『水田開拓』と雑草引き抜き事件
「やっぱり、採れたてのナスとトマトで作ったパスタは美味しかったなぁ!」
翌朝。絶対要塞の庭で、アルトは爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
隣では元Sランク冒険者のアリサが「うむ……あのトマトソースのコクとナスのジューシーさは至高であった……」と幸せそうに余韻に浸り、巨大な赤竜ポチも尾をパタパタと振って満足そうに「ぐるぅ」と鳴いている。
「でもね、アリサさん」
アルトはパンと手を叩いた。
「洋食もいいけど……僕、やっぱり『お米』と『お味噌汁』が食べたいんだよね!」
「お、お米だと……!?」
アリサがハッと目を見開いた。
「お米といえば、東方の国々で珍重され、栽培が極めて困難とされる幻の高級穀物ではないか!この魔境の気候で育てるなど……」
「大丈夫ですよ!土と水さえしっかり整えてあげれば、お米だってすくすく育ちますから!」
アルトはそう言うと、愛用のボロボロのクワを構え、要塞の隣にある未開拓の荒野へと歩き出した。
「よし、まずは水田(お米用の田んぼ)と、お味噌や醤油の原料になる大豆の畑を作ろう!」
アルトが気合を込めて、大地にクワを打ち下ろした。
カツン!
次の瞬間——ドバァァァァァァァン!!
「な、何ぃぃぃ!?」
アリサの悲鳴が上がった。
アルトがクワをひと振りしただけで、赤黒く乾ききっていた大地がみるみるうちに透き通った清流を湛える「美しすぎる広大な水田」へと変貌したのだ!
【土いじり】の権能によって、地下深くを流れる極上の神聖水脈が引き上げられ、土壌は稲作に最適なミネラルたっぷりの黒泥へと再構築されたのである。
さらに、隣の敷地にはふかふかの大豆畑があっという間に出来上がった。
「よしよし!王都の種屋で買っておいたお米の籾種と大豆を蒔いて……と!」
アルトが楽しそうに種を蒔くと、【土いじり】で満ちあふれた神聖魔力によって、水田からは一瞬で青々とした稲の苗が力強く伸び始めた。
「うん、完璧!これで美味しいおにぎりと温かいお味噌汁が食べられるぞ〜!」
満足そうに汗を拭ったアルトだったが、ふと畑の隅に目をやった。
水田と大豆畑の境目。ふかふかの黒土から、黄金色に怪しく輝く可愛らしい「二葉の苗」がひょっこりと顔を出している。
「ん……?なんだか変な雑草が生えてきたぞ?」
アルトは首をかしげた。
「せっかくの美味しいお米の栄養を吸われちゃったら大変だし……今のうちにクワで引っこ抜いちゃおう!」
アルトがクワの先をその小さな芽の根元へ向けた、その時だった。
「待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!?」
遥か遠くの森から、地裂けるような女子の絶叫が響き渡った!
「えっ……!?」
アルトとアリサが驚いて振り返った瞬間、緑色の旋風が吹き荒れ、一人の少女が猛スピードで飛んできた。
透き通るような金髪、長い耳、そして息を切らして涙目になった美しい少女——エルフの姫君・ルナリアであった。
ルナリアはなりふり構わずアルトの腰にがばっと抱きつくと、必死の形相で叫んだ。
「ダメぇぇぇ!引っこ抜かないでぇぇぇぇ!!」
「わわっ!?な、なんですか急に!?雑草を抜こうとしただけですよ!?」
「雑草なわけないでしょうがぁぁぁぁぁ!!」
ルナリアは涙をぽろぽろとこぼしながら、地に膝をついて絶叫した。
「そ、それは……神話の時代に枯れて絶滅したはずの、世界の生命力を司る【世界樹の芽】ですよ!?なぜ……なぜこんな場所に発芽しているのですか!?」
「え?世界樹……?でもこれ、ただの邪魔な芽ですよ?」
「ただの芽なわけないでしょー!!」
頭を抱えて叫ぶルナリア。
故郷のエルフの森を追われ、絶望の中で世界を彷徨っていた彼女は、突然この魔境から溢れ出した「神聖な聖気」を察知し、なりふり構わず駆けつけてきたのだった。
(なんなのこの場所は……!?不毛の魔境のはずなのに、神話の時代を超える濃度の聖気が満ちている……!それに、この少年は何者なの!?世界樹の芽を『ちょっと邪魔な雑草』として処分しようとするなんて、狂気の沙汰だわ!!)
呆然と立ち尽くすルナリアに、アリサが肩をすくめながら近づいてきた。
「諦めろ、エルフの姫君よ。私も最初は同じように頭を抱えた。だが……このアルトにとっては、全て『ただの家庭菜園』なのだ」
「納得できるわけないでしょうがぁぁぁ!!」
涙目で叫び疲れたルナリアは、ふとハッと息をのみ、要塞の庭の隅へと視線を向けた。 そこでは、体長十メートルを超える巨大な真っ赤な竜が、ポテポテと楽しそうに歩き回っていたのだ。
「ひ、ひぇっ……!??! ちょ、ちょっと待ちなさい……! あそこにいるのは、
古代エルフの伝承に謳われる『世界を焼き尽くす不滅の神竜』ではありませんの……!? なぜ……なぜそんな神話の災厄が神域に……!」
顔面を蒼白にしてガクガクと震え、その場に崩れ落ちるルナリア。
すると、アルトが「あ、ポチ! 畑に入っちゃダメだよ、お座り!」と呑気に声をかけた。 すると巨大な赤竜は、「ぐるるぅ〜(甘え声)」と可愛らしい声を上げ、犬のようにちょこんと正座して尾をぶんぶん振り始めたのだ。
「大丈夫ですよルナリアさん。この子は庭の番竜のポチです! 害はありませんから!」
「神話の災厄が完全に番犬扱い!? しかも名前がポチぃぃぃぃぃ!!?」
本格的に頭を抱えて叫ぶルナリア。 しかし、ふと鼻をくすぐる水の瑞々しさと、すくすく育つ稲穂の清らかな気配に、ルナリアのお腹が小さく「くぅ〜」と鳴った。
「あ、お腹空いてますか?もうすぐお昼ですし、採れたてのお米でおにぎり作りますから、食べていってくださいね!」
「え……お、おにぎり……?」
こうして、世界樹の芽を巡る大騒動とともに、エルフ姫ルナリアがアルト農園の仲間に加わるのだった。
ルナリア
「(世界樹の芽を抱きかかえて)……絶対にこの芽は引っこ抜かせませんわ!夜通し監視しますわよ!」
アルト
「ルナリアさん、野宿は体に毒ですよ〜!」




