ロンダルの誉れ
カナメは見覚えのない奇妙な場所で寝かされている事に驚いた。
壁面は幾重にも青々としたツルで覆われており、その壁には大小様々な大きさの窪みが幾つかあり、カナメが寝かされていた場所もその窪みの1つだった。
丁重な扱いをされていたのだろう、と感じたのは敷布団代わりに柔らかく鞣された獣の皮が敷かれていた事、素材が解らないが軽く暖かな織物が掛布団として使われていた。
大きな獣が現れて、ベオウルフとの間に入ったのは覚えているが、その後の記憶がない。
このゲームを開始して初めて意識を失ったので、もしかしたら此処が蘇生場所なのかもしれないが……。
場所の確認をしようとカナメはマイバッグからマップを取り出してみたが、開かれたマップには「???」とされた地名。その下に小さく『地図作成のレベルが足りません』と赤字で表示されていた。
「此処……どこ?」
口からこぼれた言葉が耳に入ったのか、カナメの頭上で何やら生き物が動く気配がした。
思わず腰の剣に触れようとするが……無い。
辺りを見渡すとカナメが横になっていた辺りの枕元にベルトと共に丁寧に置かれていた。
(こんなどこかも解らない場所でモンスターに襲われたら大変じゃん……!!)
「カナさん?!起きたの?!」
警戒するカナメとは対照的に聞こえた声は明るかった。
声の主は「よいしょ」と種族の身軽さを利用し、頭上の窪みから壁を伝い降りてきた。
「リオ!!」
「おはよっ」
「おは……よう?ねぇ、ヨムは?」
「あそこだよ」とリオがカナメの隣の窪みを指さすとそれに気付いたヨムが手を振った。
「上から下には行けるんだけど……横を伝っていくのが難しくって」
頬を膨らませながらリオは手の爪を出したり仕舞ったりを繰り返す。種族の脳直はこの世界に来たときに体の動きの1つとして認識されるようだ。
――目覚めたか、客人よ。
穏やかな声が一帯に響く。
――我はこの国一帯を支配する森の王、名をロンダルと申す。
窪みから数十メートル離れた座に1匹の大きな獣が現れ、優雅に座った。
先程ベアウルフと3人の間に割り込んできた大きな獣だ。
――お主らに礼を申さねばならぬ。しかし、近づけば主らは我の威圧に耐えられぬ故距離をとらざねばならぬことと相成った。大変申し訳ない。
穏やかな威厳のある声に3人は正座し、背筋を伸ばした。
「あのう……」
最初に口を開いたのはヨムだった。
ぴん、と挙手をし、言葉を続けるべきか、その眼は獣……ロンダルをしっかりと見つめている。
――何だ、幼き人の子よ。
「畏れ多くもお聞きします……王よ、何故、私たちにこのような場所を用意してくださったのですか?」
――ほう、理由に検討がつかぬ、と?そちらもか?
ロンダルの鋭い眼光がヨムからカナメ、リオに向けられる。
「畏れ多くも、私達は王様に助けられたことは理解しております。
……ですが、レベルも低く、名声もない私達を手厚く迎えて下さる事につきましては……」
「全く、わかりま……せん」
カナメの言葉に続き、リオもうんうん、と頷いた。
3人のおびえた表情が見えるのかロンダルは心底愉快そうに笑った。
――ふ、はははははっ!! 良いか?弱きものよ、お主らは人間とベアウルフの関係を守ったのだよ。
「守った?」
――さよう。16年に1度の三色満月の日1日を除けば多くのベアウルフは穏やかな気性をしており、人の住む集落付近に住むベアウルフは人を襲わぬ。
それどころか付近の町とは協力関係にあるのだ。モンスターから町の治安を守っているのはベアウルフ族であるからな。奴等が森から出ればかような小さな町は潰えていよう。
しかし、だ。お主らはチュートリアルの薬草採取クエストの途中だったのであろう?草原で薬草を採取するのみのクエストだが、何故森へ足を踏み入れたのだ?
カナメとリオの視線がヨムへと注がれ、ヨムははぁぁぁぁ……と大きな溜息をついた。
「なんとなく、そっちに行くと良い気がしたんだよ……」
『なんとなく』現実世界でもヨムはいわゆる野生の勘、というかなんというか、妙な直感を信じて進み、道に迷う事が多々ある。大抵は欲しかった本や雑貨が売られている店を見つけたりだとか可愛いカフェを見つけたりという恩恵もあるが、帰り道を覚えていなくて迷ってしまった事も多い。
その『なんとなく』はVRではないゲームでも発揮され、いわゆるシュミレーション恋愛ゲームをやらせれば『なんとなく』でプレイし、隠しキャラとエンディングを迎える。という珍妙な特技でもあった。
カナメもリオもヨムの言う『なんとなく』から引き起こされる様々な事に長年付き合わされているものだから、初日である今日は「大丈夫だよね?」と逐一確認してきたつもりではあったのだが。
急に消えるのがヨムの悪癖でもあった。
その悪癖が今回授与されたスキルによって強化され、格段に性質が悪くなってしまったのだ。
カナメの得たスキルの地図作成が無ければ無事に解決できた。とはとても言い難い。
ロンダルには聞こえないほどの声量で言ったつもりのヨムだったが、しっかりと聞こえてしまっていたらしい。
――ぶはーーァァア……ッっはっはっは!! 何となく、何となくであるか!!!
吹き出し、引き笑いをしているロンダルにヨムは段々と恥ずかしくなってきた。
カナメとリオをチラリと見るが「そうそう、コイツはそんなやつなんですよ……」と頷く2人にあとで何か言ってやろうと思うが、自分に否しか無いので何も言えないし、ロンダルは相変わらず「なんとなくであるか!!」と何がツボにハマったのか知らないが大笑いしている。
――良い、実に良い。理に縛られぬ思考……実に面白……い……っ
もはや威厳を保とうとしているのか震えがとまらないのか解らなくなってきている。
肩を震わせて笑っているのが遠目でもわかった。
――………………っはーー……主が「なんとなく」で進んだ先で見つけ、救ったのが我の子である。
「あの子が?」
――三色満月の日には我の子が春の綿毛のように数多く旅立つ故そやつは数千の中の一匹ではあるが、我の可愛い雛である事は変わらぬ。その事に関しても礼を言わせて頂きたい。感謝する。
ようやく呼吸が整ったロンダルは三人へ優雅にお辞儀をした。
――その後の事も全て見ておったよ。力を合わせ懸命によき道へ進もうと知恵を出した事も。故に我はお主らに力を貸したのだ。
弱き人の子よ。お主らに森の王である我の加護を与えると共に人と魔物との共生を守った誉れとして願いを1つ叶えよう。




