なんとなくで進むもんじゃない
「もうやだあああああああ!!!ヨムのおバカああああああァァァァア゛!!!」
か細くもよく通るリオの言葉が薄暗い森の中に轟く。
「ごめぇぇぇぇん!!!」
「謝るのは後!!こんな所で死んだら蘇生して貰えるかも解らないんだから!!その子、離しちゃ駄目よ!!!」
涙交じりの声でヨムは脇を走る二人に謝る。
「離さないように」と指示したカナメはチラリとヨムが両腕で抱えた魔獣の子供に視線を向けた。黒地に白い縦じま模様の魔獣の子供は大分毛深い大型のネコ科動物を思わせる体躯。口元はワシやフクロウなどの猛禽類のように肉を食すのに適したクチバシが鎮座していた。そして、「その子」は後ろ脚の太ももにあたる部分に大きな爪で引き裂かれたような裂傷があり、ヨムの手のひらにじんわりと血が伝っていくのが見て取れた。
グルアァァァァァ!!!!
事の発端は薬草採取クエストを受注した後の事。
3人は時々遭遇する水まんじゅうのようなスライムとツノラビとよばれる角の生えたウサギを倒しつつ薬草を採取していた。
レベル1が3になり、そろそろ薬草も集め終わるかな、とカナメが一息ついた時、ヨムの姿が見えないのに気付いた。
ヨムは元々重度の方向音痴な所があり、戦闘中も薬草採取の間もきちんと傍にいるか、とリオもカナメも確認はしてきたつもりだったのだが、このほんの数秒の間にヨムは姿を消してしまった。
「リオ……もしかしてと思うけれど……ヨム、知らない?」
「え?ヨム?さっきまで隣に……う゛ん?!」
ン゛ッとリオの息を飲む音が聞こえ、カナメは大きな溜息を全身で吐いた。
普段からヨムは「なんとなくこっちな気がする」と言い道を逸れる事があったのだが、その場合はすぐに見つけ出す事が可能だし、そもそも一緒に迷うだけなので特に問題は無かったのだが。
先ほどのスキル授与でヨムが手に入れたのは[隠れる、オラクル、目星]だ。
つまり、カナメとリオの気付かないうちに目星のスキルで抜け道を見つけ、なんとなく。でそこに入り込んで隠れてしまった。のだろう。
ヨムを探し出せるスキルはあるか?とカナメは頭を抱え、自分のスキルを確認した。
堅牢は戦闘中に確認済みだ。敵からの敵視を仲間に流さない効果と、自分にかけた補助魔法の効果を同時間味方にかける事が出来るものである。
経理……は恐らく金銭管理に必要なのだろう。この場での使い道は解らない。
そしてもう一つのスキルは地図作成。正直メインメニューを開けば地図が出てくる為使い道の解らないスキル、という印象なのだが、見落としがあるかもしれないので開いてみる。
スキルを開くと薄汚れた薄い革で作られた白紙の地図が現れ、以下の文字が浮かびだす。
[作成方法を選んでください]
・探索者
・手記
・移動履歴
・[解放されておりません]
やはりこれは地図を作るためのスキルのようだ。
スキルの使用を終わろうと手を伸ばしたカナメだが、ぴた。とその手を止めた。
「もしかして……大丈夫かもしれない?
制作方法は探索者!」
[以下の人物から地図作成に使用する探索者を選択してください]
・リオ
・カナメ
・ヨム
「探索者、ヨムを選択!」
簡易的ではあるが、カナメの現在地を示す赤い点の他に黄色の点と移動を続ける青い点を地図の中で確認する事に成功した。
「リオ!ヨムを見つけたわよ!幸い離れていないわ!場所は……宵月の森(推奨レベル38)?!」
ヨムの居場所を示すエリア名は宵月の森。
薬草採取クエストを始める前、3人はこの世界に住むNPCと思わしき老婆からこんな事を言われていた。
「三色満月の日は決して宵月の森に入ってはいけないよ。普段は温厚なベアウルフ族の気性が荒くなる日だからね」
ベアウルフ族とはこの世界に生息する亜人種と呼ばれる人型魔物である。
亜人種の魔物達の中には人間と友好的な関係を築く者も多く存在するらしく、ベアウルフ族もまた人間と友好的な関係を築いてきた一族だった。
老婆の言う三色満月というのは16年に一度訪れる赤、銀、金の3色の満月が昇る夜の事を表す言葉だったのだが、ゲームを始めたばかりの3人には何の事か解らず「へぇ~大変ですねぇ……」とヨムが老婆に頷いていたのは記憶に残っていた。
「簡単な薬草採取のクエストだから森になんて入らないよ~大丈夫大丈夫ぅ」とも言っていた気がする。もっとも、方向音痴なヨムがいつの間にか2人から逸れ、森に迷い込んでしまったのが今回の発端なのだが。
地図上のヨムの移動スピードから察すると何かに追いかけられている事、そして通常推奨レベル9である宵月の森の推奨レベルが38になっている事から恐らくではあるが老婆の言う三色満月は今日なのでは。
ヨムに合流するべくリオと森に入り、ヨムと合流した直後冒頭のリオの絶叫が森に響いた。
グルアアアアァァァァウ!!
「どうする?カナさん、倒す?」
細い枝を杖にしたリオがカナメに問う。
手に持つ細い枝の杖はこの世界に誕生し、最初に選択したジョブ……魔法使いになった瞬間に手に入れたもの。いわば「ひのきの棒」というやつだ。
宵月の森の普段の推奨レベルは9であり、3人の現在のレベルは3だ。普段の森でも足を踏み入れるのに躊躇するレベルだというのに今回はハードモードよりもかなりハードな展開なのではないだろうか。
風属性のカナメのおかげで移動スピードが上がっているとはいえなんとか逃げられている状況である。
(この移動スピード補助が無かったら……うぅ……ヨムめぇぇぇ……!!)
猫獣人特有の三角の耳は不安げに伏せられ、その眼はちょっと恨みがましく時折ヨムに向けられる。
(倒すって……まさかヨムごとじゃないよね?)
まさかね、とカナメは薄ら笑いを浮かべ、視線を向けられたヨムはリオが何を言わんとしているかを察したのかリオと揃いの自分の杖に目をやった。
「殺るなら殺るよぉ」と目で語るヨムにますますリオの耳は伏せられる。
「二人とも!!こんな時にまで喧嘩は……まぁ、喧嘩にはなってないけれど、この件は生きて帰ったら話し合おう!!
とにかく今は……!!」
レベル3とHPバーの隣に大きく書かれた自分のレベルと、ベアウルフの上に表示された名前欄と38というレベルの差に愕然とする。
(逃げ切れるのかな……? このゲームはオープンワールドだと聞いた覚えがある。
オープンワールドとはいわばエリアチェンジの無いゲームが主にそう呼ばれているけれど……それに、この世界は……)
3人が今いるこの世界「テイルウォーク」はこの世界の管理、運営を人工知能が担っており、常に情報がアップデートされ続けている。
例えるならば現実世界の車などもこの世界のレシピと素材を集めれば現実世界の車よりも便利な車を作り出す事が可能であるし、雷の精霊の加護を得ればこの世界の中で使える「インターネット」で用いられるような情報のやり取りなども可能になる。
もっとも、それらの技術、システムをプレイヤー個人が作り出した場合、この世界で会社を興すことも可能であり、また武力も重視される世界である為力によって技術が奪われてしまう事も少なくはない。
現実世界での知識と、ゲーム内に存在する数多くのスキル、ジョブを組み合わせる事で一個人オリジナルのジョブを作り出せる事もこのゲームの大きな特徴であった。
管理者、運営者がAIであるという事は勿論、この世界に住むNPCも人工知能……AIを搭載している。そのAIの性能が高い事、そしてプレイヤーとの判別がつきにくい事もこのゲームの特徴の1つと言えるだろう。
つまり、だ。森の外に逃げてしまえば付近の町が被害を被ってしまう。それだけは避けなければならない。
それが3人共通の意思だった。
「ねぇ!!ベアウルフって名前からして、熊と狼だよね?!」
ヨムが叫ぶ。
「それがなにぃぃーー?」
ベアウルフの唸り声に恐怖を感じたのかリオはとうとう自分の耳を両手で塞ぐ。
「うまくいくか解んないんだけど、熊も狼も、嗅覚が鋭いから」
「から?!」
両腕で抱えていた魔獣の子供に「ちょっとごめんね」と声をかけるとヨムは肩に担ぐよう抱きなおすと「マイバッグ」から「棉布」を取り出した。
乾いていない魔獣の血の付いた手で棉布を掴むと白い棉布は赤く染まる。その様子を見たカナメは「そうか!」とヨムの行動を察した。
嗅覚の鋭いベアウルフに魔獣の血の染みこんだ布をおとりとして投げつけようと考えているのかもしれない。
「リオ!!リオは土属性だったよね?!」
「そうだけどおおおお・・・・」
「「魔法で土人形を作ってほしいの!」」
ヨムとカナメの双方の言葉に「わかった!!」と頷くとリオは握る杖に力を込めた。
「大地の精霊よ、土を捏ね、我のしもべを作れ!ゴーレム!!」
柔らかな橙色の光の玉がリオの前に沸き、光が消えると同時に手のひらサイズの丸いカブに手足が生えたような土人形が現れた。
「ゴーレム!ヨムの布を身に纏って、ベオウルフの鼻先目掛けてジャンプして!そして森の奥に走っていって!!」
リオの指示に返事をするように、ぴょんたかっと宙で飛び跳ねるとゴーレムは宙を機嫌よく跳ね、ヨムの元へいくとうやうやしくお辞儀をし、その手に持つ棉布を身に纏った。
装備をし終えるとテテーンッとポーズを取り、再び宙を跳ね、ベアウルフへと向かっていく。
助走をつけて……じゃーんぷ!!
ゴーレムは主人の命令がとても誇らしく、そして嬉しかったのだろう。
もしかすると自分の持てる力以上を出し切りたかったのかもしれない。
リオの召喚したゴーレムは高く飛び跳ね、ベアウルフの鼻先を掠めた。までは良かった。一瞬でも彼は……否、ゴーレムは3人に向けられた敵視をそらす事には成功したのだ。
はりきりすぎるあまり、飛び跳ねる力が強く……高い木の枝に引っかかってしまっただけで。
「タスケテー」とでもいうように、丸いからだに生えた短い手足がぴちぴちと揺れているのが解る。
「おカブーーーーーー!!!」
「ちょっと!!変な名前つけないで!!」
血塗られた布が枝にぶら下がり、短い手足故にそれを解くことが出来ないのだ。
レベル3の土属性の魔法使いの呼び出せるゴーレムは1体のみ。ヨムは魔法使いではあるが、水属性なのでゴーレムを呼び出すことが出来ない。
森の出口が近い。町に被害があるかもしれない事を考えると、これ以上進むことは出来ない。
「どうする?」と3人は互いに目を合わせると足を止め、ベオウルフへ武器を構えた。
森の出口が近い、ということは最悪ここで死んでしまっても見つけてくれる誰かがいるかもしれない。
幸い初心者の3人はレベルも低く、所持金も回復アイテムも殆ど無い為、懐へのダメージも最小限だろう。
大丈夫、の言い訳を各自自分に言い聞かせたタイミングでヨムは抱き抱えた魔獣の子をそっと降ろした。
「最後まで守れなくてごめんね。私たちが時間を稼ぐから、早くお逃げ」
そっと魔獣の子の毛並を撫で、促すと微かに鳴き、足を引きずりながら駆けていく。
獲物に執着する熊の習性か、亜人としての知恵なのか定かではないが双方の本能が合わさった結果、ベアウルフは獲物を横取りした3人に標的を変えたようだった。
「これで死んだら……お肉奢ってよね」
腰に携えた剣を引き抜き、カナメが口を開く。
「焼肉街道の、すっっっぅっごく美味しいお店のやつね!!」
鞄の中の僅かな回復アイテムを手に持ち、リオも震える声で叫ぶ
「デザートに冷凍イチゴに練乳詰めたアイスも付けちゃう!!」
ヨムの声が終わった瞬間、3人はベアウルフへと駆け出した。
ベアウルフのが3人を薙ごうと腕を振り上げる。
視界が影に覆われるのは一瞬だった。
初めて感じる死というものは暗く、そして静かだった。
抗おうという意思はあるものの、体は動かない。
額にゾワリとした寒気がはしり、強く目を閉じた。
――ヴァウッ
ベアウルフの頭上から大きな獣の唸り声と共に猛禽類の嘴と毛深い大型ネコ科動物の体躯を持つ巨大な生物が降ってきた。
鮮やかな緋色の体に黒々とした縞模様が僅かな光に煌めく。
その大きな前脚はベアウルフの頭を軽く凌駕し、力の差が違うのだと感じさせたが、目の前で繰り広げられる光景はまるで猫がネズミをいたぶるようなものなのかもしれない、とどこかで「こうなるのが当たり前」と納得する他のない力にただただ、圧倒され、レベル3の3人は大きな獣の迫力に畏怖した。
ベアウルフが動かなくなり、大きな獣が振り返る。
鮮やかな緋色の体に木漏れ日の中で輝く木々の葉のような煌めく緑の瞳。
その瞳に映る自分の姿を確認したと同時に3人は気を失ったのだった。




