1、前世を思い出した王女様
私は、自分で言うのもあれだけど、結構強い子だ。
それは肉体的に、じゃなくて、精神的に。ていうか図太くないとやってられない。
これは異世界転生か異世界転移、もしかして魂は同じパラレルワールド?
なんて考えたところでそう言えば交通事故だったと思い出した。
そうか、私は異世界転生してしまったのか。
どうしよう。逃げたい。
ぶっちゃけこんな状況に陥ったら見て見ぬふりをしようとか時間の流れるままにとか、そんなことを選ぶ人間がほとんどだと思う。実際、私も最初はそうしようかなーとも考えた。だって悪は悪、正義は正義だって前世は思ってたから。
王女様なんてさっさと滅んでしまえ!!・・・って。
RPG『プリンセスデストロイ』の登場人物として転生した。
残念ながら爆発的な人気を引き起こしたゲームではなく、まあまあ売れたけどそこまで全国的に人気はないゲームだ。ただ発売した会社の第一号の作品であり、無名だった会社の初作品にしては売れたゲームだった。
このゲームを開発した会社はRPG以外にも乙女ゲームや書籍も販売していた。会社の名前に付けれらているようにこの会社の全ての作品には花言葉が重要なキーワードとして使われている。その花言葉にさりげなく込められる意味が私は好きで、この会社が販売したものはだいたい目を通していた。倒産したと聞いた時はショックだったものだ。
それはさておき、この世界が『プリンセスデストロイ』で、私がその中心人物の中でもさらに厄介な存在に転生してしまった。
そして私は自分の行く末、王国の未来がわかっている。
未来がわかっている私にしかできないこと。
それは、『プリンセスデストロイ』の未来を変えること、そしてこの国にいずれ訪れる崩壊を止めることだ。
『プリンセスデストロイ』はRPGゲームで、前世の私がハマったゲームの一つだ。
悪政を強いていた王族を処刑したら逆ギレされて王国が呪われ、元凶である王女様の亡霊を倒す物語。
主人公は、王国中から集められた10人の勇者の中で唯一平民のラウルという青年。操作が難しいものでもなく、何十回も周回しなければいけないゲームでもないので初心者にはプレイしやすいゲームだった。周回ごとに回収できるアイテムをきちんと集めることができれば、10周目でそれまでのエンディングとは違う“真のエンディング”を見ることができる。
それを見終えると前日譚が読めるようになっている。
内容は、ラウルが選ばれし勇者として旅をする前の王国のお話。元凶である王女様とその兄である前国王様の父親が国王として統治していた時代からゲーム本編が始まるまで、王国がどうやって衰退していき、王族と一部の貴族が腐敗していく様、そして王国を救おうとする者たちがどうやって暗躍して王女様たちを処刑するまでに至ったのかが描かれている。
呪いの元凶である王女様と兄である前国王様は、言葉通り悪逆の限りを尽くす人たちだった。幼い頃に母である王妃を亡くし、厳格な父親である王からは幼少時代からあまり構ってもらえていなかった。それはもちろん考えあってのことで、国を背負って立つということは甘えなど許されないことだからこそ厳しく厳しく育てられていた。
満たされない愛情からの寂しさや心細さ、それ故に教育に携わる他の貴族に唆されて、この二人の子供は少々歪んで育ってしまった。
王族は権力を持つべきもの、特別で許された存在、自分たちが絶対で正しい、従わない者は国賊となる不要な者、即刻処分すべき存在、国民は王族の為にあるもの・・・などなど。
国王になるためにはある条件があり、また男子継承であったため、跡継ぎは王女様の兄しかいなかった。
父親であることよりも国王の立場で二人に接していたからなのか、教育には放任主義だったのか、二人が国を背負う者として未熟に育っていたことに正面から目を向けたのは病に伏せってからだった。
その時、王女様は14歳で王太子様は21歳。それまでまともに顔を合わせることも話をすることもなかった子供たちと話し、賢王と国民に慕われていた国王様は歪みに気付いて叱咤した。
しかし二人は聞き分けよく、すぐに謝った。この時、国王様は二人の子供が理解したと思い込んだ。それがいけなかった。なぜならそれは国王様の基準であって、二人にとってはその場しのぎの言葉でしかなかった。
自分がそうだからといって、他人も同じだと思ってはいけない。それが血を分けた子供であっても。
賢い人間から賢い子供が産まれるとは限らない。
それは徐々に王太子様の担う仕事が増えるに連れて、国王様の病状が悪化するに連れて露見していった。そして、遂に国王様が身罷られて王太子様が国王になった時、二人の本性が王国中に知れ渡ることになった。
反乱軍ができるほどのことなので大体の想像はできると思うけれど、いくらか挙げるとするなら、豪華絢爛な王宮での生活、派手な異性関係、家臣への横暴ぶり、国庫を使い果たしては増税を繰り返し国民への見返りは一切無し。わかりやすく絵に描いたような暴君の国王様と王女様。
前国王様からの宰相である公爵が何度諫めても、彼らの周りは既に甘い蜜を吸いたい貴族ばかりで固められていて一筋縄ではいかなかった。
やがては公爵も宰相の地位を追われてしまう。
だからその前に一手だけでも、と考えた。
それが王女様の婚姻相手だ。東の国の第三王子を婚約者に据えていた公爵は、東の国と手を組むことにした。
母国では聡明で学芸に秀でた第三王子に愚かな男を演じてもらい、王女様たちを欺き、人畜無害で役立たずな夫であることを王宮に示した。そして、国王様には子供ができないように避妊薬を与え続け、王女様と第三王子との間に先に子供ができるように仕向けた。
結果、王女様は男児を一人生み、このまま国王様に跡継ぎが生まれなければその子が国を背負うことが国中に発表された。
そして王女様が生んだ王子が一歳を迎えた誕生日パーティーで公爵は反乱軍の指揮を執って会場に乗り込み、王族や不正をしていた貴族たちを捕らえ、きちんと法に則って処刑した。
少し長くなったけれど、これが前日譚の簡単な内容。
そして最後は国王様と王女様と処刑するシーンで終わる。ゲーム本編のオープニングと同じ、王女様が処刑場に集まった国民に呪いの言葉を吐くシーン。
王女様は兄で国王様と同じで贅沢に暮らし、我が儘で自分勝手に、些細なミスで使用人を始末することにも国民に目を向けることもなかった。繋がりのある国の王子だった夫に対しては複雑な感情を抱いていたけれど、いつもにこにこと素直に言うことを聞く夫を便利だとも思っていた。
前日譚に明らかな記述はないけど、王女様は息子を溺愛していた。
誕生日パーティーで彼女は自分の息子をずっと抱いて見ていた。途中で夫が君にも話したい方たちがいるだろうからこの子は僕が見ているよと言葉をかけられ、息子を夫に預けて少し友人たちと話をしていた間に捕らえられた。反乱軍に抑えられ、その中から出てきたのは今までとは打って変わって冷たい表情をした夫と抱えられた愛しい我が子。
それを見て王女様は裏切られたことと自分が利用されたことを知った。
だから王女様は最期に呪いの言葉を吐いた。
みんな呪い殺してあげるから!!・・・と。
お察しの通り、私はその王女様に転生してしまったらしい。
幼い頃から護衛についていてくれていた騎士が結婚して婿入りするからと今日付けで護衛から外れるため、別れの挨拶を聞いていた今この時に思い出した。
「姫様?」
呆然と騎士を見上げていた私を心配そうに彼が声をかける。
すぐにはっとして、何事もなかったかのように笑顔を作った。
「なんでもないわ。今までありがとう!」
「いいえ、こちらこそお世話になりました。これからも姫様の幸せをお祈り申し上げます」
騎士がほっとしたように顔を緩ませ、とても幸せそうに微笑む。その背後には新たに王女付きとなる護衛が控えており、こちらもどこかほっとしている。
「それでは、これにて失礼いたします」
幼少の時から仕えてくれていた騎士が退室し、部屋には侍女と新しい護衛の二人しかいなくなった。二人は壁際に静かに控えていて主である王女の私が用事を呼びつけでもしない限り動くことは無いだろう。ため息をつくと視界の端でびくっとしたのがわかった。
今私がいるのは王女専用の応接室で、この奥が私室になっている。
「疲れたから休むわ」
かしこまりました、と頭を下げる二人をちらりと確認してから私室に向かう。心得ている侍女は呼ばれるまでは決して入ってこないだろう。新しい騎士は悪い噂しか聞かない王女である私との距離感を図りかねているのは目に見えているから侍女に倣うはず。
案の定、二人とも私室には入ってこなかった。
いずれこの距離感とあの怯えをどうにかしないといけないけど、やっと一人になることができてほっとする。足の力が抜けて、部屋の真ん中で座り込んだ。
「うわー・・・・・これは、ヤバい」
現在、アンジェリカ・ガーネルトは14歳。
ガーネルト王国の王女であり、RPG『プリンセスデストロイ』の呪いの元凶。
そして、私は今日――――――――――。




