ちょっといっぷく
「間にあったああああああ……」
小さな町の冒険者ギルドの中。息を切らした3人は、報告カウンターの職員にクエスト報告を済ませた。
「ベアウルフに追いかけられていた時は息切れなんてしなかったのに……」とぼやくが、報告カウンター担当の秘書風の職員は「戦闘中の場合は状態異常にならない限りは息切れにはなりませんが今回は非戦闘でしたので息切れの状態異常が発生したと思われます」と淡々とした対応をし、薬草採取クエストの報告を受け取り、報酬の僅かな金(600コリン)と回復薬の小瓶を差し出した。
「お客様、本日の宿泊は如何なされますか?」
報酬の金を受け取ろうとカナメが手を伸ばすと職員は尋ねた。
「しゅくはく……ってあ、そっか、私達家が無いんだ」
「魔獣と一緒のご宿泊ですと4人部屋一泊150コリンになります。現在2階の1室に空きがございます。現在宿泊されるお客様が多くいらっしゃいますので、今を逃すと宿泊場所にお困りになるかもしれません。
よろしければそちらも手続き致しますがいかがなさいますか?」
冒険者ギルドに併設された宿屋は低レベル冒険者には少々痛い出費になるが野宿をして襲われる心配は無いし、例え町にモンスターが襲ってくるような事態になったとしても、町の宿屋よりも腕の良い冒険者が泊っている事も多く安心できる。
何より、この世界に来て一日目だ。ただでさえ初めての事が沢山あったのに、その日の夜にトラブルに巻き込まれるなんて遠慮したい。
そう思うのはカナメだけではないようで、リオとヨムは「どうする?」と言いかけたカナメの言葉を遮るように「お願いします!」と声を張った。
「かしこまりました」と職員は頷くと報酬の600コリンから150コリンを抜き、木製のトレイの上に450コリンを載せ、差し出した。
「一泊分の料金を徴収し、報酬金は450コリンとなりました。ご確認ください」
「ありがとうございます」
「なお、一泊の料金内に食事等は含まれておりません。お食事の際は夜市へ足を運んでいただくか町の酒場、もしくは当ギルドでして戴きますようよろしくお願い致します」
2階の突き当たりの部屋をとり、職員から鈴蘭の意匠の付いたハンドベルのような形状のカギを受け取る。扉の前で鳴らすと扉のカギが開く仕組みのようだ。
とりあえず、休むついでに今後の事も相談しよう、と3人は2階の部屋へと向かった。
突き当たりの部屋の扉の前にベルと同じ鈴蘭が描かれており、カナメはベルを振る。
――リリィ……ン……
微かな音がベルから零れるとカチャリ、とカギの開く音がし、扉がひとりでに開いた。
「あぁぁぁぁ……やっと休めるぅぅぅ……」
部屋の中には木製のベッドが4つ並び、各ベッドの間には仕切りとなるようカーテンが備え付けられていた。
そのうちの1つにリオが飛びこむ。
やわらかく、硬すぎない弾力のマットが心地よく、金額としては痛手かもしれないが今夜気持ちよく眠る為には申し分ない。
「ほらほら、まず報酬金の分配をするよ」
ぱんぱん、と2度手をたたき、カナメはベッドの上に報酬金と回復薬の小瓶を並べた。
「450コリンを3人で割ると一人あたり150コリンね」
どうやら職員は分配がしやすいように丸い銀貨と穴の空いた銀貨を混ぜて出したらしい。
丸く銀色の100コリン硬貨、穴のあいた銀色の50コリン硬貨がそれぞれ3枚ずつになっていた。愛想は無いが仕事の出来る職員のようだ。
「4人部屋の宿泊が150コリンなのか、1人当たりの宿泊が50コリンなのか……解んないけどねぇ」
ヨムは50コリン硬貨の穴から部屋をぐるりと覗き、自分の取り分をアイテムバッグにしまう。
「私とオニキスのベッドはこっち~!」
『ぎゃむぅ!』
空いているベッドへオニキスと飛び込み、枕に顔を埋めるヨムにカナメは慌てた。リオもヨムも疲れていると思うが、寝る前に疑問点はすり合わせておきたい。
「待って、まだ終わってないんだから。今日の事で気になる事、あるでしょう?」
「王様からもらったスキル諸々について?」
「あとは、テイムのスキルを取得していないのにオニキスが私の従魔になってる謎について?」
ベッドの上にゆるく正座をし、ヨムは眠たげにあくびをするオニキスをつついた。
「それもあるけれど……チュートリアルって大抵他のイベントとは混ざりあわないものっていうイメージがあるのよね」
腰のベルトを外し、カナメはベッドの横に備え付けられた棚にロンダルから貰った剣を置き、言葉を続ける。
「今まで最初に貰えるスキルで目星を取得した人が起こるイベントなのかしら?とか、色々考えちゃうのよ。
ねぇ、ヨム……急に居なくなってしまった時っていつもの『なんとなく』なの?」
「なんとなく、といえばそうなんだけど……その時はぼんやりとした『こうするべき』っていう考えが『こうしないと!』に変わった感じかなぁ……」
「何かを受信した、みたいな感じ?」
「多分……?それがきっと『オラクル』ってスキルの効果なのかもしれない。レベルが上がればもっとはっきりとした言葉……みたいなものを受信できるのかなぁ?」
ヨムは首を傾げると自分のステータスを表示し、所持スキルの欄を開いた。
スキルは使う毎に経験値が溜まっていくらしく、オラクルの文字に触れると僅かに経験値が溜まっている事を示す経験値バーが表示された。目星と隠れるも同様の経験値バーが表示されたので自分の意志で経験値が溜まる、というものでは無いようだった。
「無意識でもスキル効果が発動する事があるみたいだねぇ」
「私の地図スキルは使うっていう意思に反応して起動したから、無意識のものとそうじゃないものがあるのかしら」
カナメも同様にステータス画面を開き、スキルを確認する。
ベアウルフと遭遇した時に使用した堅牢、ヨムを探す時に使用した地図作成のスキル経験値はヨムのスキルと比べると取得経験値が多く見えた。経理に至ってはヨムのスキルと同様ほんの少し貯まっている、という具合だ。
「もしかしてこの少しの経験値はさっき報酬を皆に分配したから……?」
3人が今日振り返って得た事は。
・スキルは無意識に使うものとそうでないものがある。
・スキルを使うものが使う事を認識するとスキルの経験値が多く貯まる。
・テイムスキル未所持でもモンスターが仲間になる場合がある。
・所持スキルによって意図せずイベントに巻き込まれる事がある。
の4点だった。
そしてこれからの課題として。
・自分が何をしたいのか、何になりたいのか目標を決める事。
・安心と安全を買う為にクエストはこまめに受ける事。
以上の2つを改めて認識したところで3人は物価等を確認する為に夜の市場、通称夜市へ向かう事にした。
オニキスは眠気に耐えられなかったのか熟睡してしまったので、ベッドに寝かせてこっそりと部屋を後にして。
冒険者が多く訪れる町では週に何度か夜市が行われるという。
町の中心部である広場には夜市には数多くの屋台が立ち並び、様々な種族が店を構え、客を呼び込む声がとても賑やかだ。
「モウス牛の良い肉が入ってるよー!!串焼きどうだいー!」
威勢の良い声で客を呼び込む虎の獣人男性の店にはスパイシーな香りの厚切り牛肉が何枚も串に刺され、肉の焼けた匂いが鼻先をくすぐる。
モウス牛の串焼き1串30コリン。
「ハブル鶏の卵!産みたて新鮮だよーー!!」
ブチ模様の半猫獣人の女性が「プリンもあるよー!」と道行く冒険者や住人に声をかけ、父親とプリンを買いに来た幼い子供にプリンと「おまけだよ」と頬笑みクッキーを渡す姿も目に入る。
産み立てハブル鶏の新鮮卵。1籠に15個入って50コリン。
甘くとろけるハブル鶏のプリン1つ20コリン。
「蒸したポタト!熱々で美味しいよー!自家製バターをのせて食べると最高さねー!」
頭に花を咲かせた小柄な老婦人も周りの店に負けないよう声を大きく張り上げる。
ほっくり蒸されたポタバター 1つ15コリン。
他にも様々な食べ物屋台、魔法道具屋、服屋、武器屋などが軒を連ねている。
駆け出し冒険者の3人にとって夜市の食事はお手頃価格、と言われていたとしても財布の紐を締めなければあっという間になくなってしまう額だ。
「ねぇ、私思うんだけど」
最初に口を開いたのはヨムだ。
「明日は私達、今日始めた頃よりも強くなっているから、薬草採取クエストも簡単に出来るんじゃないかなって思うのね」
「まぁ……レベルも3になったし、オニキスがいたらレベルも私達より高いし、スライムやツノラビ相手でも楽に出来るだろうね」
「え……ヨム、まさか……」
ヨムがなにを言おうとしているかを把握したリオは「まさか」と言いつつも瞳を輝かせた。
「初めての冒険祝いに、ぱーーっと買って、食べちゃおう!!もう私お腹すいちゃった!!お肉食べたぁい!!私、お肉類買ってくる!!リオはご飯系とかパン系とかよろしくね!カナメちゃんは飲み物系とかデザート系お願いね!買ったら宿屋の部屋に集合ね!!」
「了解!!」
そう早口で言うとヨムは肉の串焼きの店へ走っていく。隠れるのスキル故か人ごみにまぎれ姿が見えなくなってしまった。
そしてリオも元気よく返事をすると半猫獣人の特性を生かして俊敏な動きで屋台へと走っていく。
残されたカナメは見えなくなった友人2人の行動力にほんの少し引きつつも初めての冒険のお祝いをするべく、フルーツジュースを扱う屋台へ足を進めた。
「お!いらっしゃい!お嬢ちゃんさてはこの世界に着たばかりだろう?」
モウス牛の串焼きの屋台でヨムは店主の言葉に首を傾げた。
「何で知ってんのか?って顔してんな……レベルが上がるとスキル一覧の中から新しく覚えるスキルを選べるだろう?俺はそれの鑑定を持っているんだよ。」
「鑑定のスキルを持っていたら、その人がこの世界初めてって解ってしまうもの?」
「まぁ、わざわざ自分が相手のステータスを開く時はメインメニューを開いたりなんだりで一々手間がかかるが、鑑定をとれば相手のレベル、装備品、所持スキル位は解るようになるな。モンスターに使えば倒した時に手に入るアイテムが解る。洞窟や遺跡を探索して手に入れた鑑定不可のアイテムもその場で鑑定可能ってんで便利なスキルではあるな。おねーちゃんの裸は見れねえが」
「んん……?」
「い、いやぁ、レベル3って事は、だ!!チュートリアル中にスライム数匹とツノラビ倒して薬草採取クエを終わらせたってところだろうとおもったのさ」
怪訝な顔付になるヨムに「何でもねえよ!」と店主は言い「これでも喰いな」と厚切り肉を包む。
「この世界は良いよな、プレイヤーだろうがNPCだろうが自分のなりたい者になれるんだ。俺は料理人として各地を旅しながら食材になるモンスターを狩って、こうして夜市で店を出しているんだ」
「戦闘ジョブじゃないのに、モンスターを狩れるんですか?」
「これが俺の相棒よ」
店主は誇らしげに精肉用包丁……ブッチャーナイフを取り出す。
「俺は料理人になりたくてこの世界に来たんだ。料理人のジョブレベルしか上げてねえが戦闘は主にスキルで補っている。
例えば剣術スキルは武器が包丁でも使用可能であるし、魔法使いでなくとも魔術スキルさえあれば簡単な魔法は使えちまう。刀砥ぎのスキルがあれば暫くダンジョンに籠もっていても道具の手入れは出来るし食材は現地調達、水さえありゃなんとかなる。って感じだな」
「へぇ……戦う料理人って感じなんですねぇ」
「そういう事。この世界が判断した俺の今のジョブ名は野生の料理人。安直すぎる名前だろ?単独で長期間ダンジョンに籠もり生還した料理人って概要に書いてあるが、アバウトすぎるんだよな、コレ」
店主は自らのステータス画面を開き、ヨムに見せた。
[名前:テツガン
種族:虎獣人
ジョブ:野生の料理人 レベル45
所持スキル:鑑定・刀砥ぎ・剣術・魔術・調理・探索・サバイバル・手さばき・水泳・組みつき]
「おぉ……スキルがいっぱい」
「スキルについては他の奴がどうかは知らないが、自分が必要だとおもうスキルさえとってりゃ問題ないと思うぜ。
ところで……注文はなんにする?」
「長話をするのが俺の悪い癖なんだよな……」と苦笑するとテツガンはヨムから串焼きの注文を聞き、先程の厚切り肉と共に持ち帰り用の袋へ詰めた。
「それじゃあな、ありがとさん」
気の良い店主に見送られ、ヨムが宿屋へ戻るとすでに2人は帰ってきており、起きた時に誰も居なかったのがショックだったのか不機嫌そうにヨムを睨みつけるオニキスが居た。
『ぎゃむぅ……』
猫のような目でギロリとヨムを睨みつけていたオニキスだったが、とたとた。と小走りで駆け寄るとわしわしとヨムの服をよじ登り、肩の上に落ち着いた。
「おかえり、ヨム」
「オニキス、ヨムが帰ってくるまでずっと部屋の中で鳴いてたんだよ?この宿屋、防音結界の魔法がかかってて良かったね」
気疲れからかカナメとリオは大きくため息をつき「さ、食べよ食べよ」と袋の中身を取り出した。
リオが袋から取り出したのはチャパティのようなナンの一種だった。
「ヨムはお肉を買ってくるって言ったでしょう?お店の人がね、これを半分に切って、お肉を挟むと美味しいよーって教えてくれたからコレにしてみたの!サンドイッチみたいだし、こういうの移動中も食べられて便利そうだなぁって思って。こういうパン?ナン?みたいな物の事を此処ではチャパテイって言うんだって。ついでに調理用の小さなナイフも買ってきちゃった」
リオは小さなナイフでチャパテイを半分に切ると切り口をパカリと広げた。ポケットのような形状のそれは具を詰めやすく、具が落ちにくそうで食べ歩きにも適しているように思えた。
「私はコレ!フルーツジュースと水果物の籠盛り!」
赤、オレンジ、紫の液体が水まんじゅうのような物体の中に収められており、水まんじゅうにはストローが刺さっていた。
水まんじゅう、と形容したが、リオもヨムもこの形状はこの世界に来て何度か目にしたし、倒したから知っている。スライムだ。
「お店の人が言うにはスライムの素材って耐久性もあるし、水漏れしないからこういう飲み物の持ち帰りに適しているって言ってたよ」
「私……今回のコレが一番衝撃的だったかも」
「スライムをジュースの持ち帰りにするって発想中々出来ないよねぇ……」
「ええい!ともかく!今日を無事に乗り切った事を喜びましょ!!かんぱーーい!!」
「「かんぱーーーい!!」」
こうして3人と1匹の異世界最初の夜は更けて行くのであった。




