元宮廷料理長と『極上の果樹園』
「ふぅ〜!炊き立てのおにぎりと温かいお味噌汁、本当に美味しかったなぁ!」
朝食を終えたアルトは、絶対要塞の庭で満足そうにお腹をさすった。
隣では、給仕として正式に加わったエルフ姫のルナリアが「ふはぁ……お腹がいっぱいですわ……」と至福の表情でうっとりしており、元Sランク冒険者のアリサも「和食の余韻というものは、心を穏やかにしてくれるな……」とお茶をすすっている。
「でもね、みんな」
アルトはぽんと手を叩いて微笑んだ。
「美味しいお食事の後には、やっぱり『甘いデザート』が欲しくならない?」
「デ、デザートだと……!?」
アリサとルナリアが同時に顔を上げた。
「ですがアルト様、ここは死の魔境ですわよ?甘い果物や砂糖など、手に入るはずが……」
「大丈夫!畑の隣の小高い丘が、すごく日当たりが良いんだ。あそこに果樹園を作ってみよう!」
アルトは愛用のクワを手に取ると、要塞の横にある荒れ果てた丘へと向かった。
「よし、美味しいリンゴやブドウが実りますように!」
アルトが気合を込めて、乾いた丘の土へクワを打ち下ろした。
カツン!
次の瞬間——パァァァァァァァァ……っと黄金の聖気が丘全体を包み込んだ!
枯れ果てていた岩山が一瞬で豊かな黒土へと変わり、芽吹いた小さな苗木が、まるで生き物のようにぐんぐんと急成長を始めていく。
ほんの数十秒後——。
そこに現れたのは、真珠のような朝露を纏い、赤や紫の宝石のように輝く果実が鈴なりに実った『神聖果樹園』であった。
「な……なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!!???」
ルナリアが頭を抱えて叫んだ。
「リンゴの一粒一粒がルビーみたいに輝いている!?ブドウの房からは溢れ出すほどの濃密な魔力が漂っていますわ!!どんな栽培速度をしているのですか!?」
「うんうん、すごく瑞々しくて美味しそうに育ったぞ〜!」
無邪気に喜ぶアルト。
その時だった。農園の入り口(動物除けの巨大外壁)の隙間から、フラフラとした足取りで一人の男性が足を踏み入れてきた。
ボロボロに汚れた白いコック服を着た、立派な髭を蓄えた中年男性だ。
「はぁ……はぁ……不毛の魔境と聞いていたが……なんだこの芳醇で甘い香りは……?幻覚か……?」
彼の名は、マルク。
かつて王立宮廷にて『神の舌』と称えられた元宮廷料理長であった。
妥協を許さぬ料理への情熱ゆえに、安価で粗悪な食材を使わせようとした悪徳貴族と対立して宮廷を追放され、至高の食材を求めてこの死の魔境へと迷い込んできたのだ。
限界を迎えて倒れ込みそうになったマルクの前に、どでかい影が立ち塞がった。 見上げれば、体長十メートル超の巨大な赤竜ポチが、「ぐるぁ?(不審者か?)」と鼻息を吹きかけて見下ろしている。
「ひ、ひぃぃぃっ!?? 伝説の赤竜……! 一国を吐息ひとつで焼き払うという猛竜か……! まさか、私が喰われてしまうのかぁぁぁ!?」
死を覚悟し、恐怖で目を瞑るマルク。
だが、ポチはマルクを襲うどころか、マルクのコック服から漂う「料理の香ばしい匂い」に鼻をひくひくさせた。 そして、前脚でカシャンと自分用の特大の土器(お皿)を差し出すと、「お前、美味いものを作れる奴か? 早く作れ」と言わんばかりにつむらな瞳でマルクを見つめてきたのだ。
「私のアドバイザー……いや、最初のお客様が神話のドラゴンですかぁぁぁ!?」
混乱と恐怖で叫ぶマルクは、そのまま限界を迎えて倒れそうになった。
そこへ、アルトが慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?凄くお腹が空いているみたいですね……これ、食べてみてください!」
アルトは木から摘み取ったばかりの、真っ赤に輝く『神聖リンゴ』を差し出した。
「ぬ……?リンゴ……?な、何だこの美しさは……傷ひとつなく、まるで神話の宝玉ではないか……!」
マルクは震える手でリンゴを受け取ると、吸い寄せられるように一口かじりついた。
シャクッ……!
その瞬間——。
((((ドカァァァァァァン!!!!))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!??!?!」
マルクの脳内で、至高の衝撃が炸裂した!
口の中に溢れ出たのは、これまで彼が味わったどんな最高級フルーツをも遥かに凌駕する、甘みと酸味の完璧な黄金比!
果汁が喉を通り抜けた瞬間、長旅の疲労が一瞬で吹き飛び、全身の魔力回路が脈打つように活性化していったのだ!
「な……なんだこの食材はぁぁぁぁぁ!!??素材そのものの味が完璧すぎて、調味料など一切不要……!食材自体が『完成された芸術品』ではないかぁぁぁ!!」
マルクは、地に膝をついて叫んだ。
「私は生涯をかけて料理を追求してきたが……これほどの『究極の食材』には一度たりとも出会ったことがない!なんだこの土地は!?一体誰がこの果物を育てたのだ!?」
「えっと……僕が【土いじり】で耕して育てた、ただのリンゴですけど……」
アルトが呑気に首を傾げると、マルクは目を見開いてアルトを凝視した。
(この少年が……!?そうか、この神聖な大地の主は彼なのか……!この至高の食材を、ただ丸かじりするだけで終わらせるなど……料理人としての血が許さん!!)
マルクはガバッと起き上がると、アルトの前に平伏し、情熱を込めて叫んだ。
「アルト様とお呼びしてもよろしいでしょうか!私の命と腕を、すべて貴方に捧げます!どうか……どうか私を、この農園の『専属シェフ』として雇ってくださいませ!!」
「えっ?専属シェフですか?でも僕たち、お金なんて持っていませんよ?」
「お金など要りません!貴方の育てる至高の食材を調理させてもらえるなら、それだけで料理人として最高の誉れ!毎日の賄い(まかない)さえいただければ、喜んで腕を振るいます!」
「ええっ!プロの料理人さんがご飯を作ってくれるんですか!?すごい!お願いします、マルクさん!」
「はいっ!最高の料理でお応えいたします!」
こうして、宮廷を追われた伝説の天才シェフ・マルクが『アルト農園』の専属シェフとして仲間に加わった。
「ふふふ……専属シェフか。これで私の食べるご飯がさらに極上になるのだな……!」と嬉しそうに頷くアリサ。
「もう、この農園はどこへ向かっているんですの……」と諦め顔で突っ込むルナリア。
そして、マルクがリンゴとブドウで絞ってくれた『神聖フルーツジュース』に、巨大な赤竜ポチが「ぐるるぅ〜!」と大歓喜して尾を振るのだった。
だがその頃——。
専属シェフとなったマルクは、宝石のように輝く神聖フルーツを前にして目をギラつかせていた。 かつて王立宮廷を揺るがした伝説の料理技が、アルトの育てた至高の食材と出会うことで、人類の歴史上誰も味わったことのない『神級絶品デザート』が生み出されようとしていることなど、まだ誰も知る由もなかった。




