03 ピンクブロンドの子爵令嬢
「なっ……! なんで、そいつなのよ!?」
愛を乞われたピンクブロンドの子爵令嬢アリスではなく、黒髪の男爵令嬢レーミルの方が声を荒げた。
「レイドリック様! 騙されています! その女は……!」
「何を言う? 何も騙されてなどいない。私が愛しているのは彼女、アリス・セイベルだけだ!」
「な……」
レーミルがその言葉に驚愕する。
男爵令嬢でありながら自分が選ばれないことが『ありえない』とでも言うかのようだ。
そして鬼の形相をしてレイドリックが選んだ女、アリスを睨みつける。
だが、彼女はそれ以上の言葉を口にはしなかった。
納得はいっていない。不満はある。
だけど致命的な台詞は吐いていない……。
レーミルは、その線引きを確かにしていた。
高位貴族の令息たちに大商人の子、そして大司教の息子。
身分もあり、そして美形の男たち。
そういった男たちを狙いすましたようにレーミルは近付いて仲良くなってきたが、大きな問題にならないように、罪に問われないように見極め、振る舞っていたのだ。
それはレーミルが公爵令嬢アリスターの動向を警戒していたからだった。
彼女は、自身が思い描いたようには事が上手く運ばないと気付いた時、アリスターに冤罪をしかけようとさえ考えたことがある。
だが滅多に学園に現れないアリスターは、それだけでアリバイが保証されているようなもの。
そういった手でアリスターを貶めることは出来なかった。
だから慎重さも持つレーミルは、悔しげにアリスを睨むしか、この場では出来ない。
「騒がせたね、アリス。私のプロポーズを受け入れてくれるかな?」
「ええと」
レイドリックが甘く囁き、情熱を帯びた視線を向けるピンクブロンドの令嬢は、本当に困ったような顔を浮かべていた。
「あの、レイドリック殿下」
「ああ」
「お話を、あまり理解し難かったのですが」
「うん?」
「まず、プロポーズするのは……ある意味で分かります。殿下が私を選んでくれた事も」
「本当に?」
子爵令嬢に過ぎない身でありながら王太子からの求婚を『分かる』と宣うアリス。
その言葉にレイドリックは嬉しさを覚えて笑顔を浮かべた。
だが、彼女はさらに続ける。
「はい。ですが分からないことがありまして……」
「分からない? なんだい?」
多くの貴族子女たちの注目を集める中で、アリスとレイドリックはやり取りを続けた。
「なぜ、アリスター・シェルベル公爵令嬢との婚約を破棄する必要が? その意味が理解できません」
アリスがそう言った時。周りの人間は『なるほど』と頷いた。
きっと彼女は下位令嬢である自分の分を弁えているのだろう。
その上で。おそらくレイドリックの側室や愛妾になることを望んでいたのだ、と。
それが、まさかの未来の王妃になるはずのアリスター・シェルベル公爵令嬢との婚約破棄宣言だ。
さらにその流れでの求愛、プロポーズ。
まさかレイドリックは自分を王妃に据えるつもりなのか、と。
だから婚約破棄が理解できないと彼女は訴えたのだろう。そう彼らは思う。
「アリスターは王妃には相応しくない。いや、私が愛した彼女ではなくなってしまったんだ」
「レイドリック殿下が、愛した、彼女ではない……」
「そうだ。そのことを私に気付かせてくれたのは……他の誰でもない。キミだ、アリス」
「私が、ですか?」
「ああ! 私は、アリスの愛らしい笑顔に、自由な考え、そして行動力を好きになった。
私が本当に愛しているのは……アリスターじゃない。アリス、キミなんだ」
情熱的な告白。
その言葉は偽りではないと誰もが感じた。
たしかに王太子の愛はピンクブロンドの子爵令嬢に注がれている。
この場に居さえしない赤髪の公爵令嬢には、その愛を阻むことさえ許されない。
「……ありがとうございます」
「じゃあ!」
「ですが」
告白に感謝を返したアリスに喜色を浮かべるレイドリック。
だが、その高揚はすぐに否定された。
「もう一度、尋ねます。レイドリック・ウィクター王太子殿下。
貴方の婚約者は、アリスター・シェルベル公爵令嬢です。
彼女……、との婚約を、貴方は本当に破棄しますか。
そのことを望むのですか?」
「ああ! 私の妃に据えるのは……キミだ。アリス」
「その言葉を、この場に居る皆さんの前で誓えますか? 王族として。かの令嬢との婚約破棄を」
アリスの言葉にざわめく周囲。
それは王太子であるレイドリックに致命的な言葉を言わせる誘導だ。
たしかに既に愚かな言動をしているが、それをさらに致命的なものにしようなどと。
王太子の想い人だろうが、力尽くででも止めさせるべきなのか。
周囲の人々は止めるに止められない状況に陥っていた。
「もちろんだ。王族として誓う。
私は、アリスター・シェルベルとの婚約を破棄し、そしてアリス。キミを妃に願う!」
レイドリックは改めて宣言した。もう既に取返しのつかない言葉を。
誰かが王家に、或いは公爵家に伝えれば、王家と公爵家が仲違いすることになる。
或いはレイドリックは一時の謹慎処分を言い渡され、何事もなかったようにアリスターを王妃に据えるのか。
学園での彼の振る舞いは広く知れ渡っている。
王家は今までそれを放任していたのだ。そしてシェルベル公爵家も沈黙してきた。
つまり王太子が女好きでいることは黙認されている。
誰もが『もしかしたら、このまま……?』と現状を傍観していた。
ピンクブロンドの子爵令嬢が王妃になるか、側室や愛妾になるかは分からない。
或いは、収まるべきところに収まるのかもしれない……。
「私の真実の愛を受け入れてくれるかい? アリス。愛しいアリス」
情熱的に。本当に愛情を込めた目で。
レイドリックは再びアリスに愛を乞う。
当然、返される言葉は『イエス』に違いないと誰もが信じた。
……だが。
『彼女』の返した言葉は。
「──婚約破棄、承りましたわ。レイドリック・ウィクター殿下」
「…………は?」
ピンクブロンドの子爵令嬢、アリス・セイベル。
彼女はそう答えた。