い、乾いた土の上を転がった。


「くそ……っ、もうちょっとだったのに」


 肩で大きく息をする。喉が焼けるみたいに熱い。額から流れた汗が頬を伝い、顎先からぽたぽた落ちていった。向かい側では、イグナも木剣を肩に担いだまま荒く息を吐いている。


「危なかったぜ、今の。やるじゃねえか」


 港の仕事終わりにこうして稽古するのが、いつの間にか日課みたいになっていた。僕は転がった木剣を拾いながら苦笑する。何度も手合わせしているが、やはりイグナの方が強い。体格はそこまで変わらない。けれど腕力も体力も向こうが上だった。


 二人で倉庫の陰に座り込む。日差しが和らいだ。それでも熱気は残っている。潮の匂いと木材の匂い、汗の臭いが混ざった空気が辺りに漂っていた。


「最近やたら気合い入ってるよな」


 イグナは空を仰ぎながら言った。


「そろそろ冒険者になる決心ついたのか?」


「いや……そういうわけじゃないよ」


 僕は言葉を濁した。自分たちはもっと早くこの街を出るかもしれない。まだいつになるかは分からない。祠へ向かうのが一年後なのか、数か月後なのか、それすら決まっていない。だから、まだ話せない。もし期待させてしまったら。そんなことを考えてしまう。


 まずは体力をつけなければいけない。森を越え、渓谷を渡り、山へ向かうなら、今のままでは到底無理だ。剣だって扱えた方がいい。街の外に何がいるかも分からないのだから。具体的な目標ができたことで、自分でも驚くほどやる気が出ていた。金も必要だ。旅の道具も揃えなければいけない。セレナは聖女ではあるが、自由に使える金はほとんど持っていないらしい。なら、自分がどうにかするしかない。最近では、港へ出入りする商人たちの話も意識して聞くようになっていた。どこの道が危険か。北へ向かうなら、どんな装備が必要か。やるべきことはいくらでもある。


 そんなことを考えながら休んでいると、突然、船着き場の方から怒鳴り声が響いた。


「おい、ふざけんな!」「やれやれー!」


 野次まで飛んでいる。僕とイグナは同時に顔を上げた。船着き場の辺りに人だかりができている。腕っぷしの強い海の男が多い仕事場だ。酒も入れば喧嘩になることは珍しくない。


「……最近こういうの、多くない?」


 僕は眉をひそめた。数日前も似たような騒ぎがあった気がする。


「最近さ、なんか妙にピリついてんだよ」


 イグナは面倒臭そうにため息を吐いた。


「港の連中も、ちょっとしたことで揉めるしさ。帝国の奴だとか、島の奴だとか、そういう言い方する奴が増えたんだ。この前なんか、知らねえ奴に妙なこと聞かれたぜ。“お前、どっち側なんだ”ってさ」


「どっち側って……」


「知らねえよ。帝国の方か、島の方かって意味だろ。俺に聞かれても困るっつうの」


 孤児院には帝国出身の子供もいる。原住民の血を引く子供もいる。けれどイグナにとっては、そんなことは関係なかった。


「同じ飯食って、同じ場所で育ったのにな」


 イグナは空を見上げながら呟く。


「最近、変な空気なんだよ」


 港の方では、まだ怒鳴り声が続いていた。夕焼けに染まった海の上を、黒い鳥が一羽、鳴きながら横切っていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ