-22- 部下としての矜持
地面に転がる蛇の死体。その中に大蛇が1匹混じっている。
「起きろアズワン」
血にまみれたアズワンの身体はズタズタに切り裂かれ、体表には青白い打撲痕が浮かび上がっている。そんなアズワンの顔面を踏み躙り、意識を取り戻させた。
「取締役どもはどこにいる。正直に話せ」
足を離して腰を下ろす。アズワンの髪の毛を乱暴に掴んで持ち上げた。
「……言っても言わなくても殺されるのだから言うわけがないでしょう」
アズワンは口の端を上げて不敵に笑った。
「これでもか?」
俺はアズワンの首に出来た傷に指を差し込んだ。辛うじて接合されていた肉壁を俺の指が抉る。奥深くに差し込めば差し込むほど溢れ出る血液。その量に応じてアズワンの悲鳴が上がった。
「言うまで殺さん。次は別の傷だ」
俺は指を抜くと隣の傷に指を這わせた。まるで前戯のような優しさを孕んだ動きだが、その先に待つのは快楽ではなく苦痛だ。
ゆっくりの傷口に潜っていく指。内壁を擦ると、アズワンの身体がびくんと大きく跳ねた。先ほどまで俺のことを睨んでいたアズワンの視線が弱弱しくなっていることに気付く。2つ目の傷口でこの痛み。これから味わう苦痛の総量が想像でき、弱気になったのだろう。
「何を勘違いしている。こんなものは序章に過ぎん。お前の能力を徐々に奪いながら痛みを与え続ける。現状では耐えられた痛みも、レベルが低くなった時、同じように耐えられるか?」
アズワンの顔から生気が消えた。それは諦めにも覚悟にも取れたが、どちらでも良かった。
何が何でも吐かせる、それだけだ。
「生殺与奪」
*
あれだけ屈強だった大蛇の尾が、脱皮したかのように萎れていた。上半身の筋肉も衰え、アズワンを構成するのは骨と皮のみ。この数十分間の拷問によるものなのか、レベルを奪ったことによるものなのかは分からない。ただ、やせ細ったという事実だけがそこにあった。
体表の傷口は全て拡張した。地面に広がるは彼女の血液。体内から噴出した時は綺麗な赤色であったが、時間が経過し黒く変色していた。
「我慢強いな。まだ吐く気はないか?」
「……ここまで来たら吐きませんよ」
振り絞って反抗した声は掠れており、痛みと共に気力が削られていることが聞いて取れる。
「……上司を売るくらいなら死を選びます。それが部下としての矜持ですから」
「見上げた忠誠心だ。リゼのように俺に向けていればこうならずに済んだものの」
アズワンはこの一言に笑みを浮かべた。痩せこけた頬が無理やり引き上げられて、皮膚が段になった。
「本当に貴方は何も見えていないのですね」
忠誠心の意味をはき違えているとでも言いたいのだろうか。忠誠心とは力の上下関係によって発生するものではないと言われているようだった。
「ルシフ様」
2人の避難が終わったのか、アズワンを痛めつける俺の背後までリゼが歩いてきた。
「無様ね。ベリータルト」
リゼは見るも無残に地面に伏したアズワンの姿を見て侮蔑の視線を向けた。
「リゼ……。この裏切り者……」
「ルシフ様を裏切ったのは貴方でしょう?」
リゼは膝をつき、アズワンの顔を鷲掴みにした。
アズワンは口を掌で覆われ、呼吸が出来なくなっている。何か言葉を発しているようだが全く聞こえない。
「昔の馴染みよ、私が手を下してあげる」
リゼは俺を一瞥した。殺しても良いか、という確認の旨が込められた視線に頷く。もうこれ以上苦痛を与え続けてもアズワンは口を割らない、そう考えての判断だった。
リゼが力を込めるとアズワンの頭が四方に飛び散った。まるで果実を握り潰したかのように脆く見えたが、リゼの力が人並み外れていることの証でもあった。
腕がだらんと落ち、絶命したアズワンを見て、何とも無常な心持になった。
「お疲れさまでした。ルシフ様」
リゼは頭部から手を離すと、血にまみれた手の平を振り、付着した血液を弾いた。
「アズワンと知り合いだったのか」
「はい。㈱魔王の設立前に同じ部隊に所属しておりました」
そういえば、リゼを秘書に迎え入れた時、俺に反抗する魔族の制圧を行う部隊に所属していたと言っていたことを思い出した。リゼが秘書になったのは、会社が設立する少し前だっただろうか。
「手を汚させたな」
昔の同僚を自分の手で下すという判断をさせたことに少々心苦しくなった。
「いえ、因果応報ですから」
リゼはそう言うが、どこか儚げで切なさを漂わせている。アズワンの変わり果てた姿に思うことがあるのだろう。俺には同僚がいないためその気持ちを完全に理解することは出来ないが、リゼと対峙したとなれば、いま彼女が抱いている感情が少しだけ分かるような気がした。
「さあ帰るぞ。神殿はボロボロになったが……、まあ良かろう」
内壁は崩れ、そこから風が砂を運んでくる。大量の砂、魔物の死体が堆積し、神秘的な空間は廃墟と化した。
ふと依頼書に書いてあった文言を思い出した。依頼者はこの祭壇の間に住み着いた魔物の駆除を依頼していた。つまり、この場所を無傷で引き渡すことを願っているわけだ。まあしかし、依頼を受けたのは㈱魔王ではない。叱責されるのはジークとマリアだ。
「2人は?」
「神殿の外に寝かしております」
徒歩で神殿の外に出ると、リゼの言う通りジークとマリアが砂漠に横たわっていた。乱暴に転がされた2人の姿を見て、もう少し丁寧に扱ってやらんかと思った。
「ルシフ様が心配だったので」
俺の思考を読み取ったのか、弁解するリゼ。まあそういうことなら仕方ないか。
「起きろ」
ジークの身体を乱暴に起こし、頬を平手打ちする。3往復ほどそれを繰り返してようやく目を覚ました。
意識を取り戻したと思えば、忙しなく動くジークの眼球。状況を整理しようと必死だった。先ほどまで祭壇の間に居た筈が、気付けば神殿の外に自分がいる。何が起きたら分からないのは当然だった。
続けてマリアを起こす。流石にジークと同じように頬を打つことは出来ないため、肩を前後に揺する。首ががくんがくんと揺れ、むしろこっちの方が身体的ダメージはデカいのではないかと思った。
ジークと異なりマリアは静かだった。まるで毎日の睡眠から目を覚ましたかのような落ち着きがあった。
「アズワンは殺した。死ななくて良かったな」
自分たちが敵わなかった相手に低級の俺が勝てたことが理解できないという様に目を丸くさせた。説明を求められていたが、実際に見せてやった方が理解が早いだろう。
「借りた能力を返してやる」
奪った時と同じように2人の首を掴む。2人とも警戒するように体を硬直させたが、直ぐにそれを受け入れ、緊張を解いた。
「生殺与奪」
――『生殺与奪』が発動しました。
「指定、ジーク・フリードリヒとマリア・ランドマークの全能力」
彼らから借りた全ての能力を誤差なく返却した。アズワンから奪った力によりレベルは上がっているが、自分の体内から2人分の力がなくなり、僅かに脱力した。
「これで借りは返したぞ」
首から手を離す。ジークは勿論のこと、マリアも自分の身に起きた事象に絶句していた。生殺与奪を使用したのは2度目だ。これだけ驚く意味が分からなかった。
「社長、この能力……」
彼らは開いた口が塞がらず、パクパクと唇を震わせている。
「貴方って魔王……?」
マリアが確信をつく一言を放った。
マズい。俺の正体がバレた。




