-21- 手加減はしないが死ぬな
俺をハメたのは誰か1人だと思いたかったのかもしれない。確かに会社を設立しようと提案したのは㈱魔王の取締役の連中だった。その中の1人だけが俺を陥れた首謀者であり、他の者たちはこの計画を知らなかった。
そう思わなければ、俺が魔王として君臨したこの数年が何の価値もなくなってしまう。俺は俺自身を肯定したかったのだ。俺の描いた魔王像は間違っていなかったのだと。
「部下の機微も分からぬとはほとほと呆れる」
俺は後頭部を掻き、顔をしかめた。
「我々のことを部下と思っていたのは貴方だけですよ。最初から我々は貴方の敵です」
「そうだったな。しかし礼を言うぞ。俺の倒すべき相手がこれで明確になった。俺が敵と認識した相手がどうなったか、これまで見てこなかったわけではあるまい」
「それは貴方が全盛期の時のお話でしょう!」
アズワンは両手の十指を広げ、両腕を左右に伸ばす。
「壊乱傀儡」
辺りに散乱したナーガの死体たちが無理やり持ち上げられたように体を起こす。関節の稼働域を無視した不気味な動きは、死者への愚弄そのものだった。
「お行きなさい」
アズワンの両腕が振られると同時に、死体が俺に向かって走り出した。いや、走るという表現はおかしい。地面を引きずられていると言った方が正しい。
「颯・八重の潮」
右手を扇のように振るう。風が起きるどころか無風の状態だった。
「もう魔力が尽きたんですか?」
魔法を使っても何も起きない様子から、俺の魔力が切れたと勘違いしているらしい。
俺に襲い掛かる死体どもを蹴り飛ばすと、吹き飛んだ死体は壁に埋め込まれていく。壁に描かれた絵画が上書きされ、それが新たな絵画のように見えた。
「阿呆が。これだけで尽きるわけがなかろう。お前にはとっておきの魔法をぶつけてやる」
「それは楽しみです」
全ての死体の処理を終えると、アズワンの懐に入った。見上げるほどに大きくなったアズワンの体躯。10歳の身体とは圧倒的な体格差があった。
振り下ろされるアズワンの拳。それを小さい掌で受け止める。物理法則を無視したかのようにピタリと動きが止まり、その衝撃が放射状に広がった。
ジークとマリアがその衝撃波で後方に吹き飛ばされたのを、リゼが受け止めた。
「リゼ、2人を連れて外に出ていろ。嵐が来るぞ」
リゼは何も言わずに頷くと、2人を楽に担ぎ、この祭壇の間から出ていく。
攻撃を受け止められたアズワンは右手を引こうと力を入れているが、俺の握力がそれを上回っており、それが叶わない。
「どうした。子供に力負けするのか?」
アズワンの拳を握る力を徐々に強めていくと、それに比例して歪むアズワンの表情。
「俺は勇者たちの経験値を吸い上げたことでレベルが上がっている。戦って分かったがお前のレベルは400ほどだ。恐らく数値上では俺はそれを下回っている。それなのに何故、と聞きたいだろう」
俺は苦悶に満ちたアズワンを見て喜々として続ける。
「大切なのはスキルだ。俺は単独戦闘のスキルを2つ、素手戦闘のスキルを1つ有している。それがこの差を生んでいるというわけだ」
アズワンの拳が悲鳴を上げる。骨が軋む音が指伝いに聞こえる。
「俺が1000を超えるレベルに築き上げるまでに得た経験値は膨大だ。だがそれでも残業代は賄いきれなかっただろう。俺が保有する数百を超えるスキルがあったからこそお前らのでっち上げた異常な残業代を支払うことが出来た。【生殺与奪】を奪うまでにいかなかったのは、その量を見誤っていたからだろう。詰めが甘かったな」
俺が思い切り手を握ると、アズワンの骨は潰れる様な音を立てて壊れた。拳はへこみ、指は通常ではない方向を向いている。
「ほれ、もう片方で殴って来い」
俺は使い物にならなくなったアズワンの右拳を放ると、左手を指さした。
目に涙を浮かべて痛みを堪えるアズワンだったが声は出さなかった。まだ俺に歯向かう気力があるらしい。
アズワンが半歩だけ退いた。恐らく無意識だったと思う。
痛みと圧倒的な力量差がアズワンに恐怖を植え付けた。
「闇・影縫」
漆黒の糸が地表を破って出現すると、糸はアズワンの影を搦めとり、影と地面をまつり縫いしていく。振り解こうとするアズワンだったが、影の形で身体が固定され、身動きが取れなくなった。
「お前の余命は数刻もない。これまでの人生を逡巡するがよい」
神殿の壁がミシミシと音をたて始めた。ナーガの死体で壁に入った亀裂が徐々に大きくなっていき、その隙間から風が入り込む。それにより亀裂がまた大きくなり、風量が増える。それを何度も繰り返した後、壁が完全に崩落した。
祭壇の間に入り込む砂を含んだ突風。死体が巻き込まれ、ぐるぐると宙を舞う。
後方へ跳び、アズワンとの距離を取った。
「颯・凪」
俺の両腕を直径にした円形の範囲内が無風状態になった。俺に向かってくる風はこの円を避け、後方へと流れる。
「颯・砂嵐」
風に乗った砂粒が刃物のように鋭く尖っていき、無数の刃に変貌を遂げた。砂の刃とナーガの肉塊。それらが混ざった竜巻がアズワンを中央に構えて吹き荒れる。
「お前からは聞きたいことが山ほどあるが手加減をする気はない。死んでくれるなよ」
竜巻の中、アズワンが何かを叫んでいたが、鼓膜を衝くほど風音がそれを遮り聞こえなかった。
「業風」
右手を前に突き出し、手を握っていく。俺の手の動きに合わせて竜巻が徐々に圧縮されていき、アズワンを捕捉した。肉同士がぶつかり合う衝突音、肉を切り裂く切創音がアズワンの悲鳴をかき消していた。




