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偽りのピンクブロンド【WEB改稿版】  作者: 川崎悠
ピンクブロンドのヒロイン(改稿済み)

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【02】悪役令嬢の転生

 私、アリスター・シェルベルは、ウィクトリア王国シェルベル公爵家の長女だ。

 王立学園に入学するのは十六歳になる年度だから、来年の四月。およそ半年後。

 十二歳の頃にレイドリック・ウィクター殿下と婚約して今は十五歳になったばかり。

 だから、三年間ほどレイドリック殿下とは婚約者同士の関係だった。


 殿下との縁は家同士の政略であるものの、私は彼のことが好きだった。

 その態度や表情から殿下もまた私に好意を抱いていたと思う。

 月一である定期のお茶会で顔を合わせる時も互いに好意を隠してはいなかった。

 ……だけど、レイドリック殿下との関係はこの半年で変化している。悪い方に、だ。


 きっかけとなるような出来事は私たちの間にはなかったと思う。

 あるとすればレイドリック殿下が学園へ入学されたことだろう。

 彼が学園に入ってから半年。

 だんだんと疎遠になっていくレイドリック殿下との関係に私は寂しさを感じていた。


『きっと学園生活が忙しいの』

『私が入学したら以前みたいになる』


 そんなふうに今まで私は考えていたのだけど、それは甘い考えだと思うようになった。

 殿下との関係が冷え込み始めてから、すでに半年が経っているのだ。

 今では定期のお茶会にさえ殿下は顔を見せなくなった。

 これでは関係修復への希望が削ぎ落されていって当然だろう。

 それに加えて私は今、新たに生じた別の『大きな問題』に直面していた。


「私はアリスター・シェルベル。ウィクトリア王国のシェルベル公爵令嬢……だけど」


 深く溜息を吐いてから自室にある大きな鏡の前に立ち、全身を鏡に映す。

 薔薇のような深紅の赤髪と、ワインレッドの瞳。美しい顔立ち、整った体型。

 可愛いというよりは美人系の見た目だろう。そのためにキツい印象もある。

 二年以上の王妃教育を経たことで、より高位貴族らしい振る舞いをするようになった。

 それが私、鏡に映るアリスター・シェルベル。


「……『私』には前世の記憶がある」


 そう、そうなのだ。前世の記憶があるみたいなの、私。


「私は『転生者』だ。それもこの国、この世界から来た者じゃあない」


 異世界からの転生者。それが『私』だった。

 これが殿下との関係以外に新たに生じた、私が抱える『大きな問題』だ。


「……異世界転生、本当にこんなことあるのね」


 我が身に起きたことながら、何だか他人事のような感想が浮かんだ。

 だって、ねぇ?



 前世の『私』は日本人だった。

 現代と表現していいのか。

 あちらの世界ではスマホやインターネットがある時代の日本だ。

 私はその時代の日本の平民というか一般人だった。

 今世のように公爵令嬢などの大層な身分ではなかったと思う。

 『思う』というのは前世の私の個人情報部分が曖昧だからだ。

 どこの出身で、名前は何といって、どう暮らしていたのか、そのすべてが曖昧なまま。

 ただ、現代日本で生きていた頃のことを前世の記憶として思い出したのだ。


 始まりは三日前の朝だった。

 私はいつも通りに公爵家の邸宅にある自室で眠っていて目を覚ますと『あ、私は日本で生きていた記憶がある』と当然のように頭の中にその記憶があった。

 混乱もしたし、若干の熱や頭痛もあったけど、今世の私は優秀な脳みそを持っているらしい。

 それらの情報は意外とすんなり処理され、もう熱も頭痛も治まっている。


「だけど『私』はアリスターよ」


 前世の記憶がある。

 だけどパーソナルデータ、人格はどうもアリスターのままのようだ。

 これは別人による『憑依』というより『転生』が正しい。

 私が私であること、アリスター・シェルベルであることは損なわれていないのだ。

 昨日までの記憶もあり、考え方や価値観も実感として持っている。

 公爵令嬢アリスターに前世の記憶を新たに付け加えた状態。それが今の私だった。


「だからってどうなるものでもないのだけど」


 この三日間で私が悩んでいたのは私が本当に私なのかどうかだった。

 だって憑依だったら怖いじゃない?

 本物の魂がどこかに押しやられているとか。いわゆる『中の人』状態だ。

 でも、どうもそういう感じではない。

 私は間違いなく三日前までの私と連続している。


「私はアリスター・シェルベルよ。誰になんと言われようとも」


 前世の記憶は文字通り『私の前世』ということで、これから先も自信を持って生きていきたい。

 まず今世で得た記憶の方が『重い』もの。重いというか量があるというか。

 公爵家の長女、かつ王子の婚約者である私には学ぶことが多かった。

 それはきっと普通の女子高生を経て普通に生きていた現代の『私』よりも厳しい教育だ。

 一般家庭の一般人であった前世と、今世の私とでは、あまりにも差がありすぎる。

 記憶・学力勝負をしたら今世の私が圧勝してしまうほどだろう。

 だから私は憑依した現代人ではなく、あくまで『前世持ちのアリスター』だ。


 ええ、改めまして。よろしくお願いしますわ。

 今世で私の暮らす国、ウィクトリア王国。

 私、アリスター・シェルベルは現地の人間として、きちんとこの世界で生きていきますから。



 前世の記憶による余計な悩みと考察で時間を取られていたが、私には元々の悩みがあった。

 それがレイドリック殿下との関係だ。

 彼は学園に入学してから私とは疎遠になっている。

 手紙の頻度は下がり、今では一通も来なくなった。私から送っても返事が来ないのだ。

 そんな彼と今日は定例のお茶会だ。

 憂鬱な気持ちで私は部屋の窓の外を眺め、空を見上げる。

 以前までの私であれば久しぶりに殿下に会えることに喜びを感じていただろう。

 でも、今の私は現状に疑問を抱いている。

 どう考えたっておかしいだろう、と。


 まず、久しぶりに会うってなんだ。婚約者だというのに。

 手紙の返事がまったく来なくなったのは異常事態だろう。

 なぜ、今まで誰もこのことを問題にしていないのか、私自身も含めて疑問だ。


「とにかく行かなくちゃね……」


 気が乗らないと思いながらも、それでも私はこの半年のことが嘘みたいに以前のような関係に戻れる希望を捨て切れない。

 だって私はレイドリック殿下のことが本当に好きだったのだ。

 だから、どうか今日会えば、また以前のような彼であってほしいと願ってしまう。


「どうせ無理なのでしょうけど……」


 自分にそう言い聞かせて、できる限り心が痛まないように予防線を張っておく。

 そんなモヤモヤとした気分を抱えながら私はお茶会へと出かけるのだった。



 公爵家の馬車に乗って出かけ、しばらくして王宮へと辿り着く。

 王宮の中庭に案内されて茶会の席に座った。

 だが、そこにレイドリック殿下の姿はない。


「……これで三回目、ね」


 この半年、私がレイドリック殿下とお茶会で出会えなかった回数だ。

 すでに二回、こうして予定をキャンセルされている。

 今まで彼は学園が始まって忙しいのだと私は思っていた。


 だが、どうだろう。

 いくらなんでも一連の流れは『おかしい』と私は気づいてしまった。

 これも前世の記憶の影響だろうか? 精神年齢が少し上がったのかもしれない。


「レイドリック殿下は今日、何か別に予定がおありだったの?」


 私は、そばにいたレイドリック殿下付きの王宮使用人に尋ねる。

 彼は私の問いかけに恐縮して震えた。

 まるで私が悪いことをしたみたいに感じる。


「別に怒ってはいないのよ。ただ確認しただけだから。それで? 殿下の今日のご予定は?」

「いえ、私はお聞きしておりません……」


 ……本当に一体何のつもりなのだろう。

 レイドリック殿下。私の初恋相手。

 私は、しばらく見ていない婚約者の顔を思い浮かべる。


 レイドリック・ウィクター、王子……?

 そこで私は、あることに思い至った。

 え、ちょっと待って?


『王太子』レイドリック・ウィクター。

『王弟』サラザール・ウィクター。

『近衛騎士』ロバート・ディック。

『次代宰相』ジャミル・メイソン。

『王家の影』ヒューバート・リンデル。


 その他多数の男性たち。頭の中に思い浮かぶ顔と名前。

 それは、その姿と名前は……攻略対象(・・・・)……だ?


「え、待って、待って。つまり、ここって」


 私は一人で愕然としてしまった。

 私には前世の記憶がある。前世の私は現代日本の一般人女性だ。個人情報は曖昧。

 けれど、その中でかなり強烈な記憶が残っている。

 それは乙女ゲーム『レムリアに咲く花のように』の記憶。


「……私、『悪役令嬢』アリスター・シェルベルだ」


 この国、ただの異世界じゃない。私、ただの公爵令嬢じゃない。

 ここは……乙女ゲームの世界だ。

 そして私は破滅する予定の『悪役令嬢』だった。


※2026年6月11日に改稿しました。

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