『炊き立ておにぎりと具だくさん味噌汁』
「……な、何をしているのですか、あなたは……?」
エルフの姫君・ルナリアは、目の前で繰り広げられる常識外れの光景に開いた口が塞がらなかった。
ルナリアが【世界樹の芽】の存在に震えていたほんの数分の間——。
アルトがクワを手に水田と大豆畑へ優しく声をかけると、青々としていた稲穂が一瞬で黄金色に熟し、大豆のサヤがぎっしりと実を付けたのだ。
「よしよし、みんな元気に育ってくれたね!さっそく脱穀と精米をして……と!」
アルトが【土いじり】で土の風を起こすと、籾が一瞬で削ぎ落とされ、真珠のように白く輝く『神聖米』がざくざくと収穫された。
さらに、採れたての大豆を【土いじり】で素焼きにした土壺へ入れ、地脈の発酵熱を加えると……あっという間に芳醇な香りを放つ極上の『自家製味噌』まで完成してしまったのである。
「よし、お待たせしました!ご飯が炊けましたよ〜!」
アルトが土で作った重厚な羽釜のフタを開けると、ブワッと真っ白な湯気とともに、甘く香ばしいお米の香りが周囲一面に広がった。
「〜〜〜〜〜〜〜っっ!??!な、何ですかこの芳醇な香りは……!?」
ルナリアは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
故郷の森を追われ、木の実や干し肉で飢えを凌いでいた彼女の鼻腔を、未体験の甘く温かな香りが激しく刺激する。
「熱いうちに握っちゃいますね。今日はシンプルな塩むすびと、昨日のナスの焼き味噌おむすびです!」
アルトは手際よく、ふっくらとした美しい三角形のおにぎりを握っていく。
さらに、土鍋からは採れたてのナスと大根、手作りの豆腐が入った『具だくさん味噌汁』が美味しそうな湯気を立てていた。
「ささ、ルナリアさんもどうぞ!冷めないうちに召し上がってください!」
「は、はい……!い、いただきます……!」
差し出された竹の葉の上のおにぎりを、ルナリアは恐る恐る手に取った。
ズッシリとした重み。手に伝わる温もり。そして、一粒一粒が光を反射して輝いている。
(くっ……毒や怪しい魔法が入っているわけではないのは、この清らかな聖気でわかる……!でも、こんな不毛の荒野で育ったお米が、本当に美味しいわけが……)
意を決して、ルナリアはおにぎりをガブリと大口で頬張った。
その瞬間——。
((((ドカァァァァァァァン!!!!))))
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!??!?!」
ルナリアの頭の中で、雷鳴が轟いた。
口の中に広がるのは、これまで食べたどんな高級料理とも比較にならない、圧倒的なお米の甘みとモチモチした食感。
噛みしめるたびに、溢れ出す果汁ならぬ『極上の米汁』が舌を包み込む。
そして、表面に塗られた自家製味噌の香ばしさとコクが、お米の甘みを極限まで引き立てていた!
さらにおにぎりが喉を通った瞬間、黄金色の温かな魔力が全身の細胞を駆け巡った。
「な、何ですかこれはぁぁぁぁぁ!?全身の疲労が一瞬で吹き飛んで……枯渇していた私の精霊魔力が、溢れ出してくる……!?それに……美味しすぎる!美味しすぎて頭がおかしくなりそうですわぁぁぁ!!」
なりふり構わずおにぎりを貪り食うエルフの姫君。
「ふふ、お口に合って良かったです!喉が詰まらないように、お味噌汁もどうぞ」
「は、はいふ……ゴクッ……ゴク、ゴク……〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
温かい味噌汁を一口飲んだ瞬間、ルナリアは「はふぅ……」と至福の吐息を漏らしてその場にへたり込んだ。
出汁の深い旨味と、瑞々しいナスの甘み、そして温かい味噌の味が五臓六腑に染み渡っていく。
「美味しい……温かい……こんなに美味しいご飯、生まれて初めて食べましたわ……ううっ……!」
ボロボロと涙を流して感無量になるルナリア。
隣では、元Sランク冒険者のアリサが「ふはぁ……やはり日本……いや、東方の和食というものは至高だな……」とおにぎりを三つ目に突入しており、巨大な赤竜ポチも特大のおにぎりを一口で「パクリ」と丸呑みして、幸せそうに「ぐるるぅ〜」と尾をぶんぶん振っていた。
「ふぅ……ごちそうさまでした……」
おにぎり三つと味噌汁を完食したルナリアは、お腹をさすりながら満足そうな溜息をついた。
しかし次の瞬間、彼女はハッと正気に戻り、目の前の【世界樹の芽】とアルトを見比べた。
(そうだわ……!この少年は、世界樹の芽を『ちょっと邪魔な雑草』として引っこ抜こうとした恐ろしい無自覚チートの持ち主……!私がここに残って監視しなければ、いつ世界樹が肥料にされてしまうかわからないわ……!)
ルナリアはガバッと立ち上がると、アルトの前で深々と頭を下げた。
「アルト様!私はエルフ族の姫・ルナリアです!どうか……どうか私を、この農園の給仕(お手伝い)として雇ってくださいませ!」
「えっ?給仕ですか?でも僕、ただの農夫ですよ?」
「報酬など要りません!世界樹の守護……いえ!毎日、この至高のおにぎりと温かいお味噌汁を食べさせていただけるなら、掃除でも水やりでも何でもいたしますわ!」
「えぇ〜、そんなことでいいんですか!?ちょうど水田の水管理や配膳を手伝ってくれる人が欲しかったんです。よろしくお願いしますね、ルナリアさん!」
「はいっ!全力でお仕えいたしますわ!」
こうして、世界樹の芽を守るため(と美味しいご飯のため)に、エルフの姫君ルナリアが『アルト農園』の仲間に加わったのだった。
だがその頃——。
農園から漂う絶品料理の香りと溢れ出す聖気に惹きつけられ、料理の道を追究するあまり宮廷を追われた『伝説の天才シェフ』が、吸い寄せられるように魔境へと近づいていたのだった。




